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52・魔帝の望みと、「にゃーん」を懐かしむハーロルト

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 黒猫の姿のまま、ディルは少しためらってから呟く。

「俺の望みはいずれ……。いや、建国祭のあとに聞いてほしい」

 やっぱり大切な話らしい。

「うん」

 それ以上は詮索しないで頷くと、ディルの前足が私の腕に触れた。

 そしてなぜか物足りないような表情で見つめてくる。

「前にレナの言っていたことがわかった」

「前?」

「ああ。こういうとき、猫の腕は不便だな」

 ディルは私に額を寄せる。

 その仕草に覚えがあった。

 ベルタさんの小屋で、ディルの猫嫌いは前世の影響かもしれないと気づいたとき。

 ディルが自分のことを無意識に嫌っていると思うだけで、無性にさびしくなってきて……。

 だけど白猫だった私は腕が短くて、ディルを抱きしめる代わりに額を預けた。

 ディルが自分のことをどんな風に感じていても、伝えたかったから。

 あなたが大好きだよって。

 私は額を寄せてくる黒猫を、しっかりと抱きしめた。

「建国祭まで私が白猫にならなければ、ディルの望みが叶うんだよね?」

「そうだといいな」

「叶わないかもしれないの?」

「そのときわかるさ」

「……そうなんだ」

 どうしてディルが白猫になってほしくないのか、私にはわからないけど。

 ディルは黒猫になるのも猫の鳴き声も嫌がっていたのに、結局私の望みを叶えてくれた。

「私もディルみたいになりたいな」

「それはやめてくれ」

「え、どうして?」

「レナはありのままが一番だろう」

 ディルはそう言ってくれるけど、私は大好きな人の望みを叶えられるようになりたいな。

「建国祭、楽しみだね」

 幸せを抱きしめている私は、黒猫になったディルの耳元で「にゃーん」を繰り返し練習しながら寝たのだった。






 ***

「どうした。ハーロルト」

「ディルベルト陛下、近ごろヴァレリーちゃんが現れないのはなぜですか」

 私が質問すると、執務室の脇で休憩を取る怖ろしくも美しい魔帝は平然と答えました。

「ヴァレリーのことはもう忘れろ。人前に出すつもりはない」

 そ、そんな。

 まるでヴァレリーちゃんとは今生の別れのような言い方。

 ハーさんは悲しいですよ……。

 しかし近ごろの陛下はどう考えても魔帝より猫帝気味なので、それを隠すためにもヴァレリーちゃんを人前に出さないのは得策でしょう。

「ヴァレリーちゃんは御息災なのですね?」

「ああ、相変わらず元気だ。食事も喜んでいる」

「おいしそうに食べていますか?」

「もちろんだ」

 ヴァレリーちゃんがおいしく幸せに暮らしているのなら、この件に関してはそれでいいのかもしれません。

 私はあの「にゃーん」を懐かしみながらも、彼女の幸せを願いましょう。

 しかし最近の皇城の変化は、ヴァレリーちゃんが人前に姿を見せなくなっただけではありません。

「ところでディルベルト陛下、彼女は一体何者なのですか」

「レナのことか? 言っただろう、俺の専属メイドだと」

「それは聞いております。しかし陛下が彼女を専属メイドとして迎え入れてすぐ、寄せられていた皇城内の問題が次々と解決しすぎではありませんか?」

「問題が解決しているのなら、喜ばしいだろう」

「それはそうですが」

 私が気になっていることは、そこではないのです。

 しかしどうやって切り出せば……。




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