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10 現れた人は

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 私は首を傾げます。
 ミュナは『木の匂いのするところにあるオモチ』というものをさがして、ひとりでこの森に迷い込んだようですが……。

「いいえ。オモチという言葉は、はじめて聞きました」

 私の背後で見守ってくれている白亜鳥に聞いてみましたが、彼女もオモチがなにかはわからないようです。

『リシェラ、夕暮れが近づいているわ。そろそろ北の地へ行きましょう』

 私は大空を舞う白亜鳥の群れを見上げました。
 密猟者がやってくる前に旅立たなくてはいけません。
 でも……。

「白亜鳥さん、私はミュナをひとりのままにしておけません。北の地へ渡るのをやめることにします」

『いいの? リシェラがこの地を離れたいのなら、私たちの渡りは絶好のタイミングなのに』

「心配しなくても大丈夫です。私はまず、ミュナを保護者様の元へ無事に送り届けることにします!」

『……そう。リシェラが来ないのは残念だわ。でも迷子の幼女を放っておけないなんて、やさしいあなたらしいわね』

 私は迷うことなくミュナへ手を差し出しました。

「私と一緒に来てくれますか? ミュナのことを心配している方のもとへ帰りましょう」

 ミュナは不思議そうに私のことを見ていましたが、すぐにそばまで駆け寄ってきました。
 その無表情から、なにを考えているのかはわかりません。
 でも手を繋ぐと抵抗する様子もないので、嫌がってはいないようでした。

「白亜鳥さん、お願いがあります」

 私は小屋で書いた手紙を、白亜鳥の背の羽毛にしっかりと絡めました。

「この手紙をブリザーイェット領のハリエット夫人にお渡ししていただけますか?」

 これでマリスヒル伯爵が、支援金を不正使用したことに気づいてもらえるはずです。

『間違いなく届けるわ!』

 白亜鳥は優雅に舞い上がると、大空を旋回する無数の仲間たちと合流しました。
 そして美しい群れをなし、白雲のように北へ流れていきます。

「みなさん! また会うときまでお元気で!」

 私はミュナと繋いでいない方の手を振り、青空を大移動する渡り鳥たちに別れを告げます。
 ミュナも私のマネをしているのか同じように手を振って、一生懸命見送ってくれました。

「ではミュナ、帰りましょうか!」

『かえる……』

 ミュナはなぜか、帰ることに戸惑っているようです。
 私はミュナくらいのとき、はじめて迷子になったことを思い出しました。

 寝たきりになってしまった使用人のヘレンに元気になってほしくて、幼い私は彼女の好きな花を野山で摘んでいました。
 でも途中で迷ってしまい、日が暮れてからなんとか帰ったのですが、ヘレンはとても心配していました。
 そのことを話すと、ミュナは真剣な顔で聞いてくれました。

「早く帰って、ミュナを待っている方を安心させてあげましょう。私も行きますから!」

『リシェラいくなら、ミュナかえるね』

 ミュナは納得してくれたようです。
 ただマリスヒル伯爵家の養女だった私としては、子どもが家に帰るのをためらう姿に違和感を覚えました。
 でもミュナが着ている服はとてもよい素材で、大切にされているように感じます。

 私と手を繋いだミュナは来た道がわかるようで、迷いのない足取りで進んでいきます。
 帰巣本能なのでしょうか。
 大木を自在に上り下りする身体能力にも驚きましたし、ミュナは人より優れた感覚を持っているのかもしれません。

『リシェラ、トリともミュナとも、おはなしできるの?』

「そうなんです。でも内緒にしてくださいね」

『どうして?』

「動物とお話できたら怖がられますから」

『ミュナこわがらないよ。こわいかおはこわいね』

 ミュナが真剣に答えるのがかわいくて、ついほほえんでしまいます。
 こうしているうちに、ライハント王子や養父の追手に見つからなければいいのですが……。

 木々に囲まれた静かな道を歩いていると、夕暮れになってきました。

「ミュナが住んでいるところは、こっちの方向であっていますか? 保護者の方と入れ違いにならなければいいのですが……」

『ならないよ。あっち!』

 ミュナが前方を指します。
 木々に囲まれた三叉路の角から、颯爽と歩く若い男性が現れました。

 彼はサラサラの銀髪と氷のように涼しげな瞳で、見るからに整った容姿をしています。
 洗練された紺の上着や革のブーツに身を包んでいますが、鍛え抜かれていることがわかるほど精悍な体つきです。
 名乗らなくても、身分のある方だと容易に想像できます。

 でも私は彼ではなく、その背後に続く相手を見て釘付けになっていました。


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