上 下
5 / 66

5 決別

しおりを挟む
「でもセレイブ・ロアフ卿が断っているのを知って縁談を申し込むのは、ご迷惑になりませんか?」

 私の意見に、家族みんながぎょっとした様子で怒りはじめます。

「なによお義姉様、自分がエレナと違って目立たないからひがんでいるのね! エレナは縁談を申し込むって決めたの!」

 エレナはいつものように自分の意見を通すつもりのようです。
 でも私の時間が巻き戻る前の記憶では、エレナはセレイブ・ロアフ卿にまったく相手にされず、仕方がないといった様子でライハント王子と婚約していました。

「リシェラと違ってエレナは美しいんですもの。迷惑なんてありえません」

「そうだぞリシェラ、おまえはひどすぎる! 支度金がたくさんもらえるところに後妻にやりたかったが、ろくな縁談がない!」

 養父は私をちらりと見て、ため息をつきました。

「まさかこんなに邪悪な者が養女としてやってくるとはな……。我が家にはエレナがいたんだから、ほしかったのは支援金だけだというのに」

 その言葉は、時が巻き戻る前にも聞きました。
 あのときは動揺して頭の中が真っ白になってしまいましたが、今は違います。

「お養父様が私を養女にしたのは、私に隠れてもらっていた支援金が目的だったんですね」

 この話を聞くまで知らなかったことですが、養女となった私の教育費を援助するために、実家の後妻であるハリエット夫人が多額の支援金を出してしていたそうです。
 そしてリスの証言が正しいのなら、養父は養母がすでにエレナを身ごもっていたことを隠し、私を跡継ぎにすると嘘をついて、支援金ほしさに養女の提案をしたのでしょう。
 家庭に興味のない私の実父なら気にせず、体よく私を追い払えると考えそうです。

「それがどうした! リシェラが未成年の間に届けられる支援金は、もうすべて使い切ったし、返すつもりもない! 今日呼び出したのは、おまえの今後について言っておくためだ!」

 養父は顔を真っ赤にして声を荒らげています。

「リシェラは不吉すぎるから、まともな結婚どころか後妻にすら選ぶ者がいなかったんだぞ! 後妻になれないなら支度金がもらえないし、未成年でないなら支援金ももらえない。つまり役立たずだ! 今すぐ出ていけ!」

 養父の言葉に、以前はとてもショックを受けました。
 養父に追い出すのを明日にして欲しいと頼み込み、私は動物たちに別れを告げながら落胆しました。

――私には自分の家庭を持つことができないのでしょうか。

 でも処刑という結末から戻ってきた今は、違うことを感じています。
 私は幸せな家庭に憧れていましたが、追い詰められてライハント王子の求婚を受けたことが悲劇のはじまりでした。
 だからこれからは結婚に囚われず、好きに暮らしていくのも素敵だと思うのです。

「はい。私は今日成人しました。結婚などは自分で決めますし、平民となって自立する権利があります!」

「権利!?」

 養母もエレナも唖然として私を見ています。
 養父はバカにしたように笑いました。

「なにを偉そうに! 気味の悪い力を持ったおまえが、まともな結婚なんてできるわけないだろう!」

「はい。結婚はもういいのです。わかっているのは、私が今後マリスヒル伯爵家と関わらず生きていくことだけです」

「なっ、金はどうするつもりだ! おまえが未成年の間に支給されていた金はない! すべて使い果たしている!」

「もちろん、成人した私が未成年のときの支援金を求めることはありません」

 支援金の不正使用についてなら、もう手は打っています。
 それよりこれ以上、出立を遅らせたくはありません。

 養父はお金を返せと言われなかったので安心したようです。
 私の思惑も知らず、嘲笑を響かせました。

「ははははっ! 生家から捨てられ、結婚もできず平民に成り下がったおまえの面倒を見てやる義理はないしな! リシェラ、おまえをマリスヒル伯爵家から絶縁する! 今すぐ出ていけ!」

 もう彼らが家族ではないと思うと、気分は軽くなりました。
 養母とエレナも平然とした私に動揺しているのか、顔をひきつらせて笑っています。

「リシェラがいなくなれば、せいせいするわ!」

「お義姉様には平民がお似合いよ!」

 今までは食事を抜かれる恐怖から、口答えもできませんでした。
 でも今日は私が成人になる誕生日。
 ここから逃げ出しても、未成年として保護者の元へ連れ戻されることはありません。

「マリスヒル伯爵家のみなさま、ではこれで」

 私は自由を手に入れるため、足取り軽く邸宅を出ました。
 そして溶けかけてぬかるむ雪道を力強く踏みしめながら、寒さの和らいだ青空を見上げます。
 どうやら来訪するあの人・・・と会わずにすみそうです。

 大丈夫。
 なにも持っていなくても、今の時期なら身一つでも移動できます。
 私には素敵な友達がいるのですから!




