上 下
33 / 86

33・はんぶんこ

しおりを挟む
「ごめん。さすがにそれは、かわいすぎて。言葉が……」

 クレイルドの思わぬ返事に、ティサリアの方こそ言葉がでなくなった。

 やはり沈黙が落ちる。

 おかしい。

 とてつもなくおかしいことになっている。

 なおも無言でいるクレイルドの方を見ることが出来ず、ティサリアは助けを求めるようにクロワッサンに手を伸ばした。

(そうだ、食べ物……食べ物があるってすばらしい。おいしいし、口がふさがっていれば会話をしなくても変じゃない)

 食の恵みに感謝しながら、目の前にあるクロワッサンに意識を集中する。

 先ほどの屋台のクロワッサンには色々なフレーバーがあった。

 ティサリアが選んだものは、生地の上面に白い粉砂糖とアーモンドのスライスがちりばめられていて、降り注ぐ快晴の日差しに照らされながら、新雪のようにきらきら輝いている。

 そこから漂うほのかなバターの香りに、忘れていた空腹感のまま頬張った。

 さくりとした食感が一瞬、その後はしっとりと軽く柔らかい。

 噛むと香ばしく焼けた小麦の生地と、表面に輝く甘い粒子が合わさった。

(おいしい!)

 さりげないアーモンドの風味と相まって、軽快な歯ごたえも楽しい。

 機嫌よく食べていると、ようやく落ち着きを取り戻しつつあるのか、クレイルドが声をかけてきた。

「俺のと違うね」

 クレイルドのクロワッサンは上面にチョコレーがコーティングしてあり、そのトッピングに砕かれたカカオがまぶされている。

「あっ、そうでした。友達と食べる時の癖で、違う種類を買ってしまいました。好みも聞かずにすみません」

「友達と? こういう感じでよく食べるの?」

「そうですね。その友達が屋台好きで、時折誘われて一緒に食べたりします」

「ああ、だから違う風味の物を買って、分けて食べるのか。はい」

 クレイルドが自分のクロワッサンを割り、当然のように渡してくるので、ティサリアは慌てて弁解する。

「い、いえ! すみません! 王子と別のものを買ったのは、そのような無礼な意図ではなくうっかりしていて……!」

「だけどこれ、絶対うまいよ。食べる?」

「で、ですが……」

「食べたくない?」

「それは……」

「食べたいね?」

「……はい」

 返事をした口の中に、クロワッサンがひょいと入って来た。

「!」

 ふさがれているため、まともに声を出せないティサリアの口の中で、コクのあるカカオの風味が広がる。

 ティサリアのクロワッサンと同じく、練り込まれたバターのさっくりしっとりとした軽い感触の生地だが、こちらはチョコレートのほどよい苦みが甘みと絡まり、濃厚な味わいがあった。

 目じりを下げながら、しばしその贅沢を楽しむ。

 その様子を、クレイルドは何か思案しているかのように、じっと見つめていた。

「ティサリアの友達ってどんな人?」

 クロワッサンを堪能し終えたティサリアの目が、きらりと輝く。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

双子の姉妹の聖女じゃない方、そして彼女を取り巻く人々

神田柊子
恋愛
【2024/3/10:完結しました】 「双子の聖女」だと思われてきた姉妹だけれど、十二歳のときの聖女認定会で妹だけが聖女だとわかり、姉のステラは家の中で居場所を失う。 たくさんの人が気にかけてくれた結果、隣国に嫁いだ伯母の養子になり……。 ヒロインが出て行ったあとの生家や祖国は危機に見舞われないし、ヒロインも聖女の力に目覚めない話。 ----- 西洋風異世界。転移・転生なし。 三人称。視点は予告なく変わります。 ヒロイン以外の視点も多いです。 ----- ※R15は念のためです。 ※小説家になろう様にも掲載中。 【2024/3/6:HOTランキング女性向け1位にランクインしました!ありがとうございます】

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

公爵令嬢 メアリの逆襲 ~魔の森に作った湯船が 王子 で溢れて困ってます~

薄味メロン
恋愛
 HOTランキング 1位 (2019.9.18)  お気に入り4000人突破しました。  次世代の王妃と言われていたメアリは、その日、すべての地位を奪われた。  だが、誰も知らなかった。 「荷物よし。魔力よし。決意、よし!」 「出発するわ! 目指すは源泉掛け流し!」  メアリが、追放の準備を整えていたことに。

