上 下
24 / 31

24・仲直り

しおりを挟む
 用事を終えて道具屋を出ると、そこから割と近くにある涸れ森の入り口が視界に入る。

 セレルは涸れ森に逃げた守護獣の体の病を改善できないか、手に入れた薬草を強化したり解毒薬にして試してみるつもりだった。

 誰かに相談しかったが、畑に忙しそうなミリムとカーシェスの邪魔はしたくないし、ロラッドとは相変わらず顔も合わせていない。

 セレル自身が会うことを恐れて部屋で食事をとっていたせいもあった。

 それでも呪いの発作が気になり何度も会いに行こうかと迷っていたが、その間ロラッドからの訪問もない。

 セレルは暗い気持ちで朽ちゆく景色を眺めて、目を疑った。

 涸れ森の入り口にあの一角獣がたたずんでいる。

 そしてセレルに気づくとためらうことなく近づいてきた。

 予想外の出来事にセレルは動転したが、そばにある道具屋に逃げようと考えて来た道を引き返す。

 しかしなにかが引っかかって走りながらも後ろを確認すると、やはり一角獣の様子は以前とは違った。

 毛並みは駆け抜ける風に美しく波打ち、真っ黒だった色もほんのり淡く白みがかっている。

 しやし額には見覚えのある黄色い宝石と鋭い角がはえていて、胸のあたりにはロラッドがつけた目印かのように大きな傷がある。

 やはり守護獣のようだった。

 セレルはふと遠くにこんもりと葉を茂らせた巨大な植物を見つめる。

 もしかすると成長したモモイモが土地の状態を回復させて、守護獣にいい影響を与えているのかもしれない。

 考え事をしている間に一角獣は前に回り込んできて、セレルは息をのんだ。

 しかし予想に反して一角獣はつぶらな瞳で見つめてくると、愛嬌たっぷりに狼のような顔を少しかしげる。

 相変わらずの大きさで迫力はあったが妙に人懐っこい仕草に、セレルは逃げそびれたことも忘れて笑顔を浮かべた。

「仲直り、しに来たの?」

 返事の代わりに一角獣の瞳が明るく光り、セレルを待つようにその場でお座りをする。

 また襲われるかもしれないという不安を抱えながらも、セレルはおそるおそる近づいてみた。

 それでも一角獣はおとなしくして待っているので手を伸ばして首のあたりを慎重に撫でると、嬉しそうにしっぽを振る。

 それを見てしまうと我慢できなくなり、セレルは一角獣の脇に身体を寄せてすこし癖のある毛並みを手ぐしでとかしていく。

 その間一角獣は気持ちよさそうに目を細めていた。

 しかし毛の裏にある皮膚は硬く黒ずんでいて、まだ痛々しい傷あとも残っている。

 調子はよさそうだと感じたが、病も怪我も治っているわけではない。

 それに撫でている手のひらに、呪いを抱えているロラッドとは違うざらつきのようなものを感じて、種類の違う不調を抱えていることも伝わってくる。

「まだ、具合悪いよね」

 セレルはふと癒しの力をこめてみたい思いにとらわれたが、みんなの心配を裏切ることはできずに諦めるしかなかった。

 すぐそばにいるのに助けられない。

「ごめんね。私、あなたのことを治すお手伝い、まだできないんだ」

 不意に目の奥が熱を帯びてきて、セレルは慌てて顔をそむけた。

 自分を助けるために他者を犠牲にしている罪悪感が溢れてくると、ロラッドと最後に会ったときの喪失感まで押し寄せてきて涙が止まらなくなる。

 セレルの横顔に一角獣の舌先が触れた。

 予想もしなかった出来事にセレルは驚いたが、一角獣があまりにも深刻な様子で舐めてくるので、涙が渇く間もなく笑い声を上げた。

「違うよ。私じゃなくて、心配なのはあなたなんだよ」

 セレルは気持ちが緩んでその首元に飛びついた。

「私は元気だよ。だから明日から土地を治すのに協力するの。それがうまくいけば土地もあなたも、もっと良くなるからね。それに今度会ったときは、少しだけ元気になる力をこめて撫でることもできるよ」

