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第三部『二重の受難、二重の災厄』

二章-2

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 三兄弟は、あれから三〇分以上経っても、考えが纏まらなかった。
 横でそれを眺めている俺たちは、正直に言って暇だった。女性を二人も誘拐された側としては、なんとも緊張感がないのだが、この状況じゃあ、それも仕方ない。
 この隙に逃げ出すことも考えたが、キティラーシア姫に却下されてしまった。
 すでに夕暮れになり、三兄弟の末であるミィヤスが、夕食を作り始めていた。アインとブービィでまだ頭を捻っているようだが、『なんか無理じゃね?』という空気が流れ始めていた。


「ねえ、お兄ちゃん。あたしたち、なにをしてるんだろう?」


「おまえねぇ……俺が理解していると思うか?」


 俺が横目で睨むと、ジョシアは平然と頷いた。


「うん。変な人同士、あの人たちの考えていることを理解できるかも――ってくらいの希望はあったんだけど?」


「おま……平凡な村人に、なんてこと言いやがる」


「お兄ちゃん? 故郷から追放されて、さらに騎士団長に喧嘩売って……平凡って意味をもう一度、勉強し直すことをお勧めするよ」


 ……本当に、ジョシアは俺に対して辛辣だな。

 俺が重い溜息を吐いたそのとき、キティラーシア姫がポンポンと手を打った。


「……わかりました。誘拐犯殿、羊皮紙とペンがあれば、貸して頂けますか?」


「姫……申し訳ございません。ここには、それらの品はないのです」


 心底申し訳なさそうなブービィの返答に、キティラーシア姫は「仕方ありません」と、息を吐いた。


「これから、口頭で一つ一つ決めていくことに致しましょう。紙とペンは、明日にでも用意して下さいまし。それではまず……身代金の金額は、如何ほどをご所望でしょうか?」


「金貨で四〇〇枚です……あ、あのですね。借金は三〇〇枚なんです。あとから利息が増えたとか言われたときのため、心苦しいんですけど、多めにしております」


 スープで満たされた皿を持って来たミィヤスが、すまなさそうな顔で答えた。
 借金で金貨三〇〇枚か……盗賊団が絡んでいるとはいえ、かなりの額だ。利息の分を考えてあるのは、妥当なところだと思う。
 キティラーシア姫は金額を聞いて、呆然とした顔をしていた。それも数秒のことで、先ほどまでの柔和さが消え、真剣な表情で口を開いた。


「金貨四〇〇枚だなんて……そんな額、納得できかねます!」


「しかし……俺たちだって、このくらいの額が必要――」


「そういうことではござません!」


 アインの言葉をやや早口に遮ると、キティラーシア姫は指を三本立てた。


「身代金は、金貨で三万枚。それに加えて王国の領地を一部譲渡に、召使いが二〇人。これが身代金としての最低条件。ここから銅貨一枚、引き下げるつもりは御座いません」


 キティラーシア姫が提示した身代金の内容に、家の中にいた全員が――瑠胡も含めてだ――呆然とした。

 この人……今、自分で身代金を吊り上げたよな?

 値上がった身代金に困ってる誘拐犯っていうのは今後、二度と見ることはないだろう。
 我に返ったアインが、困惑したままの顔で唸り声を上げた。


「いや、あの……お姫様。俺たちは、そんなに大金を渡されても困るんだ。それに、そっちだって支払う額が少ないほうがいいだろう?」


「金額の問題ではございません。わたくしは端くれとはいえ一国の姫。金貨四〇〇枚で取り引きをされるなど、他国への恥さらしと同意です。これはわたくしだけでなく、王国の威厳と、価値に関わる問題なのです」


 きっぱりと言い切ったキティラーシア姫に、アインは二の句が継げなくなった。
 一国を背負う立場は理解したけど……アインたちの困惑も理解出来る。このまま、話が平行線になるのも時間の無駄だし、俺はアインたちへ助け船を出すことにした。


「キティラーシア姫。アインたちが言いたいのは、大金を貰っても運ぶ術がない、領地を譲渡されても護る術がないことだと思われます。馬車も騎士団から逃走する際には、囮として活用する必要もありましょう。ここは、金貨五、六〇〇枚で手を打たれては?」


 俺の進言と提案に、キティラーシア姫はかなり長いこと悩んだ。
 正直、まだ揉めそうな気はしていた。あれだけ王家としての誇りを重んじた、キティラーシア姫のことだ。簡単には持論を覆さないだろう。
 しかし、そんな俺の予想に反してキティラーシア姫の反応は、小さく溜息を吐いただけだった。


「仕方ありません……ランド様の意見に、今は納得することに致します。身代金を運ぶ手段まで、考えが及びませんでしたわ」


 キティラーシア姫の発言で、アインたち誘拐犯側が一様にホッとした顔をした。おまえらが安堵すんな――って気はしたが、ここで突っ込むのは止めておこう。
 次にキティラーシア姫は、指を二本だけ立てた。