不機嫌な悪役令嬢〜王子は最強の悪役令嬢を溺愛する?〜

晴行
恋愛
 乙女ゲームの貴族令嬢リリアーナに転生したわたしは、大きな屋敷の小さな部屋の中で窓のそばに腰掛けてため息ばかり。  見目麗しく深窓の令嬢なんて噂されるほどには容姿が優れているらしいけど、わたしは知っている。  これは主人公であるアリシアの物語。  わたしはその当て馬にされるだけの、悪役令嬢リリアーナでしかない。  窓の外を眺めて、次の転生は鳥になりたいと真剣に考えているの。 「つまらないわ」  わたしはいつも不機嫌。  どんなに努力しても運命が変えられないのなら、わたしがこの世界に転生した意味がない。  あーあ、もうやめた。  なにか他のことをしよう。お料理とか、お裁縫とか、魔法がある世界だからそれを勉強してもいいわ。  このお屋敷にはなんでも揃っていますし、わたしには才能がありますもの。  仕方がないので、ゲームのストーリーが始まるまで悪役令嬢らしく不機嫌に日々を過ごしましょう。  __それもカイル王子に裏切られて婚約を破棄され、大きな屋敷も貴族の称号もすべてを失い終わりなのだけど。  頑張ったことが全部無駄になるなんて、ほんとうにつまらないわ。  の、はずだったのだけれど。  アリシアが現れても、王子は彼女に興味がない様子。  ストーリーがなかなか始まらない。  これじゃ二人の仲を引き裂く悪役令嬢になれないわ。  カイル王子、間違ってます。わたしはアリシアではないですよ。いつもツンとしている?  それは当たり前です。貴方こそなぜわたしの家にやってくるのですか?  わたしの料理が食べたい? そんなのアリシアに作らせればいいでしょう?  毎日つくれ? ふざけるな。  ……カイル王子、そろそろ帰ってくれません?

悪役令嬢、第四王子と結婚します!

水魔沙希
恋愛
私・フローディア・フランソワーズには前世の記憶があります。定番の乙女ゲームの悪役転生というものです。私に残された道はただ一つ。破滅フラグを立てない事!それには、手っ取り早く同じく悪役キャラになってしまう第四王子を何とかして、私の手中にして、シナリオブレイクします! 小説家になろう様にも、書き起こしております。

ぽっちゃりな私は妹に婚約者を取られましたが、嫁ぎ先での溺愛がとまりません~冷酷な伯爵様とは誰のこと?~

柊木 ひなき
恋愛
「メリーナ、お前との婚約を破棄する!」夜会の最中に婚約者の第一王子から婚約破棄を告げられ、妹からは馬鹿にされ、貴族達の笑い者になった。 その時、思い出したのだ。(私の前世、美容部員だった!)この体型、ドレス、確かにやばい!  この世界の美の基準は、スリム体型が前提。まずはダイエットを……え、もう次の結婚? お相手は、超絶美形の伯爵様!? からの溺愛!? なんで!? ※シリアス展開もわりとあります。

二度目の人生は異世界で溺愛されています

ノッポ
恋愛
私はブラック企業で働く彼氏ナシのおひとりさまアラフォー会社員だった。 ある日 信号で轢かれそうな男の子を助けたことがキッカケで異世界に行くことに。 加護とチート有りな上に超絶美少女にまでしてもらったけど……中身は今まで喪女の地味女だったので周りの環境変化にタジタジ。 おまけに女性が少ない世界のため 夫をたくさん持つことになりー…… 周りに流されて愛されてつつ たまに前世の知識で少しだけ生活を改善しながら異世界で生きていくお話。

超最難関攻略不可能な天才王子に溺愛されてます!!~やる気のなかった王子は生きる意味を見つけた。~

無月公主
恋愛
乙女ゲーム【麗しき王国の麗しき人々】略してウルコクの超最難関攻略不可能と言われている天才王子と偶然ぶつかってしまって前世の記憶を取り戻してしまう悪役令嬢。 そこから始まるドロドロのラブストーリー!!溺愛!?監禁!? 悪役令嬢の恋の行方は!?

処理中です...