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第五部『臆病な騎士の小さな友情』
四章-6
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エルフが騎乗する大鹿を先頭に、俺たちが乗る馬車とザルード卿が騎乗している軍馬が、森の中を駆けていた。
俺たちとは違い、エルフは夜目が利く。ユーキたちのいる原っぱまで、二名のエルフが道案内を買って出てくれた。ランプに照らされた大鹿のあとを追っている途中で、御者台で手綱を握っているフレッドが、隣に座っている俺に話しかけてきた。
「こんなときに言うのも、アレなんですが……さっきの作戦は、かなり怖かったんですよ!?」
さっきの作戦とは、エルフの魔術で視界を遮ったタムランに、フレッドの持つ《スキル》、〈声真似〉で俺の声を出して貰ったことだ。
これでタムランの気を引いた隙に、俺が間合いを詰めたわけだけど。
フレッドは騎士でも兵士でもなく、《白翼騎士団》に所属する従者だ。戦闘訓練なんか、ほとんどしていないみたいだし。
土ゴーレムが迫ってきたみたいだから……そりゃあ、怖かったろうな。
「ああ、あれは助かったよ。感謝してるって」
「感謝は言葉だけじゃなく、形で下さい。形で!」
「形って言われてもなぁ……例えば、なにが良いんだ?」
「瑠胡姫様かセラさんを一晩貸し……いえ、その、そんな怖い顔で、長剣を抜こうとしないで下さいよ。あと、左手の棘も勘弁して下さい」
引きつった顔を見せるフレッドを睨みながら、俺はとりあえず長剣を鞘に収めた。
こいつは……顔は童顔っぽい美形なのに、なんでこんなに性格が残念なんだ。
「冗談でも、言って良いことと悪いことがあるぞ。まったく……」
俺が半目で睨むと、フレッドは盛大な溜息を吐いた。
「かなり頑張ったと思うんですけど……」
「飯くらいなら、奢ってやるから。それで我慢してくれよ」
俺がそう答えたとき、視界が一気に開けた。
一面に広がる芝草が、月明かりを鈍く反射していた。奥行きだけで五〇マーロンほどはある原っぱだ。
うっすらと白く輝く、その原っぱの中央付近だけは、ぽっかりとした暗がりが広がっていた。まだ遠目だから正確な大きさは掴みきれないが、その大穴らしい暗がりは、直径が約十五マーロン(約一八メートル七五センチ)くらいだろう。
速度を落とした俺たちが原っぱの中央に近づくと、大穴の近くに二人分の人影を見つけた。
「あれは、ユーキとエリザベートか」
俺たちが近づくと、寝転がっていたユーキが上半身を起こした。
「ランドさん……ゴーレム、止めましたぁ……」
「止めた――?」
俺が眉を顰めると、ユーキは大穴の底に指先を向けた。
馬車から降りた俺が大穴を覗き込むと、三マーロン(約三メートル七五センチ)ほど下にある底から、ゴーレムの頭部の先端らしいものが突き出ているのが見えた。
これはもしかしなくても、あのゴーレムを地面に埋めたあとなんだろう。
「……これを、ユーキたちが?」
「そうよ! あたしが――」
いまやっと上半身を起こしたエリザベートは、なにかを言いかけて口を閉ざした。
そうかと思ったら、今度はユーキの手を掴んで、高々と頭上へと挙げた。
「あたしたちが、やり遂げたのよ! あたしとユーキなら、不可能なんてないってこと、理解してよね!」
「あの、エリザさん? 不可能がないってのは、流石に言い過ぎかなって……」
「なんでよ!? 現に、ゴーレムを止めてみせたのに」
ユーキの指摘にエリザベートが反論していると、馬車から降りてきたセラが、二人に怒りの形相を向けた。
「身勝手な行動をして、なにが『不可能なんてない』だっ! おまえたちは、もっと騎士団としての責務と――」
「ああっと……セラ? 今日の件については、そのくらいでいいんじゃないですか?」
「――っ! ですが、ランド……」
「まあ、あのゴーレムを地面に埋めちまったのは事実ですからね。そこだけは、褒めてもいいと思うんですよ。実際、こんな見事にゴーレムを地中に埋めるなんて、俺には無理だと思うし……今日は、この功績を労うだけにして、反省会は後日にしてやって下さい」
「あなたがそこまで言うなら……そうします。ですけどランド。ユーキに甘くないですか?」
苦言というか、セラは少し拗ねた様子に見えた。俺が苦笑しながら「他意はないですよ」と答えたとき、不機嫌そうな表情のザルード卿が近づいて来た。
ザルード卿は先ほどの戦いで、俺の蹴りを受けて気絶してしまった。光の剣に斬られそうだったのを助けたんだけど――ちょっと威力が強すぎたかもしれない。
そんな経緯もあって、俺に対して良い感情を持ってないようだ。
そのザルード卿は、俺たちを睨め回すような視線を送った。
「……こんなものが功績だと? ただ埋めただけではないか。他の騎士団ならば、完膚なきまでに破壊できたはずだ。これで《白翼騎士団》が、お飾り程度の存在だと立証できたな」
「……本気で言ってますか?」
「無論だ。ほかの騎士団が総力をあげれば、あのゴーレムを打ち倒すこともできよう」
「なればユーキとエリザベートは、二人でほかの騎士団と同格であろう。それこそ《白翼騎士団》の実力が、ほかの騎士団と遜色ない証にならぬか?」
「な――」
横から降ってきた瑠胡からの指摘に、ザルード卿が絶句した。ザルード卿がどんな反応をするかと見守っていると、今度はリリンが口を開いた。
