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第四部『二人の帰郷、故郷の苦境』

二章-5

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   5

 キティラーシア姫とのお茶会――という名の作戦会議が終わった次の日の夜、俺と瑠胡、キャットは大聖堂の前にいた。
 そしてもう一人、騎士のベルナンドが少し離れた場所で佇んでいた。
 大聖堂と城壁の間は、数マーロン(一マーロンは約1メートル二五センチ)ほど離れていて、大聖堂の大扉の真正面には、ミサなどに参列ための小さな門がある。
 俺たちは小さな門の前に移動すると、互いの役割を確認しあった。
 最後に、俺はキャットに左手を差し出した。


「それじゃあ、いいか?」


「いいけど……本当に大丈夫なんでしょうね?」


 俺の《スキル》である〈ドレインスキル〉は、相手の持つ《スキル》や技術を奪う能力だ。相手の技術や《スキル》を俺の物にできたり、単に失わせたりすることができる。
 奪うのもそうだが、失わせるのも力加減で、《スキル》や技術を吸い出す力量を調整できる。
 ただ、使いこなせているかと言われると――実はそうでもない。相手の《スキル》を失わせる能力が開花したのは、ついこの前だ。


「やるぜ?」


 左手の棘を、キャットの左手に突き刺す。
 頭の中に、キャットの《スキル》や技術が流れ込んでくる。鍵開け、忍び足、スリ、剣技に礼儀作法――盗賊時代のものから、騎士になってからのもの。色々な技術が、頭の中に流れ込んで来た。           
 当初の予定通り、俺はキャットから〈隠行〉を少しだけ貰った。


「これ、姿が消えるんだっけ?」


「息づかいのような気配とか、足音もかなり聞こえなくなるはずよ。手で床を叩いたりして、自分の位置を教えたりしてた。あと、声を出すと《スキル》の効果が消えるから。注意して」


「わかった。あとは……キティラーシア姫の段取り次第かな。上手いこと、衛兵を誘い出してくれたらいいんだけど」


「ま、あのお姫様なら、下手なことしないんじゃない? 作戦を考えている最中、ノリノリだったし」


 呆れたようなキャットの言葉に、俺と瑠胡は小さな溜息を吐いた。
 色々な案を出し合っているあいだ、キティラーシア姫の瞳はキラキラと輝いていた。誘拐事件のときもそうだったけど、こうした悪巧みを考えるときのキティラーシア姫は、とても楽しそうだった。
 王族で良かったな……あの人。そう思わせる、生来の気性が見え隠れしていた時間だった。
 それに巻き込まれた、騎士ベルナンドは災難だったと思う。


「まあ、そっちの話はいいや。とにかく、俺は門の前で待機しておく。キャットは、大聖堂のほうを頼む」


「ええ、わかったわ。大聖堂の入り口は任せて頂戴。ここから見て、右にあるドアの鍵を開けておくから。瑠胡姫様、そして騎士殿。一緒に来て頂戴」


 そう言い終えた直後、キャットの姿は俺の前から消えていた。


「承知した。世話になる……忙しないやつよのう。もう消えてしまったか。ランド、そちらも気をつけよ」


「はい。瑠胡も気をつけて」


 俺と瑠胡は僅かに手を触れ合いながら、見つめ合った。なんか、こうしてお互いを心配し合うのが、おきまりの流れになりつつある。
 手を離すと、俺は騎士ベルナンドに小さく頭を下げた。


「瑠胡のことを頼みます」


「はい。姫君と騎士の誇りにかけて」


 瑠胡と騎士ベルナンドが大聖堂へと向かうと、俺は〈隠行〉で姿を消した。
 それから城壁の小さな門にかかっている閂を外すと、あとは木箱の前にしゃがみ込んで、盗人どもが入って来るのを待つことにした。
 あっと……蝶番に油を注すのを忘れていた。
 大聖堂のほうを見れば、もう瑠胡と騎士ベルナンドの姿は見えない。中に入ったらしいが、キャット……上手くやってくれるといいけど。
 裏切りの心配は、ないと思いたい。キャットだって、どっちの味方をするべきか、わかっているはずだ。
 俺は首を振って、不安をかき消した。今は、レティシアの鑑識眼とキャットを信じるほかない。
 キャットから聞いた暗号――床を二回叩くと『待て』、三回で『進め』――それらを思い出しながら、俺は姿勢を低くした。
 しばらく待っていると、門がガタガタと揺れ始めた。

