上 下
12 / 30

12・雑草抜き

しおりを挟む
 裏庭に行くと、ワンちゃんは目を輝かせた。

「……あれはなんだ!」

 軽やかに跳ねながら駆けていくと、地面から咲くように生える植物の前に立つ。

 ワンちゃんの腕だと抱えるほどに大きく育った緑の花びらのようなものが、みっしりと重なり合っていた。

 よく見るとその一枚一枚には白い血管のような筋が走っていて、中心に同じ緑色をした丸い塊が大切なもののように包まれている。

 これ、なんだろう。

「それはキャベツだよ」

 やってきた冬霧がその植物、キャベツを根元から持って角度をつけると、割れるようなみずみずしい音が鳴った。

 ワンちゃんの頬が喜びで赤みを帯びていく。

 突如、おしりの辺りがふかっと膨らんだので、感激のあまりに丸く白いしっぽが飛び出たようだった。

「……これ、食べられるのか?」

「食べられるけど……ワン、うさぎなのにキャベツ嫌いなのか」

「控えめに言って大好きだ!」

「それならよかった。これを楽しみにしながら、雑草抜きにしよう」

「任せろ! 俺が一番むしってみせる!」

 冬霧はワンちゃんの気迫に満ちた声に頷いてそばにキャベツを置くと、のんきな手つきで雑草を取り始める。

 ワンちゃんも冬霧の見よう見まねで、草を抜きはじめた。

「冬霧、ぼくと正々堂々の勝負だ!」

 冬霧はどちらでもよさそうに頷いた。

「うん、いいね」

「だけどぼくは初心者だからうみと一緒にやる!」

「いいね」

「よし、ぼくがうみを勝たせてあげるからな、うみ!」

「いいね」

 なぜか私の代わりに冬霧が答えている。

「ワンちゃん、まだ体調が心配だから無理しないでね。私もがんばるから」

 私はそう宣言すると、ワンちゃんの隣にしゃがんで、二人の真似をしながら草をつまみ上げた。

 くり返していくうちに、根の形の違いなのか、抜きやすい種類とそうではないものがわかってくる。

 小さいものは根が定着していなくて抜きやすいけれど、大きなものは取った感があってそれも気持ちがいい。

「おいしそうだな……」

 雑草を見つめて呟くワンちゃんに、私は心配になる。

「これ、食べるの?」

「いいや、ぼくは人間の飯の味を知ってしまったし、草にむしゃぶりつくのはウサギに戻ってからのお楽しみにする」

 楽しみなんだ……。

「それに今日はキャベツ三昧だろうから、腹を空けておかないと」

 先ほどパセリのふりかけ丼を山盛り食べたはずなのに、赤い目はもう食欲に濡れている。

「キャベツ好きなんだね」

「うん。メイもよく食べさせてくれたんだ! 今年はぼくのために庭でキャベツを育ててくれるって……」

 言葉が途切れると、ワンちゃんから沁みるような感情が流れてくる。

 冷たいというより、傷口が熱を持っているようなじくじくとした思いに、私は口をきつく結んだ。

 感情が入ってくると私がつらくなるから、悲しむのをやめてなんて言うつもりはない。

 だけど黙ってこの場を離れるのは、もっと嫌だった。

 私は無心で草取りにふける。

 だから立ち上がった冬霧の影が私たちの前に伸びてくるまで、時間が経つのも忘れていた。

 顔を上げると、少し風が冷たく感じる。

 木々の合間に夕日が沈みかけていて、あたりは薄暗くなっていた。

 夢中になっていたせいか、その変化が急激に思えて、時間の迷子になってしまったような気がしてくる。

「二人とも、暗くなってきたしそろそろ家に入ろう」

 大きなキャベツをしっかりと抱えた冬霧は、さっさと家に戻っていく。

 ワンちゃんは慌てたように立ち上がった。

「あっ、冬霧、ぼくとの勝負は……っ」

 私たちは背後の存在感に振り返り、そこに積まれた雑草の山の迫力に圧倒される。

 私とワンちゃんの努力を合わせた量と比べ物にならないのは、明らかだった。

 驚きのあまり、口をあんぐり開けたままのワンちゃんに、私もようやく声をかける。

「……帰ろっか」

「う、うん……」

 冬霧は雑草抜きの名人だった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

♡蜜壺に指を滑り込ませて蜜をクチュクチュ♡

x頭金x
大衆娯楽
♡ちょっとHなショートショート♡年末まで毎日5本投稿中!!

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

王太子の子を孕まされてました

杏仁豆腐
恋愛
遊び人の王太子に無理やり犯され『私の子を孕んでくれ』と言われ……。しかし王太子には既に婚約者が……侍女だった私がその後執拗な虐めを受けるので、仕返しをしたいと思っています。 ※不定期更新予定です。一話完結型です。苛め、暴力表現、性描写の表現がありますのでR指定しました。宜しくお願い致します。ノリノリの場合は大量更新したいなと思っております。

処理中です...