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29・ドーファの王女
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「クレイルド様!」
馬車から弾んだ娘の声が響き、従者によって馬車の扉が開かれる。
従者の手を借りて降りてきたのは、華やかに巻かれた髪と大きな垂れ目の美女だった。
宝飾を煌びやかに身にまとい、体のラインに合わせて作られたドレスは、ピーチピンクと白が織りなすフリルとリボンがふんだんにあしらわれている。
(すごい、小さい頃遊んだお姫様の人形みたい……)
ティサリアはその姿に圧倒されたが、失礼にならないように、しかし出過ぎた悪印象を与えないように気を配りながら、クレイルドに合わせて礼をする。
垂れ目の美女は作り物のような微笑を浮かべながら頬を染め、上目遣いでクレイルドを見つめた。
「やっぱりクレイルド様でしたのね! わたくし、今日はドレスを新調するために、素敵な生地を取り揃えているアルノリスタの王都へ遊びに来ていたのです。でもこの国へ来た一番の目的はクレイルド様でしたのに、突然の訪問とはいえお会いできずに残念に思っておりましたところ、まさかこんなところでお顔を見ることができるなんて! ふふっ、運命を感じてしまいますわ!」
「そうでしたか」
クレイルドは美女の長々とした思いのたけを、笑顔の一言で受け流す。
会話が途切れてようやく、美女は今まで眼中になかったティサリアに気づいたのか、わずかに眉をひそめた。
「あら、そちらは……」
「ああ。ドーファ王女、彼女はティサリア・フィーナ・エイルベイズ。マルエズ王国の伯爵令嬢です。ティサリア、こちらはドーファ王国のフィベルティナ・ルビー・ドーファ王女だよ」
ティサリアは慌てて淑女の礼をした。
「お初にお目にかかります。ティサリアと申します」
「そう、伯爵令嬢の……」
先ほどまで愛らしく微笑んでいた王女の表情に、嫌なものが混じる。
(あれ、さっきまでお人形のようだったのに)
「ところであなた、大丈夫なのかしら?」
「? は、はい。それは……」
「具合でも悪いのではなくて? ずいぶん不健康に青白いし、アルノリスタ王国一の虚弱体質だと噂の令嬢にそっくりなんですもの。クレイルド様の紹介を受けなければ、別人だと気づけなかったわ」
「そうですよね。今日はこんなに早く人違いの誤解が解けて、とても嬉しいです」
「……喜んでいる場合なのかしら? ひ弱な方がクレイルド様の手をわずらわせながら出歩いているのかと、わたくしは心配で心配で……。あなたも自分が迷惑だということをもう少し考えて、さっさとお帰りになったほうがよろしいのではなくて?」
王女の言葉に、クレイルドの眼差しがみるみるうちに冷ややかさを帯び、ティサリアははっとした。
(これはもしかして。従者をまいて行方をくらませたり、悪漢を返り討ちにしたり、謹慎を受けるほど暴れたという、クレイの別の一面では……?)
クレイルドの過去の逸話をいくつか聞いているティサリアは、彼の普段見せない尖った側面が顔を出したのだと察し、ひしひしと伝わる威圧感にひやりとする。
とっさに辺りを見回すと、人通りはそこまで多くなかったが、こちらの様子に気づいてもの珍しそうに目を向ける人もいた。
(もし冷たい対応を見られてしまったら、クレイがまた危険人物だって誤解を受けてしまうかも。今までみんなに知ってもらった優しいイメージが、一瞬でくつがえってしまったら……)
口を開きかけたクレイルドの冷酷な表情に気づいた瞬間、ティサリアは話の質など考えず矢継ぎ早に言葉を放った。
「王女! 私にまでお気遣いありがとうございます! 私はいたって健康体ですが、淑女にあるまじき夜更かしをしただけです! どうぞご安心ください!」
「よ、夜更かし……?」
ティサリアの珍妙な受け答えに王女は少なからずひるんだようだが、負けじと侮蔑の表情を浮かべなおす。
「つまり、あなたは自己管理が苦手な方なのかしら?」
「はい! お察しの通り、自堕落な生活を嗜んでおります!」
「そ、そう。どうりで……」
「しかしながら夜更かしをすることもあれば、惰眠を貪ることも好んでおります!」
「まぁ、実はわたくしも……っ、って! わ、わたくしのことはいいのです! あなたはどうやら、随分とだらしのない方のようね!」
「ひしひしと自覚しております!」
