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29 王子の焦燥
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――リシェラ嬢、あなたは本当にセレイブの伴侶になるつもりなのですか?
ロアフ辺境伯邸の踊り場ですれ違ったとき、ネスト公爵はそう私に確認したのです。
――ひとつ忠告しておきます。セレイブの妻になるということは、ロアフ一族の伴侶となる覚悟が必要ですよ。
それがどういう意味なのか、あのときの私にはわかりませんでした。
でも私はセレイブ様と一緒なら、たとえ契約結婚だとしても妻として隣に立つ覚悟があります。
――はい。セレイブ様はとても素敵な住み込……素敵な人ですから。どのようなことでも乗り越えてみせます。
すると私の親ほど年の離れたネスト公爵は、いたずらっ子の少年のような笑みを浮かべたのです。
――では覚えておいてください。彼らの愛情は伴侶と決めた者へ一途に注がれます。あなたはこれから、幸せになる覚悟が必要です。
◆◆◆
ソディエの王宮にある俺の私室の窓からみえる景色は、不吉なほど真っ暗だった。
「ライハント王子、あの件に関しての便りが届きました」
「遅い、もう夜更けだぞ!」
リシェラの調書がいつになったら届くのかといらだっていた俺は、従者から手紙を奪い取った。
報告書を持つ手が震える。
そこには信じたくなかったことが書かれていた。
「リシェラが行方をくらました後、あのセレイブ・ロアフの妻になったという話は事実だったのか……?」
だがマリスヒル伯爵家で冷遇されていたリシェラは社交に参加できず、縁談相手を探すための誕生パーティーも開かれず、縁談どころか後妻すら見つからないようなありさまだった。
しかも隠しているが、獣と話せる不気味な力まである。
そんなことを知られれば、リシェラと関わるだけで白い目で見られるというのに。
なぜなら獣は邪悪で凶暴で利己的だから関わろうとする者は愚かだと、俺だけではなくソディエ国民はきちんと教育を受けているからだ。
俺の場合はさらに、次期国王として獣を打ち倒す心を持てと指南もされている。
そのため王族としての強さを象徴するための剣術も、一流の指導者に学んだ。
だがみな教え方が下手クソだったため、上達はしなかったが。
そのせいで俺をかわいがるソディエ国王夫妻以外、臣下や国民は俺の姉のマイア王女か王弟のネスト公爵が王位に就くべきだと思っている。
ソディエ王国では基本的に現国王の直系、次に年齢順で王位継承権が与えられるが、俺が一番次期国王としてふさわしいのはわかりきっているのに。
だから獣と話せるリシェラと婚約したいなんて、言い出すわけにいかなかった。
俺はリシェラが養女になる前、ティラジア王国のブリザーイェット侯爵令嬢だったころからの知り合いでもある。
だからはじめのころは理由をつけて、マリスヒル伯爵の養女となったリシェラに会いに行っていた。
そのうち養父母がリシェラと義妹のエレナに差をつけて育てるばかりか、食事を抜いたり使用人の仕事をさせたり嫌がらせのようなことをしているのに気づいた。
だがリシェラは俺に泣き言をいう気配すらない。
自分が養女だというみじめな立場を納得していたのだろうが、彼女の笑顔を見るたびに、相談されても困るので助かったという安堵感があった。
もちろん養家から冷遇されているリシェラに縁談など来るはずもない。
王子である俺が望めば婚約なんて簡単に叶うだろう。
でも彼女は王族と並べなくはないが少々爵位の低い出自、しかも養家に虐げられているリシェラとの婚約を自分から言うなんて、みっともないことはしたくない。
そこで国王夫妻である両親に、リシェラを気に入ってもらうにはどうすればいいのかと考えていた。
それなのに最後に会った日、リシェラは邪悪な獣と話せると言い出した。
これでは国王夫妻に気に入られるどころか、下手をすれば処刑の対象になるはずだ。
そんなリシェラとの婚約を望んでいると知られれば周囲からも嘲笑され、次期国王としての評価に傷がつく。
俺はマリスヒル伯爵邸への訪問を止め、リシェラに関わるのを避けた。
もちろんリシェラのあの不気味な力については、誰にも言っていない……はずだ。
しかしあれは新月の夜だったか。
心がほぐれるような甘い香りがしてから、俺は誰かに自分の本音を語った気がする。
そしてなにか良いことを教えてもらったような気もするが、記憶がぼんやりとしていて思い出せない。
目覚めるといつも通り寝室にいたし、夢だったのだろうか。
