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第二部『帰らずの森と鬼神の迷い子』

一章-7

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   7

 日が暮れ始めてきたころ、俺たちは荷物を片付けて出発の準備をしていた。雲はうっすらとオレンジ色に染まり、空も青色が薄くなっている。
 河原から見える森の中は、一足先に闇の帳が降り始めていて、奥が見えなくなりかけていた。
 女従者が馬車にランプを灯しているとき、空に一羽の鷹が飛んでいることに気付いた。
 大きく旋回していた鷹は、まっすぐに馬車の幌へと舞い降りてきた。忙しく羽ばたきながら幌の上に停まった鷹を見て、瑠胡が「ほう」と声を漏らした。


「使い魔か」


「使い魔? ええっと、魔術で召喚した、魔術師の#僕_しもべ_#ですっけ?」


「左様。先日に教えた内容を覚えておるようで、なにより」


 俺と瑠胡がそんな会話をしていると、使いまである鷹からリリンの声がした。


〝ランドさんに瑠胡姫様。キャットさんかユーキさんはいませんか?〟


 この鷹は、リリンの使い魔なんだ。
 俺は周囲を見回して、女従者と焚き火の処理をしているユーキを手招きした。


「なんですかぁ?」


「リリンが呼んでる」


 俺が鷹に指先を向けると、ユーキはビクッとしながらも幌に近寄った。


「えっと、あの……なにか御用ですかぁ?」


〝ユーキさん。我々はそちらに向かっています。合流をしたいので、そのまま待機してて下さい〟


「ええっ!? はい……わかりました」


〝お願いします。では、後ほど〟


 そう言い残すと、使い魔の鷹は飛び立っていった。
 リリンにしては、どこかせわしない対応だ。ユーキは俺を振り返ると、申し訳なさそうな顔で、両手を身体の前で組んだ。


「すいません……そういうことですので、出発は遅らせますぅ」


「レティシアの指示だろうし、仕方ない……か」


 ジョンさんの安否も心配だから、早く洞穴に向かいたい。だけど、ユーキやキャットは動こうとしないだろう。
 焦れる気持ちを抑えていると、瑠胡が俺の袖を指先で摘まんだ。


「焦るでない。レティシアらが来てからでも間に合う」


「なんでしょうけどね」


 俺は乱暴に頭を掻きながら、鷹――リリンが飛び去った空を見上げた。

   *

「は?」


 俺たちが《白翼騎士団》と合流した俺は、レティシアが口にした内容に眉を潜めた。
 レティシアは眉間に皺を寄せながら、もう一度、同じことを言ってきた。


「行方不明者の捜索は一時中断し、わたしたちと来て貰う。魔物の調査――できれば、討伐をしたい」


「あのな――俺が受けた依頼は、ジョンさんの捜索だ。魔物退治じゃないし、騎士団に属しているわけでもない。別行動をさせてもら――いますよ」


 いかん。怒りで口調が乱暴になりかけた。
 レティシアは騎士なわけだから、一介の村人である俺が対等な口調では、ちょっと拙いだろう。
 俺は瑠胡を連れて洞穴に行こうとしたが、レティシアに肩を掴まれた。


「ダメだ。おまえにも来て貰う」


「なんで――」


 レティシアの手が震えていることに気付いた俺は、言おうとした文句を飲み込んだ。
 俺は溜息を吐き、それから気を落ちつかせるために深呼吸を繰り返した。


「……なにがあった?」


「我々は、魔物を見た」


「なんだ。なら、調査は終わりだろ?」


 俺が確認のために訊くと、レティシアは首を振った。


「魔物を見たが、正体はわかってない。それに、放っておくわけにもいかない。あの、強大で、おぞましい姿をした化け物だった。あんなのが、この世界にいるなんて……あっていい筈がない」


「おぞましい化け物?」


 眉を顰める俺に、レティシアは魔物の姿を語り始めた。
 その異様な姿を頭に思い浮かべると、ちょっと血の気が引いた。


「なんだ……それ」


「ヤツは山の木々を朽ちさせている。あんなのが村や街を襲えば、被害は甚大だ」


「だったら、軍が動けば――」


「人間で、あんなものが斃せるとは思えない。軍が壊滅したら、領地の治安と護りが危ぶまれる。だから、ランドと――瑠胡姫様の力が必要だ」


「おい、ちょっと待て」


 怒気を孕んだ声で、俺はレティシアを睨み付けた。
 

「俺を利用するっていうのは、まだいい。訓練兵時代からの腐れ縁だしな。だが、姫様は違うだろ。そんな危険なことに、巻き込んでどうす――」


「待て、ランド」


 レティシアに噛みついている俺の腕に手を添えながら、瑠胡が横に並んできた。
 扇子で口元を隠しながらレティシアを見たと思ったら、桃色に輝く大きな瞳で俺を見上げてきた。


「妾を庇う気持ちは嬉しく思う。しかし、その魔物とやらは少々気になる」


「気になるって、なにがです?」


「この世界の存在してはならぬ魔物か生物かどうか、確かめねばならぬ」


 俺にそう答えてから、瑠胡は僅かに表情を緩めた。


「しかし、だ。ランドが魔物の調査へ行かぬのなら、妾も行かぬ。それに、全員で魔物のほうへ行くこともあるまい。キャットと申す者は、ジョンとやらの捜索を続けさせよ」


「……承知しました。キャットの《スキル》は単独行動向きですから、そのほうが都合がいいでしょう」


 レティシアはあっさりと、瑠胡の出した条件を呑んだ。
 だからといって、俺は納得しきれなかった。まだ行方知れずのジョンさんを心配するアニスさんのことを思うと、気持ちは捜索のほうへと傾いてしまう。
 それに、クロースやリリン、ユーキだけでなく、セラに……フレッドまでもが俺に期待の目を向けていた。

 いや、だから。俺にそんな期待されてもだな。ああ、もう……ここで突っぱねることに、罪悪感を覚えてしまうだろうが。

 そんな俺の表情を見ていた瑠胡が、着物の袖に手を入れた。


「ランドよ、ジョンという者が心配で決められぬか? ならば捜索については、応援を呼んでもよいぞ?」


「応援って……どこからです?」


「まあ、待て。二、三日ほどかかるかもしれぬが……」


 瑠胡は袖口から薄い鱗のようなものを取り出して、手の平に載せた。


「沙羅――手を借りたい。こちらへ来ておくれ」


 瑠胡がフッと息を吹きかけると、鱗は宙を舞い始めた。一度は空へと向かいかけた鱗は、小さく弧を描くように戻ってくると、俺や瑠胡を取り越し、背後にある森の縁で動きを止めた。


〝沙羅――手を借りたい。こちらへ来ておくれ〟


 先ほどの瑠胡の言葉が、制止した鱗から発せられた。
 瑠胡は冷ややかな視線を鱗が浮いている場所に送ると、やや苛立ちの混じった声で告げた。


「沙羅。妾が怒る前に、大人しく出て参れ」


「……はい」


 かなりしょぼくれた声がすると、鱗が止まった場所に、赤い鎧に身を包んだ美女が現れた。烈火のような赤い髪は腰まであり、凛々しい顔立ち――なのだが、しゃがみ込んでアワアワと口元を振るわせている表情が、そのすべてを台無しにしていた。
 瑠胡に仕える天竜族の沙羅に、瑠胡は睨むような視線を送った。


「魔術を使って、妾の監視か?」


「め、滅相も御座いません。お父上から、様子を見てくるよう仰せつかっただけ……です」


 しょんぼりと答える沙羅に、瑠胡は吐息を漏らした。


「まあ、よい。御主はキャットという者と、ジョンの捜索をせよ」


「あの、わたくしも姫様と共に――」


「妾に、同じ事を二度言わせるつもりかえ?」


「い、いえ……わかりました」


 傍目に見ていても気の毒になる表情で、沙羅はガックリと頷いた。
 ジョンさんのことは気になるが、瑠胡もここまでしてくれた。今は周囲の動きに任せようと、俺はレティシアたちとトルムイ山へ行くことを決めた。
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