慣れないやりとりを繰り返しているためか、互いに息切れしはじめる。
馬車から弾んだ娘の声が響き、従者によって馬車の扉が開かれる。
従者の手を借りて降りてきたのは、華やかに巻かれた髪と大きな垂れ目の美女だった。
宝飾を煌びやかに身にまとい、体のラインに合わせて作られたドレスは、ピーチピンクと白が織りなすフリルとリボンがふんだんにあしらわれている。
(すごい、小さい頃遊んだお姫様の人形みたい……)
ティサリアはその姿に圧倒されたが、失礼にならないように、しかし出過ぎた悪印象を与えないように気を配りながら、クレイルドに合わせて礼をする。
垂れ目の美女は作り物のような微笑を浮かべながら頬を染め、上目遣いでクレイルドを見つめた。
「やっぱりクレイルド様でしたのね! わたくし、今日はドレスを新調するために、素敵な生地を取り揃えているアルノリスタの王都へ遊びに来ていたのです。でもこの国へ来た一番の目的はクレイルド様でしたのに、突然の訪問とはいえお会いできずに残念に思っておりましたところ、まさかこんなところでお顔を見ることができるなんて! ふふっ、運命を感じてしまいますわ!」
「そうでしたか」
クレイルドは美女の長々とした思いのたけを、笑顔の一言で受け流す。
会話が途切れてようやく、美女は今まで眼中になかったティサリアに気づいたのか、わずかに眉をひそめた。
「あら、そちらは……」
「ああ。ドーファ王女、彼女はティサリア・フィーナ・エイルベイズ。マルエズ王国の伯爵令嬢です。ティサリア、こちらはドーファ王国のフィベルティナ・ルビー・ドーファ王女だよ」
ティサリアは慌てて淑女の礼をした。
「お初にお目にかかります。ティサリアと申します」
「そう、伯爵令嬢の……」
先ほどまで愛らしく微笑んでいた王女の表情に、嫌なものが混じる。
(あれ、さっきまでお人形のようだったのに)
「ところであなた、大丈夫なのかしら?」
「? は、はい。それは……」
「具合でも悪いのではなくて? ずいぶん不健康に青白いし、アルノリスタ王国一の虚弱体質だと噂の令嬢にそっくりなんですもの。クレイルド様の紹介を受けなければ、別人だと気づけなかったわ」
「そうですよね。今日はこんなに早く人違いの誤解が解けて、とても嬉しいです」
「……喜んでいる場合なのかしら? ひ弱な方がクレイルド様の手をわずらわせながら出歩いているのかと、わたくしは心配で心配で……。あなたも自分が迷惑だということをもう少し考えて、さっさとお帰りになったほうがよろしいのではなくて?」
王女の言葉に、クレイルドの眼差しがみるみるうちに冷ややかさを帯び、ティサリアははっとした。
(これはもしかして。従者をまいて行方をくらませたり、悪漢を返り討ちにしたり、謹慎を受けるほど暴れたという、クレイの別の一面では……?)
クレイルドの過去の逸話をいくつか聞いているティサリアは、彼の普段見せない尖った側面が顔を出したのだと察し、ひしひしと伝わる威圧感にひやりとする。
とっさに辺りを見回すと、人通りはそこまで多くなかったが、こちらの様子に気づいてもの珍しそうに目を向ける人もいた。
(もし冷たい対応を見られてしまったら、クレイがまた危険人物だって誤解を受けてしまうかも。今までみんなに知ってもらった優しいイメージが、一瞬でくつがえってしまったら……)
口を開きかけたクレイルドの冷酷な表情に気づいた瞬間、ティサリアは話の質など考えず矢継ぎ早に言葉を放った。
「王女! 私にまでお気遣いありがとうございます! 私はいたって健康体ですが、淑女にあるまじき夜更かしをしただけです! どうぞご安心ください!」
「よ、夜更かし……?」
ティサリアの珍妙な受け答えに王女は少なからずひるんだようだが、負けじと侮蔑の表情を浮かべなおす。
「つまり、あなたは自己管理が苦手な方なのかしら?」
「はい! お察しの通り、自堕落な生活を嗜んでおります!」
「そ、そう。どうりで……」
「しかしながら夜更かしをすることもあれば、惰眠を貪ることも好んでおります!」
「まぁ、実はわたくしも……っ、って! わ、わたくしのことはいいのです! あなたはどうやら、随分とだらしのない方のようね!」
「ひしひしと自覚しております!」
慣れないやりとりを繰り返しているためか、互いに息切れしはじめる。
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