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50・弱々しい姿
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駆け寄って檻を開けると、エールが嬉しさのあまり跳びついて来たので、ふらふらのイリーネは簡単に押し倒された。
(良かった、怪我もなさそう)
イリーネはほっとして目の奥が熱くなり、柔らかいヒョウ柄の体毛に包まれたエールを抱きしめる。
「ごめんね、来るの遅くなって」
他のサヒーマたちはその場にいることが相当嫌な様子で、開かれた檻からこぞって逃げ出すように出て行く。
エールはイリーネの頬をぺろりと舐めてから、他のサヒーマとは逆の方向、神殿の奥へと進んで鳴いた。
「エール?」
イリーネは呼ばれるままついて行く。
さらに進むと建物の造りに祭殿的な様式が強まった。
突き当たりには祭壇を思わせる像や柱が並び、等間隔に置かれたかがり火が辺りを灯している。
異様なのは、その祭壇の前に隕石でも墜落したかのような、人なら簡単に落ちてしまうほど巨大な穴がぽっかりと空いていることだった。
その脇で倒れているレルトラスに気づき、イリーネは痛む体を必死に動かして彼の側に屈んだ。
外傷は見当たらなかったが、意識がないのか目を閉じている。
「レルトラス……? どうしたの、酷い顔色」
声をかけても、肩をそっと撫でても、反応はない。
(指輪にかけた魔術が解けるほど弱ってるんだ)
ようやく会えたというのに絶命しかけているようにすら思えて、イリーネは再び怖くなった。
「だけどどうして、こんな状態に……」
「ここには聖域の結界が張ってあるんだ」
振り返ると、ユヴィは穏やかな顔をしてイリーネとレルトラスを見下ろしている。
「純血種の悪魔ならもう死んでるんだろうけど、彼は半分人だから」
「それなら一刻も早くレルトラスをここから連れ出さないと。運ぶの手伝って」
「イリーネ、その悪魔と随分仲良くなったみたいだね。指輪を取ってもあまり喜んでくれない気はしてたんたけど……」
落胆したユヴィの言葉に、イリーネは胸が痛んだ。
(もしかして、私が魔術の解除方法探してなんて言ったせいで、ユヴィはこんなことをしたのかも)
「ごめん。私、きちんと伝えなかったけど、命を奪うほど傷つけるつもりはなくて……」
イリーネは神聖な場から離れようとレルトラスを引っ張るがなかなか動かず、タリカの飼っていた水の精霊を助けられなかった時に似た無力感が湧いて来た。
(それに今回は、全部私が引き起こしたんだ。ユヴィに魔術の解除を頼んだし、レルトラスが無理をしてここに来たのだって、きっとサヒーマを守れって私が何度も言ったから……)
そこまで考えて、何かがひっかかる。
(だけどサヒーマを守るために、どうしてレルトラスが神殿の奥まで来ないといけなかったんだろう)
レルトラスの手がわずかに動き、イリーネははっとする。
うっすら生気のない目を開く、はじめて見るその弱々しい姿に、イリーネは後悔で胸の奥が締めつけられた。
「レルトラス、ごめん……ごめんね。あんたがこんな目に遭ったの、私のせいなんだ。エールたちも無事だし、後はあんたが元気になるだけだよ。今連れて帰るから、もう少しがんばって」
「……イリーネ」
「だけどあんた、エールたちのこと助けようとしてこんな清浄な場所に立ち入るなんて……。私がサヒーマを守れって言ったとしても、これは無理しすぎだよ」
「イリーネ、逃げろ」
「え?」
(良かった、怪我もなさそう)
イリーネはほっとして目の奥が熱くなり、柔らかいヒョウ柄の体毛に包まれたエールを抱きしめる。
「ごめんね、来るの遅くなって」
他のサヒーマたちはその場にいることが相当嫌な様子で、開かれた檻からこぞって逃げ出すように出て行く。
エールはイリーネの頬をぺろりと舐めてから、他のサヒーマとは逆の方向、神殿の奥へと進んで鳴いた。
「エール?」
イリーネは呼ばれるままついて行く。
さらに進むと建物の造りに祭殿的な様式が強まった。
突き当たりには祭壇を思わせる像や柱が並び、等間隔に置かれたかがり火が辺りを灯している。
異様なのは、その祭壇の前に隕石でも墜落したかのような、人なら簡単に落ちてしまうほど巨大な穴がぽっかりと空いていることだった。
その脇で倒れているレルトラスに気づき、イリーネは痛む体を必死に動かして彼の側に屈んだ。
外傷は見当たらなかったが、意識がないのか目を閉じている。
「レルトラス……? どうしたの、酷い顔色」
声をかけても、肩をそっと撫でても、反応はない。
(指輪にかけた魔術が解けるほど弱ってるんだ)
ようやく会えたというのに絶命しかけているようにすら思えて、イリーネは再び怖くなった。
「だけどどうして、こんな状態に……」
「ここには聖域の結界が張ってあるんだ」
振り返ると、ユヴィは穏やかな顔をしてイリーネとレルトラスを見下ろしている。
「純血種の悪魔ならもう死んでるんだろうけど、彼は半分人だから」
「それなら一刻も早くレルトラスをここから連れ出さないと。運ぶの手伝って」
「イリーネ、その悪魔と随分仲良くなったみたいだね。指輪を取ってもあまり喜んでくれない気はしてたんたけど……」
落胆したユヴィの言葉に、イリーネは胸が痛んだ。
(もしかして、私が魔術の解除方法探してなんて言ったせいで、ユヴィはこんなことをしたのかも)
「ごめん。私、きちんと伝えなかったけど、命を奪うほど傷つけるつもりはなくて……」
イリーネは神聖な場から離れようとレルトラスを引っ張るがなかなか動かず、タリカの飼っていた水の精霊を助けられなかった時に似た無力感が湧いて来た。
(それに今回は、全部私が引き起こしたんだ。ユヴィに魔術の解除を頼んだし、レルトラスが無理をしてここに来たのだって、きっとサヒーマを守れって私が何度も言ったから……)
そこまで考えて、何かがひっかかる。
(だけどサヒーマを守るために、どうしてレルトラスが神殿の奥まで来ないといけなかったんだろう)
レルトラスの手がわずかに動き、イリーネははっとする。
うっすら生気のない目を開く、はじめて見るその弱々しい姿に、イリーネは後悔で胸の奥が締めつけられた。
「レルトラス、ごめん……ごめんね。あんたがこんな目に遭ったの、私のせいなんだ。エールたちも無事だし、後はあんたが元気になるだけだよ。今連れて帰るから、もう少しがんばって」
「……イリーネ」
「だけどあんた、エールたちのこと助けようとしてこんな清浄な場所に立ち入るなんて……。私がサヒーマを守れって言ったとしても、これは無理しすぎだよ」
「イリーネ、逃げろ」
「え?」
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