74 / 247
第三部『二重の受難、二重の災厄』
二章-2
しおりを挟む2
三兄弟は、あれから三〇分以上経っても、考えが纏まらなかった。
横でそれを眺めている俺たちは、正直に言って暇だった。女性を二人も誘拐された側としては、なんとも緊張感がないのだが、この状況じゃあ、それも仕方ない。
この隙に逃げ出すことも考えたが、キティラーシア姫に却下されてしまった。
すでに夕暮れになり、三兄弟の末であるミィヤスが、夕食を作り始めていた。アインとブービィでまだ頭を捻っているようだが、『なんか無理じゃね?』という空気が流れ始めていた。
「ねえ、お兄ちゃん。あたしたち、なにをしてるんだろう?」
「おまえねぇ……俺が理解していると思うか?」
俺が横目で睨むと、ジョシアは平然と頷いた。
「うん。変な人同士、あの人たちの考えていることを理解できるかも――ってくらいの希望はあったんだけど?」
「おま……平凡な村人に、なんてこと言いやがる」
「お兄ちゃん? 故郷から追放されて、さらに騎士団長に喧嘩売って……平凡って意味をもう一度、勉強し直すことをお勧めするよ」
……本当に、ジョシアは俺に対して辛辣だな。
俺が重い溜息を吐いたそのとき、キティラーシア姫がポンポンと手を打った。
「……わかりました。誘拐犯殿、羊皮紙とペンがあれば、貸して頂けますか?」
「姫……申し訳ございません。ここには、それらの品はないのです」
心底申し訳なさそうなブービィの返答に、キティラーシア姫は「仕方ありません」と、息を吐いた。
「これから、口頭で一つ一つ決めていくことに致しましょう。紙とペンは、明日にでも用意して下さいまし。それではまず……身代金の金額は、如何ほどをご所望でしょうか?」
「金貨で四〇〇枚です……あ、あのですね。借金は三〇〇枚なんです。あとから利息が増えたとか言われたときのため、心苦しいんですけど、多めにしております」
スープで満たされた皿を持って来たミィヤスが、すまなさそうな顔で答えた。
借金で金貨三〇〇枚か……盗賊団が絡んでいるとはいえ、かなりの額だ。利息の分を考えてあるのは、妥当なところだと思う。
キティラーシア姫は金額を聞いて、呆然とした顔をしていた。それも数秒のことで、先ほどまでの柔和さが消え、真剣な表情で口を開いた。
「金貨四〇〇枚だなんて……そんな額、納得できかねます!」
「しかし……俺たちだって、このくらいの額が必要――」
「そういうことではござません!」
アインの言葉をやや早口に遮ると、キティラーシア姫は指を三本立てた。
「身代金は、金貨で三万枚。それに加えて王国の領地を一部譲渡に、召使いが二〇人。これが身代金としての最低条件。ここから銅貨一枚、引き下げるつもりは御座いません」
キティラーシア姫が提示した身代金の内容に、家の中にいた全員が――瑠胡も含めてだ――呆然とした。
この人……今、自分で身代金を吊り上げたよな?
値上がった身代金に困ってる誘拐犯っていうのは今後、二度と見ることはないだろう。
我に返ったアインが、困惑したままの顔で唸り声を上げた。
「いや、あの……お姫様。俺たちは、そんなに大金を渡されても困るんだ。それに、そっちだって支払う額が少ないほうがいいだろう?」
「金額の問題ではございません。わたくしは端くれとはいえ一国の姫。金貨四〇〇枚で取り引きをされるなど、他国への恥さらしと同意です。これはわたくしだけでなく、王国の威厳と、価値に関わる問題なのです」
きっぱりと言い切ったキティラーシア姫に、アインは二の句が継げなくなった。
一国を背負う立場は理解したけど……アインたちの困惑も理解出来る。このまま、話が平行線になるのも時間の無駄だし、俺はアインたちへ助け船を出すことにした。
「キティラーシア姫。アインたちが言いたいのは、大金を貰っても運ぶ術がない、領地を譲渡されても護る術がないことだと思われます。馬車も騎士団から逃走する際には、囮として活用する必要もありましょう。ここは、金貨五、六〇〇枚で手を打たれては?」
俺の進言と提案に、キティラーシア姫はかなり長いこと悩んだ。
正直、まだ揉めそうな気はしていた。あれだけ王家としての誇りを重んじた、キティラーシア姫のことだ。簡単には持論を覆さないだろう。
しかし、そんな俺の予想に反してキティラーシア姫の反応は、小さく溜息を吐いただけだった。
「仕方ありません……ランド様の意見に、今は納得することに致します。身代金を運ぶ手段まで、考えが及びませんでしたわ」
キティラーシア姫の発言で、アインたち誘拐犯側が一様にホッとした顔をした。おまえらが安堵すんな――って気はしたが、ここで突っ込むのは止めておこう。
次にキティラーシア姫は、指を二本だけ立てた。
「二つ目ですが、身代金の請求方法はどうするおつもりです?」
「ええっと……メイオール村まで言って、口頭で伝えようかと思ってました」
ミィヤスの返答に、俺は頭を抱えたくなった。この三人は誘拐したあとのことなど、なにも考えていなかったらしい。それが今、はっきりと露呈した。
俺は前髪を掻き上げてから、首を横に振った。
「それじゃあ、駄目だ。その場で取り押さえられるか、尾行されてここを突き止められるか、そのどちらになるな」
「そうですわね。やはり、お手紙が無難ですわ。となると、羊皮紙とペンは必要ですわね。それを買いに行くのは、誘拐犯殿たちにお願いしましょう。お手紙を人づてに送るにしても、持っていくのは……ほかの人」
そんなことを呟きながら、キティラーシア姫の目がジョシアに向けられた。
ジョシアは視線に気付くと、きょとんとした顔をし、次に大慌てで首と手をブンブンと左右に振った。
「あ、ああああたし、無理です! そんなこと、あたしには無理です、姫様!」
「いいえ。あなたが最適です。ただ、服をなんとかしないといけませんね。ドレス姿では目立ちますし。誘拐犯殿で村の女性が着る服を、入手できますでしょうか?」
「それでしたら、姫君。我らの母の形見の服が御座います。病で亡くなって数年ですが、まだ着ることはできましょう」
ブービィの返答に、キティラーシア姫は満足げに頷いた。
「それでは、ジョシアさんは着替えを。あとは……そうですわね、皆さんの《スキル》を聞いておきたいですわ」
キティラーシア姫が訊ねると、まずはアインから口を開いた。
「俺は、〈筋力増強〉で御座います。末弟のミィヤスは〈耐熱付与〉、次弟のブービィは――」
「わたくしは、〈思考剥奪〉となります。といっても、対象は最大で二名。五マーロン(約六メートル二五センチ)以上も離れると、効果が消えてしまいますが。自身に苦痛を与えようさせたり、実際に苦痛を与えたりしても解除されます」
なるほど。誘拐時のあれは、ただの脅しだったわけか。実際に二人を操っていたから、まんまと一本取られたってわけだ。
三兄弟の紹介が終わると、次はジョシアが小さく手を挙げた。
「あたしは……その、〈筆跡偽造〉です。記憶にある筆跡で、文章を書くことができます。ただ五〇〇文字程度で《スキル》の効果が一時的に消えて、翌日まで使えません」
ジョシアはこの《スキル》で、司書に合格したわけだ。書籍の修繕などで使っているんだと思う。
残りは、俺と瑠胡だ。瑠胡と目配せをしてから、まずは俺から答えることにした。
「俺は〈スキルドレイン〉。相手から、《スキル》や技能を奪うことができます。奪った《スキル》は、〈筋力増強〉に〈遠当て〉、〈計算能力〉……あとは、〈幻影〉になります」
ほかにもダグリヌスから奪った〈断裁の風〉や、いつのまにか存在していた〈魔翼回復・強〉や〈スキル融合化〉は、あまり人に言わない方がいいと、瑠胡と話し合っていた。
「……妾は、〈ドラゴン化〉という。ドラゴンの部位を身体から出すことができる」
これも、俺と瑠胡とで相談して決めた内容だ。瑠胡の《スキル》はかなり特殊で、怪我などの治癒効果を高めることができる。
ただ、これには瑠胡の血が必要で、おいそれと使えるものではない。それに、ドラゴンの部位を出せるのを《スキル》としたほうが、なにかと便利だ。
瑠胡の紹介が終わると、キティラーシア姫が皆へと頷いた。
「ありがとうございます。恐縮ですが、最後はわたくしが。わたくしの《スキル》は〈分析能力〉です。文字通り、色々なことを分析し、物事の真偽を判別することができます」
そこでいったん、キティラーシア姫は言葉を切った。
小さく溜息を吐くと、テーブルに置かれたスープへと目を移した。
「さて。細かい計画はあとで決めることにして、先に御食事にしましょう」
「あ、はい! まずは女性の方々から……どうぞ」
レディファーストのつもりなのか、ミィヤスはスープの注がれた皿を三つだけ、テーブルに並べた。