でもそれからの俺は冴えていた。
リシェラを手元に置いておきたいのなら、誰にも知られず監禁すればいいだけだと気づいたのだから。
俺はリシェラに婚約したいこと、そして獣のイメージを良くするために協力してほしいと嘘を付き、彼女を人目につかない塔に監禁することを計画した。
しかし次期国王としては、邪悪な獣と話せるリシェラをそばに置いていると知られるわけにはいかない。
そこで口止め料として、マリスヒル伯爵からリシェラを買うという形で前金を渡した。
さらにエレナと婚約する話を持ちかけると、ヤツの目の色は変わった。
エレナはわがままで下品なため俺は嫌いだが、父も母も美人だと気に入っていた。
それに両親が勧めるのはみな似たような見た目の高慢な女ばかりだから、どれを選んでも同じようなものだ。
ただエレナなら、結婚しても恥ずかしくない相手だったのだろう。
なにより俺はリシェラを手に入れるためなら、多少のことは我慢するつもりだった。
リシェラを引き取るためにマリスヒル伯爵に金を渡す……そのような人身売買が国際的にも重罪なことくらい知っている。
しかしマリスヒル伯爵は、自分の保身ばかり考える愚かなやつだ。
強欲なあいつが前金を没収されるたり罪に問われるような危険を犯して、俺にリシェラを売ったと自白するはずがない。
計画は完璧なはずだった。
だがリシェラは俺を拒絶するように姿をくらませると、あのロアフ辺境伯令息、セレイブの妻になっていた。
さらにセレイブは聖騎士団に大がかりな調査を依頼している。
そのためマリスヒル伯爵家は元養女であるリシェラへの虐待をはじめ、数々の違法行為が明らかになりはじめていた。
しかも同じ時期に、マリスヒル伯爵家がリシェラの教育費として受け取っていた巨額の教育費を不正に使い込んだことがバレて、契約主であるハリエット夫人が激怒している。
ブリザーイェット前侯爵の後妻である彼女は夫の浮気の心労からか、跡取り息子を産んだあと体調を崩していた。
だが最近になって急に回復したらしい。
突然元気になったハリエット夫人は自ら聖騎士団に調査を依頼して、マリスヒル伯爵家が不正使用した十数年分の支援金の全額返還と契約違反金まで請求している。
しかしあいつらにそんな金は残されていない。
マリスヒル伯爵はリシェラを捕まえようとした直後、鳥の襲撃に遭って薄毛のほとんどを失っていた。
わずかな毛を取り戻そうと考えたあいつは、俺が渡した前金をすべて使い果たし、違法な増毛薬を手に入れたらしい。
しかし感情のままに大量散布した副作用で、毛根は永久死滅したという。
そんなマリスヒル伯爵家の資金は、聖騎士によってすでに差し押さえがはじまっている。
すると次はマリスヒル伯爵夫人と娘のエレナに変化が起きはじめた。
細身だったマリスヒル伯爵夫人は今、歩くことすらままならないほどの肥満体型だ。
娘のエレナは顔の造形が崩れて老婆のようになり、顔立ちも父親とそっくりの残念なものになっている。
彼らは不正に使っていたリシェラの支援金で違法な禁薬を使用し、偽りの姿を作っていたのだろう。
しかし違法薬を購入する資金を失い、薬が切れた反動の報いを受けている。
悲惨な状況のあいつらだが今後、爵位剥奪と財産の差し押さえ、労役と、さらに厳しい罰が待っている。
マリスヒル伯爵はもちろん、夫人とエレナもあの姿で借金返済の過酷な労役を受けるか、罪人の一族が入る厳格な修道院へ行くしかないだろう。
まったく……あそこまで落ちぶれた一族の娘との婚約を両親に相談するところだったなんて、俺もかなり危険な目に遭った。
間違えてエレナと婚約した後であれば、愚かな伯爵令嬢を婚約者にした見る目の無い男と嘲笑されていただろう。
しかしまさかセレイブもハリエット夫人も、マリスヒル伯爵家の悪事を明らかにするために、聖騎士団を利用するほど本気だとは思わなかった。
聖騎士団の調査は時間がかかるが、国際水準で信頼性が高い。
主に国家レベル規模の機関が利用するのだが、それは調査にかかる費用が巨額のためでもある。
ハリエット夫人の依頼した支援金不正使用の調査だけでも、莫大な金額のはずだ。
セレイブの依頼はさらに、マリスヒル伯爵が逃れる隙のないほど念の入ったものだった。
ヤツにはそれだけ注ぎ込める潤沢な財力があるということだ。
気に食わないが、しかしいったいなぜ、金に糸目をつけずそこまでのことをしたのか……。
俺はマリスヒル伯爵の財産が差し押さえられたことで、リシェラを買うために渡した前金を国庫から持ち出したことまで調べられるかもしれないというのに!
