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30・はじまり
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四月某日、私はめでたく高校の入学式を終えることができた。
徒歩での帰り道、私は隣を歩くいとこの姿をちらりとうかがう。
二日前から泊まりで来てくれていた璃月さんは、ショートカットに合わせた控えめながらも好印象なメイクを施していて、それが春めいた淡色のスーツと見事に調和している。
いつもの自堕落な雰囲気が一転、誰もが羨むような自慢の保護者の姿に擬態していた。
「セーラーも良かったけど……うみとブレザーの組み合わせ、たまらんなぁ」
だだ漏れしている思考水準は相変わらずだけど。
学校から離れた帰り道で気が緩んでいるとはいえ、公道を歩きながら高校生に対し、下品な言葉遣いや視線を向けるのは少し考えてもらいたい。
「璃月さん、舐めまわすような眼差しや妙な吐息を漏らすの、控えて欲しいんだけど」
「これ以上控えろってあんた、私は全人類に向かって叫びたいのを我慢しているんだよ。うみはかわいい、かわいい、かわいすぎる……!」
「かわいいのは私じゃない。制服だよ」
「こら! 年頃のおなご特有の、容姿に対する自己評価の低さやめな! 高校生とはただひたすら愛されるべき黄金年齢なんだから!」
まるで鮮度が良ければ野菜は美味いとでもいうような璃月さんの論調に半ば呆れつつ、私は歩調を早めた。
おとなしくさせるのが無理なら、さっさと帰ろう。
「でもイケメン狐、会いたかったなぁ」
璃月さんの何気ない言葉に、私はまだ動揺する。
「うん……」
璃月さんがやってきた日の朝、冬霧は挨拶もなく姿を消していた。
さがしているうちに璃月さんがやってきて事情を説明したけれど、璃月さんには「イケメンをどこに隠した!」とやたら詰められただけで手掛かりも得られず、会えないままになっている。
冬霧の失踪と璃月さんの到着がかぶっていたので、実質ひとりの生活は今日からとも言えた。
だいじょうぶかな。
ふと湧き上がる不安の中、いつの間にか大きめの交差点まで来ていて、璃月さんは行き先を駅の方へと向ける。
「じゃあ、このまま帰るわ。落ち着かなくてごめんね」
「いいよ。忙しいのに来てくれてありがとう」
「お泊まりセットも置いてあるし、今度ゆっくり遊びに行くわ。ま、潰れた黄身の目玉焼きも芸術的なんだけどね、次はカレー頼むよ」
「あれは運が悪かっただけで、目玉焼きの成功率は半分くらいあるんだよ。次はだいじょうぶだから! それにカレーも修練積んでおくし」
「よろしい。期待してる!」
私たちは互いに手を振って別れる。
道なりに進み、家に一番近いコンビニの前を通ると、私と同じ真新しい制服を着た子が母親らしい人と話しながら出てきた。
「だからさー、ここのコンビニの前で超絶イケメンと会ったんだって! 海外の俳優さんかと思ったけど、良い声で日本語すらすら話してくれてねーもう最高。ここ通ったらまた会えるかな」
女の子は楽しそうに話しながら、駐車されていた車に乗り込んで行ってしまった。
コンビニに通えば会えるのなら、やってしまいそうな自分が怖い。
冬霧はようやく私への心配から解放されて、自由になれたのかもしれないのに。
これ以上私の弱さで拘束するなんて、自分の都合で弱虫でい続けたいなんて。
もう会えないみんなが知ったら、心配させてしまう。
私は深呼吸をして気持ちを引き締めると、三叉路を曲がって砂利道に入った。
私はだいじょうぶだからね、冬霧。
その先にはいつものおばあちゃんの家、和の雰囲気をたたえた黒い屋根と白い壁の古民家が見えてきた。
今日からは、ひとり。
だけど高校生になったんだから、ここにひとりで暮らすんだから。
このくらい、平気にならないと。
鍵を回して、少し持ち上げて入るコツももう覚えた玄関はすんなりと開いた。
ただいま、とひとりで言うのもおかしい気がして、無言で入るとなんだか緊張する。
そのせいか、異変に気づくのが遅れた。
家の奥から、作った覚えのないカレーの匂いがただよってくる。
信じられず、私は立ち止まった。
じわりじわりと心臓の音が徐々に強まっていく。
「また……作り話?」
戸を閉めることすら忘れ、私は玄関で靴を乱暴に脱ぎ捨てた。
────────────────────────────
お付き合い下さり、ありがとうございました!
