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23 虐げてきた養女の今

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 ◆

 リシェラのヤツめ!
 あいつが逃げた後ワシの頭上に鳥の群れが襲来して、貴重な毛髪をさらに失ったことが腹立たしい!
 だがワシのかわいい娘であるエレナの目撃情報によって、リシェラの居場所はわかっている。

 ワシは夜道に馬車を走らせ、マリスヒル伯爵領内にあるセレイブ・ロアフ卿の別荘へ向かっていた。

 エレナはライハント王子から婚約の打診を聞く前だったため、先ほど馬車に乗ってロアフ卿に縁談を申し込みに行っていた。
 しかし帰ってくるなり「セレイブ様は悪女のリシェラに騙されてるわ! お父様、リシェラを叱ってちょうだい!!」と怒り狂っていた。

 なにがあったのか聞いても、エレナは答えない。
 御者や従者が無礼だと当たり散らしてクビにしたり、デザートを作り直せと料理人にケチをつけたり、お茶がマズいと高級なティーカップを床に投げつけてメイドたちに掃除をさせたりして、憂さ晴らしをしているようだった。

 かわいそうなエレナ。
 リシェラを捕まえたら食事を抜いて飢えさせて、父親として娘の機嫌を取ってやろう。
 そのあとはライハント王子に引き渡して後金をもらえば完璧だ。

 リシェラには最後まで、ワシの家族のために養分となってもらえばいい。
 養女とは形だけで、あいつのことを娘だと思ったことなどない。

 馬車から別荘の方を見ると、訪問の取り次ぎをさせていたワシの従者が戻ってくる。
 そしてしどろもどろで言い訳をはじめた。

「ロアフ卿は現在、すべての面会を断っていると門前払いをされてしまって……」

「のこのこと追い返されたのか!? ワシがこの領地で一番偉いマリスヒル伯爵だと伝え忘れたせいだろう!」

「確かにお伝えしたのですが……」

 まったく使えないやつだ!
 ワシは直々に門番のところまで向かい、鉄製の門扉ごしに声を上げた。

「ワシはこの領地の主、マリスヒル伯爵だ! 娘のリシェラがロアフ卿の世話になっているそうだな! 直々に迎えに来てやった!」

 だが領主が来たと言っているのに、警備の騎士たちは敬意を示したり頭を垂れる様子もない。

「今日は立ち入り禁止だ。諦めな」

「なんだその態度は! ワシはマリスヒル伯爵領主だぞ!」

「俺たちはソディエ王宮騎士だが? そしてこの別荘に住んでいるのはかつてソディエ国王の命を救った英雄、セレイブ・ロアフ卿だ」

 ソディエ国王はロアフ卿への褒賞としてこの別荘、そして必要に応じて王宮騎士の増援まで約束しているという。
 つまりこの場所は現在、国家レベルの警備体制を敷いているということだ。

 エレナが縁談の申し込みに行ったときは、そんなこともなかったはずだ。
 ロアフ卿はいったいなにを守るために、これほど厳重な警備をしているのだろうか。

「つまり俺たちに逆らえばソディエ国王に逆らうのと同じだってことはわかるな? なぁ、マリスヒル伯爵さんは俺たちに文句があるのかい? どう考えても不敬罪になるけどいいんだな?」

「し、しかしワシはマリスヒル伯爵だ! セレイブ・ロアフ卿に取り次ぐように伝えろ!」

 ワシは鉄の門扉を両手で揺さぶりながら訴えた。
 しかし門番たちはワシを無視して背後を振り返り、別荘からやって来た老執事と話しはじめる。
 ほどなく門扉は厳かに開かれ、柵に詰め寄っていたワシは転がった。

「セレイブ様から面会の許可が下りました。こちらへどうぞ、マリスヒル伯爵」

 現れた老執事はワシに素っ気なく告げると、セレイブ・ロアフ卿の別荘に着くまで無言で案内した。

 別荘のエントランスホールは王宮と比べても遜色のない、厳かな美しさに満ちている。
 しかもワシの邸宅がちっぽけに思えるほど広かった。
 ほどなく、奥にある重厚な階段から銀髪の若い男が降りてくる。