ここまで上手くいかないと、リシェラは俺が捕まえようとしていることを知って拒んでいるような気がしてくる。
……いや、リシェラは未来を知っているわけでもないのだから、そんなことはありえない。
しかし今ごろの俺はリシェラを騙して、貴重な魔石を手に入れているはずだった。
そしてヴァイス商会に裏取引で売り飛ばして得た金を国庫に戻すつもりが、このままでは国庫の不正出金に誰かが気づくかも知れない。
早くリシェラを捕まえて金を戻さなくては、次は俺が調査の対象になるかもしれないというのに!
リシェラのヤツ、獣と話せる不気味な力を持っているくせに、どうして勝手に誰かの妻になっているんだ!
俺はそばにいる従者を怒鳴りつけた。
「いいか! 明日は早朝から出立してロアフ辺境伯領へ向かう!」
リシェラはあの力を持っていることを隠して、セレイブと結婚したはずだ。
そうでなければ妻にしようと思うわけがない。
もともとセレイブはどんな女の縁談も受けない、冷淡な男で有名だった。
俺がリシェラの正体をバラせば、すぐ離縁するだろう。
セレイブと会う前の俺は、このときはそう信じて疑いもしなかったが……。
ロアフ辺境伯邸の踊り場ですれ違ったとき、ネスト公爵はそう私に確認したのです。
――ひとつ忠告しておきます。セレイブの妻になるということは、ロアフ一族の伴侶となる覚悟が必要ですよ。
それがどういう意味なのか、あのときの私にはわかりませんでした。
でも私はセレイブ様と一緒なら、たとえ契約結婚だとしても妻として隣に立つ覚悟があります。
――はい。セレイブ様はとても素敵な住み込……素敵な人ですから。どのようなことでも乗り越えてみせます。
すると私の親ほど年の離れたネスト公爵は、いたずらっ子の少年のような笑みを浮かべたのです。
――では覚えておいてください。彼らの愛情は伴侶と決めた者へ一途に注がれます。あなたはこれから、幸せになる覚悟が必要です。
◆◆◆
ソディエの王宮にある俺の私室の窓からみえる景色は、不吉なほど真っ暗だった。
「ライハント王子、あの件に関しての便りが届きました」
「遅い、もう夜更けだぞ!」
リシェラの調書がいつになったら届くのかといらだっていた俺は、従者から手紙を奪い取った。
報告書を持つ手が震える。
そこには信じたくなかったことが書かれていた。
「リシェラが行方をくらました後、あのセレイブ・ロアフの妻になったという話は事実だったのか……?」
だがマリスヒル伯爵家で冷遇されていたリシェラは社交に参加できず、縁談相手を探すための誕生パーティーも開かれず、縁談どころか後妻すら見つからないようなありさまだった。
しかも隠しているが、獣と話せる不気味な力まである。
そんなことを知られれば、リシェラと関わるだけで白い目で見られるというのに。
なぜなら獣は邪悪で凶暴で利己的だから関わろうとする者は愚かだと、俺だけではなくソディエ国民はきちんと教育を受けているからだ。
俺の場合はさらに、次期国王として獣を打ち倒す心を持てと指南もされている。
そのため王族としての強さを象徴するための剣術も、一流の指導者に学んだ。
だがみな教え方が下手クソだったため、上達はしなかったが。
そのせいで俺をかわいがるソディエ国王夫妻以外、臣下や国民は俺の姉のマイア王女か王弟のネスト公爵が王位に就くべきだと思っている。
ソディエ王国では基本的に現国王の直系、次に年齢順で王位継承権が与えられるが、俺が一番次期国王としてふさわしいのはわかりきっているのに。
だから獣と話せるリシェラと婚約したいなんて、言い出すわけにいかなかった。
俺はリシェラが養女になる前、ティラジア王国のブリザーイェット侯爵令嬢だったころからの知り合いでもある。
