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30・嘘でしょ
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深呼吸をすると、ようやくイリーネの笑いは収まってきた。
「私、タリカに頼みがあるの。だから彼女を傷つけたりはしないで。レルトラスが彼女に会いたくないのなら、私の部屋に連れてきてくれればいいから」
「彼女の部屋はエアが用意しているし、イリーネがそう言うのなら、俺もタリカに危害を加えることはやめるよ。気にせず休めばいい」
レルトラスは彼らしくもない割と思いやりのある言葉を口にしてから、イリーネの頭をそっと撫でる。
それが疲れた心と体に心地よく、イリーネはほっとして目を閉じた。
(こいつ、思っていたより危ない奴じゃないのかも)
「ただ、俺がうっかりタリカの命を摘んでしまったら、諦めるんだよ」
「それ、謝ればいいようなことじゃないからね」
(さっきの勘違いだった。やっぱり危険すぎる)
それは事実だと納得しつつも、イリーネは別の事実もよく分かっている。
「レルトラス。あんなに逃げたいって騒いでいた私のこと、迎えに来てくれたよね」
「そうだね」
「うん。そうなんだよね。だから、その……ね」
イリーネはレルトラスに助けてもらったお礼を伝えようとするが、慣れない言葉のためか、なかなか出てこない。
(全然ダメだ……。ただ口にするだけなのに。使い慣れていないせいか、難しいな)
イリーネはブランケットを引っ張り上げて顔を隠してから、なんとか感謝の気持ちを伝えようと、必死に言葉を押し出す。
「ごめん。ずっと、迷惑かけていて」
全力でぶつけようとした感謝の気持ちは、なぜかありきたりな謝罪となった。
「そうだね。君は本当に迷惑をかけるのがうまい」
しかも迷惑をかけた事実はしっかりと肯定される。
「今もそうなら、すぐに出て行くよ」
そう余計なことを言ったが、今追い出されると困るということもわかっていた。
飛び出す言葉はありがとうから程遠く、イリーネは自分にがっかりする。
「ごめん、嘘」
「そうか」
(そうなんだよな)
「私、すぐ適当にごまかすから。どうしてだろ」
「弱いのだろうね」
(そっか。私、弱いんだな)
弱いから嘘をつくとすれば確かに、レルトラスがごまかすような嘘をつくのは聞いたこともなく、想像すらできなかった。
そのせいか、イリーネはレルトラスの指摘にすんなり納得がいき、なんとなく自分のことをひとつ知ったような気がしてくる。
「だから私、色んなものに興味があるのかも。面白いんだよね。弱い自分にはない力や価値を持ったものが、世界には溢れてるから」
「なるほどね。それで君はいつも、無暗に傷つけられている弱者の価値を放っておかないのか」
イリーネはその言葉に、自分がサヒーマや水の精霊、タリカを助けようと必死になっていた理由を言い当てられた気がした。
(別に、慈善活動をしているわけじゃないけど)
いつもならそう反発しているはずだが、不思議と素直な気持ちになる。
「好き勝手やってるだけなのに、レルトラスはそんな風に言ってくれるんだ」
「そうだね。イリーネといると退屈しない。俺はそんなことしたいとも思わないし」
「それは違うよ。レルトラスは私のこと助けに来てくれた。だから、その……」
イリーネはブランケットに隠れたまま、か細い声を絞り出した。
「あ、ありがと」
「そうか」
まごつくイリーネの本心に気づかず、レルトラスはあっさりと返す。
(なんだか悔しいな。こっちは死にそうな思いで言ってるのに、平然としていて)
イリーネはそう不満を抱きつつも、彼の相槌にはいつもの禍々しさが足りないように思えて、違和感を覚えた。
ブランケットから少しだけ顔を出し、そっと相手の様子をうかがう。
レルトラスは見知らぬ人のように穏やかな顔でイリーネを見つめていた。
目が合うと、少し照れくさそうな甘い笑みを浮かべる。
(嘘でしょ……)
イリーネは再びブランケットの中にもぐりこみ、真っ赤に上気する顔を隠した。