 なるほど……たしかに我が国王などよりずっと立派な人物に見える。
 地位も名誉も金もあるロアフ卿と関係を結べれば、ワシとしても都合が良いな。
 せっかく彼に会えたのだから、かわいいエレナのことを少し売り込んでおくか。

 ライハント王子からの婚約の話もあるが、そっちは保険にしておこう。
 彼はいまいち信用できず、頼りない感じがするしな。

 ただロアフ卿は冷淡だと聞いていたが、怒りとも憎悪ともつかない不穏な感じがするのは気のせいだろうか。
 機嫌を取るため、ワシは猫なで声をかけた。

「いやぁ、セレイブ・ロアフ卿。お会いできて光栄です! 今日はエレナの縁談を申し込むための使いを送った帰り道、運命的にもエレナと会ったそうですな! ぜひあのかわいいエレナとの縁談を考えて――」

「先触れもなく深夜に押しかけて、その話をしにきたのか? ロアフ辺境伯の一族が代々、縁談を受け付けていないことは知らないのか?」

「もちろんそのくらい知っていますが、エレナは特別なんです。なにせソディエ国王夫妻から認められた美女でして、」

「興味ない。それが用件なら引き取り願う」

「お、お待ち下さい!」

 ロアフ卿の機嫌を損ねるのはマズい。
 今はリシェラを捕まえることが先決だ。
 ここは感謝の意思を見せておくべきだろう。

「ワシはロアフ卿にお礼を言いに来たんですよ! リシェラがあなたに迷惑をかけているとエレナから聞いたので、さっさと持って帰ろうと思ってやって来たんです!」

「持って帰る?」

「いやぁ、助かりました、ロアフ卿は本当に人が良い。リシェラが薄汚れた不気味な身なりだったので不審に思い、捕まえてくれたのでしょう? ありがとうございます! 勝手に逃げ出したあれは、こっちで引き取りますから! 今回のお礼に、セレイブ卿には後日エレナも交えた食事会に招待――」

「なにか勘違いしているようだが。リシェラは俺の大切な客人として招いている。そして俺はマリスヒル伯爵家と関わる気はない。永久にな」

 彼の氷のような眼差しが射殺すような鋭さでワシを見下ろしている。
 な、なんだ、体の震えが止まらない……。
 冷淡なはずの彼から滲む憎悪にも似た威圧感を覚え、ワシは息苦しさを覚えてすくみ上がった。

「リシェラは心のやさしい人だが、俺は彼女のように優れた人格ではない。今彼女を侮辱したことも、これまで傷つけたことも許すつもりはない。おまえたちがしたことを隠し通せると思うな」

 ロアフ卿の低い声がワシの身を怒りで締め上げていくような感覚を覚え、吹き出す冷や汗が止まらない。

 ど、どういうことだ?
 なぜ彼はこれほど怒っているのだ?

 ロアフ卿の殺意に似た気配が、そのときふと緩んだ。

「セレイブ様、お話は長引きそうですか?」

 見ると奥の大階段から、見たことのない美しい令嬢が降りてきた。
 茶色い髪と瞳が落ち着いた雰囲気だが、若草色のドレスを着こなす姿は可憐な愛らしさがある。

「リシェラ。どうしてここに」

 なに?
 彼女がリシェラだって!?

 ……いや、まさか。
 リシェラはいつも使用人の捨てた古いメイド服を着ていて、着飾ったエレナの引き立て役だった地味な娘だ。
 だが茶色い髪と瞳の色は、よく見るとリシェラのものにも思えてくる。

 リシェラらしき令嬢は、混乱するワシを気にする様子もない。
 彼女はなにかをたくらむようにほほえんでロアフ卿の隣に並ぶ。
 そして当然のように告げた言葉に、ワシは目を見開いた。




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