だからはじめのころは理由をつけて、マリスヒル伯爵の養女となったリシェラに会いに行っていた。
そのうち養父母がリシェラと義妹のエレナに差をつけて育てるばかりか、食事を抜いたり使用人の仕事をさせたり嫌がらせのようなことをしているのに気づいた。
だがリシェラは俺に泣き言をいう気配すらない。
自分が養女だというみじめな立場を納得していたのだろうが、彼女の笑顔を見るたびに、相談されても困るので助かったという安堵感があった。
もちろん養家から冷遇されているリシェラに縁談など来るはずもない。
王子である俺が望めば婚約なんて簡単に叶うだろう。
でも彼女は王族と並べなくはないが少々爵位の低い出自、しかも養家に虐げられているリシェラとの婚約を自分から言うなんて、みっともないことはしたくない。
そこで国王夫妻である両親に、リシェラを気に入ってもらうにはどうすればいいのかと考えていた。
それなのに最後に会った日、リシェラは邪悪な獣と話せると言い出した。
これでは国王夫妻に気に入られるどころか、下手をすれば処刑の対象になるはずだ。
そんなリシェラとの婚約を望んでいると知られれば周囲からも嘲笑され、次期国王としての評価に傷がつく。
俺はマリスヒル伯爵邸への訪問を止め、リシェラに関わるのを避けた。
もちろんリシェラのあの不気味な力については、誰にも言っていない……はずだ。
しかしあれは新月の夜だったか。
心がほぐれるような甘い香りがしてから、俺は誰かに自分の本音を語った気がする。
そしてなにか良いことを教えてもらったような気もするが、記憶がぼんやりとしていて思い出せない。
目覚めるといつも通り寝室にいたし、夢だったのだろうか。
でもそれからの俺は冴えていた。
リシェラを手元に置いておきたいのなら、誰にも知られず監禁すればいいだけだと気づいたのだから。
俺はリシェラに婚約したいこと、そして獣のイメージを良くするために協力してほしいと嘘を付き、彼女を人目につかない塔に監禁することを計画した。
しかし次期国王としては、邪悪な獣と話せるリシェラをそばに置いていると知られるわけにはいかない。
そこで口止め料として、マリスヒル伯爵からリシェラを買うという形で前金を渡した。
さらにエレナと婚約する話を持ちかけると、ヤツの目の色は変わった。
エレナはわがままで下品なため俺は嫌いだが、父も母も美人だと気に入っていた。
それに両親が勧めるのはみな似たような見た目の高慢な女ばかりだから、どれを選んでも同じようなものだ。
ただエレナなら、結婚しても恥ずかしくない相手だったのだろう。
なにより俺はリシェラを手に入れるためなら、多少のことは我慢するつもりだった。
リシェラを引き取るためにマリスヒル伯爵に金を渡す……そのような人身売買が国際的にも重罪なことくらい知っている。
しかしマリスヒル伯爵は、自分の保身ばかり考える愚かなやつだ。
強欲なあいつが前金を没収されるたり罪に問われるような危険を犯して、俺にリシェラを売ったと自白するはずがない。
計画は完璧なはずだった。
だがリシェラは俺を拒絶するように姿をくらませると、あのロアフ辺境伯令息、セレイブの妻になっていた。
さらにセレイブは聖騎士団に大がかりな調査を依頼している。
そのためマリスヒル伯爵家は元養女であるリシェラへの虐待をはじめ、数々の違法行為が明らかになりはじめていた。
しかも同じ時期に、マリスヒル伯爵家がリシェラの教育費として受け取っていた巨額の教育費を不正に使い込んだことがバレて、契約主であるハリエット夫人が激怒している。
ブリザーイェット前侯爵の後妻である彼女は夫の浮気の心労からか、跡取り息子を産んだあと体調を崩していた。
だが最近になって急に回復したらしい。
