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第二部『帰らずの森と鬼神の迷い子』

一章-2

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 翌朝の早朝。日の出の頃に、俺と瑠胡は騎士団の居留地へと赴いた。居留地の近くまで来ると、すでに馬車と騎馬が並んでいるのが見えた。
 馬車には弓矢も積まれているけど……行方不明者の捜索にしては、やけに物々しい荷物だ。
 俺と瑠胡に気づいたのか、ローブを着た少女――リリンが小さく手を挙げた。
 この辺りでは珍しい銀髪で、長い髪を赤い布で巻くようにして束ねている。眼鏡をした顔が、俺に会釈をした。


「おはようございます……姫様も、おはようございます」


「ああ、おはようさん」


「そちらも早いのぅ」


「はい。少々遠出をしますので」


 リリンの返答に、俺は違和感を覚えた。
 ジョンさんたちは川へ釣りへ行ってから、行方がわからなくなった。近隣は探し尽くしたから、遠くまで行くのかもしれないが……それにしても仰々しさが拭えない。


「どこまで行くんだ?」


「我々は、一日ほど北へ行ったトルムイ山へ。ランドさんたちとは別行動となります。ランドさんは、ユーキさんやキャットさんと、行方不明者の捜索になります」


「あ、そうなんだ。そっちはなにをしに?」


「巨大な魔物が出たそうです。その調査を」


「なんか、やばくないか? 気をつけろよ」


「はい。ありがとうございます」


「ランド!」


 リリンと喋っていると、鎧を着た金髪の女騎士――レティシアが近寄って来た。
 レティシアは俺と瑠胡を交互に見ると、先ず溜息を吐いた。


「今日の分の保存食は、二人分用意した。ユーキとキャット以外は、魔物の調査に向かうから協力は出来ん」


「魔物の件は、リリンから聞いた。俺たちは、すぐに出ればいいのか?」


「ああ、そうしてくれ。我々も、じきに出立する」


「了解だ。姫様、行きましょうか」


 俺が振り返ったとき、二歩は後ろにいたはずの瑠胡は、すでに俺の真横に来ていた。
 瑠胡と視線を交錯させたレティシアは、慇懃に会釈をした。


「馬車を用意してあります。ドラゴンの姫殿はそちらへ」


「うむ。では、ありがたくそうさせてもらおう」


 俺が横並びになった馬車へと順に目を向けると、一番奥の御者台にユーキの姿があった。
 ユーキで大丈夫かという少し不安はあったけど、俺は瑠胡と馬車へと歩き出した。




 挨拶もそこそこに、俺たちは行方不明者の捜索に出た。ただ、俺は宛がわれた軍馬を丁重に断った。
 馬車や軍馬で移動したら、ジョンさんの痕跡を消してしまう可能性もある。なにより、馬上からでは足跡などを見つけにくい。


「あたしも、そう言ったんだけどさ」


 キャットはそう言いつつ、瑠胡や女性の従者と幌のある馬車の荷台に乗っていた。
 馬車が川にあった焚き火の跡まで来ると、キャットが荷台から降りた。砂利や細かい砂で覆われた川岸は、そこそこに広い。
 川幅はおよそ一〇マーロン(約一二メート五〇センチ)。川の中には岩場があり、そこそこの透明度もある。
 両岸の川岸は、背後に森が広がっていた。


「ジョンって人は、二人で釣りをしてたみたい。足跡と座った痕跡が、二人分あるのよね」


「えっと――行方不明はジョンさんだけ、だよな」


「そう聞いてる。けど、二人分あるのは、間違いないわよ。でも片方の足跡には、違和感があるけれど」


「違和感ってなんだよ?」


「さあ? 違和感の正体がねぇ……わからないのよ」


 キャットは俺に肩を竦めつつ、視線を足跡が続く方角へと向けた。
 俺はその視線を目で追いながら、眉を顰めた。二人分の足跡が続く先は、メイオール村への道じゃない。
 それに馬車や馬の蹄の跡で見えにくくなっているが、村からここまでの足跡は一つだけ。でも、ここから続く足跡は二つ。


「どういうことだ?」


「誰かと、ここで待ち合わせたんでしょうか……」


 明るい茶色の髪をお下げにした少女、ユーキが恐る恐るといった表情で問いかけてきた。
 俺は少しだけ考えてから、小さく肩を竦めた。


「まあ、今のところ、それしか考えられないけどな。ただ、そーなるとだ。そいつはどこから来たんだろう。もう一人のヤツが、ここに来たときの足跡は残ってるか?」


「見つかってない……というか、今まで気にしてなかったからさ。もしかしたら、あたしらの足跡で消えちゃったかも」


 戯けたように肩を竦めるキャットに、俺は溜息を吐くしかない。
 馬車から降りてきた瑠胡が、地面を調べているキャットへと近づいた。そして地面を凝視すると、僅かに険しい顔をした。


「キャットとやら。この足跡は追ったのであろう。どこに続いておった?」


「え? この先にある洞穴ですけど……途中で行き止まりだし、足跡も途中までしかなかったんですよ」


「左様か。では、そこまで案内せよ。馬車でも行けるのであろう?」


「ええ、まあ……」


 いきなり場を仕切られて不満げなキャットを残し、瑠胡は馬車へと戻り始めた。
 キャットに移動を告げられて、女従者とお茶の準備をしていたユーキはビックリしていた。


「お茶――準備したのいぃ」


 そんな感じで、ユーキは女従者と並んで半泣きになっていた。っていうか、なんで捜索現場でお茶なんだ?
 そのユーキだけど、行き先が洞穴と聞いて身を竦めていた。


「ええっ! 洞穴、怖いですぅ……」


 初めて会ったときも瑠胡がいた洞窟を前に、似たような感じで怯えてたっけ。
 あれから、しばらく経つのにな。驚くほど、まったく変わってないわ……あの子。
 今回の依頼、またもや子守が目的なんじゃなかろうか。そんなことを考えながら、俺は瑠胡に先行して馬車に向かった。
 俺は出発のときと同様に、瑠胡を引っ張り上げるために馬車の荷台に乗った。


「なにか、わかったんですか?」


 差し出した俺の手に右手を重ねながら、瑠胡は眉を寄せた。


「一人は、人ではないかもしれぬ。今のところは、それだけしかわからぬが……」


「人じゃないって、なにか根拠が?」


「あの足跡、地面を抉った形跡がない。まるで、空の靴を上から押し当てただけのように見えた。あのような歩き方をする者は、そうはおるまい。妾も知識でしか知らぬが、人成らざる者に、よくある歩き方という話ぞ。神か悪魔か――までは、解らぬがの」


 瑠胡の返答に、俺は知らず息を呑んだ。
 行方不明となったジョンさんは……一体、どんなヤツと一緒にいるんだ? 無事でいることを祈るしかない。
 瑠胡を引っ張り上げた俺は、馬車から降りると腰に下げた長剣の柄に手を添えた。

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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!

わたなべ ゆたか です。

のんびり更新の本作ですが、今後ともよろしくお願いします。

本編中、ユーキが河原でお茶しようとしてますが……別に英国は参考にしてません。

砂漠の戦場でパスタのイタリアと並び、戦闘中に11時と3時のお茶で有名な英国。
食文化は度しがたいですね……。

本作では、後書きはしばらく不定期にやっていきます。流石に3本で後書きをやると、ネタが枯渇してしまいます……。

少しでも楽しんで頂けたら幸いです。

次回もよろしくお願いします!
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