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第七部『暗躍の海に舞う竜騎士』

一章-2

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 翌朝になり、留守を紀伊たちに任せた俺と瑠胡、セラの三人は、住まいにしている神殿を出た。
 冬に入って随分と気温が下がっているためか、俺だけでなく、瑠胡とセラも防寒用のマントを羽織っていた。


「マントより、ランドが羽織ったマントの中にいたほうが暖かいと思うんです」


 紀伊さんに文句を言われた案を口にしながら、瑠胡は俺へと身体をくっつけてきた。
 マントの中から俺の腕を掴んできた瑠胡は、セラへ目を向けた。


「セラ。いっそ、二人でランドのマントの中に入りませんか?」


「……それはそれで、魅力ですね。ですが、そんな姿を村の方々に見られたら、また女たらし、という噂が出てしまいます」


 ……え? そんな噂になってるの?

 俺が驚いた顔をしたことに気付いたらしく、セラは苦笑した。


「冗談めかした感じではありますけれど。そういう噂があるのは確かですね」


「マジですか……」


 俺が落ち込みながらこめかみを押さえると、瑠胡とセラがクスっと笑う声が聞こえてきた。
 斜面を降りた俺たちは、村の外周を通って《白翼騎士団》の駐屯地に向かった。
 もうすぐ駐屯地に辿り着く――というところで、灰色のローブを着た少女が近寄って来た。
 この《白翼騎士団》に所属する、魔術師のリリンだ。
 銀髪の髪を後ろで一本に纏め、金属フレームの眼鏡の下から、暗めのブルーアイが俺たちを真っ直ぐに見つめていた。
 リリンは俺たちに近寄ると、深々と一礼をしてきた。


「ランドさん、瑠胡姫様、セラさん、おはようございます」


「ああ。おはよう、リリン」


「おはよう、リリン」


「……リリン。おはよう。出迎えか?」


 俺たちがそれぞれに挨拶を返すと、リリンは真っ直ぐに俺へと近寄って来た。


「……ランドさん。なにも言わず、匿って下さい」


 そんなことを言いながら、リリンは俺のマントの中に入り込んだ。
 いきなりなにごと――と思っていると、駐屯地からレティシアが早足にやってきた。レティシアは目を左右に動かしながら、俺たちの前で立ち止まった。


「ランド、セラ――ご苦労だな。瑠胡姫様も、御足労を感謝致します。ところで、ランド。すまないが、動かないでくれ」


「――へ?」


 言われた意味を理解するよりも前に、レティシアが俺のマントを捲ってきた。
 隠れるように俺の背後に廻っていたリリンに、レティシアは窘めるように言った。


「リリン――おまえが、ランドや瑠胡姫様を慕っていることは、理解しているつもりだ。だが、どうあっても今回は連れて行けぬ。我慢してくれ」


「前回も我慢したんです。今回は……連れて行って下さい。わたしなら、レティシア団長の護衛も立派に努めることができます。村はエリザベートがいれば、充分に護ることが可能です」


「仕方ないだろう。連れて行くことのできる兵には、制限があるのだから。なにも今回が最後の機会というわけでもあるまい。大人しく留守を護っていてくれ」


 レティシアの説得に、リリンは渋々という態度で俺の背中から出てきた。
 俯きながら俺たちに向き直ると、短く告げてきた。


「無念断腸の極みです」


 ……いや、そこまで思い詰めなくてもいいんじゃないか?

 出立の前に、こんなことで揉めたことに、内心では「なんだかなー」な気分にもなったが、それについて文句を言ったりはしなかった。
 リリンが俺や瑠胡を慕ってくれるのは有り難かったし、レティシアの事情も理解できるからだ。
 板挟みな管理職というのは、大変だなぁ……と、思ったりもしたし、ここでわざわざ、藪を突くようなことは、しないほうがいいだろう。
 とまあ、こんな出発だったわけだが――それから十日後、俺たちは海上を進む船の上から、ジャガルートの陸地を見ることとなる。
 ここまでの道中、俺たちが乗る二台の馬車を襲って来たのは、狼の群れと小規模な山賊くらいだ。
 大した苦労もなく、ここまで来られたのは僥倖といえるだろう。
 乗船してから、俺と瑠胡、セラは船酔いに苦しむことになるが、問題としては微々たるものだろう。
 鬼神の神域に紛れ込むでもなく、謎の巨大生物に追いかけ回されるでもなく、流されるままに誘拐事件の片棒を担いだり、盗賊どもの大捕物を演じたり――するよりは、随分とマシだろう。

 ……ここ最近、なんか碌な目に遭って無い気がするけど。気のせいだろうか、これ。

 船酔いも、俺は出航した日の夜には回復した。
 ベリット男爵や船員たちから「二、三日は覚悟をしろ」と言われていたのに、いきなり頭がスッキリとした感じになった。
 意外と、船酔いに慣れやすい体質だったのかもしれない……それ以外の説明なんか、思いつかないだけだけど。
 ジャガルートは大きく分けて、二つの区域に別れているらしい。
 一つは、高温多湿な西側の内陸部。もう一つは、乾燥して季節や昼夜で寒暖差が激しい東側だ。
 俺たちが向かっているのは、東側のほうだ。
 季節が冬ということもあってか、インムナーマ王国よりも南にあるのに、随分と涼しくなりはじめていた。
 海岸沿いに走る帆船から陸地を見てみると、海岸から離れた場所では、畑が多く見られた。船員の話では、この時期はまだ、ジャガイモの収穫が盛んという話だ。
 九日目の昼前に、俺たちはジャガルートにあるオモノという街に入港した。ここは、ベリット男爵が交渉を行う、豪族が住む街だという。
 久しぶりに陸地に立つと、どこか足元が揺れている感覚が残っていた。瑠胡やセラも歩きにくそうに、俺の腕にしがみついてきた。
 船から馬車が降ろされると、兵士の一人がやってきた。


