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12・雑草抜き
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裏庭に行くと、ワンちゃんは目を輝かせた。
「……あれはなんだ!」
軽やかに跳ねながら駆けていくと、地面から咲くように生える植物の前に立つ。
ワンちゃんの腕だと抱えるほどに大きく育った緑の花びらのようなものが、みっしりと重なり合っていた。
よく見るとその一枚一枚には白い血管のような筋が走っていて、中心に同じ緑色をした丸い塊が大切なもののように包まれている。
これ、なんだろう。
「それはキャベツだよ」
やってきた冬霧がその植物、キャベツを根元から持って角度をつけると、割れるようなみずみずしい音が鳴った。
ワンちゃんの頬が喜びで赤みを帯びていく。
突如、おしりの辺りがふかっと膨らんだので、感激のあまりに丸く白いしっぽが飛び出たようだった。
「……これ、食べられるのか?」
「食べられるけど……ワン、うさぎなのにキャベツ嫌いなのか」
「控えめに言って大好きだ!」
「それならよかった。これを楽しみにしながら、雑草抜きにしよう」
「任せろ! 俺が一番むしってみせる!」
冬霧はワンちゃんの気迫に満ちた声に頷いてそばにキャベツを置くと、のんきな手つきで雑草を取り始める。
ワンちゃんも冬霧の見よう見まねで、草を抜きはじめた。
「冬霧、ぼくと正々堂々の勝負だ!」
冬霧はどちらでもよさそうに頷いた。
「うん、いいね」
「だけどぼくは初心者だからうみと一緒にやる!」
「いいね」
「よし、ぼくがうみを勝たせてあげるからな、うみ!」
「いいね」
なぜか私の代わりに冬霧が答えている。
「ワンちゃん、まだ体調が心配だから無理しないでね。私もがんばるから」
私はそう宣言すると、ワンちゃんの隣にしゃがんで、二人の真似をしながら草をつまみ上げた。
くり返していくうちに、根の形の違いなのか、抜きやすい種類とそうではないものがわかってくる。
小さいものは根が定着していなくて抜きやすいけれど、大きなものは取った感があってそれも気持ちがいい。
「おいしそうだな……」
雑草を見つめて呟くワンちゃんに、私は心配になる。
「これ、食べるの?」
「いいや、ぼくは人間の飯の味を知ってしまったし、草にむしゃぶりつくのはウサギに戻ってからのお楽しみにする」
楽しみなんだ……。
「それに今日はキャベツ三昧だろうから、腹を空けておかないと」
先ほどパセリのふりかけ丼を山盛り食べたはずなのに、赤い目はもう食欲に濡れている。
「キャベツ好きなんだね」
「うん。メイもよく食べさせてくれたんだ! 今年はぼくのために庭でキャベツを育ててくれるって……」
言葉が途切れると、ワンちゃんから沁みるような感情が流れてくる。
冷たいというより、傷口が熱を持っているようなじくじくとした思いに、私は口をきつく結んだ。
感情が入ってくると私がつらくなるから、悲しむのをやめてなんて言うつもりはない。
だけど黙ってこの場を離れるのは、もっと嫌だった。
私は無心で草取りにふける。
だから立ち上がった冬霧の影が私たちの前に伸びてくるまで、時間が経つのも忘れていた。
顔を上げると、少し風が冷たく感じる。
木々の合間に夕日が沈みかけていて、あたりは薄暗くなっていた。
夢中になっていたせいか、その変化が急激に思えて、時間の迷子になってしまったような気がしてくる。
「二人とも、暗くなってきたしそろそろ家に入ろう」
大きなキャベツをしっかりと抱えた冬霧は、さっさと家に戻っていく。
ワンちゃんは慌てたように立ち上がった。
「あっ、冬霧、ぼくとの勝負は……っ」
私たちは背後の存在感に振り返り、そこに積まれた雑草の山の迫力に圧倒される。
私とワンちゃんの努力を合わせた量と比べ物にならないのは、明らかだった。
驚きのあまり、口をあんぐり開けたままのワンちゃんに、私もようやく声をかける。
