上 下
14 / 32

14・好き勝手触っても安心安全

しおりを挟む
 辺りを見回すと、ジェイルは先ほどと同じようにそっぽを向いていた。

「あれっ? 気のせいかな。ジェイル、今何か言った?」

『いや別に』

「そっか……やっぱりそうだよね。早朝の溺れ森に他の人がいるわけないし。今の私、幸せ過ぎて幻聴が聞こえて、」

 リセが言い終える前に男の声が響いた。

「やはりそこにいるのは精霊獣だな!」

 少し離れた木々の合間に、長い金髪に薄い水色の瞳をした青年が立っている。

(他に人、いた!)

 青年は女性にもてそうな上品さと、線は細いが今風の整った見た目をしていて、リセとジェイルを見て明らかに動揺していた。

「女性が精霊獣に襲われている。助けないと……」

 リセは見知らぬ美形の青年に怯んだが、精霊獣が人を襲っていると誤解されたまま逃げ出すこともできない。

「待って、違うんです! あの」

 リセは心を落ち着けようと無意識にジェイルに寄り添いながらも、必死に訴えた。

「あの、あの……あの! 安心して下さい。この精霊獣は、とても人懐っこいんです!」

「……精霊獣が?」

「見て下さい、私はそばにいても襲われていません。さっき抱き枕にしていたくらいです」

 金髪の青年はわずかに冷静さを取り戻した様子で、少し離れたその場所から観察するような視線を向けてくる。

「さっきの君の姿は見間違いではなかったのか。君が精霊獣を抱きしめて幸せそうにしているのがあまりにも可憐だったからつい、見入ってしまったけれど」

「あ。もしかしてあの時『かわいい』と聞こえたのは空耳ではなくて……?」

 リセがうっかり呟くと、青年は気恥ずかしそうに苦笑する。

「あれ、言葉にしていたか」

「えっ、あれは私の幻聴では……?」

「いや、不躾な言葉遣いですまなかったね」

 青年は少し照れくさそうだが、どこかそういうことに慣れた様子で髪をかき上げる。

「無意識に口にしてしまったかな。君の微笑んでいる表情があまりにも魅力的だったから」

「微笑んで……? それは見間違いではないでしょうか。私、見た通り表情が出ない体質で、初対面の方にはよく気味悪がられています」

「確かに今は無表情だね……。だけど、その精霊獣の隣にいて本当に大丈夫なのか? どう見ても、牙を剥いているようだけど」

「えっ」

 見ると、隣にいる銀狼は人でも食い殺しそうな凶悪な顔つきで殺気を放っていた。

「わっ……機嫌悪い?」

『いや別に』

 それが精霊の言葉がわかるリセ以外の人に聞こえていないとしても、険のある態度はリセが青年に訴えた人懐っこさが全くない。

(ジェイル、何を怒ってるんだろう? ここで危険だと思われたら、捕まえられてしまうかもしれないのに)

 ジェイルは相変わらず青年に睨みを利かせているので、リセは慌てて取り繕った。

「あの、見て下さい! この精霊獣は危険ではなく神々しいほど迫力があるだけで……見た目よりずっといい子なんです、ほら!」

 リセは少しでも警戒心を解いてもらおうと、青年に見せつけるように銀狼と化したジェイルを無遠慮に触ったり乗ったり引っ張ったりする。

「ね、こんなに好き勝手触っても安心安全なんです!」

 しかしリセの努力もむなしく、精霊獣のジェイルは今だ不機嫌な態度を改めようとしない。

(愛想、愛想をよくして!)

 リセは心の中で訴えながら、隣のジェイルを覗き込んだ。

「ね! もしかして私以上に緊張しているのかな、っ?」

 その一瞬、ジェイルは隙を盗むような動きでリセに口を重ねる。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

余命六年の幼妻の願い~旦那様は私に興味が無い様なので自由気ままに過ごさせて頂きます。~

流雲青人
恋愛
商人と商品。そんな関係の伯爵家に生まれたアンジェは、十二歳の誕生日を迎えた日に医師から余命六年を言い渡された。 しかし、既に公爵家へと嫁ぐことが決まっていたアンジェは、公爵へは病気の存在を明かさずに嫁ぐ事を余儀なくされる。 けれど、幼いアンジェに公爵が興味を抱く訳もなく…余命だけが過ぎる毎日を過ごしていく。

【完結】さようならと言うしかなかった。

ユユ
恋愛
卒業の1ヶ月後、デビュー後に親友が豹変した。 既成事実を経て婚約した。 ずっと愛していたと言った彼は 別の令嬢とも寝てしまった。 その令嬢は彼の子を孕ってしまった。 友人兼 婚約者兼 恋人を失った私は 隣国の伯母を訪ねることに… *作り話です

【完結】嗤われた王女は婚約破棄を言い渡す

干野ワニ
恋愛
「ニクラス・アールベック侯爵令息。貴方との婚約は、本日をもって破棄します」 応接室で婚約者と向かい合いながら、わたくしは、そう静かに告げました。 もう無理をしてまで、愛を囁いてくれる必要などないのです。 わたくしは、貴方の本音を知ってしまったのですから――。