最初からテーブル用の椅子に座っていたキティラーシア姫はそのままに、瑠胡とジョシアも席に着いた。
そして三人はスープを飲んだわけだが……。
「あら、これは……」
「ふむ。味がせぬ」
「そうですね……味気ないというか」
三人の意見を総括すると、ミィヤスのスープは「あまり美味しくない」らしい。
俺へと振り返った瑠胡を切っ掛けに、ほかの二人も一斉に視線をこっちに向けてきた。
「ランド、すまぬが作り直してまいれ」
「そうですわね。お願いできますか、ランド様」
「お兄ちゃん、美味しいのよろしく」
……はいはい。
俺は申し訳なさそうなミィヤスと一緒に、スープを作り直したのだった。
ホント、なにをやってんだろう……俺。
10
お気に入りに追加
73
あなたにおすすめの小説
死霊王は異世界を蹂躙する~転移したあと処刑された俺、アンデッドとなり全てに復讐する~
未来人A
ファンタジー
主人公、田宮シンジは妹のアカネ、弟のアオバと共に異世界に転移した。
待っていたのは皇帝の命令で即刻処刑されるという、理不尽な仕打ち。
シンジはアンデッドを自分の配下にし、従わせることの出来る『死霊王』というスキルを死後開花させる。
アンデッドとなったシンジは自分とアカネ、アオバを殺した帝国へ復讐を誓う。
死霊王のスキルを駆使して徐々に配下を増やし、アンデッドの軍団を作り上げていく。
ずっと君のこと ──妻の不倫
家紋武範
大衆娯楽
鷹也は妻の彩を愛していた。彼女と一人娘を守るために休日すら出勤して働いた。
余りにも働き過ぎたために会社より長期休暇をもらえることになり、久しぶりの家族団らんを味わおうとするが、そこは非常に味気ないものとなっていた。
しかし、奮起して彩や娘の鈴の歓心を買い、ようやくもとの居場所を確保したと思った束の間。
医師からの検査の結果が「性感染症」。
鷹也には全く身に覚えがなかった。
※1話は約1000文字と少なめです。
※111話、約10万文字で完結します。
「魔物肉は食べられますか?」異世界リタイアは神様のお情けです。勝手に召喚され馬鹿にされて追放されたのでスローライフを無双する。
太も歩けば右から落ちる(仮)
ファンタジー
その日、和泉春人は、現実世界で早期リタイアを達成した。しかし、八百屋の店内で勇者召喚の儀式に巻き込まれ異世界に転移させられてしまう。
鑑定により、春人は魔法属性が無で称号が無職だと判明し、勇者としての才能も全てが快適な生活に関わるものだった。「お前の生活特化笑える。これは勇者の召喚なんだぞっ。」最弱のステータスやスキルを、勇者達や召喚した国の重鎮達に笑われる。
ゴゴゴゴゴゴゴゴォ
春人は勝手に召喚されながら、軽蔑されるという理不尽に怒り、王に暴言を吐き国から追放された。異世界に嫌気がさした春人は魔王を倒さずスローライフや異世界グルメを満喫する事になる。
一方、乙女ゲームの世界では、皇后陛下が魔女だという噂により、同じ派閥にいる悪役令嬢グレース レガリオが婚約を破棄された。
華麗なる10人の王子達との甘くて危険な生活を悪役令嬢としてヒロインに奪わせない。
※春人が神様から貰った才能は特別なものです。現実世界で達成した早期リタイアを異世界で出来るように考えてあります。
春人の天賦の才
料理 節約 豊穣 遊戯 素材 生活
春人の初期スキル
【 全言語理解 】 【 料理 】 【 節約 】【 豊穣 】【 遊戯化 】【 マテリア化 】 【 快適生活スキル獲得 】
ストーリーが進み、春人が獲得するスキルなど
【 剥ぎ取り職人 】【 剣技 】【 冒険 】【 遊戯化 】【 マテリア化 】【 快適生活獲得 】 【 浄化 】【 鑑定 】【 無の境地 】【 瀕死回復Ⅰ 】【 体神 】【 堅神 】【 神心 】【 神威魔法獲得 】【 回路Ⅰ 】【 自動発動 】【 薬剤調合 】【 転職 】【 罠作成 】【 拠点登録 】【 帰還 】 【 美味しくな~れ 】【 割引チケット 】【 野菜の種 】【 アイテムボックス 】【 キャンセル 】【 防御結界 】【 応急処置 】【 完全修繕 】【 安眠 】【 無菌領域 】【 SP消費カット 】【 被ダメージカット 】
≪ 生成・製造スキル ≫
【 風呂トイレ生成 】【 調味料生成 】【 道具生成 】【 調理器具生成 】【 住居生成 】【 遊具生成 】【 テイルム製造 】【 アルモル製造 】【 ツール製造 】【 食品加工 】