徒歩での帰り道、私は隣を歩くいとこの姿をちらりとうかがう。
二日前から泊まりで来てくれていた璃月さんは、ショートカットに合わせた控えめながらも好印象なメイクを施していて、それが春めいた淡色のスーツと見事に調和している。
いつもの自堕落な雰囲気が一転、誰もが羨むような自慢の保護者の姿に擬態していた。
「セーラーも良かったけど……うみとブレザーの組み合わせ、たまらんなぁ」
だだ漏れしている思考水準は相変わらずだけど。
学校から離れた帰り道で気が緩んでいるとはいえ、公道を歩きながら高校生に対し、下品な言葉遣いや視線を向けるのは少し考えてもらいたい。
「璃月さん、舐めまわすような眼差しや妙な吐息を漏らすの、控えて欲しいんだけど」
「これ以上控えろってあんた、私は全人類に向かって叫びたいのを我慢しているんだよ。うみはかわいい、かわいい、かわいすぎる……!」
「かわいいのは私じゃない。制服だよ」
「こら! 年頃のおなご特有の、容姿に対する自己評価の低さやめな! 高校生とはただひたすら愛されるべき黄金年齢なんだから!」
まるで鮮度が良ければ野菜は美味いとでもいうような璃月さんの論調に半ば呆れつつ、私は歩調を早めた。
おとなしくさせるのが無理なら、さっさと帰ろう。
「でもイケメン狐、会いたかったなぁ」
璃月さんの何気ない言葉に、私はまだ動揺する。
「うん……」
璃月さんがやってきた日の朝、冬霧は挨拶もなく姿を消していた。
さがしているうちに璃月さんがやってきて事情を説明したけれど、璃月さんには「イケメンをどこに隠した!」とやたら詰められただけで手掛かりも得られず、会えないままになっている。
冬霧の失踪と璃月さんの到着がかぶっていたので、実質ひとりの生活は今日からとも言えた。
だいじょうぶかな。
ふと湧き上がる不安の中、いつの間にか大きめの交差点まで来ていて、璃月さんは行き先を駅の方へと向ける。
「じゃあ、このまま帰るわ。落ち着かなくてごめんね」
「いいよ。忙しいのに来てくれてありがとう」
「お泊まりセットも置いてあるし、今度ゆっくり遊びに行くわ。ま、潰れた黄身の目玉焼きも芸術的なんだけどね、次はカレー頼むよ」
「あれは運が悪かっただけで、目玉焼きの成功率は半分くらいあるんだよ。次はだいじょうぶだから! それにカレーも修練積んでおくし」
「よろしい。期待してる!」
私たちは互いに手を振って別れる。
道なりに進み、家に一番近いコンビニの前を通ると、私と同じ真新しい制服を着た子が母親らしい人と話しながら出てきた。
「だからさー、ここのコンビニの前で超絶イケメンと会ったんだって! 海外の俳優さんかと思ったけど、良い声で日本語すらすら話してくれてねーもう最高。ここ通ったらまた会えるかな」
女の子は楽しそうに話しながら、駐車されていた車に乗り込んで行ってしまった。
コンビニに通えば会えるのなら、やってしまいそうな自分が怖い。
冬霧はようやく私への心配から解放されて、自由になれたのかもしれないのに。
これ以上私の弱さで拘束するなんて、自分の都合で弱虫でい続けたいなんて。
もう会えないみんなが知ったら、心配させてしまう。
私は深呼吸をして気持ちを引き締めると、三叉路を曲がって砂利道に入った。
私はだいじょうぶだからね、冬霧。
その先にはいつものおばあちゃんの家、和の雰囲気をたたえた黒い屋根と白い壁の古民家が見えてきた。
今日からは、ひとり。
だけど高校生になったんだから、ここにひとりで暮らすんだから。
このくらい、平気にならないと。
鍵を回して、少し持ち上げて入るコツももう覚えた玄関はすんなりと開いた。
ただいま、とひとりで言うのもおかしい気がして、無言で入るとなんだか緊張する。
そのせいか、異変に気づくのが遅れた。
家の奥から、作った覚えのないカレーの匂いがただよってくる。
信じられず、私は立ち止まった。
じわりじわりと心臓の音が徐々に強まっていく。
「また……作り話?」
戸を閉めることすら忘れ、私は玄関で靴を乱暴に脱ぎ捨てた。
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お付き合い下さり、ありがとうございました!
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