私も一応、後宮妃なのですが。

秦朱音@アルファポリス文庫より書籍発売中
恋愛
女心の分からないポンコツ皇帝 × 幼馴染の後宮妃による中華後宮ラブコメ? 十二歳で後宮入りした翠蘭(すいらん)は、初恋の相手である皇帝・令賢(れいけん)の妃 兼 幼馴染。毎晩のように色んな妃の元を訪れる皇帝だったが、なぜだか翠蘭のことは愛してくれない。それどころか皇帝は、翠蘭に他の妃との恋愛相談をしてくる始末。 惨めになった翠蘭は、後宮を出て皇帝から離れようと考える。しかしそれを知らない皇帝は……! ※初々しい二人のすれ違い初恋のお話です ※10,000字程度の短編 ※他サイトにも掲載予定です ※HOTランキング入りありがとうございます!(37位 2022.11.3)

【完結】婚約破棄される前に私は毒を呷って死にます!当然でしょう?私は王太子妃になるはずだったんですから。どの道、只ではすみません。

つくも茄子
恋愛
フリッツ王太子の婚約者が毒を呷った。 彼女は筆頭公爵家のアレクサンドラ・ウジェーヌ・ヘッセン。 なぜ、彼女は毒を自ら飲み干したのか? それは婚約者のフリッツ王太子からの婚約破棄が原因であった。 恋人の男爵令嬢を正妃にするためにアレクサンドラを罠に嵌めようとしたのだ。 その中の一人は、アレクサンドラの実弟もいた。 更に宰相の息子と近衛騎士団長の嫡男も、王太子と男爵令嬢の味方であった。 婚約者として王家の全てを知るアレクサンドラは、このまま婚約破棄が成立されればどうなるのかを知っていた。そして自分がどういう立場なのかも痛いほど理解していたのだ。 生死の境から生還したアレクサンドラが目を覚ました時には、全てが様変わりしていた。国の将来のため、必要な処置であった。 婚約破棄を宣言した王太子達のその後は、彼らが思い描いていたバラ色の人生ではなかった。 後悔、悲しみ、憎悪、果てしない負の連鎖の果てに、彼らが手にしたものとは。 「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルバ」にも投稿しています。

私があなたを好きだったころ

豆狸
恋愛
「……エヴァンジェリン。僕には好きな女性がいる。初恋の人なんだ。学園の三年間だけでいいから、聖花祭は彼女と過ごさせてくれ」 ※1/10タグの『婚約解消』を『婚約→白紙撤回』に訂正しました。

虐げられた皇女は父の愛人とその娘に復讐する

ましゅぺちーの
恋愛
大陸一の大国ライドーン帝国の皇帝が崩御した。 その皇帝の子供である第一皇女シャーロットはこの時をずっと待っていた。 シャーロットの母親は今は亡き皇后陛下で皇帝とは政略結婚だった。 皇帝は皇后を蔑ろにし身分の低い女を愛妾として囲った。 やがてその愛妾には子供が生まれた。それが第二皇女プリシラである。 愛妾は皇帝の寵愛を笠に着てやりたい放題でプリシラも両親に甘やかされて我儘に育った。 今までは皇帝の寵愛があったからこそ好きにさせていたが、これからはそうもいかない。 シャーロットは愛妾とプリシラに対する復讐を実行に移す― 一部タイトルを変更しました。

【完結】もうやめましょう。あなたが愛しているのはその人です

堀 和三盆
恋愛
「それじゃあ、ちょっと番に会いに行ってくるから。ええと帰りは……7日後、かな…」  申し訳なさそうに眉を下げながら。  でも、どこかいそいそと浮足立った様子でそう言ってくる夫に対し、 「行ってらっしゃい、気を付けて。番さんによろしくね!」  別にどうってことがないような顔をして。そんな夫を元気に送り出すアナリーズ。  獣人であるアナリーズの夫――ジョイが魂の伴侶とも言える番に出会ってしまった以上、この先もアナリーズと夫婦関係を続けるためには、彼がある程度の時間を番の女性と共に過ごす必要があるのだ。 『別に性的な接触は必要ないし、獣人としての本能を抑えるために、番と二人で一定時間楽しく過ごすだけ』 『だから浮気とは違うし、この先も夫婦としてやっていくためにはどうしても必要なこと』  ――そんな説明を受けてからもうずいぶんと経つ。  だから夫のジョイは一カ月に一度、仕事ついでに番の女性と会うために出かけるのだ……妻であるアナリーズをこの家に残して。  夫であるジョイを愛しているから。  必ず自分の元へと帰ってきて欲しいから。  アナリーズはそれを受け入れて、今日も番の元へと向かう夫を送り出す。  顔には飛び切りの笑顔を張り付けて。  夫の背中を見送る度に、自分の内側がズタズタに引き裂かれていく痛みには気付かぬふりをして――――――。 

処理中です...