 ◆

 釈然としない心をごまかすように、ワシはワインを手放せずに飲んでいた。

 リシェラのやつ、珍しく口答えしおって!
 支援金のことがバレているとは気づかなかったが、使ってしまったものは返すつもりはないぞ!

 だがリシェラはなぜ、ワシが支援金を勝手に使い込んでいたことを知っていたのだ?
 突然追い出してやったというのに、なぜあんなに落ち着いていたんだ?

 ……いや、そんなことはどうでもいい。

 リシェラは邪悪な獣と話せる不気味な女だ。
 支援金がもらえる未成年の間だけは我慢していいたが、もうワシの敷地に置いてやる価値もない。
 だがなにか嫌な予感がするのは、気のせいか……。

 そのとき、家令が慌てた様子でやってくる。
 緊急の来訪者の名を告げられて、ワシは信じられず声をあげた。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

家出した伯爵令嬢【完結済】

弓立歩
恋愛
薬学に長けた家に生まれた伯爵令嬢のカノン。病弱だった第2王子との7年の婚約の結果は何と婚約破棄だった!これまでの尽力に対して、実家も含めあまりにもつらい仕打ちにとうとうカノンは家を出る決意をする。 番外編において暴力的なシーン等もありますので一応R15が付いています 6/21完結。今後の更新は予定しておりません。また、本編は60000字と少しで柔らかい表現で出来ております

【完結】皆様、答え合わせをいたしましょう

楽歩
恋愛
白磁のような肌にきらめく金髪、宝石のようなディープグリーンの瞳のシルヴィ・ウィレムス公爵令嬢。 きらびやかに彩られた学院の大広間で、別の女性をエスコートして現れたセドリック王太子殿下に婚約破棄を宣言された。 傍若無人なふるまい、大聖女だというのに仕事のほとんどを他の聖女に押し付け、王太子が心惹かれる男爵令嬢には嫌がらせをする。令嬢の有責で婚約破棄、国外追放、除籍…まさにその宣告が下されようとした瞬間。 「心当たりはありますが、本当にご理解いただけているか…答え合わせいたしません?」 令嬢との答え合わせに、青ざめ愕然としていく王太子、男爵令嬢、側近達など… 周りに搾取され続け、大事にされなかった令嬢の答え合わせにより、皆の終わりが始まる。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

あなたの事は記憶に御座いません

cyaru
恋愛
この婚約に意味ってあるんだろうか。 ロペ公爵家のグラシアナはいつも考えていた。 婚約者の王太子クリスティアンは幼馴染のオルタ侯爵家の令嬢イメルダを側に侍らせどちらが婚約者なのかよく判らない状況。 そんなある日、グラシアナはイメルダのちょっとした悪戯で負傷してしまう。 グラシアナは「このチャンス!貰った!」と・・・記憶喪失を装い逃げ切りを図る事にした。 のだが…王太子クリスティアンの様子がおかしい。 目覚め、記憶がないグラシアナに「こうなったのも全て私の責任だ。君の生涯、どんな時も私が隣で君を支え、いかなる声にも盾になると誓う」なんて言い出す。 そりゃ、元をただせば貴方がちゃんとしないからですけどね?? 記憶喪失を貫き、距離を取って逃げ切りを図ろうとするのだが何故かクリスティアンが今までに見せた事のない態度で纏わりついてくるのだった・・・。 ★↑例の如く恐ろしく省略してます。 ★ニャンの日present♡ 5月18日投稿開始、完結は5月22日22時22分 ★今回久しぶりの5日間という長丁場の為、ご理解お願いします(なんの?) ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※異世界を舞台にした創作話です。時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。リアルな世界の常識と混同されないようお願いします。 ※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義です。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。登場人物、場所全て架空です。 ※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。 ※話の基幹、伏線に関わる文言についてのご指摘は申し訳ないですが受けられません。

待つわけないでしょ。新しい婚約者と幸せになります!

