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第三部『二重の受難、二重の災厄』

一章-7

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   7

 キティラーシア姫の希望で行われた――村周辺の散策は、朝から行われた。行く場所については、前日にレティシアと相談済みだ。
 観光なんかとは縁の無い村だから、なるべく退屈にならないよう、行き先には気を使ったつもりだ。
 驚いたのは、キティラーシア姫の心遣いだ。
 今回の散策に同行するジョシアへ、ドレスや装飾品を貸してくれたのだ。ブラウンを基調としたドレスは、ジョシアの髪色に合わせたもののようだ。
 うっすらと化粧もしたジョシアに「馬子にも衣装ってこのことか」と言ったら、ヒールで思いっきりつま先を踏みつけられた。

 ……褒め言葉のつもりだったんだけどなぁ。

 最初に川を見たあと、俺たちは〈マーガレット〉が荒らした、森の近くを訪れていた。
 事件としてレティシアたちが主に活動していたのは、もっと北の方角だが、〈マーガレット〉はメイオール村の近くまで迫っていた。
 小高い丘から一望できる荒らされ尽くした森林に、キティラーシア姫は物珍しそうな目を向けていた。


「こんな被害を出した化け物を倒したなんて……レティシアの騎士団、そしてランド様と瑠胡姫様の活躍は凄まじいですわね」


「お褒めに預かり、光栄に存じます」


 レティシアに倣って一礼をする俺の隣で、瑠胡は鷹揚に頷いただけだ。


「妾は囮しかしておらぬのでな。礼など無用ぞ」


 同じ姫ということもあって、瑠胡だけは普段と同じ口調だ。王国直属の騎士団も、ハイム老王やキティラーシア姫からの君命があったおかげか、なにも言ってこない。
 その代わりに俺に対する視線は、かなり厳しいものだった。
 まあ……騎士団長に勝った挙げ句、それからというものキティラーシア姫が俺を『様』付けで呼ぶのだから、面白くはないんだろうな。
 そこで昼近くになり、俺たちは川辺に戻って昼飯にすることとなった。
 今回の食事は、ハイム老王とキティラーシア姫の執事や従者の方々が作ってくれるということだ。
 俺としては暇を持て余すことになり、キティラーシア姫とお喋りする瑠胡に付き添うことにした。
 ジョシアは会話について行けないのか、少し離れたところに腰を降ろしていた。慣れない人々に囲まれ、精神的に疲れているみたいだ。
 そんなジョシアに、《白翼騎士団》のユーキとクロースが近寄っていった。
 あの二人なら、いい暇つぶしができそうだ。俺は妹を二人に任せて、瑠胡の付き添いに集中することにした。



 借り物の丸めた毛布を椅子代わりに、ジョシアは一人で腰を降ろしてた。
 ランドとレティシア以外、見知らぬ人ばかりで気付かれしていた。ランドは警護のためか、瑠胡やキティラーシア姫の近くにいる。
 そんな兄の目線が時折、瑠胡に向けられているのを見て、ジョシアは唸り声をあげた。


(まさか、お兄ちゃんが恋をするなんてねぇ。昔は、恋文と果たし状の区別もできなかったのに)


 それで幼なじみが泣いたのは、今でも同世代の女子では語り草だ。
 ランドと瑠胡が互いに意識しあっているのは、傍目にも明らかだ。明らか過ぎるのに、互いに一歩を踏み出せてないのを見て、ジョシアは頭を抱えた。
 二人が恋愛初心者であるのも原因だろうが、ランドがどことなく一歩退いているように見えた。
 異国の姫と、それを守護する剣士。物語の定番でもある関係は、年頃の少女にとっては眩しすぎる。
 ジョシアは手の平を上にして、少しだけ手を挙げた。


「わたくしを守護する騎士は、いつ来るのかしら?」


 囁くような声で言ってから、ジョシアは少し虚しくなった。手を下げて溜息を吐いたとき、背後で足音がした。


「あ、ランド君の妹さんだ。なにをしてるの?」


 騎士の鎧に身を包んだクロースの声に、ジョシアは悲鳴をあげたくなるほど驚き、そして恥ずかしさに顔を両手で覆った。


(見られた? 今の見られた?)


 一人落ち込んでいると、今度は大人しそうな顔つきのユーキが、躊躇いがちに声をかけてきた。


「あの……大丈夫ですか?」


「いえ……穴があったら、入りたいって思っただけですから」


「ああっ! 穴の中って、落ちつきますよね。あたし、掘るの得意ですよ?」


 ――へ?