   *

 城門から大聖堂に続く小さな門の前には、二人の門番が夜通しの警備をしている。騎士のような全身鎧ではなく簡素な胴鎧と兜、それに盾を携え、腰には短剣を下げているのみだ。
 貴族や富豪しかいない第一層には、ごろつきの類いはほとんどいない。夜半に訪れるのは、悪絡みしてくる酔っ払った貴族くらいだ。槍や長剣などは、必要ない。
 門の左右に立つ門番たちは、ほとんど会話もなく立っている。周囲を警戒するというより、己の存在で不審者を遠ざけるのが役目といわんばかりだ。
 その二人に、城の侍女が近づいていった。
 なんでこんな夜更けに侍女が――という疑問が浮かんだ門番たちに、侍女は手提げの籠を差し出した。


「門番、お疲れ様でございます。キティラーシア姫から、お二人を労うようにと仰せつかりました。どうぞ、こちらを」


 籠の中には、ワインが二瓶、そしてパンと焼かれた肩肉の包みが入っていた。
 門番たちは目配せをすると、慇懃な態度で侍女に首を振った。


「お心遣いには感謝いたしますが、職務中でありますので。姫君からの差し入れは、あとで頂戴いたします」


 左側の門番の言葉に、右の門番が頷いた。
 しかし、侍女は籠の中から折り畳まれた羊皮紙を取り出すと、左の門番へと差し出した。


「これは?」


 羊皮紙を受け取った門番は、無造作に内容を確かめた。
 その顔が強ばるのを見て、右の門番が訝しんだ。


「……どうした?」


 左の門番から羊皮紙を受け取った右の門番も、文面を見て表情を強ばらせた。
 羊皮紙には、キティラーシア姫からの伝言が綴られていた。


『職務お疲れ様です。侍女さんに持たせた差し入れ、食べて下さい。これはお願いではなく命令ですので。もし食べて下さらなかったら、侍女さんを含めて処分を下しますので、そのつもりでいて下さい』


 文面の最後には御丁寧に、垂らした蝋へ王家の刻印が捺印されていた。
 紛う事なき、キティラーシア姫からの命令――二人の門番は、ぎこちなく視線を結い上げた金髪の侍女へと戻した。
 前髪が長くて、目の周囲を覆い隠している。その容姿は手紙を見たあとでは、酷く怯えているように見えた。
 左の門番は姿勢を正すと、侍女に敬礼を送った。


「あ――あ、ありがたく頂戴いたします!」


「どうぞ、籠をこちらへ」


 右側の門番が籠を受け取ると、侍女は右手を門から外れた壁沿いへと促した。
 門番が促されるまま壁沿いに移動すると、侍女は小さく微笑んだ。その目の端には、大聖堂へと続く門に近づく、三つの小さな影が映っていた。
 キャットからの情報では、ギネルスは潜入のために門番を殺すつもりだった。これはギネルスたちを誘い込むためだけではなく、門番を護る意味合いもある。


(さて……あとは頼みましたよ、ランド様、瑠胡姫様)


 侍女へ変装したキティラーシア姫は、小さく微笑んだ。



 門番が大聖堂へと続く門から離れるのを、屋敷の壁際に潜んでいたギネルスと二人の仲間が見ていた。


(門番が動く……? なにがあった?)


 ギネルスは仲間と目配せをすると、投擲用の短刀を鞘に戻した。これには毒が塗ってあり、刺されば十数秒後には全身が麻痺し始め、やがて死に至る。
 ここで使う必要がなければ、中に入ってから役に立つかもしれないと、ギネルスたちは考えたのだ。
 ギネルスの合図で、三人は壁際から駆け出した。彼らのブーツには、足音が立てにくいよう、靴底に毛皮のついた皮を縫い付けてある。
 ほとんど足音を立てずに門へと駆け寄ったギネルスたちは、侍女らしき女性と話をしている門番たちの様子を伺いながら、慎重に門を押した。
 ギネルスの〈生命探知〉による視界では、壁の反対側には一人だけ。予定通りなら、そこにはキャットが待っている。
 金属の枠に填められた板の部分が少し軋んだが、蝶番からの金属音は、ほとんどしなかった。蝶番に注した油が、利いているようだ。
 ギリギリ身体が通るだけの隙間を空けたギネルスは、仲間とともに門の中へと滑り込んだ。

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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!

わたなべ ゆたか です。

キティラーシア姫の伝言……お手紙は、リアル世界では立派な『パワハラ』ですね。
門番の人は、訴えていい案件。

少しでも楽しんで頂けたら幸いです。

次回もよろしくお願いします!
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