風見ゆうみ
恋愛
「1番愛しているのは君だ。だから、今から何が起こっても僕を信じて、僕が迎えに行くのを待っていてくれ」彼は、辺境伯の長女である私、リアラにそうお願いしたあと、パーティー会場に戻るなり「僕、タントス・ミゲルはここにいる、リアラ・フセラブルとの婚約を破棄し、公爵令嬢であるビアンカ・エッジホールとの婚約を宣言する」と叫んだ。 婚約破棄した上に公爵令嬢と婚約? 憤慨した私が婚約破棄を受けて、新しい婚約者を探していると、婚約者を奪った公爵令嬢の元婚約者であるルーザー・クレミナルが私の元へ訪ねてくる。 アグリタ国の第5王子である彼は整った顔立ちだけれど、戦好きで女性嫌い、直属の傭兵部隊を持ち、冷酷な人間だと貴族の中では有名な人物。そんな彼が私との婚約を持ちかけてくる。話してみると、そう悪い人でもなさそうだし、白い結婚を前提に婚約する事にしたのだけど、違うところから待ったがかかり…。 ※暴力表現が多いです。喧嘩が強い令嬢です。 ※史実とは関係ない異世界の世界観であり、設定はゆるゆるで、ご都合主義です。魔法も存在します。 格闘シーンがお好きでない方、浮気男に過剰に反応される方は読む事をお控え下さい。感想をいただけるのは大変嬉しいのですが、感想欄での感情的な批判、暴言などはご遠慮願います。

公爵令嬢ディアセーラの旦那様

cyaru
恋愛
パッと見は冴えないブロスカキ公爵家の令嬢ディアセーラ。 そんなディアセーラの事が本当は病むほどに好きな王太子のベネディクトだが、ディアセーラの気をひきたいがために執務を丸投げし「今月の恋人」と呼ばれる令嬢を月替わりで隣に侍らせる。 色事と怠慢の度が過ぎるベネディクトとディアセーラが言い争うのは日常茶飯事だった。 出来の悪い王太子に王宮で働く者達も辟易していたある日、ベネディクトはディアセーラを突き飛ばし婚約破棄を告げてしまった。 「しかと承りました」と応えたディアセーラ。 婚約破棄を告げる場面で突き飛ばされたディアセーラを受け止める形で一緒に転がってしまったペルセス。偶然居合わせ、とばっちりで巻き込まれただけのリーフ子爵家のペルセスだが婚約破棄の上、下賜するとも取れる発言をこれ幸いとブロスカキ公爵からディアセーラとの婚姻を打診されてしまう。 中央ではなく自然豊かな地方で開拓から始めたい夢を持っていたディアセーラ。当初は困惑するがペルセスもそれまで「氷の令嬢」と呼ばれ次期王妃と言われていたディアセーラの知らなかった一面に段々と惹かれていく。 一方ベネディクトは本当に登城しなくなったディアセーラに会うため公爵家に行くが門前払いされ、手紙すら受け取って貰えなくなった。焦り始めたベネディクトはペルセスを罪人として投獄してしまうが…。 シリアスっぽく見える気がしますが、コメディに近いです。 痛い記述があるのでR指定しました。 ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※異世界を舞台にした創作話です。時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。リアルな世界の常識と混同されないようお願いします。 ※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義です。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。登場人物、場所全て架空です。 ※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。 ※話の基幹、伏線に関わる文言についてのご指摘は申し訳ないですが受けられません。

公爵閣下に嫁いだら、「お前を愛することはない。その代わり好きにしろ」と言われたので好き勝手にさせていただきます

柴野
恋愛
伯爵令嬢エメリィ・フォンストは、親に売られるようにして公爵閣下に嫁いだ。 社交界では悪女と名高かったものの、それは全て妹の仕業で実はいわゆるドアマットヒロインなエメリィ。これでようやく幸せになると思っていたのに、彼女は夫となる人に「お前を愛することはない。代わりに好きにしろ」と言われたので、言われた通り好き勝手にすることにした――。 ※本編&後日談ともに完結済み。ハッピーエンドです。 ※主人公がめちゃくちゃ腹黒になりますので要注意! ※小説家になろう、カクヨムにも重複投稿しています。

たとえ番でないとしても

豆狸
恋愛
「ディアナ王女、私が君を愛することはない。私の番は彼女、サギニなのだから」 「違います!」 私は叫ばずにはいられませんでした。 「その方ではありません! 竜王ニコラオス陛下の番は私です!」 ──番だと叫ぶ言葉を聞いてもらえなかった花嫁の話です。 ※1/4、短編→長編に変更しました。

処理中です...