「ユーキさんは、あなたを殺しかけた、ジランドという逃亡兵に勝ったことがあります。ザルード卿――失礼を承知の上でお伝えしますが、あなたの実力は、ユーキさんの足元にも及びません。そんなザルード卿が、《白翼騎士団》を実力不足と判断する資格はありません」
恐らく自分の半分にも満たない少女から、これほどまでに辛辣な評価を下されるとは思ってもなかったに違いない。
口を半開きにしたままで硬直したザルード卿へ、俺は肩を竦めてみせた。
「まあ、あれです。ユーキの実力は、普通の騎士団じゃ引き出せないと思うんですよ。ちょっと風変わりなのは認めますけど、《白翼騎士団》でなら、ユーキも彼女らしい騎士でいられる筈ですから。ここは、任せてみませんか」
俺の言葉に納得したのかは、わからない。エリザベートと肩を並べて、成り行きを見守っている娘を一瞥したザルード卿は、肩を落とすように頷いた。
「……わかった。御主たちの言うとおりにしよう」
これでやっと、今回の目的が果たせたな――と思っていたら、リリンが話しかけてきた。
「ところでランドさん。何点か質問があります」
「改まって、なんの質問なんだ?」
俺が頷くことで質問を促すと、リリンは「まず最初は」と、人差し指を立てた。
「タムランの魔術をまともに受けたのに、なんで無傷だったんですか?」
先ほどの戦いで、俺はタムランが放った魔術の直撃を受けている。しかし俺は怪我を負うこともなく、タムランに掴みかかった。
このとき俺が無傷で魔術を凌いだことが、リリンの疑問になっていたようだ。
「ああ、それは……瑠胡の故郷に行ったとき、ちょっといざこざがあってさ。そのときに戦った相手から、手違いで〈魔力障壁〉って《スキル》を奪っちゃたんだよな」
「なるほど……それで、次の質問についても理解できました」
「次の質問って?」
俺からの質問に、リリンは俺の左手へと指を向けた。
「ランドさんの《スキル》が、タムランの〈魔力障壁〉の結界内で、どうして使えたのか――ってことです。あの中では普通、魔術の効果が発動したり、《スキル》を発動したりできない筈なんです」
「……いや、でもさ。現に、できたぞ?」
「ですから、その疑問が解消できたんです。〈魔力障壁〉は魔術や《スキル》といった、魔力による作用を無効化しますから。きっとランドさんの〈魔力障壁〉とタムランの〈魔力障壁〉が、互いを打ち消しあったのではないかと――わたしは、そう確信しました」
「あー……なるほど」
よくわからん。
大体、あのときはそこまで考えてない。とにかく、タムランの身体に棘を突き刺そうと、必死だったってだけだ。
知恵熱が出そうな頭を捻っていると、リリンは半目で俺の顔を覗き込んできた。その顔は、どこか怒っているようにも見える。
「ランドさん……わたしが譲った〈計算能力〉を、もっと活用して下さい」
「いや、使ってるよ。とても助かってるって。ただ、ああいう場合だと考える余裕がないから、直感的な部分に頼ってしまうだけで……」
俺は言い訳をしてみたが、リリンの不満は解消できかったようだ。
俺は苦笑しながら、リリンの頭を撫でた。
「ごめん、ごめん。もっと有効に使うようにするよ」
「……そうして下さい」
上目遣いで少し微笑むリリンから離れたとき、俺の右側に瑠胡がやってきた。軽く睨むような仕草で、袖を引っ張ってきた。
「……リリンには、気安く頭を撫でたりするんですね」
「え? いや、だって、なんか年下の従姉妹って感じで……」
「もちろん、わたくしにもやって頂けるんですよね?」
にっこりと微笑んではいるが、瑠胡は少し怒っているのかもしれない。いやまあ……そう言えば、頭とか撫でたことはなかったのは確かだけど。
あとで――とか言うと、ちょっと拗れそうだ。ここは謝罪の意味も含めて、頭を撫でようか。
そう思って瑠胡を抱き寄せようとしたら、今度は左側にセラが来た。
「瑠胡姫様の次は、わたくしも……その、お願いします」
……あ、はい。
そっか。セラもこういう付き合い方に飢えていたのか。俺が自身の不甲斐なさに落ち込んでいると、リリンが声をかけてきた。
「……お待ち下さい。まだ、ランドさんへの質問は終わってません。最後の質問が残っています」
俺たちが振り返ると、リリンは無表情のまま口を開いた。
「ここに来る前、ランドさんの首筋が赤くなっていることに気付いたんです。左右に二つずつ……でしょうか。虫刺されですか?」
「首筋? いや、気付かなかったな。痒くはないし、膨らんだりもしてない……あ、瑠胡やセラはどうです? 虫刺されとかありますか?」
俺が瑠胡とセラを交互に見たとき、二人はリリンからの視線を避けるように顔を背けていた。
「いや……妾は虫には刺されておらぬ」
「わたしも……平気です」
二人の返答を聞いて、リリンはなにか気付いたように、首を三度ばかり縦に振った。
「そうですか。男性しか刺さないとか、珍しい虫がいたみたいですね」
……そういう虫っているのか? 俺の読んでいた本には出てこなかったけど。この世界っていうのは、まだまだ未知に包まれているらしい。
そこまで生物の奥深さに浸ってから思考を切り替ると、俺は瑠胡に向き直った。
「それじゃあ、瑠胡。さっきの続きをしましょうか」
「あ、いえ……あとにしましょう」
いきなり主張を変えた瑠胡に、俺は戸惑いながらも従った。次にセラにも同じことを効いてみたけど、同様の反応だった。
……一体、二人になにがあったんだろう?
