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20・拗ねて引きこもる凶器

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 マイフカイルと秘密の交換条件を交わした翌日、イリーネは自室に引きこもるレルトラスと意志疎通を図るため、部屋の扉を叩いていた。

「レルトラス、話があるからいい加減に開けて! それに、昨日から何も食べていないでしょ? エアが心配してるよ」

 返事の代わりに、扉の奥からは地を揺るがすほどの轟音が鳴り響き、館全体が震える。

 イリーネとエアは反射的に頭を押さえて屈むと、無事なことを確認するように辺りを見回した。

「大丈夫なの? この館」

「今までの被害から想定して、レルトラス様からは事前に対魔術防壁を館全体に張り巡らせてもらっています。このように魔術の球体をあちこちに投げつけて八つ当たりされても、数日は持つはずですが」

「館はそうでも、うっかり私たちが食らったら軽く死ぬと思う」

「おっしゃる通りです」

(なんなのあいつ。不機嫌に引きこもっているだけで凶器になるとか……迷惑の塊なんだけど)

 レルトラスがマイフカイルの館から帰った後出てこなくなり、丸一日が経っていた。

 その間食事もとらず、時折魔術の球体をぶん投げるような荒ぶる悪魔のせいで、エアは心労から憔悴しきっている。

「イリーネ様、二人でマイフカイル様に会いに行かれて、何があったのですか?」

「わかんないよ。レルトラスが急に、マイフの顔見たらムカついてきたって帰っただけで……」

(とりあえず、事情を説明して外出の許可を取らないとな)

 イリーネは閉ざされた扉越しに両手をつけて、再び声をかけた。

「レルトラス、そのままでいいから聞いて。私ね、昨日マイフに頼まれてサヒーマのお世話をすることになったんだよ」

「愛称で呼んだりして、ずいぶんマイフと親しくなったようだね」

 妙に拗ねているような口調ではあったが、一日ぶりに声が聞けたので、イリーネはとりあえずほっとする。

「あの家令たちの領主を褒めて伸ばす教育にはついて行けそうにないけど、サヒーマのお世話は真面目にやるよ。それで今日はサヒーマに詳しい人を探しに行こうと思うんだけど。私の監視がてら一緒に行く?」

「行かない。誰にも会う気分ではないから」

「あ、そう。レルトラスが出てこないなら、私はこのまま逃げ出すけど、いいの?」

「できるものなら、やってみればいい。後悔するのは君だよ」

 酷薄な声色で威圧されて、イリーネもエアも一瞬言葉を失った。

 イリーネは嫌な汗をかきながら、エアに小声で文句を言う。

「何キレてるの、あいつ」

「私が知りたいくらいです……」

(だけどこのまま出て行って、天災みたいにあいつの惨事が降りかかってくるのも嫌だし……。レルトラスって変なところ、子どもっぽいんだよな。あ、子どもなら物でつればいいか)

 イリーネは名案を思いつき、エアにひそひそと相談した。

「ね、レルトラスの好きなものって何? おみやげとして持って帰る約束をして、機嫌とろうと思うんだけど」

「好きなもの……。レルトラス様は生まれて18年ほど経ちますが、好きなものは一度も聞いたことがありません」

「えっ。それはおかしくない?」

「レルトラス様は、おかしいのでしょうか」

「ああ、まぁそうだったね。だけどちょっとくらい好きな食べ物とか、趣味とかないの?」

 エアは考え込んでいる。

「ほら、酒とかつまみとか果物とか肉とか魚とか野菜とか……ないの?」

「イリーネ様は、食いしん坊ですね」

「私じゃなくて、今はレルトラスのことだよ」

 とはいえ、好きなものと聞かれればいくらでもわいてくるイリーネにとって、何もない人の存在というものがどうにも信じられない。
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