「ランド殿。馬車の準備ができました。お連れのお二方も、どうぞ馬車へ」


 畏まって敬礼する兵士に、俺は苦笑しながら頷いた。


「ありがとうございます。でも、そんなに畏まらないで下さい。俺たちは、雇われの身ですから」


「い、いえ。山賊を討伐した功績を考慮すれば、敬意を示すのは当然です」


「山賊ったって、小規模でしたからね。そんなに大袈裟なことしなくたって――」


 兵士は俺の言葉に被せるように、しかし心底、申し訳なさそうな顔で告げた。


「……御言葉ですが。三〇人を超える規模の山賊を、小規模とは言いません。どんな山賊と比較なされているのでしょうか」


「えっと……《地獄の門》とか、ですかね」


「《地獄の門》……」


 その兵士は絶句したように、首を左右に振ってから、俺たちを馬車へと促した。どうやら、比較対象として間違えたようだ。
 馬車に乗った俺たちは、海岸に近い街中の街道を進んだ。街道の両側には岩盤をくり抜いた印象の建物が並んでいる。
 その街並みを抜けると、広大な壁に囲まれた豪邸に辿り着いた。
 馬車が豪邸の門の前に出ると、数十人の使用人が出迎えた。
 先頭の馬車からベリット男爵が外に出ると、使用人のあいだから、頭に黒いターバンを巻いた男が出来てきた。
 白髪交じりの髭を生やしていることから、そこそこ高齢というのがわかる。
 黒いターバンの老人は、浅黒い肌で白髪交じりの髭を生やした顔に、にこやかな笑みを浮かべながら、ベリット男爵に大きく手を広げた。


バイルグオウ、ガル、ベリットよく来てくれました、ベリット様


シコログ、ト、ア、ガル、シャルコネお久しぶりです、シャルコネ様


 軽く抱き合ってから、シャルコネの目が一瞬、俺たちのほうへと向いた。だが、すぐにベリット男爵へと向き直ると、にこやかな笑みを浮かべた。


「会話は、インムナーマ王国の言葉でいたしましょうか? 後ろの方々は、我々の会話を理解できておらぬようですので」


「こ――これは、過大なお心配り、傷み入ります。ですが、あそこにいるのは護衛の者たちですので。どうか、お気になさらず」


「いや、彼らだけではありませんよ、ベリット様。妹君のこともありますでしょう?」


「ああ……なるほど」


 ベリット男爵は頷くと、自分が乗っていた馬車を振り返った。
 そういえば、レティシアがまだ出てきていない。なにをやってるんだ――と思っていたそのとき馬車から、レティシアが出てきた。
 レティシアは普段の騎士らしい鎧ではなく、薄い青地に銀糸の刺繍が施されたドレスに身を包んでいた。
 レティシアはシャルコネの前に進み出ると、ドレスの裾を僅かに持ち上げた。


「レティシア・ハイントでございます。本日は、お招きに預かりまして。身に余る光栄でございます」


「あなたが、レティシア様ですか。それでは、お二人はこちらへ。護衛の方々は、使用人にて宿泊する離れへと御案内致しましょう。昼食も用意してありますので」


 シャルコネに連れられて、ベリット男爵とレティシアは豪邸の中に入っていく。
 俺と瑠胡、セラは、ほかの兵士たちと一緒に、離れへと案内された。離れと言っても、白い石材を使った、一種の豪邸みたいな造りだ。
 一瞬だが、俺を見たシャルコネに違和感というか……既視感のようなものを覚えながら、俺は瑠胡やセラと、昼食を摂った。
 こちらの地方独特の調味料――スパイスが普段に使われた料理は、独特の風味で最初は抵抗があった。けど食べ慣れてくると、ちょっと癖になりそうな味だった。
 俺たちが通された部屋は、兵士たちとは異なり、来客用の部屋のようだった。調度類が整っているんだけど、難点というか、妙ちくりんなところが一つだけ。ベッドは四、五人が並んで寝られるほど大きなものが一つだけだった。
 ベッドのことは脇に置くとして、護衛に与えられる部屋にしては豪華過ぎる。あのシャルコネという豪族が、なにを考えているかわからない。
 しかし瑠胡やセラには好評なため、あえて二人には話さなかったけど。
 それにしても……交渉だって聞いていたけど、レティシアがめかし込む必要はあるんだろうか?
 なにか揉め事が起きなきゃいいけどな……と、そんな不安が頭を過ぎったが、俺としてはそれが杞憂に終わることを祈るしか無かった。

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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!

わたなべ ゆたか です。

サクッとジャガルートへ移動です。今さら本作で山賊の襲撃とか書いても、仕方ないですしね。

中の人も船酔いは酷い体質だったりします。薬を飲んで寝ないと、吐き気が半端ないです。船酔いに強い人は、三半規管が強いんでしょうか……羨ましい。

ま、船に乗るなんて滅多にないんですけどね。

少しでも楽しんで頂けたら幸いです。

次回も宜しくお願いします!
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