俺としては二人の反応は不可思議過ぎて、首を捻るばかりだ。
その後、ユーキやエリザベートの提案で、今日はエルフの隠れ家に戻って休むことになった。
俺たちは馬車に乗り込むと、エルフの先導で彼らの隠れ家へと向かった。
*
ランドたちが原っぱの大穴付近で話し合いをしているころ。
馬車の中では、縛られて身動きの出来ないジランドの頭を、馬車の幌に凭れかかった兵士のブーツが小突いた。
腹部の傷を庇うように横向きに寝かされた兵士は、無言で睨むジランドを睨み返した。
「貴様はこれから、前線に戻ることになる。そこで処分が決まるだろう」
「なんだよ……縛り首にしてやるって言いたいのか?」
「……安心しろ。そんな簡単には死なせない。貴様は必ず、前線に送ってやる」
「馬鹿か、てめえは……さっき、ランドってやつに言われてたろうが。俺にはもう《スキル》どころか、訓練兵時代に学んだことすべてが、消えちまってるだろうが」
怒りを滲ませるジランドは芋虫のように這いながら、兵士へとにじり寄った。しかし、その途中で足で頭部を蹴られてしまう。
痛みに顔を顰めるジランドに、兵士は殺意を込めながら言った。
「それがどうした。貴様は体隊長たちを殺した……その報いは、必ず受けさせる。縛り首で、それでお終いになんかさせるか」
「なんだ、そりゃ! ただの恨みじゃねぇか!! あんな三人が死んだからって、そこまでされる筋合いはねぇだろ! あいつらは、弱いから死んだ――それだけのことだろうが!」
「……それなら前線で死んだとしても、貴様が弱かっただけということだ。どんな理由があろうとも、貴様は兵士として登録されている。なにを言っても、言い逃れにしかならんだろう。俺は――貴様が《スキル》や技能を失ったことは一切、報告しない」
兵士の宣告に、ジランドは絶望に顔を歪ませた。
その表情に、兵士は感情の失せた目を向けた。
「他人のことを蔑ろにしたヤツには、同情の念すら抱かん。貴様が今までしてきたことを……せめて敵兵に殺されるまで、後悔して生きるが良い」
その言葉を聞いたジランドの口から、兵士になってから初めての嗚咽が漏れ始めた。
------------------------------------------------------------------------------------
本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!
わたなべ ゆたか です。
思いの外、長くなってしまいました。ただ、二つに分けるにしても……ちょっと中途半端。
そんな理由で一本でのアップとなりました。
本文中に出ていた、〈魔力障壁〉が〈魔力障壁〉を中和する――という内容ですが。書いている最中で、「おまえはATフィールドか」と突っ込みを入れました。
いや、別に参照にしたわけではないのですが……中和する理由は本文の通りで、浸食じゃないですしね……と、言い訳じみたことを書いてみるわけですが。
プロットの段階では、まったく気付かなかったんですよ。書いている最中に、自分自身に「おい、てめえパイルバンカーぶち込むぞ」って突っ込みを入れた次第(汗
ちなみに、ランドの〈魔力障壁〉は全身タイツのように身体を包んでいる感じ、タムランは範囲型となってます。
全身タイツタイプは、身体の内部までは効力を発揮しないので、〈筋力増強〉などの《スキル》は普通に使えます。
範囲型は外部から侵入した魔力に関する現象(魔術や《スキル》)を無効化するという感じ。
自分の身体は平気ですが、範囲内に効果が及ぶ魔術は使えないという制限があります。
結界の外に放つ攻撃用の魔術は使用可能ですが、結界内だと打ち消されます。ただ、ゴーレムを操っていた水晶は、手に持っている(身体の一部という判定)ので、使うことが可能――。
という設定になってます。操作されるゴーレムは結界の外なので、無問題。
少しでも楽しんで頂けたら、幸いです。
次回もよろしくお願いします!
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