突然元気になったハリエット夫人は自ら聖騎士団に調査を依頼して、マリスヒル伯爵家が不正使用した十数年分の支援金の全額返還と契約違反金まで請求している。
しかしあいつらにそんな金は残されていない。
マリスヒル伯爵はリシェラを捕まえようとした直後、鳥の襲撃に遭って薄毛のほとんどを失っていた。
わずかな毛を取り戻そうと考えたあいつは、俺が渡した前金をすべて使い果たし、違法な増毛薬を手に入れたらしい。
しかし感情のままに大量散布した副作用で、毛根は永久死滅したという。
そんなマリスヒル伯爵家の資金は、聖騎士によってすでに差し押さえがはじまっている。
すると次はマリスヒル伯爵夫人と娘のエレナに変化が起きはじめた。
細身だったマリスヒル伯爵夫人は今、歩くことすらままならないほどの肥満体型だ。
娘のエレナは顔の造形が崩れて老婆のようになり、顔立ちも父親とそっくりの残念なものになっている。
彼らは不正に使っていたリシェラの支援金で違法な禁薬を使用し、偽りの姿を作っていたのだろう。
しかし違法薬を購入する資金を失い、薬が切れた反動の報いを受けている。
悲惨な状況のあいつらだが今後、爵位剥奪と財産の差し押さえ、労役と、さらに厳しい罰が待っている。
マリスヒル伯爵はもちろん、夫人とエレナもあの姿で借金返済の過酷な労役を受けるか、罪人の一族が入る厳格な修道院へ行くしかないだろう。
まったく……あそこまで落ちぶれた一族の娘との婚約を両親に相談するところだったなんて、俺もかなり危険な目に遭った。
間違えてエレナと婚約した後であれば、愚かな伯爵令嬢を婚約者にした見る目の無い男と嘲笑されていただろう。
しかしまさかセレイブもハリエット夫人も、マリスヒル伯爵家の悪事を明らかにするために、聖騎士団を利用するほど本気だとは思わなかった。
聖騎士団の調査は時間がかかるが、国際水準で信頼性が高い。
主に国家レベル規模の機関が利用するのだが、それは調査にかかる費用が巨額のためでもある。
ハリエット夫人の依頼した支援金不正使用の調査だけでも、莫大な金額のはずだ。
セレイブの依頼はさらに、マリスヒル伯爵が逃れる隙のないほど念の入ったものだった。
ヤツにはそれだけ注ぎ込める潤沢な財力があるということだ。
気に食わないが、しかしいったいなぜ、金に糸目をつけずそこまでのことをしたのか……。
俺はマリスヒル伯爵の財産が差し押さえられたことで、リシェラを買うために渡した前金を国庫から持ち出したことまで調べられるかもしれないというのに!
ここまで上手くいかないと、リシェラは俺が捕まえようとしていることを知って拒んでいるような気がしてくる。
……いや、リシェラは未来を知っているわけでもないのだから、そんなことはありえない。
しかし今ごろの俺はリシェラを騙して、貴重な魔石を手に入れているはずだった。
そしてヴァイス商会に裏取引で売り飛ばして得た金を国庫に戻すつもりが、このままでは国庫の不正出金に誰かが気づくかも知れない。
早くリシェラを捕まえて金を戻さなくては、次は俺が調査の対象になるかもしれないというのに!
リシェラのヤツ、獣と話せる不気味な力を持っているくせに、どうして勝手に誰かの妻になっているんだ!
俺はそばにいる従者を怒鳴りつけた。
「いいか! 明日は早朝から出立してロアフ辺境伯領へ向かう!」
リシェラはあの力を持っていることを隠して、セレイブと結婚したはずだ。
そうでなければ妻にしようと思うわけがない。
もともとセレイブはどんな女の縁談も受けない、冷淡な男で有名だった。
俺がリシェラの正体をバラせば、すぐ離縁するだろう。
セレイブと会う前の俺は、このときはそう信じて疑いもしなかったが……。
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