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第五部『臆病な騎士の小さな友情』
一章-2
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村はずれにある《白翼騎士団》の駐屯地では、レティシアの兄である、ベリット・ハイント男爵からの物資が山積みになっていた。
俺の仕事は至って単純だ。木箱に樽に、麻袋――その一つ一つの中身を確かめ、記録をとっているユーキに伝えていく。
それだけなんだが……これが非常に面倒臭い。荷を一つ一つを開梱していくのも、それなりに大変だ。なにせ木箱や樽は釘で固定された蓋を開け、麻袋は中身が零れないように気を使わなければならない。
女従者が木箱や樽の開梱をするのは、かなり苦労するようだ。唯一の男従者であるフレッドがやればいいんだが、ここにヤツの姿はいない。
どうやら員数確認の仕事を割り振られる前に、馬で客人の迎えに行ったようだ。
……あの野郎、逃げやがったな。
心の中でフレッドへの悪態を吐きながら、俺は木箱の蓋に打ち付けられた釘を抜いていた。この釘も、あとでまた打ち直しをするから、ぞんざいには扱えない。
一本一本を丁寧に地面へ置いていると、ユーキが声をかけてきた。
「ら、ランドさん。あの、その、ご面倒をおかけして、申し訳ありません……」
「いや、そんな怯えなくてもいいんじゃないか?」
いい加減、慣れてくれてもいいんだけどなぁ。この臆病な性格は、簡単に治りそうにはない。それがユーキらしさと言うのは簡単だが、このままでは騎士としてだけでなく、色々と不都合が多くなるだろう。
なんとかしてやりたい気もするが……きっと、それは俺の役目じゃない。
今の俺にできるのは、少しでも緊張を解いてやることだけだ。俺は釘抜きを手にしたまま、戯けたように肩を竦めた。
「仕事については、面倒だけど大変じゃないさ。森の中で野宿をしてたときのほうが、大変だったしなぁ」
「森の中で野宿……なんで、そんなことをしたんですか?」
「訓練兵時代に、剣の修行をしてたんだよ。野犬や狼なんかと戦ったり、体力をつけるために山を登ったりして。流石に、熊とかは逃げたけどな」
熊に剣一本で立ち向かうのは、あまりにも無謀すぎる。毛皮は泥や土などが付着して、下手な革鎧よりも剛健だ。それに筋肉の強靱さは人間よりも遙かに強く、体格差も数倍はある。不用意に白兵戦など仕掛けたなら、あっというまに下敷きになり、その牙で喉笛や頭部の肉を食い破られることだろう。
不意をついた一撃で怯ませるか、驚かせて熊が逃げるのを祈るしかない。それでも飢えが酷ければ、襲うのを諦めないだろう。
常に周囲を警戒し、熊の姿を見たら素直に逃げるのが最良手だ。
ということを話していると、ユーキは怯えたように肩を振るわせた。
「熊から逃げてたら、あたしは迷子になっちゃいそうですよぉ……」
「迷子になったと思ったら、開けた場所にある木の根元を調べるんだ。苔が多く自生している場所と、薄い場所があるんだけどな。苔の一番多い方が北側って可能性が高いんだよ」
あくまでも経験則だから、確実じゃないかもしれないが……でも、そんな俺の豆知識を聞いて、ユーキの顔にようやく怯え以外の感情が浮かんだ。
「へぇ……初めて知りました」
「一人で森に入ることはないだろうけどさ、知ってて損はないと思うよ」
「損どころか、いざというときに役立ちそうな知恵ですよぉ。最近、戦術の勉強もしてるんです。その――いい参謀になれないかなって思って……」
照れたように微笑むユーキに、俺は内心で驚きながら、微笑みかえした。
俺は以前、自分の臆病さを恥じていたユーキに、『冷静に考える癖を付けたら、いい参謀になれる』と告げたことがある。
ユーキなりに、その道を模索していることを知って、俺は少しだけ嬉しくなった。
「うん、良いと思うよ。それより、さっさと員数確認を終わらせようか」
「はい! それでは……ええっと、この箱はなにが入ってるんですか?」
俺はユーキを待たせると、木箱の蓋を開けた。
木箱の中には、大量の布が収められていた。《白翼騎士団》の紋章が刺繍されたそれを手に取ると、手や頭を通すための開口部が見て取れた。
「もしかして、サーコート?」
「そうみたいですね。男爵様が、新しく手配して下さったみたいです」
ユーキが木箱に手を入れて、サーコートの枚数を数えていく。衣類なら木箱に収めなくてもいいだろうに……あのベリット男爵は、意外と大雑把な性格かもしれない。
ユーキが羊皮紙にサーコートの枚数を書いていると、駐屯地の外からレティシアの怒声が聞こえてきた。
「なにを言っておられるのか、理解しておられますか!?」
言葉遣いこそは丁寧だが、そこに含まれた怒りは相当なものだ。そのただならぬ剣幕に、俺とユーキは顔を見合わせた。
「……ちょっと様子を見てくる。ユーキは、ここで待っていてくれ」
俺はユーキから離れると、駐屯地の外へ出た。
駐屯地の塀の横に、四頭立ての馬車が停まっていた。その前には、騎士風の男と少女がいて、レティシアとリリンと向かい合っていた。
レティシアは怒りの色を浮かべた目を、騎士風の男へと向けていた。
「ユーキと連れて帰るとは、どういうことなのです」
「そのままの意味である。こんな片田舎にいては、武勲など立てられぬだろう。それなら他の領地の騎士団へ所属させたほうが、娘の――ユーキのためになる」
髭を生やした中年の騎士は、どうやらユーキの父親らしい。厳めしい顔が、負けじとレティシアを睨み付けていた。
「これは親子の問題であるから、貴殿には関係のないことだ」
「関係――大ありです。ユーキは今や、我が《白翼騎士団》において、かけがえのない存在です。団長として、易々と応じるわけには参りません」
怒りを抑えているからか、レティシアの声はかなり固かった。
傍目から見ても、二人は互いの主張を譲る気がないのがわかる。数秒ほど無言の睨み合いが続いたあと、ユーキの父親が鼻を鳴らした。
「かけがえのない――あなたはそう仰有るが、ユーキがなにか役に立っていると?」
「それ以外の意味にとれますか、ザルード卿。ユーキの功績は、王直属の騎士にも引けを取りません」
レティシアの言葉に、嘘はない。俺も直接見たわけじゃないが、キティラーシア姫誘拐事件のとき、ユーキは熊に似た魔物を斃したということだ。
もちろん、それは剣技ではなく、彼女の《スキル》によるものだ。しかし、その使い方やタイミングは、姫や老王が引き連れた騎士たちにも一目置かれたらしい。
その一件をしらないのか、ザルードは不審げな顔をしていた。
「ほお。では、それを証明して頂こうか」
「もちろんです。長くなるでしょうから、中で話を致しましょう。それで――そちらのお嬢さんは?」
レティシアが目を向けると、赤いローブに身を包んだ少女が、流れるような所作で膝を折った。
「お初にお目にかかります。この度、レティシア様が率いる《白翼騎士団》への配属となりました、エリザベート・ハーキンと申します。まだ年若いと思われるでしょうが、わたくしは第二七一期生の主席で御座います。きっと、レティシア様のお役に立ってみせますわ」
口調からして、貴族子女らしい。エリザベートは姿勢を正すと、リリンへと勝ち気な目を向けた。
「お久しぶりね、リリアーンナ・ラーニンス。ここでもまた、貴女と競い合うことができて、光栄だわ」
まるで勝負を吹っ掛けるような雰囲気のエリザベートに、リリンは小さく首を傾げた。
「……どこかで、あなたと競ったことがありましたか?」
嘘や誤魔化しではなく、心底そう思ってる表情のリリンに、エリザベートは一瞬、表情を失った。
しかしすぐに柳眉を逆立てながら、リリンへと詰め寄った。
「わたしとあなたは! 第二七一期生の主席を! 競いあっていたでしょ!?」
「覚えてません。主席には興味がなかったですし……あなたも、ここで会うまで知りませんでしたから」
リリンの返答に、エリザベートの顔に深い落胆の表情が浮かんだ。
まあなんだ――リリンもかなり、容赦のないことを言ったものだ。エリザベートの言動を見るに、リリンに対して一方的なライバル心を抱いていたのは明白だ。
それを人前で、リリンから『眼中になかった』と告げられたわけだ。エリザベートの自尊心は、ズタズタだろう。
口をパクパクとさせていたエリザベートは、急に姿勢を正すと、腕を組みながら右手を口元に寄せた。
「ふん――まあ、いいですわ。わたしがここに来たからには、騎士団付き魔術師として、あなたよりも活躍して差し上げますわ」
「……そうですか。頑張って下さい」
本気で興味がなさそうに、リリンは返答をしていた。
駐屯地の門のすぐ外で見ているだけだったが、俺のところにまでレティシアの苦悩が伝わって来るような気がした。
ユーキを連れ出そうとする父親に、リリンをライバル視する補充人員。
部外者とはいえ、同情の念を禁じ得ない状況だ。
……相変わらず、苦労してるなぁ。
なにか俺にできそうなことがあれば、手を貸してやるか――そんなことを思い始めている俺の前で、レティシアたちは駐屯地に向けて歩き始めていた。
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新年、あけましておめでとうございます! 本年もどうか、よろしくお願い申し上げます。
そして本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!
わたなべ ゆたか です。
熊とか、超危険ですね。稀に新聞で、追い払った老人とかの話が出ますが、あれは人間慣れしていない熊だと思います。
人に慣れた熊は、鈴の音やスプレーが効果無いという話も聞きます。
あと森の中で方角を知る方法に、切り株の年輪という話をよく聞きますが。あれ、木の生えている地面が斜めだったり、他の要因で向きが変わることがあるそうです。なにぶん、自然のものですので、過剰な信頼はしないほうがいいんでしょうね。
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
次回もよろしくお願いします!
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