42 / 247
第二部『帰らずの森と鬼神の迷い子』
一章-7
しおりを挟む7
日が暮れ始めてきたころ、俺たちは荷物を片付けて出発の準備をしていた。雲はうっすらとオレンジ色に染まり、空も青色が薄くなっている。
河原から見える森の中は、一足先に闇の帳が降り始めていて、奥が見えなくなりかけていた。
女従者が馬車にランプを灯しているとき、空に一羽の鷹が飛んでいることに気付いた。
大きく旋回していた鷹は、まっすぐに馬車の幌へと舞い降りてきた。忙しく羽ばたきながら幌の上に停まった鷹を見て、瑠胡が「ほう」と声を漏らした。
「使い魔か」
「使い魔? ええっと、魔術で召喚した、魔術師の#僕_しもべ_#ですっけ?」
「左様。先日に教えた内容を覚えておるようで、なにより」
俺と瑠胡がそんな会話をしていると、使いまである鷹からリリンの声がした。
〝ランドさんに瑠胡姫様。キャットさんかユーキさんはいませんか?〟
この鷹は、リリンの使い魔なんだ。
俺は周囲を見回して、女従者と焚き火の処理をしているユーキを手招きした。
「なんですかぁ?」
「リリンが呼んでる」
俺が鷹に指先を向けると、ユーキはビクッとしながらも幌に近寄った。
「えっと、あの……なにか御用ですかぁ?」
〝ユーキさん。我々はそちらに向かっています。合流をしたいので、そのまま待機してて下さい〟
「ええっ!? はい……わかりました」
〝お願いします。では、後ほど〟
そう言い残すと、使い魔の鷹は飛び立っていった。
リリンにしては、どこかせわしない対応だ。ユーキは俺を振り返ると、申し訳なさそうな顔で、両手を身体の前で組んだ。
「すいません……そういうことですので、出発は遅らせますぅ」
「レティシアの指示だろうし、仕方ない……か」
ジョンさんの安否も心配だから、早く洞穴に向かいたい。だけど、ユーキやキャットは動こうとしないだろう。
焦れる気持ちを抑えていると、瑠胡が俺の袖を指先で摘まんだ。
「焦るでない。レティシアらが来てからでも間に合う」
「なんでしょうけどね」
俺は乱暴に頭を掻きながら、鷹――リリンが飛び去った空を見上げた。
*
「は?」
俺たちが《白翼騎士団》と合流した俺は、レティシアが口にした内容に眉を潜めた。
レティシアは眉間に皺を寄せながら、もう一度、同じことを言ってきた。
「行方不明者の捜索は一時中断し、わたしたちと来て貰う。魔物の調査――できれば、討伐をしたい」
「あのな――俺が受けた依頼は、ジョンさんの捜索だ。魔物退治じゃないし、騎士団に属しているわけでもない。別行動をさせてもら――いますよ」
いかん。怒りで口調が乱暴になりかけた。
レティシアは騎士なわけだから、一介の村人である俺が対等な口調では、ちょっと拙いだろう。
俺は瑠胡を連れて洞穴に行こうとしたが、レティシアに肩を掴まれた。
「ダメだ。おまえにも来て貰う」
「なんで――」
レティシアの手が震えていることに気付いた俺は、言おうとした文句を飲み込んだ。
俺は溜息を吐き、それから気を落ちつかせるために深呼吸を繰り返した。
「……なにがあった?」
「我々は、魔物を見た」
「なんだ。なら、調査は終わりだろ?」
俺が確認のために訊くと、レティシアは首を振った。
「魔物を見たが、正体はわかってない。それに、放っておくわけにもいかない。あの、強大で、おぞましい姿をした化け物だった。あんなのが、この世界にいるなんて……あっていい筈がない」
「おぞましい化け物?」
眉を顰める俺に、レティシアは魔物の姿を語り始めた。
その異様な姿を頭に思い浮かべると、ちょっと血の気が引いた。
「なんだ……それ」
「ヤツは山の木々を朽ちさせている。あんなのが村や街を襲えば、被害は甚大だ」
「だったら、軍が動けば――」
「人間で、あんなものが斃せるとは思えない。軍が壊滅したら、領地の治安と護りが危ぶまれる。だから、ランドと――瑠胡姫様の力が必要だ」
「おい、ちょっと待て」
怒気を孕んだ声で、俺はレティシアを睨み付けた。
「俺を利用するっていうのは、まだいい。訓練兵時代からの腐れ縁だしな。だが、姫様は違うだろ。そんな危険なことに、巻き込んでどうす――」
「待て、ランド」
レティシアに噛みついている俺の腕に手を添えながら、瑠胡が横に並んできた。
扇子で口元を隠しながらレティシアを見たと思ったら、桃色に輝く大きな瞳で俺を見上げてきた。
「妾を庇う気持ちは嬉しく思う。しかし、その魔物とやらは少々気になる」