≪ 召喚スキル ≫
【 使用人召喚 】【 蒐集家召喚 】【 スマホ召喚 】【 遊戯ガチャ召喚 】
父に虐げられてきた私。知らない人と婚約は嫌なので父を「ざまぁ」します
さくしゃ
ファンタジー
それは幼い日の記憶。
「いずれお前には俺のために役に立ってもらう」
もう10年前のことで鮮明に覚えているわけではない。
「逃げたければ逃げてもいい。が、その度に俺が力尽くで連れ戻す」
ただその時の父ーーマイクの醜悪な笑みと
「絶対に逃さないからな」
そんな父を強く拒絶する想いだった。
「俺の言うことが聞けないっていうなら……そうだな。『決闘』しかねえな」
父は酒をあおると、
「まあ、俺に勝てたらの話だけどな」
大剣を抜き放ち、切先で私のおでこを小突いた。
「っ!」
全く見えなかった抜剣の瞬間……気が付けば床に尻もちをついて鋭い切先が瞳に向けられていた。
「ぶははは!令嬢のくせに尻もちつくとかマナーがなってねえんじゃねえのか」
父は大剣の切先を私に向けたまま使用人が新しく持ってきた酒瓶を手にして笑った。
これは父に虐げられて来た私が10年の修練の末に父を「ざまぁ」する物語。
魂が百個あるお姫様
雨野千潤
ファンタジー
私には魂が百個ある。
何を言っているのかわからないだろうが、そうなのだ。
そうである以上、それ以上の説明は出来ない。
そうそう、古いことわざに「Cat has nine lives」というものがある。
猫は九つの命を持っているという意味らしく、猫は九回生まれ変わることができるという。
そんな感じだと思ってくれていい。
私は百回生きて百回死ぬことになるだろうと感じていた。
それが恐ろしいことだと感じたのは、五歳で馬車に轢かれた時だ。
身体がバラバラのグチャグチャになった感覚があったのに、気が付けば元に戻っていた。
その事故を目撃した兄は「良かった」と涙を流して喜んだが、私は自分が不死のバケモノだと知り戦慄した。
13話 身の上話 より
祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活
空の雲
ファンタジー
中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。
最後の勤めを終え、通い慣れた電車で帰宅途中、突然の衝撃をうける。
――気付けば、幼い子供の姿で見覚えのない森の中に……
どうすればいいのか困惑する中、冒険者バルトジャンと出会う。
顔はいかついが気のいいバルトジャンは、行き場のない子供――中田祐一郎(ユーチ)の保護を申し出る。
魔法や魔物の存在する、この世界の知識がないユーチは、迷いながらもその言葉に甘えることにした。
こうして始まったユーチの異世界生活は、愛用の腕時計から、なぜか地球の道具が取り出せたり、彼の使う魔法が他人とちょっと違っていたりと、出会った人たちを驚かせつつ、ゆっくり動き出す――
※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。
パーティーを追放された雑用係の少年を拾ったら実は滅茶苦茶有能だった件〜虐げられた少年は最高の索敵魔法を使いこなし成り上がる~
木嶋隆太
ファンタジー
大手クランでは、サポーターのパーティー追放が流行っていた。そんなとき、ヴァレオはあるパーティーが言い争っているのを目撃する。そのパーティーでも、今まさに一人の少年が追放されようとしていた。必死に泣きついていた少年が気になったヴァレオは、彼を自分のパーティーに誘う。だが、少年は他の追放された人々とは違い、規格外の存在であった。「あれ、僕の魔法ってそんなに凄かったの?」。何も知らない常識外れの少年に驚かされながら、ヴァレオは迷宮を攻略していく。
田舎暮らしと思ったら、異世界暮らしだった。
けむし
ファンタジー
突然の異世界転移とともに魔法が使えるようになった青年の、ほぼ手に汗握らない物語。
日本と異世界を行き来する転移魔法、物を複製する魔法。
あらゆる魔法を使えるようになった主人公は異世界で、そして日本でチート能力を発揮・・・するの?
ゆる~くのんびり進む物語です。読者の皆様ものんびりお付き合いください。
感想などお待ちしております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる