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第五部『臆病な騎士の小さな友情』
四章-1
しおりを挟む四章 繋ぐ手と手
1
俺がリリンに起こされたのは、まだ夜も明けていない頃だった。
瑠胡やセラと馬車で寝ていたところに、リリンにしては珍しく、かなりの大声で俺たちを呼んだ。
「ランドさん、大変です! ユーキさんたちがいませんっ!!」
「ん……え? なんて?」
目覚めてすぐは、リリンの言ったことが理解できなかった。
しかし「だから――」という接続詞をつけて、もう一度、同じことを言われて、俺はようやく意味を理解した。
「ユーキたちって、他には誰がいないんだ!?」
「エリザベートです。二人が使っていた毛布が、もぬけの殻になってます」
俺が立ち上がって馬車から降りようとしたとき、瑠胡とセラが身動ぎする音が聞こえてきた。
「ん――ランド? どちらへいかれるのですか?」
「ランド……リリンも? リリン、なにかあったか?」
「ユーキとエリザベートがいなくなった。それ以外の状況は不明です」
俺は答えながら、馬車から降りた。
先の返答で目が覚めたのか、二人が起きあがる音を聞きながら、俺は小屋へと入った。
すでにリリンが灯していた松明の灯りが、小屋の中を照らしていた。女性たちが寝ていた場所には、毛布が三つ並んでいるだけだ。
遅れて来たセラが、ユーキの寝ていた毛布に手を伸ばした。
「少し温もりが残っています。ユーキがどこかへ行ってから、まだ一時間は経っていないと思います」
「なら、急げば追いつけるか?」
ユーキだけならともかく、エリザベートが一緒というのであれば、行き先を推測するのは簡単だ。
この騒ぎでようやく目が覚めたのか、ザルード卿が俺たちの元へやってきた。
リリンから状況を聞いて、ザルード卿は一瞬だけ唖然とした顔を見せた。
「なん……だと? それで、ユーキはどこに!?」
「わかりません。ただ、恐らくはタムランたちを捕まえに行ったと思われます」
リリンが答えに、ザルード卿は苦々しい顔をした。
流石に娘が心配なのかと思った矢先、表情を険しくさせながら毒づいた。
「ユーキをそそのかしたのは、エリザベートだな? これが汚点になれば、ユーキをザイケンの騎士団に入団させたとて、領主の心証が――」
その先は、聞かなくても理解できた。
こんなときに、まだ家の名誉に固執しているようだ。こんなことを聞いて黙っていられるほど、俺の忍耐力は強くない。
怒鳴ろうとした直前、瑠胡が先に口を開いた。
「娘の心配よりも、名誉や功績に固執しておるのか。その名誉も娘が頼りであろうに――騎士というのものに、親の心はないとみえる」
「知ったふうな口は慎んでもらおう! 我がコウ家の問題に、口出しはさせぬ」
瑠胡は睨んでくるザルード卿に、小さく鼻を鳴らしてみせた。
「御主と問答などする暇など、妾にはない。ランド、追うなら早いほうが良かろう」
「そうですね。俺たちは、ユーキたちを追いましょう」
俺たちが小屋を出たとき、リリンが小屋の出入り口の左側を指し示した。
「――ランドさん、瑠胡姫様、セラさん。ここを見て下さい」
リリンが松明で照らしている場所には、地面に文字が刻まれていた。
〝エリザベートさんを連れ戻してきます。戻るのが遅くなったときは、皆さんで作戦を遂行して下さい〟
文面から察するに、これはユーキの書き置きだ。
功を焦って独断でタムランたちを捕らえに行ったエリザベートに、そんな彼女を追いかけたユーキ。その構図が、やっと繋がった。
「急ごう。リリンは使い魔を使って、ユーキたちを探してくれ。俺と瑠胡、セラは街道とゴーレムの足跡付近を探してみる」
「わかりました」
頷くリリンに頷き返すと、俺たちは結界の外へと向かった。
本当は、今すぐにでもドラゴンの翼を出して飛んでいきたいが、ここにはザルード卿がいる。
瑠胡はともかく、俺やセラが不用意に、人前で天竜族の力を使うのは止めた方がいいんだ。下手をすれば討伐対象になりかねないから、俺たちは結界の外に出たあとで、飛んでいくつもりだった。
そんなとき、馬車の上から呼び止められた。
「ランドさん、遅いですよ。早く乗って下さい」
「フレッド? いつのまに――」
俺が立ち止まると、御者台の上で欠伸を噛み殺していたフレッドは、半目になりながら肩を竦めた。
「あんな大騒ぎをされたら、状況くらい把握できますって。リリンさんも乗って下さい。ユーキさんは馬で出て行ったみたいです。なにがあるかわかりませんし、馬車で体力を温存させておいて下さい」
俺たちは、少し互いに顔を見合わせた。
まさかフレッドから、こんなに理性的な意見が出てくるとは、夢にも思わなかったからだ。
しかし、言ってることは間違っていない。リリンも含めて俺たちが馬車に乗り込むと、フレッドは手綱を操った。
「ザルード卿は、一緒に来たければどうぞ!」
どことなく皮肉の混じったフレッドの声が聞こえてくると、こんな状況だというのに、俺は苦笑を漏らしそうになった。
夜の森の中だというのに、馬車はかなりの速度で走っていた。
激しかった振動が穏やかになると、馬車が街道に出たことがわかった。
「これなら、詠唱ができます。使い魔を呼び出して、周囲を探します」
杖を手に詠唱を始めたリリンが最後のひと言を唱え終えると、馬車の中に焦げ茶色の体毛を持つ梟が現れた。
黄金の瞳を持つ梟は、リリンの意志のままに馬車から飛び立っていった。
あとは、時間との勝負だ。どれだけ早くユーキたちを見つけられるか――と思った矢先に、リリンが「あ」と声を漏らした。
「ザルード卿が、騎馬で追ってきてるのが見えます」
その報告に顔を上げた瑠胡とセラは、俺と目を合わせると苦笑した。
まったく。素直じゃないというか、なんだかな――な性格をしてる人だ。
馬車が街道に出てから、一〇分ほど経ったころだろうか。フレッドの焦る声とともに、馬車が急停車した。
「フレッド、なにがあった!?」
「人が……倒れてるんです。鎧を着て……」
「まさか、ユーキか!?」
幌を開けて御者台に出た俺に、フレッドは首を振った。
「ち、違うと思いますけど……」
月明かりに照らされて、暗がりの街道に人影が浮かんで見えていた。俺は御者台から飛び降りると、人影に駆け寄った。
近寄るとその体格から、ユーキではないのがすぐにわかった。兵士らしい装備だが、タムランと一緒にいた、ゴガルンの部下だったヤツでもない。
全身が傷だらけの兵士は、苦痛のせいか荒い息を吐きながら、俺の気配を察してか薄く目を開けた。
よく見れば、この前に出会った逃亡兵の捜索隊の一人だ。
「あ……誰、だ?」
「この前に会ったよな。魔物の討伐に来ている騎士団の協力者だよ。それより、この傷は誰にやられたんだ?」
「……わから、ん。巨大な、鎧――だった」
巨大な鎧――タムランが操っているゴーレムのことか?
