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17・ふたりの出会い

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「私に助けてもらった恩……? もしかして以前、ユリウス殿下が座学をサボろうとして、仮病を使ったときのことですか? あれは偶然居合わせたベルタさんが『バカに付ける薬はない』と言ったことで不敬罪になるなんて、私がおもしろくなかっただけです」

「懐かしいわ。あのときレナーテは、大聖堂で育てていた最高に苦い良薬のお茶を出してくれたのよね。王太子はそれを飲みたくなかったのでしょうね。急に『調子が治った』と言い出して、彼の仮病は見事に解決……。ふふ、あなたって本当におもしろいんだもの。レナーテが祈力を増幅させる代わりに思考を鈍らせる香の中で生活をしていて、あの判断をしたことに驚いたし、私が助けられたのも事実よ」

「そう言ってくださるのなら、そういうことにしておきますね」

 ベルタさんはあの頃から王家を敵に回しても、全然怖くなさそうな顔をしていたけれど。

 ユリウス殿下の仮病騒動が終わったあと、ベルタさんは私と二人で話す時間を設けてくれて、誰にも知られずに転移魔術でこの小屋へ案内してくれた。

 そしてバニラアイスをごちそうになって、「必要になったときは、この小屋へ遊びに来るといいわ。あなたなら好きに使っていいから」と、この小屋への転移陣を利用する魔符号を教えてもらった。

「もしかしてベルタさん、私がこうなることを予想していたんですか?」

 アイスを頬張るベルタさんの口元に、微笑が浮かぶ。

「たとえ私が無理に大聖堂から連れ出しても、あなたがそれを望まなければ上手くいかないもの。でも大聖堂で暮らす以外の道を選ぶのなら、いつでも手を差し出す心積もりはあるということを伝えたくて、ここを教えたのよ」

「ありがとうございます。おかげでまた、最高のアイスをごちそうになれました」

「そうね、今度は変わったフレーバーを用意しておこうかしら。もちろんあなたのかわいい従僕にも……ディルと呼んでいるのね?」

「はい。大聖堂を出てから彼と会って、それで……」

 私がこれまでのいきさつについて話す間に、ベルタさんはアイスを十回ほどおかわりした。

「つまり……前世の記憶を取り戻したレナーテは、王太子と司教たちを窓から投げ捨てて大聖堂から逃げた。その途中、かわいい奴隷を衝動買いしてこの小屋で治療していたけれど、さきほど王太子が追いかけてきたので、猫語で威嚇して追い払ったということでいいのかしら?」

「はい」

「ふふ。あなたって、本当におもしろいことをするのね」

 悪役令嬢を務めた前世では、そういう振る舞いをすれば非難されたけれど、ベルタさんは楽しそうにしている。

「それに……レナーテのその姿は、魔術の変化ではないようね」

 事情を話している間に猫の姿を披露した私は、ベルタさんと向き合って席に着くディルの膝に座っていた。

「大聖堂でうたたねしながら、前世の夢を見たんです。起きたらこの姿に」

「その夢に、ディルの前世が反応したようね」

 ディルの前世……カイが?

「ベルタさんはディルの魂になにが起こっているのか、わかりますか?」




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