上 下
16 / 55

16・厄災のような扱い

しおりを挟む
(待てよ。レルトラスを小さい頃から知っているのなら、こいつの魔術を解除する方法とかわからないかな)

 イリーネの脳裏に、ちらりと打算が浮かんだ。

「ね、私もマイフに会うことって出来るかな」

「俺以外のやつに会いたいのか」

 自分に問題があると認識していないレルトラスは、懐く兆しを見せないイリーネに対して不快感をあらわにする。

 イリーネはひりつくような殺意を肌に受けると、身の危険を察して慌てて嘘を並べた。

「だ、だってそいつ、レルトラスの昔のこと知っているんでしょ? 気になるなあ、会ってみたいなあ。どうかな? だから私を燃やすのはもう少し後にして……」
 
「それなら行ってみようか」

 割と単純らしく、どことなく不機嫌を和らげたレルトラスは保護区の奥へと続く居館に向かって歩き始める。

 レルトラスの扱いが少しわかってきたイリーネは胸を撫でおろした。

(その領主、レルトラスとどんな間柄なのかは知らないけど、とりあえず様子見て……脅すとチクられるかもしれないし、賄賂渡して共犯にしたほうがいいかな。何か欲しいものとか、困りごととかあるといいけど)

 そんな感じで、イリーネは隣の悪魔を欺こうと大真面目に考え始めた。

 *

 ラザレ領主の白亜の館は、植物の新緑と鮮やかな湖に囲まれ、清涼な雰囲気をまとっている。

 そこに似つかわしくない、植物を枯らしそうな禍々しさを振りまくレルトラスは、堂々とした侵略者のように門をくぐった。

「貴様、何者だ!」

 ひとりの門衛がレルトラスを不審者だと判断したらしく、槍を向けて駆けてくる。

 レルトラスが近づいてくる羽虫を払うような仕草をすると、少し離れたところにいる門衛の身体はあっけなく吹き飛び、門の壁に叩きつけられた。

 周囲の衛兵たちが彼のそばに寄ってしきりに囁く。

「おい新人、彼は噂の客人だ」

「で、ですが今はガロ領主様がいらしているので、立ち入りは……!」

「いいから。うちの領主様のあの客人だけには関わるな」

「無慈悲であちこちから回されてきたところを、うちのお人好しな領主様の弱みに付け込んでここに居座っているらしい」

「とりあえず、目は合わせるなよ」

 レルトラスの事情を知っている衛兵たちは、一様に道を開け姿勢を低くした。

 その中を当然のように進んでいくレルトラスに、イリーネは居心地の悪さを感じながらも続く。

(厄災のような扱いだな。まぁ、たいして変わらないけど)

 その後は邪魔されることもない。

 広々とした館を進むと、謁見の間の巨大な扉が閉じられているというのに、そこから野太い男の声が轟いていた。

「ラザレ領主! ワシはあんたを見込んでうちのサヒーマを託したというのに、一体どうしてくれつもりだ!」

 レルトラスは聞こえてきた男の胴間声に嫌悪感を隠さず、眉をひそめる。

「下品な声だね。黙らせようか」

 言葉とほぼ同時に、彼の右手に炎の球体が現れ、音を立てて爆ぜながら膨らんだ。

「待って!」

 イリーネはレルトラスの前に出て歩みを止める。

「黙らせるよりも、話させた方が面白いかもよ」

(ここに来たのは領主の弱みや事情把握するのが目的だし)

 その下心は告げず、イリーネは扉のそばに飾られた彫刻の陰へ身を寄せて手招きすると、レルトラスが炎を消して隣へやって来た。

(あれ、まただ)

 肩が触れ合うほどの距離感を意識すると、イリーネは自分から呼びつけたというのに居心地の悪さを感じ始める。

(やっぱりこいつがそばにいると不愉快なくらい苦しくなる。なんか嫌だな、呪いと関係あるのかな)

 憂鬱そうにため息をつくイリーネの耳元で、レルトラスは不穏に微笑んだ。

「こそこそ盗み聞きをするのは、煩わしい奴を焼き払うよりも有意義なのか」

 イリーネは高鳴る鼓動が相手に聞こえないようにと祈りながら、赤らむ顔を隣の悪魔から背けた。

「人の秘密を知るの、楽しいでしょ」

「そういうものか」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

グーダラ王子の勘違い救国記~好き勝手にやっていたら世界を救っていたそうです~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
ある日、ティルナグ王国の自堕落王子として有名なエルクは国王である父から辺境へ追放を言い渡される。 その後、準備もせずに木の上で昼寝をしていると、あやまって木から落ちてしまう。 そして目を覚ますと……前世の記憶を蘇らせていた。 これは自堕落に過ごしていた第二王子が、記憶を甦らせたことによって、様々な勘違いをされていく物語である。 その勘違いは種族間の蟠りを消していき、人々を幸せにしていくのだった。

人生でした3回の恋は3回目でようやく叶ったわけではない?

