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気付けば暗闇の中で立っていた、目を閉じているのか開いているのかわからない程の真っ暗の中で泣き声が聞こえる。

どうしたの?
- 誰も僕のことを知らない -
そう
- 皆僕のことがきらい -
そうなの?
- 誰も僕のそばにいてくれない -

「今はここに私がいるわ」
「やっと来てくれたね」
右手に小さな手が触れてギュッと握ってきた。
ドキッとしたが危険な感じはしない、けれど暗闇で何も見えず誰がいるのかわからないことがリリエナの心を揺らす。
「あなたは誰?」
「あ、そっか。人間はこれじゃ見えないんだった、よし、これで見える?」
それは暗闇の中にぼんやり浮かび上がり、やがて形を現した。
「え、カワウソ⁈」
そこにいたのはチャコールグレイの短い毛に小さな耳と短い手足、つぶらな瞳で見上げてくる後ろ足で立ち上がったカワウソだった。
真っ暗なのに自分の姿も、その動物も何故かハッキリと見えているなんて、此処は一体どこなのかしら。
子供の手じゃなくカワウソの手だったのね、か、可愛い。
え、けど待って。私って魔王に引きづり込まれたのよね、このカワウソが魔王なのかしら。
まさかと思わずしゃがみ込んで目線を合わせてしまう。
「あなたが魔王なの?」
「かつて魔王と呼ばれていたものだよ」
肯定の返事にリリエナは胃がキュッと縮んだ気がした。
やっぱりこのカワウソが魔王だったのね、何故その姿なのか聞きたいところではあるけれど、先に聞かなければならない事があるわ!
「じゃあ、何の約束をしたのか教えてくれるのよね」
見た目のせいか、緊張が解れ気安く話しかけてしまう。
「そうだっけ、でも、そんなのもうどうでもいい事だよね。だってリナはここにいる、ここにずっといるんだもん」
まるで小さな子供と話している気分ね、でも油断してはいけないわ、手を引こうとしても小さな柔らかな手に強く握られ振り払えないんだもの。
ここに来る事で約束を守ったというなら、それが約束だったのだろうか。
「いいえ、これで約束を守ったことになるのなら、もう私は帰るわ。手を離して」
「だめだよ!外はだめ!怖いことや嫌な事ばっかり。ここにいるのがいいよ」
さらに両手で握りしめてくる。

『あいつのせいで俺は・・引き摺り下ろしてやる』
『やめて、あの人に近づかないで、あの女酷い目にあわせてやる』
『騙しやがって、憎い憎い憎い』
『死ねばいいのよ』

急に色んな憎悪の声が頭に響いてきて、思わず空いてる手で片耳を塞いだ。不快でたまらない。
「聞こえたでしょ、人間なんてくだらないよね。あ、でもリナは違うよ、君は特別だからここにいていいよ」
今のは一体何?恨みつらみの負の感情が渦巻いているようで、それは自分の指を掴んでいる小さな手から流れてきているように感じたのだけど。
戸惑うこちらの事などお構いなしにカワウソは喋り続ける。
「リナが思い出をくれたから、少しは人を信じてみてもいいと思ったんだ。だから、リナが戻るまでの間は大人しくしてたよ。でも、人間は変わらない。口では良い人のように言っても、本心では妬みねたみ嫉みそねみ僻みひがみだらけだったよ。どんどん溢れたから制御しきれなかったくらい。でも、リナは違う、思い出の中にそんなものなかった、リナはキレイだ。君がいてくれるなら外の世界には何もしないよ、というかどうでもいいんだ。ここで二人でいようよ、ね!」
"思い出をくれた"と言った、友人のような関係であったはずはない、としたらどういう意味なのかしら。
小さな手に、まるで縋るように力が入った。
「リナしかいらない。・・・聞きたくない、もうイヤなんだ」
小さく呟かれた言葉にハッとした。

『もういや、みんな私に早く魔物を倒して魔王を殺せっていうの、私だって頑張ってるのに、そんなのもう聞きたくないよ』

ふと思い出した女の子の声、周りからのプレッシャーに耐えられなくなった時の私だ。
このカワウソ魔王は、その時の私みたいに苦しんでいるように見えるわ。
見た目だけはションボリしたカワウソだけれど、これは・・魔王なのよね、いえ、魔王と呼ばれていたと言っていた。
想像していた敵とは少し違うけど、すぐに脱出すべきなのかもしれないけど、ここで手を振り払って戻ってはいけない気がするの。
あの時、私は城を飛び出したんだっけ、それで・・どこに?ダメだわ思い出せない、どうやって城に帰ったのかしら。
やはり記憶を取り戻さないといけないわ、5年前に何があったのか。








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