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16・ごめんなさい
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私は仰向けになり、四角い枠の付いた照明のぶら下がる天井を見上げていた。
ここは、どこ?
お母さんと住んでいた家じゃない。
「うみ」
見ると、私の横には冬霧があぐらをかいて座っている。
そうしてここが、自分がおばあちゃんの家に来てから使っている、いつもの布団の中だと気づいた。
「冬霧、私……」
身体を起こそうとしたけれど、疲労感が強くてうまく動けない。
そうして、ワンちゃんの感情にのまれて倒れた私を、冬霧が家まで連れて来てくれるまでの顛末を思い出した。
「どうして冬霧がいたの?」
「暇なのにワンが連れて行ってくれないなら、うみのあとをつけることにしたんだ」
それで、ワンちゃんの重い心に耐えられず倒れた私の異変に気付いて飛び出してきてくれたんだ。
あのときの心境を思い出すとぞわぞわ恐怖が這い上がって来て、身震いする。
「冬霧、びっくりしたよね」
「うん。しっぽ出た」
慌てながらも駆け寄ってきてくれる冬霧を想像して、そんな気分じゃないのに、少し笑ってしまう。
「来てくれてありがとう」
「いいよ。今はゆっくり休んで」
冬霧の心配を無視してこんな結果になったのに、私が咎められることもない。
「心配かけて、ごめんなさい」
「だいじょうぶだよ」
冬霧は私の額に張り付いた前髪が目に入らないように、撫でながら横に流してくれた。
「うみが困っていたら、俺は行くから」
返事をしようとしたけれど、代わりに訳の分からない涙が出てくる。
小さいころの自分に戻った気がして、恥ずかしくなった。
「冬霧、私のお母さんみたい」
「そう?」
「そうだよ。いつも私のこと心配ばかりして」
かすれた声でそのまま、お母さんにずっと言えなかった言葉がこぼれる。
「ごめんなさい。私、おかしいの」
「うみが?」
「冬霧も知ってるよ。私、あやかしの気持ちが入ってくるから」
そのまま話し続ける。
幼稚園に通っていたときだった。
私に突然、怒りに満ちたあやかしの心が飛び込んできたのだと思う。
いつもおとなしいとみんなに思われていた私は突然、強烈な憤りに憑りつかれて獣のような奇声を上げた。
私はあっけにとられている周りの子たちに罵声を浴びせて、とびかかって、引っかきまわして みんなの悲鳴を聞きながら失神した。
目が覚めたときは家にいて。
私はそのまま、幼稚園にいくのをやめた。
原因はあやかしだったけれど、それは私とお母さんにしかわからなかったから。
それでもあやかしの心が流れてくるときの衝動は、小学生に上がるころから少しマシになっていて、たまに叫んだり、怒りだしたり、泣いたりする、周りから見たらかなり情緒不安定な子だったとは思うけれど、突然危害を加えるようなことは無くなった。
中学生になったら、あやかしの心に翻弄されることも少なくなってきたけれど、自分が人と違うんだと思うたびに、それが暴かれたらどうなるのかわからない不確定さが憂鬱で、友達と呼べるような相手を作ることも避けていた。
仲良しなのは、お母さんだけ。
だから隠していたって、わかる。
夜、私がふと目を覚ますと、何度泣いていたか。
私がおかしいから、お母さんは自分を責めている。
だけど謝ったらそれが事実になってしまう気がして、私はなにも知らないふりをした。
でも何度も謝ろうとしたのは本当で。
結局、謝るどころか会えなくなってしまって。
だからワンちゃんが望むなら、メイちゃんに会って欲しかった。
ワンちゃんはきっとメイちゃんの元気な顔を見るだけでも安心するだろうし、もしかしたらまた一緒に過ごせる可能性が、ほんの少しでもあるのかもって思ったけど。
家族が引っ越したことを知ったあと、ワンちゃんの心に触れたからよくわかる。
覚悟していたはずなのに……。