しがと
恋愛
読書好きの女の子が、高校生の時に出会った年上の男性、大学生の時に出会った同い年の男子、就職後再会したアルバイトが一緒だった男子の3人(?)に恋をするお話です。高校時代、大学時代、社会人時代と話が進んでいきます。そして社会人になってしばらくしてから無事交際を始めたものの、ライバルが現れて……?高校生の時からの恋はどこへいくのでしょうか? *性行為を匂わす表現があります。

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

エラーから始まる異世界生活

KeyBow
ファンタジー
45歳リーマンの志郎は本来異世界転移されないはずだったが、何が原因か高校生の異世界勇者召喚に巻き込まれる。 本来の人数より1名増の影響か転移処理でエラーが発生する。 高校生は正常?に転移されたようだが、志郎はエラー召喚されてしまった。 冤罪で多くの魔物うようよするような所に放逐がされ、死にそうになりながら一人の少女と出会う。 その後冒険者として生きて行かざるを得ず奴隷を買い成り上がっていく物語。 某刑事のように”あの女(王女)絶対いずれしょんべんぶっ掛けてやる”事を当面の目標の一つとして。 実は所有するギフトはかなりレアなぶっ飛びな内容で、召喚された中では最強だったはずである。 勇者として活躍するのかしないのか? 能力を鍛え、復讐と色々エラーがあり屈折してしまった心を、召還時のエラーで壊れた記憶を抱えてもがきながら奴隷の少女達に救われるて変わっていく第二の人生を歩む志郎の物語が始まる。 多分チーレムになったり残酷表現があります。苦手な方はお気をつけ下さい。 初めての作品にお付き合い下さい。

浮気して婚約破棄したあなたが、私の新しい婚約者にとやかく言う権利があるとお思いですか?

木山楽斗
恋愛
伯爵令嬢であるクレーナは、ある時婚約者であるラカールから婚約破棄を告げられた。 彼は浮気しており、その相手との間に子供ができたことから、クレーナのことを切り捨てざるを得なかったのだ。 しかしながらラカールは、煮え切らない態度であった。彼は渋々といった感じで、浮気相手と婚約しようとしていたのだ。 身勝手なことをしたというのに、責任を取る確固たる覚悟もない彼に対して、クレーナは憤った。だがラカールは、婚約破棄するのだから関係ないと、その言葉を受け入れないのだった。 婚約者から離れたクレーナは、侯爵令息であるドラグスと出会った。 二人はお互いに惹かれていき、やがて婚約を結ぶことになるのだった。 そんな折、二人の前に元婚約者であるラカールが現れた。 彼はドラグスのことを批判して、クレーナには相応しくないと批判してきたのである。 「浮気して婚約破棄したあなたが、私の新しい婚約者にとやかく言う権利があるとお思いですか?」 しかしクレーナは、ラカールをそう言って切り捨てた。 そこで彼女は知ることになった。ラカールが自分の知らない間に、随分と落ちぶれていたということを。

大嫌いな幼馴染の皇太子殿下と婚姻させられたので、白い結婚をお願いいたしました

柴野
恋愛
「これは白い結婚ということにいたしましょう」  結婚初夜、そうお願いしたジェシカに、夫となる人は眉を顰めて答えた。 「……ああ、お前の好きにしろ」  婚約者だった隣国の王弟に別れを切り出され嫁ぎ先を失った公爵令嬢ジェシカ・スタンナードは、幼馴染でありながら、たいへん仲の悪かった皇太子ヒューパートと王命で婚姻させられた。  ヒューパート皇太子には陰ながら想っていた令嬢がいたのに、彼女は第二王子の婚約者になってしまったので長年婚約者を作っていなかったという噂がある。それだというのに王命で大嫌いなジェシカを娶ることになったのだ。  いくら政略結婚とはいえ、ヒューパートに抱かれるのは嫌だ。子供ができないという理由があれば離縁できると考えたジェシカは白い結婚を望み、ヒューパートもそれを受け入れた。  そのはず、だったのだが……?  離縁を望みながらも徐々に絆されていく公爵令嬢と、実は彼女のことが大好きで仕方ないツンデレ皇太子によるじれじれラブストーリー。 ※こちらの作品は小説家になろうにも重複投稿しています。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

転生先は推しの婚約者のご令嬢でした

真咲
恋愛
馬に蹴られた私エイミー・シュタットフェルトは前世の記憶を取り戻し、大好きな乙女ゲームの最推し第二王子のリチャード様の婚約者に転生したことに気が付いた。 ライバルキャラではあるけれど悪役令嬢ではない。 ざまぁもないし、行きつく先は円満な婚約解消。 推しが尊い。だからこそ幸せになってほしい。 ヒロインと恋をして幸せになるならその時は身を引く覚悟はできている。 けれども婚約解消のその時までは、推しの隣にいる事をどうか許してほしいのです。 ※「小説家になろう」にも掲載中です

処理中です...