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8・しまわれていたもの

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 璃月さんとの通話を終えると、私は持ってきた荷物を整理するためにキャリーケースを広げた。

──すごいな。うみは勉強が得意なのか。

 裏庭で冬霧が目を輝かせてくれたことを思い出して、少し気持ちを取り直す。

 あんなふうに期待されると自信がなくなってしまったのか、つい不機嫌な態度をとってしまったけれど、落ち着いて考えたら悪い気はしなかった。

 むしろ、嬉しい。

 小学校のころ私が百点のテストを持ち帰ると、お母さんはいつも「うみのがんばりを見せてくれてありがとう」と抱きしめてくれた。

 あのときの腕の中を思い出して、心がほんわりしてくる。

 少しの間お世話になった親戚の家には同い年の女の子がいたけれど、私はなぜかその子のイマイチな成績と比較されることとなり、意味の分からない人格否定や嫌味をはじめ、不正に成績をあげているような根拠のない非難を受けたりしていたこともあって、こんな気持ちになれたのも久しぶりだった。

 少し高望みして入った学校だし、ついていけなくならないように、自分が点数を取りこぼしやすかった単元の復習と、苦手な数学の予習でもしておこうかな。

 荷物を片付けてからすることも決まり、私は昨日から使っている和室を見回して、木製のたんすに目をとめた。

 使ってもいいよね。

 年代物の風格がある黒い取っ手を引いてみると、お母さんが子どものころに着ていたものなのか、女の子用の服が入っていた。

 いくつか開けてみると空いているところもあるので、そこに荷物をしまっていく。

 一番上の段は他よりも小さく仕切られていていて、何気なく開くと古びた紙を見つけた。

 私が春から通う予定の高校名が印刷されている通知表だ。

 そこには、勉強があまり好きではないと言っていたお母さんの名前が旧姓で書かれている。

 おそるおそる開くと定期テストの成績表も挟まっていて、どれも私の実力では到底及ばない数字ばかりが並んでいた。

 さきほど裏庭で、私が勉強を得意だと勘違いした冬霧の、ぱっと華やいだ顔の理由に思い当たる。

 そしておばあちゃんが、お母さんの早すぎる結婚に反対するほど怒った事情にも。

 私の紙を持つ手に力が入った。

 おばあちゃんはきっと、優秀な娘が私を産むために学業を諦めることを許せなかったんだ。

 だから一度も会えなかった。

 私は急に、お母さんにとって大したことのない成績を見せて喜んでいた、子どものころの無知な自分にむなしくなった。

 引き出しを静かに戻すと、片付けも途中のままその場を離れる。

 外に出た。

 昨日通った雑木林に囲まれた砂利道を進むと、舗装された道路とつながった三叉路に近づいていく。

 すると、どこかへ行かなくてはいけないような焦燥感が募ってきて、私は深く考えることはせずに小走りで右手に曲がった。

 その道もまだ脇に木々が生い茂る田舎道ではあるけれど、もう少し行けば民家がちらほら出てきて、さらに進めば最寄りの駅やこれから通う予定の高校も見えてくる。

 歩いているうちに、先ほどの気持ちの焦りが少しおさまってきた。

 速度を緩めて目的地のない散歩をしていると、昨日家に向かうときに見かけたコンビニが見えてくる。

 ふと冬霧の顔が浮かんできて、おやつでも買っていく気になった。

 小さいころ私が落ち込むと、お母さんはよく「元気がでないときは、誰かのためを思ってちょっとしたことをするといいよ」と教えてくれて、そのたびに私はお店で小さなチョコレートや飴をひとつ買って、お母さんにプレゼントした。

 そういうときは必ず、お母さんは大げさなくらい喜んでくれるから、私もつられるように嬉しくなって、小さな悩みや落ち込みくらいならすぐに飛んで行った。

 冬霧に好き嫌いはあるのかな。

 あちこちの景色に目を向けながら回想に浸っていた私は視線は正面に戻すと、足がはたと止まる。


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