 そんな顔をするジョシアに、クロースが苦笑した。


「ユーキ……そういうことじゃないと思うんだ、あたしは。あ、リリンだ。リリンもこっちおいでよ!」


 側を通りかかったリリンは、三人に軽く会釈をしただけで、そのまま通り過ぎてしまった。ジョシアはそのとき、リリンに少し睨まれた気がして、困ったような笑顔をクロースたちに向けた。


「あたし、嫌われちゃったかな?」


「え? そんなことないと思うよ? まあ、リリンは元から、あんな感じだし……」


 クロースの返答を聞きながら、ジョシアはリリンの去って行ったほうを目で追った。
 そんなとき、騎士を伴ったキティラーシア姫が、ジョシアたちのいるほうへと歩いているのが見えた。
 立ち上がったジョシアたちのそばまで来ると、キティラーシア姫はおっとりと微笑んだ。


「ごめんなさい、ジョシア・コール。せっかくお呼びだてしたのに、ほったらかしにしてしまって」


「いえ。キティラーシア姫様。御一緒できて光栄です。ドレスまで貸して頂いて……」


「いいのよ。あなたとも、ゆっくりお話がしたいわ。こちらへいらして下さいませね」


「は、はい――」


 緊張で、笑みが強ばりそうだった。
 そんなとき、見張りの声が周囲に響き渡った。


「総員、警戒! ものすごい勢いで、馬車が来ているぞ!!」


 川辺から森の中に入る、細い道がある。その奥に、二頭立ての馬車が小さく見え始めていた。



 見張りの声で、騎士たちが一斉に馬車の来る方角へと移動した。
 俺は念のため、瑠胡の側で剣を抜いた。馬車が無人か、それともなにかの意図があって向かって来ているか、わからない。
 そんなとき、騎馬に跨がったレティシアに、クロースが大声を張り上げながら言った。


「あの馬たち、重い、苦しいって言ってます!」


 その声で、レティシアは剣を抜き払った。
 あの馬車は、どうやら後者のようだ。俺は瑠胡とハイム老王を護るよう位置取った。ジョシアとキティラーシア姫の側には騎士が二人に、クロースとユーキがいる。
 行く手を遮ろうと剣を抜いた騎士たちが立ちはだかったそのとき、馬車から大男が飛び出した。
 顔の見えない兜に、胴鎧。手には人間の胴体くらいはある、巨大なメイスが握られていた。
 メイスの先端は六角形になっていて、棘などの鋭利なものはついてない。無骨極まりない形状だった。
 大男は騎士たちの前に着地するや否や、メイスを振り回して三人ほど吹っ飛ばした。そのあいだを、勢いの乗った馬車が通り過ぎた。
 馬車は俺たちのほうではなく、ジョシアとキティラーシア姫のいるほうへと、真っ直ぐに向かっていた。


「ランド、ここは妾に任せよ。おまえは馬車を停めよ」


「すいません。頼みます」


 俺は〈筋力増強〉を使って、馬車へと駆けだした。
 馬車にはレティシアやセラの《スキル》である〈火球〉や〈光の熱線〉の攻撃が命中しているにも関わらず、火が点く様子がない。
 俺がジョシアたちの元に到着する直前、馬車から上半身を出した覆面の男が、両手を突き出した。
 その途端、ジョシアとキティラーシア姫の身体が硬直した。


「おおっと、動かないでくれたまえ!」


 覆面の男は、高らかに告げた。


「下手に動くと、二人の姫の命はないよ! ほら!」


 男が手を振ると、ジョシアとキティラーシア姫の手がぎこちなく動き始め、自分の首へと添えられた。
 その光景に、騎士や《白翼騎士団》の動きが止まった。


「そう、それでいい。さあ、姫君たち。馬車にお乗り下さい。ア……いや、一の戦士! こっちへ」


「おう!!」


 騎士たちの半分以上を気絶させた戦士は駆け出すと、そのまま馬車へと乗り込んだ。
 馬車の中から、手綱を叩く「はっ」という声がした。嘶きとともに馬車は走り出すが、騎士たちは動こうともしなかった。
 俺は剣を鞘に収めると、馬車を追いかけた。


「ランド!」


 首元から翼を出して飛んできた瑠胡が、俺に手を差し伸べた。
 恥ずかしいとか、言ってる場合じゃない。俺は瑠胡にしがみつくと、森の中へと入っていった馬車の追跡を開始した。
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