 セレルが話している間、一角獣は機嫌よさそうに耳を動かしていたが、それが終わるとセレルの持っている手かごが気になるようで、顔を近づけて匂いを嗅ぎはじめる。

「薬草、食べてみる?」

 セレルはまだ力を込めはいない薬草を少しちぎり、念のため自分でも味見をしてみたが、それを待たずに一角獣はセレルの手から残りの薬草をはんだ。

「あっ、まだダメだよ。でも薬草が動物にも効果があることはわかっているしだいじょうぶかな」

 一角獣は薬草が気に入ったのか一枚をぺろりと食べ終えると、ねだるように柔らかい鼻先を近づけてくる。

「吸収が良くなるように、よく噛んで食べてね」

 もう一枚渡すと、一角獣はセレルの言葉が伝わっているのか満足そうによく噛んた。 

 薬草はおいしいものでもなかったが、身体が治るために欲しがっているのかも知れない。

 セレルはもう少しあげようかと思案しながら何気なく空を見上げると、先ほどまで遠くに見えていたモモイモの葉がないことに気づいた。

「あれ……見間違いかな?」

 セレルが呟いたのとほぼ同時に一角獣が変な鳴き声を出して、地面に薬草を吐き出す。


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢に仕立て上げたいのならば、悪役令嬢になってあげましょう。ただし。

三谷朱花
恋愛
私、クリスティアーヌは、ゼビア王国の皇太子の婚約者だ。だけど、学院の卒業を祝うべきパーティーで、婚約者であるファビアンに悪事を突き付けられることになった。その横にはおびえた様子でファビアンに縋り付き私を見る男爵令嬢ノエリアがいる。うつむきわなわな震える私は、顔を二人に向けた。悪役令嬢になるために。

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持

空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。 その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。 ※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。 ※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

もう私、好きなようにさせていただきますね? 〜とりあえず、元婚約者はコテンパン〜

野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
ファンタジー
「婚約破棄ですね、はいどうぞ」 婚約者から、婚約破棄を言い渡されたので、そういう対応を致しました。 もう面倒だし、食い下がる事も辞めたのですが、まぁ家族が許してくれたから全ては大団円ですね。 ……え? いまさら何ですか? 殿下。 そんな虫のいいお話に、まさか私が「はい分かりました」と頷くとは思っていませんよね? もう私の、使い潰されるだけの生活からは解放されたのです。 だって私はもう貴方の婚約者ではありませんから。 これはそうやって、自らが得た自由の為に戦う令嬢の物語。 ※本作はそれぞれ違うタイプのざまぁをお届けする、『野菜の夏休みざまぁ』作品、4作の内の1作です。    他作品は検索画面で『野菜の夏休みざまぁ』と打つとヒット致します。

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

今更困りますわね、廃妃の私に戻ってきて欲しいだなんて

nanahi
恋愛
陰謀により廃妃となったカーラ。最愛の王と会えないまま、ランダム転送により異世界【日本国】へ流罪となる。ところがある日、元の世界から迎えの使者がやって来た。盾の神獣の加護を受けるカーラがいなくなったことで、王国の守りの力が弱まり、凶悪モンスターが大繁殖。王国を救うため、カーラに戻ってきてほしいと言うのだ。カーラは日本の便利グッズを手にチート能力でモンスターと戦うのだが…

うたた寝している間に運命が変わりました。

gacchi
恋愛
優柔不断な第三王子フレディ様の婚約者として、幼いころから色々と苦労してきたけど、最近はもう呆れてしまって放置気味。そんな中、お義姉様がフレディ様の子を身ごもった?私との婚約は解消?私は学園を卒業したら修道院へ入れられることに。…だったはずなのに、カフェテリアでうたた寝していたら、私の運命は変わってしまったようです。

聖女ではないと婚約破棄されたのに年上公爵様に溺愛されました

ナギノサキ
ファンタジー
聖女としての力を受け継ぐアリス・アンリゼットは第一王子であるクリスと婚約をしていた。 しかし、ある日をきっかけに聖女としての力を発動できなくなったアリスに対し王立魔法学院の卒業パーティーでクリスに婚約破棄を突き出されてしまう。 しかも、クリスの次の婚約者は妹であるアリアが選ばれた。そんな状況が掴めないままのアリスに思いがけない縁談を持ちかけられることになったが… *現在不定期更新です

処理中です...