「気になるって、なにがです?」
「この世界の存在してはならぬ魔物か生物かどうか、確かめねばならぬ」
俺にそう答えてから、瑠胡は僅かに表情を緩めた。
「しかし、だ。ランドが魔物の調査へ行かぬのなら、妾も行かぬ。それに、全員で魔物のほうへ行くこともあるまい。キャットと申す者は、ジョンとやらの捜索を続けさせよ」
「……承知しました。キャットの《スキル》は単独行動向きですから、そのほうが都合がいいでしょう」
レティシアはあっさりと、瑠胡の出した条件を呑んだ。
だからといって、俺は納得しきれなかった。まだ行方知れずのジョンさんを心配するアニスさんのことを思うと、気持ちは捜索のほうへと傾いてしまう。
それに、クロースやリリン、ユーキだけでなく、セラに……フレッドまでもが俺に期待の目を向けていた。
いや、だから。俺にそんな期待されてもだな。ああ、もう……ここで突っぱねることに、罪悪感を覚えてしまうだろうが。
そんな俺の表情を見ていた瑠胡が、着物の袖に手を入れた。
「ランドよ、ジョンという者が心配で決められぬか? ならば捜索については、応援を呼んでもよいぞ?」
「応援って……どこからです?」
「まあ、待て。二、三日ほどかかるかもしれぬが……」
瑠胡は袖口から薄い鱗のようなものを取り出して、手の平に載せた。
「沙羅――手を借りたい。こちらへ来ておくれ」
瑠胡がフッと息を吹きかけると、鱗は宙を舞い始めた。一度は空へと向かいかけた鱗は、小さく弧を描くように戻ってくると、俺や瑠胡を取り越し、背後にある森の縁で動きを止めた。
〝沙羅――手を借りたい。こちらへ来ておくれ〟
先ほどの瑠胡の言葉が、制止した鱗から発せられた。
瑠胡は冷ややかな視線を鱗が浮いている場所に送ると、やや苛立ちの混じった声で告げた。
「沙羅。妾が怒る前に、大人しく出て参れ」
「……はい」
かなりしょぼくれた声がすると、鱗が止まった場所に、赤い鎧に身を包んだ美女が現れた。烈火のような赤い髪は腰まであり、凛々しい顔立ち――なのだが、しゃがみ込んでアワアワと口元を振るわせている表情が、そのすべてを台無しにしていた。
瑠胡に仕える天竜族の沙羅に、瑠胡は睨むような視線を送った。
「魔術を使って、妾の監視か?」
「め、滅相も御座いません。お父上から、様子を見てくるよう仰せつかっただけ……です」
しょんぼりと答える沙羅に、瑠胡は吐息を漏らした。
「まあ、よい。御主はキャットという者と、ジョンの捜索をせよ」
「あの、わたくしも姫様と共に――」
「妾に、同じ事を二度言わせるつもりかえ?」
「い、いえ……わかりました」
傍目に見ていても気の毒になる表情で、沙羅はガックリと頷いた。
ジョンさんのことは気になるが、瑠胡もここまでしてくれた。今は周囲の動きに任せようと、俺はレティシアたちとトルムイ山へ行くことを決めた。
10
お気に入りに追加
74
あなたにおすすめの小説
脱獄賢者~魔法を封じられた懲役1000年の賢者は体を鍛えて拳で全てを制圧する~
榊与一
ファンタジー
大賢者ガルガーノは勇者と共に魔王軍へと立ち向かい、遂には魔王を異世界へと放逐する事に成功する。
王都へと凱旋した勇者パーティーは民衆に大歓声の元迎えられ、そしてそこで何故かガルガーノは人類の裏切り者として捕らえられてしまう。
その罪状は魔王を召喚し、人類を脅かしたという言いがかり以外何物でもない物だった。
何が起こったのか、自分の状況が理解できず茫然とするガルガーノ。
そんな中、次々とパーティーメンバーの口から語られる身に覚えのない悪逆の数々。
そして婚約者であったはずの王女ラキアの口から発せられた信じられない言葉。
余りの出来事に放心していると、気づけば牢獄の中。
足には神封石という魔法を封じる枷を付けられ。
告げられた刑期は1000年。
事実上死ぬまで牢獄に居ろと告げられた彼は、自分を裏切り陥れた国と、そして勇者パーティーに復讐を誓う。
「ふざけんな……ふっざけんなふざけんなぁ!!俺はここから抜け出して見せる!必ず!必ず後悔させてやるぞ!」
こうして始まる。
かつて大賢者と呼ばれた男の、復讐のための筋トレ生活が――
※この物語は冤罪で投獄され、魔法を封じらた大賢者が自分を嵌めた勇者達に復讐する物語です。
戦争で敗れた魔族や奴隷達を集めて国を興したりもします。
僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?
闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。
しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。
幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。
お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。
しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。
『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』
さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。
〈念の為〉
稚拙→ちせつ
愚父→ぐふ
⚠︎注意⚠︎
不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。
【完結】捨てられ令嬢は王子のお気に入り
怜來
ファンタジー
「魔力が使えないお前なんてここには必要ない」
そう言われ家を追い出されたリリーアネ。しかし、リリーアネは実は魔力が使えた。それは、強力な魔力だったため誰にも言わなかった。そんなある日王国の危機を救って…
リリーアネの正体とは
過去に何があったのか
祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活
空の雲
ファンタジー
中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。
最後の勤めを終え、通い慣れた電車で帰宅途中、突然の衝撃をうける。
――気付けば、幼い子供の姿で見覚えのない森の中に……
どうすればいいのか困惑する中、冒険者バルトジャンと出会う。
顔はいかついが気のいいバルトジャンは、行き場のない子供――中田祐一郎(ユーチ)の保護を申し出る。
魔法や魔物の存在する、この世界の知識がないユーチは、迷いながらもその言葉に甘えることにした。
こうして始まったユーチの異世界生活は、愛用の腕時計から、なぜか地球の道具が取り出せたり、彼の使う魔法が他人とちょっと違っていたりと、出会った人たちを驚かせつつ、ゆっくり動き出す――
※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。
最凶と呼ばれる音声使いに転生したけど、戦いとか面倒だから厨房馬車(キッチンカー)で生計をたてます
わたなべ ゆたか
ファンタジー
高校一年の音無厚使は、夏休みに叔父の手伝いでキッチンカーのバイトをしていた。バイトで隠岐へと渡る途中、同級生の板林精香と出会う。隠岐まで同じ船に乗り合わせた二人だったが、突然に船が沈没し、暗い海の底へと沈んでしまう。
一七年後。異世界への転生を果たした厚使は、クラネス・カーターという名の青年として生きていた。《音声使い》の《力》を得ていたが、危険な仕事から遠ざかるように、ラオンという国で隊商を率いていた。自身も厨房馬車(キッチンカー)で屋台染みた商売をしていたが、とある村でアリオナという少女と出会う。クラネスは家族から蔑まれていたアリオナが、妙に気になってしまい――。異世界転生チート物、ボーイミーツガール風味でお届けします。よろしくお願い致します!
大賞が終わるまでは、後書きなしでアップします。
【完結】国外追放の王女様と辺境開拓。王女様は落ちぶれた国王様から国を買うそうです。異世界転移したらキモデブ!?激ヤセからハーレム生活!
花咲一樹
ファンタジー
【錬聖スキルで美少女達と辺境開拓国造り。地面を掘ったら凄い物が出てきたよ!国外追放された王女様は、落ちぶれた国王様゛から国を買うそうです】
《異世界転移.キモデブ.激ヤセ.モテモテハーレムからの辺境建国物語》
天野川冬馬は、階段から落ちて異世界の若者と魂の交換転移をしてしまった。冬馬が目覚めると、そこは異世界の学院。そしてキモデブの体になっていた。
キモデブことリオン(冬馬)は婚活の神様の天啓で三人の美少女が婚約者になった。
一方、キモデブの婚約者となった王女ルミアーナ。国王である兄から婚約破棄を言い渡されるが、それを断り国外追放となってしまう。
キモデブのリオン、国外追放王女のルミアーナ、義妹のシルフィ、無双少女のクスノハの四人に、神様から降ったクエストは辺境の森の開拓だった。
辺境の森でのんびりとスローライフと思いきや、ルミアーナには大きな野望があった。
辺境の森の小さな家から始まる秘密国家。
国王の悪政により借金まみれで、沈みかけている母国。
リオンとルミアーナは母国を救う事が出来るのか。
※激しいバトルは有りませんので、ご注意下さい
カクヨムにてフォローワー2500人越えの人気作
俺のチートって何?
臙脂色
ファンタジー
西暦2018年より138年前、西暦1880年1月バミューダトライアングルにて、一隻のイギリス海軍の船が300人の乗員と共に消失した。
それが異世界ウォール・ガイヤの人類史の始まりだった。
西暦2018年9月、その異世界に一人の少年が現れる。
現代知識が持ち込まれたことで発展した文明。様々な国籍の人間が転生してきたことで混ざり合った文化。そこには様々な考え方も持った人々が暮らしていた。
そして、その人々は全員『チート能力』と呼ばれる特異な力を身に宿していた。
この物語はフィクションです。登場する人物・団体・地名等はすべて架空であり、実在するものとは一切関係ありません。
カクヨムにて現在第四章までを執筆しております!
一刻も早く先の展開が知りたい方はカクヨムへ!→https://kakuyomu.jp/works/1177354054885229568
長い眠りのその後で
maruko
恋愛
伯爵令嬢のアディルは王宮魔術師団の副団長サンディル・メイナードと結婚しました。
でも婚約してから婚姻まで一度も会えず、婚姻式でも、新居に向かう馬車の中でも目も合わせない旦那様。
いくら政略結婚でも幸せになりたいって思ってもいいでしょう?
このまま幸せになれるのかしらと思ってたら⋯⋯アレッ?旦那様が2人!!
どうして旦那様はずっと眠ってるの?
唖然としたけど強制的に旦那様の為に動かないと行けないみたい。
しょうがないアディル頑張りまーす!!
複雑な家庭環境で育って、醒めた目で世間を見ているアディルが幸せになるまでの物語です
全50話(2話分は登場人物と時系列の整理含む)
※他サイトでも投稿しております
ご都合主義、誤字脱字、未熟者ですが優しい目線で読んで頂けますと幸いです
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる