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19・行かないで

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「どうした、リセ」

 ジェイルの張り詰めた響きに、リセは少し驚く。

「……え?」

 しかしその濡れた声色を耳にして、リセはようやく自分が泣いていることに気づいた。

「あ、あれ……」

 ジェイルに助けられたあの日から五年もの間、どんなに悲しい気持ちになっても、泣くことはなかった。

 できなかった。

 そのせいか涙が出ていると知っても、それを止める方法がわからない。

 リセは自分でも驚くほど顔も歪めながら、嗚咽を漏らした。

「ご、ごめんね急に。私、どうしたのかな」

 口先ではごまかしたが、理由は痛いほど気づいている。

(私、ジェイルに嫌われてるんだ)

 会ったばかりの時は、そんなこと気にしていないはずだった。

(ただ、精霊獣と一緒にいられることが嬉しかったのに。感謝のお返しがしたかっただけだったのに)

 嫌われている可能性は前から感じていたが、今朝からのジェイルの行動ひとつひとつに、自分が嫌悪されている理由しか見つけられなくなっている。 

(仕方ないのに。私、傷つけることばかりしてた)

「リセ」

 ジェイルは愛しい人をあやすように呼ぶと、手を伸ばしてリセの頬の涙をぬぐった。

 磨き抜かれた宝玉のように精悍な瞳が、どこか憂うようにリセを見つめてくる。

(ごめんなさい。私、嫌われても仕方ないことをしてきたのに。遠ざけるようなことばかりしてきたのに)

 思わず湧き上がってきた思いのまま、リセはいつも逃げていたその神秘的な眼差しから、目を逸らすことが出来なかった。

(離れて行かないで欲しい、なんて……)

 はじめてまっすぐに見つめてくるリセに気づき、ジェイルははっとしたように顔を背ける。

「あ、悪い。俺……」

 リセの濡れた頬から、ジェイルの指先が引いていく。

 考える間もなかった。

 リセは反射的に、その手を追うように掴む。

「待……っ」

 その瞬間、リセは思わぬ強さでジェイルに抱き寄せられた。

 しなやかで引き締まった腕の中に招かれていると気づいた途端、リセの鼓動が高鳴り、流れる涙と共に息苦しいほどの感情が溢れた。

「行かないで」

 こぼれた本音のまま、リセはジェイルの胸で泣き続ける。

 ジェイルはリセのつむじに頬を寄せて抱きしめた。

「そうだったな。お前、ひとりぼっちで泣いてたのに。あの時助けた俺にまで突き放すような言い方されたら、傷つくに決まってた」

 その言葉に、リセは今までの過去の感謝が、ジェイルを縛り付けていたかもしれないことに気づく。

(そうだ。私ずっと、思い出の中の精霊獣に甘えてたんだ。だけど今は。今、私の目の前にいる人は……思い描いていた精霊獣とは違った。だけど……)

「ごめんなさい、ジェイル。私、後悔してるの。あんな態度を取り続けたせいで、ジェイルに嫌われてしまったこと」

「……ん?」

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