レルトラスとは思えない表情に動揺しすぎて、先ほどの葛藤も感謝も溶けている。
「私、タリカに頼みがあるの。だから彼女を傷つけたりはしないで。レルトラスが彼女に会いたくないのなら、私の部屋に連れてきてくれればいいから」
「彼女の部屋はエアが用意しているし、イリーネがそう言うのなら、俺もタリカに危害を加えることはやめるよ。気にせず休めばいい」
レルトラスは彼らしくもない割と思いやりのある言葉を口にしてから、イリーネの頭をそっと撫でる。
それが疲れた心と体に心地よく、イリーネはほっとして目を閉じた。
(こいつ、思っていたより危ない奴じゃないのかも)
「ただ、俺がうっかりタリカの命を摘んでしまったら、諦めるんだよ」
「それ、謝ればいいようなことじゃないからね」
(さっきの勘違いだった。やっぱり危険すぎる)
それは事実だと納得しつつも、イリーネは別の事実もよく分かっている。
「レルトラス。あんなに逃げたいって騒いでいた私のこと、迎えに来てくれたよね」
「そうだね」
「うん。そうなんだよね。だから、その……ね」
イリーネはレルトラスに助けてもらったお礼を伝えようとするが、慣れない言葉のためか、なかなか出てこない。
(全然ダメだ……。ただ口にするだけなのに。使い慣れていないせいか、難しいな)
イリーネはブランケットを引っ張り上げて顔を隠してから、なんとか感謝の気持ちを伝えようと、必死に言葉を押し出す。
「ごめん。ずっと、迷惑かけていて」
全力でぶつけようとした感謝の気持ちは、なぜかありきたりな謝罪となった。
「そうだね。君は本当に迷惑をかけるのがうまい」
しかも迷惑をかけた事実はしっかりと肯定される。
「今もそうなら、すぐに出て行くよ」
そう余計なことを言ったが、今追い出されると困るということもわかっていた。
飛び出す言葉はありがとうから程遠く、イリーネは自分にがっかりする。
「ごめん、嘘」
「そうか」
(そうなんだよな)
「私、すぐ適当にごまかすから。どうしてだろ」
「弱いのだろうね」
(そっか。私、弱いんだな)
弱いから嘘をつくとすれば確かに、レルトラスがごまかすような嘘をつくのは聞いたこともなく、想像すらできなかった。
そのせいか、イリーネはレルトラスの指摘にすんなり納得がいき、なんとなく自分のことをひとつ知ったような気がしてくる。
「だから私、色んなものに興味があるのかも。面白いんだよね。弱い自分にはない力や価値を持ったものが、世界には溢れてるから」
「なるほどね。それで君はいつも、無暗に傷つけられている弱者の価値を放っておかないのか」
イリーネはその言葉に、自分がサヒーマや水の精霊、タリカを助けようと必死になっていた理由を言い当てられた気がした。
(別に、慈善活動をしているわけじゃないけど)
いつもならそう反発しているはずだが、不思議と素直な気持ちになる。
「好き勝手やってるだけなのに、レルトラスはそんな風に言ってくれるんだ」
「そうだね。イリーネといると退屈しない。俺はそんなことしたいとも思わないし」
「それは違うよ。レルトラスは私のこと助けに来てくれた。だから、その……」
イリーネはブランケットに隠れたまま、か細い声を絞り出した。
「あ、ありがと」
「そうか」
まごつくイリーネの本心に気づかず、レルトラスはあっさりと返す。
(なんだか悔しいな。こっちは死にそうな思いで言ってるのに、平然としていて)
イリーネはそう不満を抱きつつも、彼の相槌にはいつもの禍々しさが足りないように思えて、違和感を覚えた。
ブランケットから少しだけ顔を出し、そっと相手の様子をうかがう。
レルトラスは見知らぬ人のように穏やかな顔でイリーネを見つめていた。
目が合うと、少し照れくさそうな甘い笑みを浮かべる。
(嘘でしょ……)
イリーネは再びブランケットの中にもぐりこみ、真っ赤に上気する顔を隠した。
レルトラスとは思えない表情に動揺しすぎて、先ほどの葛藤も感謝も溶けている。
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