あいつらに、兵士を襲う理由があるとは思えなかった。ゴガルンの部下にしたって、兵士の一人だ。
味方同士で殺し合う理由など、ありはしないだろう。
だけど苦悶の表情で続けた言葉は、そんな俺の予想を覆すものだった。
「あの鎧の……近くに、逃亡兵が……ジランド、がいた。あいつが……隊長や、仲間を……殺す、のを見た」
「な――」
絶句しながら、俺は状況を理解した。
考えが纏まる前に、馬車から降りたセラが駆け寄ってきた。
「ランド、倒れているのは――」
「逃亡兵の捜索隊にいた兵士です。手当とかできますか?」
「……そうですね。放っておくわけにはいきませんし。ユーキたちはリリンの使い魔に任せましょう」
俺とセラは協力をして、兵士の鎧を脱がせた。鎧は大きくひしゃげていて、割れた鉄板が脇腹に食い込んでいた。
傷はそこそこ深かったが、内蔵までには至っていないようだ。それに、兵士が巧く傷口を庇っていたお陰か、予想していたより出血は酷くない。
二人で止血をしてると、ザルード卿が追いついてきた。
「それはユーキか――いや、違う?」
「この前に会った、捜索隊の兵士です。あのゴーレムにやられたみたいで」
俺が止血を続けながら答えると、ザルード卿は大声を我慢するように歯を食いしばりながら、軍馬から降りた。
「おまえは――ユーキはどうするつもりだ」
「今、リリンが使い魔で捜索中です。それより、タムランと一緒にいた兵士、あれは逃亡兵らしいです。そいつに、捜索隊の兵士たちが殺されたようですね」
「な――なんだと!?」
粗方の止血を終えた俺は、あとはセラに任せて、ザルード卿を見上げた。
「その逃亡兵は、なんからの目的を持ってタムランに近づき、ゴーレムでなにかをしようとしています。もしかしたら、それを手土産に出世するって理由かもしれませんけど。だけどもう、味方を三人も殺している。俺たちを襲ったのも、恨みもあるかもしれませんが、捜索隊と勘違いしたのかもしれません。目的のためなら、邪魔者はすべて排除するようなヤツとユーキたちが接敵する前に、なんとか合流しなければなりません」
俺の報告を聞いて、ザルード卿の顔が強ばった。
それならどうして、こんな――と思っているのだろうが、死にそうな者を放っておくことはできない。
俺は止血を終えたセラを手伝って、兵士を抱え上げた。
「無駄に動いて、ユーキたちから遠ざかるのは愚策です。リリンからの報告を待つほうがいいと思います」
「うむ……しかし」
「気持ちはわかりますが……」
俺とセラが兵士を馬車に乗せようとしたとき、幌の中からリリンの声が聞こえてきた。
「街道の先に、ゴーレムらしい巨大な影を見つけました。なにかを追って、恥っているように――あ、ゴーレムの前に馬が。ユーキさんとエリザベートが乗ってます。二人はまだ、無事のようです」
「見つけたか。ランドたちに知らせねばな」
瑠胡の返事を聞きながら、俺は幌を開けた。
「あとを追いましょう。その前に、兵士を中に寝かせます」
「ランド――妾も手伝おう」
傷口が痛むのか、苦悶の表情を浮かべる兵士へ、瑠胡の着物の袖が伸び始めた。神糸の着物を操って、兵士を引っ張り上げるつもりのようだ。
俺とセラは瑠胡を手伝う形で兵士を押し上げてから、馬車に乗り込んだ。
「フレッド、出発だ」
「了解です」
その返答が早いか、フレッドが操る馬車は動き出した。
最悪、俺や瑠胡はドラゴンの翼で先行しなかればならないだろう。ザルード卿のことは、気にしてられなくなるかもしれない。
そんな心構えを持ちながら、俺は二人の様子を伝えるリリンの声を聞いていた。
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本作を読んで頂き、誠にありがとう御座います!
わたなべ ゆたか です。
まだ、修正は完了していませんが……今回は影響が軽微な部分なのが幸いですね。
前回のアップ後、お昼を食べたあとにちょっとデザートを……(汗
こんなのを食べてきました。
……なにげに、本作で初の挿絵がパフェの写真とは(滝汗
というわけで、これからプロットの修正をやります。
次のプロットも作らなきゃですし、大変な日曜にになりそうです(白目
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
次回もよろしくお願いします!
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