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23・前世の名
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涼やかに「猫が俺の主」発言をする魔帝に対し、ハーロルトさんの笑顔と私の動きが固まった。
「あの、その……魔帝と恐れられるディルベルト陛下が猫ちゃんの従僕とは、少々かわいすぎませんか?」
「にゃごにゃご……!?」
私とハーロルトさんの動揺をよそに、ディルは膝の上に座る猫の姿をした私の背を撫でる。
「なにも驚くことはない。俺があらゆる記憶を失っている間、この白猫が助けてくれた」
「まさか記憶喪失だったのですか!? 今回は気を失うだけではなく、そこまで重い症状だったのですね……なるほど。心細いとき、その白猫が陛下の心の支えになってくださったのだと容易に想像できます」
「それだけではない。偶然にも魔術師ベルタと会った」
「魔術師ベルタ! 世界中で名を馳せる実力を持つ、しかしなかなか所在がつかめない、あの風来坊の大魔術師のことですか?」
ベルタさん、すごいのはアイスを食べる量だけではなかったらしい。
「そう。あの大魔術師から、俺の魂がこの白猫にほとんどくっついてしまっていると言われた。俺が意識を失う不調をたびたび起こしていたのも、その瞬間に魂が抜けていた影響だろう」
ディルが魂剥離について説明する間、ハーロルトさんは神妙な面持ちで聞いていた。
「なるほど。普段なら剥がれても戻ってくる陛下の魂が、今回はなぜか白猫の元に定着してしまった。しかし白猫がそばにいれば体調は安定して、とりあえず魂が消える危険を回避できている、ということですね」
「ああ。この白猫と一緒に過ごせばいずれ、俺の肉体に魂が戻るだろうとベルタが言っていた。それが事実なら、俺の魂の剥がれる体質はその後、収まる可能性もあるようだ」
ハーロルトさんも力強く頷く。
「それは希望のある話ですね。猫嫌いのディルベルト陛下が、自分の魂と心を支えている白猫を『主』と表現して、手放さないことも納得しました。なにより膝にのせて撫でているのが羨ましいほど、愛くるしい猫ですしね。しかしその事実がよからぬことを企てる者に知られれば、陛下にも白猫にも危険がおよぶかもしれません」
「用心するに越したことはないが、そのような者たちのことなど取るに足らない。主が望めば、俺はあらゆる者を一掃する」
不敵に微笑むディルから一瞬、その身に宿す魔力が波打つ。
強者の貫禄に、その実力を知っているはずのハーロルトさんですら表情を強張らせた。
この一瞬だけで彼が魔帝と恐れられる理由がわかるほど、ディルの魔力量は前世を含めて私が出会った誰よりも膨大で、しかも卓越されている。
確かにここまでの力を持つ魔帝が君臨しているのなら、誰も攻め入る気にならないはずだ。
ハーロルトさんは畏敬を込めた動きで、ディルの前に跪く。
「このハーロルト、微力ながら陛下と聖猫のお役に立ちたいと思います」
聖猫って、いつのまに。
「そして陛下。私が主君の猫に忠誠を誓う意思表示として、そのふわふわの白毛を撫でてもいいでしょうか?」
「ダメだ」
ダメらしい。
敬愛する主君の判断に、ハーロルトさんは切ない顔をしている。
「ではせめて……せめて名だけでも呼ばせてください!」
「白猫の名はヴァレリーだ」
えっ?
今世ではまだ一回しか呼ばれたことがなかったその名に、私はどきりとした。
もしかしてディル、カイのときの記憶を思い出している?
「あの、その……魔帝と恐れられるディルベルト陛下が猫ちゃんの従僕とは、少々かわいすぎませんか?」
「にゃごにゃご……!?」
私とハーロルトさんの動揺をよそに、ディルは膝の上に座る猫の姿をした私の背を撫でる。
「なにも驚くことはない。俺があらゆる記憶を失っている間、この白猫が助けてくれた」
「まさか記憶喪失だったのですか!? 今回は気を失うだけではなく、そこまで重い症状だったのですね……なるほど。心細いとき、その白猫が陛下の心の支えになってくださったのだと容易に想像できます」
「それだけではない。偶然にも魔術師ベルタと会った」
「魔術師ベルタ! 世界中で名を馳せる実力を持つ、しかしなかなか所在がつかめない、あの風来坊の大魔術師のことですか?」
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「そう。あの大魔術師から、俺の魂がこの白猫にほとんどくっついてしまっていると言われた。俺が意識を失う不調をたびたび起こしていたのも、その瞬間に魂が抜けていた影響だろう」
ディルが魂剥離について説明する間、ハーロルトさんは神妙な面持ちで聞いていた。
「なるほど。普段なら剥がれても戻ってくる陛下の魂が、今回はなぜか白猫の元に定着してしまった。しかし白猫がそばにいれば体調は安定して、とりあえず魂が消える危険を回避できている、ということですね」
「ああ。この白猫と一緒に過ごせばいずれ、俺の肉体に魂が戻るだろうとベルタが言っていた。それが事実なら、俺の魂の剥がれる体質はその後、収まる可能性もあるようだ」
ハーロルトさんも力強く頷く。
「それは希望のある話ですね。猫嫌いのディルベルト陛下が、自分の魂と心を支えている白猫を『主』と表現して、手放さないことも納得しました。なにより膝にのせて撫でているのが羨ましいほど、愛くるしい猫ですしね。しかしその事実がよからぬことを企てる者に知られれば、陛下にも白猫にも危険がおよぶかもしれません」
「用心するに越したことはないが、そのような者たちのことなど取るに足らない。主が望めば、俺はあらゆる者を一掃する」
不敵に微笑むディルから一瞬、その身に宿す魔力が波打つ。
強者の貫禄に、その実力を知っているはずのハーロルトさんですら表情を強張らせた。
この一瞬だけで彼が魔帝と恐れられる理由がわかるほど、ディルの魔力量は前世を含めて私が出会った誰よりも膨大で、しかも卓越されている。
確かにここまでの力を持つ魔帝が君臨しているのなら、誰も攻め入る気にならないはずだ。
ハーロルトさんは畏敬を込めた動きで、ディルの前に跪く。
「このハーロルト、微力ながら陛下と聖猫のお役に立ちたいと思います」
聖猫って、いつのまに。
「そして陛下。私が主君の猫に忠誠を誓う意思表示として、そのふわふわの白毛を撫でてもいいでしょうか?」
「ダメだ」
ダメらしい。
敬愛する主君の判断に、ハーロルトさんは切ない顔をしている。
「ではせめて……せめて名だけでも呼ばせてください!」
「白猫の名はヴァレリーだ」
えっ?
今世ではまだ一回しか呼ばれたことがなかったその名に、私はどきりとした。
もしかしてディル、カイのときの記憶を思い出している?
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