「ワンちゃんをあんなに傷つけたのは、私が余計なことしたからだね。ひどいこと……しちゃった」
一言も口を挟まず、じっと聞いてくれた冬霧の感情は、相変わらず流れ込んでこない。
その代わり、頭の上についている二対の耳が動いた。
「それだけじゃないよ。ね、ワン」
冬霧が振り返ると、隣の和室のふすまが少し開いていて、そこからワンちゃんの顔がおそるおそる覗いている。
目が合うとワンちゃんはふすまの陰に隠れてしまった。
私の胸が、申し訳なさでぎゅっと縮まる。
「ワンちゃん、ごめんね。私が勝手な考えで動いて、あんな気持ちにさせてしまって」
ふすまの裏側はしんとしていたが、突然ぱっと開く。
そこからワンちゃんが駆け寄ってきたかと思うと、私の寝ているかけ布団の上にわっとおおいかぶさった。
「うみ、ごめん! ぼくの、ぼくのせいでこんなに弱ってしまって。嫌なことも思い出させてしまって……!」
全身から溢れるように泣きつかれて、私はどうすればいいのかわからなくなる。
「ワンちゃん……」
「うみのおかげなんだ! ぼく、弱虫だから言い訳して、ひとりじゃ絶対行けなかった。だけどうみがぼくにチャンスをくれたんだ。それにぼくは心配されることなんてない! うみは倒れたけど、ぼくは大泣きできるくらい、元気なんだ!」
ワンちゃんは涙でくしゃくしゃに濡れた顔のまま私を覗き込む。
「ぼくは、うみを嘘つきにしないよ」
「……え?」
「忘れてないよ、ぼく。メイに会うのが怖くて弱気になっているとき、うみがぼくなら乗り越えられるって信じてくれたこと」
ワンちゃんは白い頬を真っ赤にして、大きな赤い目からボロボロと涙がこぼしながら、必死に訴えてきた。
「今はつらいけど、だいじょうぶだよ。だってうみがそう言ってたからな!」
泣き笑いする声に合わせて動く長いうさぎの耳を、私はそっと撫でる。
「ワンちゃん、ありがとう」
一番つらいのに、私を励ましてくれて。
そうして元気にしてもらった私の心の一部が、ワンちゃんにも流れ込んで、少しでも力になったらいいのに。
ワンちゃんの後ろに座っている冬霧が、私たちを見て静かにほほ笑んだ。
ここは、どこ?
お母さんと住んでいた家じゃない。
「うみ」
見ると、私の横には冬霧があぐらをかいて座っている。
そうしてここが、自分がおばあちゃんの家に来てから使っている、いつもの布団の中だと気づいた。
「冬霧、私……」
身体を起こそうとしたけれど、疲労感が強くてうまく動けない。
そうして、ワンちゃんの感情にのまれて倒れた私を、冬霧が家まで連れて来てくれるまでの顛末を思い出した。
「どうして冬霧がいたの?」
「暇なのにワンが連れて行ってくれないなら、うみのあとをつけることにしたんだ」
それで、ワンちゃんの重い心に耐えられず倒れた私の異変に気付いて飛び出してきてくれたんだ。
あのときの心境を思い出すとぞわぞわ恐怖が這い上がって来て、身震いする。
「冬霧、びっくりしたよね」
「うん。しっぽ出た」
慌てながらも駆け寄ってきてくれる冬霧を想像して、そんな気分じゃないのに、少し笑ってしまう。
「来てくれてありがとう」
「いいよ。今はゆっくり休んで」
冬霧の心配を無視してこんな結果になったのに、私が咎められることもない。
「心配かけて、ごめんなさい」
「だいじょうぶだよ」
冬霧は私の額に張り付いた前髪が目に入らないように、撫でながら横に流してくれた。
「うみが困っていたら、俺は行くから」
返事をしようとしたけれど、代わりに訳の分からない涙が出てくる。
小さいころの自分に戻った気がして、恥ずかしくなった。
「冬霧、私のお母さんみたい」
「そう?」
「そうだよ。いつも私のこと心配ばかりして」
かすれた声でそのまま、お母さんにずっと言えなかった言葉がこぼれる。
「ごめんなさい。私、おかしいの」
「うみが?」
「冬霧も知ってるよ。私、あやかしの気持ちが入ってくるから」
そのまま話し続ける。
幼稚園に通っていたときだった。
私に突然、怒りに満ちたあやかしの心が飛び込んできたのだと思う。