「……帰ろっか」
「う、うん……」
冬霧は雑草抜きの名人だった。
「……あれはなんだ!」
軽やかに跳ねながら駆けていくと、地面から咲くように生える植物の前に立つ。
ワンちゃんの腕だと抱えるほどに大きく育った緑の花びらのようなものが、みっしりと重なり合っていた。
よく見るとその一枚一枚には白い血管のような筋が走っていて、中心に同じ緑色をした丸い塊が大切なもののように包まれている。
これ、なんだろう。
「それはキャベツだよ」
やってきた冬霧がその植物、キャベツを根元から持って角度をつけると、割れるようなみずみずしい音が鳴った。
ワンちゃんの頬が喜びで赤みを帯びていく。
突如、おしりの辺りがふかっと膨らんだので、感激のあまりに丸く白いしっぽが飛び出たようだった。
「……これ、食べられるのか?」
「食べられるけど……ワン、うさぎなのにキャベツ嫌いなのか」
「控えめに言って大好きだ!」
「それならよかった。これを楽しみにしながら、雑草抜きにしよう」
「任せろ! 俺が一番むしってみせる!」
冬霧はワンちゃんの気迫に満ちた声に頷いてそばにキャベツを置くと、のんきな手つきで雑草を取り始める。
ワンちゃんも冬霧の見よう見まねで、草を抜きはじめた。
「冬霧、ぼくと正々堂々の勝負だ!」
冬霧はどちらでもよさそうに頷いた。
「うん、いいね」
「だけどぼくは初心者だからうみと一緒にやる!」
「いいね」
「よし、ぼくがうみを勝たせてあげるからな、うみ!」
「いいね」
なぜか私の代わりに冬霧が答えている。
「ワンちゃん、まだ体調が心配だから無理しないでね。私もがんばるから」
私はそう宣言すると、ワンちゃんの隣にしゃがんで、二人の真似をしながら草をつまみ上げた。
くり返していくうちに、根の形の違いなのか、抜きやすい種類とそうではないものがわかってくる。
小さいものは根が定着していなくて抜きやすいけれど、大きなものは取った感があってそれも気持ちがいい。
「おいしそうだな……」
雑草を見つめて呟くワンちゃんに、私は心配になる。
「これ、食べるの?」
「いいや、ぼくは人間の飯の味を知ってしまったし、草にむしゃぶりつくのはウサギに戻ってからのお楽しみにする」
楽しみなんだ……。
「それに今日はキャベツ三昧だろうから、腹を空けておかないと」
先ほどパセリのふりかけ丼を山盛り食べたはずなのに、赤い目はもう食欲に濡れている。
「キャベツ好きなんだね」
「うん。メイもよく食べさせてくれたんだ! 今年はぼくのために庭でキャベツを育ててくれるって……」
言葉が途切れると、ワンちゃんから沁みるような感情が流れてくる。
冷たいというより、傷口が熱を持っているようなじくじくとした思いに、私は口をきつく結んだ。
感情が入ってくると私がつらくなるから、悲しむのをやめてなんて言うつもりはない。
だけど黙ってこの場を離れるのは、もっと嫌だった。
私は無心で草取りにふける。
だから立ち上がった冬霧の影が私たちの前に伸びてくるまで、時間が経つのも忘れていた。
顔を上げると、少し風が冷たく感じる。
木々の合間に夕日が沈みかけていて、あたりは薄暗くなっていた。
夢中になっていたせいか、その変化が急激に思えて、時間の迷子になってしまったような気がしてくる。
「二人とも、暗くなってきたしそろそろ家に入ろう」
大きなキャベツをしっかりと抱えた冬霧は、さっさと家に戻っていく。
ワンちゃんは慌てたように立ち上がった。
「あっ、冬霧、ぼくとの勝負は……っ」
私たちは背後の存在感に振り返り、そこに積まれた雑草の山の迫力に圧倒される。
私とワンちゃんの努力を合わせた量と比べ物にならないのは、明らかだった。
驚きのあまり、口をあんぐり開けたままのワンちゃんに、私もようやく声をかける。
「……帰ろっか」
「う、うん……」
冬霧は雑草抜きの名人だった。
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