「二つ目ですが、身代金の請求方法はどうするおつもりです?」


「ええっと……メイオール村まで言って、口頭で伝えようかと思ってました」


 ミィヤスの返答に、俺は頭を抱えたくなった。この三人は誘拐したあとのことなど、なにも考えていなかったらしい。それが今、はっきりと露呈した。
 俺は前髪を掻き上げてから、首を横に振った。


「それじゃあ、駄目だ。その場で取り押さえられるか、尾行されてここを突き止められるか、そのどちらになるな」


「そうですわね。やはり、お手紙が無難ですわ。となると、羊皮紙とペンは必要ですわね。それを買いに行くのは、誘拐犯殿たちにお願いしましょう。お手紙を人づてに送るにしても、持っていくのは……ほかの人」


 そんなことを呟きながら、キティラーシア姫の目がジョシアに向けられた。
 ジョシアは視線に気付くと、きょとんとした顔をし、次に大慌てで首と手をブンブンと左右に振った。


「あ、ああああたし、無理です! そんなこと、あたしには無理です、姫様!」


「いいえ。あなたが最適です。ただ、服をなんとかしないといけませんね。ドレス姿では目立ちますし。誘拐犯殿で村の女性が着る服を、入手できますでしょうか?」


「それでしたら、姫君。我らの母の形見の服が御座います。病で亡くなって数年ですが、まだ着ることはできましょう」


 ブービィの返答に、キティラーシア姫は満足げに頷いた。


「それでは、ジョシアさんは着替えを。あとは……そうですわね、皆さんの《スキル》を聞いておきたいですわ」


 キティラーシア姫が訊ねると、まずはアインから口を開いた。


「俺は、〈筋力増強〉で御座います。末弟のミィヤスは〈耐熱付与〉、次弟のブービィは――」


「わたくしは、〈思考剥奪〉となります。といっても、対象は最大で二名。五マーロン(約六メートル二五センチ)以上も離れると、効果が消えてしまいますが。自身に苦痛を与えようさせたり、実際に苦痛を与えたりしても解除されます」


 なるほど。誘拐時のあれは、ただの脅しだったわけか。実際に二人を操っていたから、まんまと一本取られたってわけだ。
 三兄弟の紹介が終わると、次はジョシアが小さく手を挙げた。


「あたしは……その、〈筆跡偽造〉です。記憶にある筆跡で、文章を書くことができます。ただ五〇〇文字程度で《スキル》の効果が一時的に消えて、翌日まで使えません」


 ジョシアはこの《スキル》で、司書に合格したわけだ。書籍の修繕などで使っているんだと思う。
 残りは、俺と瑠胡だ。瑠胡と目配せをしてから、まずは俺から答えることにした。


「俺は〈スキルドレイン〉。相手から、《スキル》や技能を奪うことができます。奪った《スキル》は、〈筋力増強〉に〈遠当て〉、〈計算能力〉……あとは、〈幻影〉になります」


 ほかにもダグリヌスから奪った〈断裁の風〉や、いつのまにか存在していた〈魔翼回復・強〉や〈スキル融合化〉は、あまり人に言わない方がいいと、瑠胡と話し合っていた。


「……妾は、〈ドラゴン化〉という。ドラゴンの部位を身体から出すことができる」


 これも、俺と瑠胡とで相談して決めた内容だ。瑠胡の《スキル》はかなり特殊で、怪我などの治癒効果を高めることができる。
 ただ、これには瑠胡の血が必要で、おいそれと使えるものではない。それに、ドラゴンの部位を出せるのを《スキル》としたほうが、なにかと便利だ。
 瑠胡の紹介が終わると、キティラーシア姫が皆へと頷いた。


「ありがとうございます。恐縮ですが、最後はわたくしが。わたくしの《スキル》は〈分析能力〉です。文字通り、色々なことを分析し、物事の真偽を判別することができます」


 そこでいったん、キティラーシア姫は言葉を切った。
 小さく溜息を吐くと、テーブルに置かれたスープへと目を移した。


「さて。細かい計画はあとで決めることにして、先に御食事にしましょう」


「あ、はい! まずは女性の方々から……どうぞ」


 レディファーストのつもりなのか、ミィヤスはスープの注がれた皿を三つだけ、テーブルに並べた。
 最初からテーブル用の椅子に座っていたキティラーシア姫はそのままに、瑠胡とジョシアも席に着いた。
 そして三人はスープを飲んだわけだが……。


「あら、これは……」


「ふむ。味がせぬ」


「そうですね……味気ないというか」


 三人の意見を総括すると、ミィヤスのスープは「あまり美味しくない」らしい。
 俺へと振り返った瑠胡を切っ掛けに、ほかの二人も一斉に視線をこっちに向けてきた。


「ランド、すまぬが作り直してまいれ」


「そうですわね。お願いできますか、ランド様」


「お兄ちゃん、美味しいのよろしく」


 ……はいはい。

 俺は申し訳なさそうなミィヤスと一緒に、スープを作り直したのだった。
 ホント、なにをやってんだろう……俺。
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