いつもおとなしいとみんなに思われていた私は突然、強烈な憤りに憑りつかれて獣のような奇声を上げた。
私はあっけにとられている周りの子たちに罵声を浴びせて、とびかかって、引っかきまわして みんなの悲鳴を聞きながら失神した。
目が覚めたときは家にいて。
私はそのまま、幼稚園にいくのをやめた。
原因はあやかしだったけれど、それは私とお母さんにしかわからなかったから。
それでもあやかしの心が流れてくるときの衝動は、小学生に上がるころから少しマシになっていて、たまに叫んだり、怒りだしたり、泣いたりする、周りから見たらかなり情緒不安定な子だったとは思うけれど、突然危害を加えるようなことは無くなった。
中学生になったら、あやかしの心に翻弄されることも少なくなってきたけれど、自分が人と違うんだと思うたびに、それが暴かれたらどうなるのかわからない不確定さが憂鬱で、友達と呼べるような相手を作ることも避けていた。
仲良しなのは、お母さんだけ。
だから隠していたって、わかる。
夜、私がふと目を覚ますと、何度泣いていたか。
私がおかしいから、お母さんは自分を責めている。
だけど謝ったらそれが事実になってしまう気がして、私はなにも知らないふりをした。
でも何度も謝ろうとしたのは本当で。
結局、謝るどころか会えなくなってしまって。
だからワンちゃんが望むなら、メイちゃんに会って欲しかった。
ワンちゃんはきっとメイちゃんの元気な顔を見るだけでも安心するだろうし、もしかしたらまた一緒に過ごせる可能性が、ほんの少しでもあるのかもって思ったけど。
家族が引っ越したことを知ったあと、ワンちゃんの心に触れたからよくわかる。
覚悟していたはずなのに……。
「ワンちゃんをあんなに傷つけたのは、私が余計なことしたからだね。ひどいこと……しちゃった」
一言も口を挟まず、じっと聞いてくれた冬霧の感情は、相変わらず流れ込んでこない。
その代わり、頭の上についている二対の耳が動いた。
「それだけじゃないよ。ね、ワン」
冬霧が振り返ると、隣の和室のふすまが少し開いていて、そこからワンちゃんの顔がおそるおそる覗いている。
目が合うとワンちゃんはふすまの陰に隠れてしまった。
私の胸が、申し訳なさでぎゅっと縮まる。
「ワンちゃん、ごめんね。私が勝手な考えで動いて、あんな気持ちにさせてしまって」
ふすまの裏側はしんとしていたが、突然ぱっと開く。
そこからワンちゃんが駆け寄ってきたかと思うと、私の寝ているかけ布団の上にわっとおおいかぶさった。
「うみ、ごめん! ぼくの、ぼくのせいでこんなに弱ってしまって。嫌なことも思い出させてしまって……!」
全身から溢れるように泣きつかれて、私はどうすればいいのかわからなくなる。
「ワンちゃん……」
「うみのおかげなんだ! ぼく、弱虫だから言い訳して、ひとりじゃ絶対行けなかった。だけどうみがぼくにチャンスをくれたんだ。それにぼくは心配されることなんてない! うみは倒れたけど、ぼくは大泣きできるくらい、元気なんだ!」
ワンちゃんは涙でくしゃくしゃに濡れた顔のまま私を覗き込む。
「ぼくは、うみを嘘つきにしないよ」
「……え?」
「忘れてないよ、ぼく。メイに会うのが怖くて弱気になっているとき、うみがぼくなら乗り越えられるって信じてくれたこと」
ワンちゃんは白い頬を真っ赤にして、大きな赤い目からボロボロと涙がこぼしながら、必死に訴えてきた。
「今はつらいけど、だいじょうぶだよ。だってうみがそう言ってたからな!」
泣き笑いする声に合わせて動く長いうさぎの耳を、私はそっと撫でる。
「ワンちゃん、ありがとう」
一番つらいのに、私を励ましてくれて。
そうして元気にしてもらった私の心の一部が、ワンちゃんにも流れ込んで、少しでも力になったらいいのに。
ワンちゃんの後ろに座っている冬霧が、私たちを見て静かにほほ笑んだ。
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