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屑スキルが覚醒したら追放されたので、手伝い屋を営みながら、のんびりしてたのに~なんか色々たいへんです

四章-1

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 四章 傲慢なる怨み


   1

 大理石が敷き詰められた広間は、天から降り注ぐ太陽で白く照らし出されていた。
 天井はなく、四方を囲う壁も白かったが、そこには薔薇に似た植物で彩られていた。
 廊下を通り抜けて広間に出た沙羅は、僅かに目を細めた。
 人間の姿でいるため、明るさに慣れるまで時間がかかる。視界が戻って来るのを待って、沙羅は再び歩き始めた。
 この先にあるのは、謁見の間だ。
 一定のリズムで歩を進めた沙羅は、正面にある階段の手前で立ち止まった。そして流れるような所作で両膝を床につけると、深々と頭を下げた。


「天竜神様。赤竜の沙羅、只今参りました」


「ご苦労」


 穏やかではあるが感情の読めぬ男の声に、沙羅はその場で跪いた。
 天竜神と呼ばれたのは白髪を後頭部で結った、初老の男だ。前合わせの衣の袖は幅広で、下半身はゆったりとした衣服――袴を身につけていた。
 黄金の装飾のある椅子に腰掛ける天竜神は、一度だけ肩を上下させた。


「瑠胡の様子は、どうだった?」


「は――瑠胡姫様は、人間の村に滞在なされておりまする。粗末な小屋ではありますが、御食事と寝る場所には、ご満足されているようで御座います。ただ……瑠胡姫様の世話をしているのは、人間の男で御座います。なんでもドラゴンのお姿だった瑠胡姫様に、打ち勝った者とのことで……」


 天空神の気配が変わったことに気づいた沙羅は、その圧力にも似た感覚に語尾を濁してしまった。
 恐る恐る顔を上げる沙羅に、天竜神は無感情な目を向けていた。


「己に勝った者がいる――そうであれば、なぜ目的を果たして戻ってこぬ」


「それは……未だ目的を果たされていないためで御座います。相手が人間の男でありますれば、本能のみに頼った行いでは拒絶されると……そう、お考えのようです」


 瑠胡を庇うためとはいえ、報告の一部に嘘を混ぜた沙羅は、緊張から心の臓が激しい鼓動を繰り返していた。嘘が見破られたとき、どうなるか――考えるのが恐ろしかった。
 天竜神の目が険しくなったとき、横から女性が現れた。深紅に白鳥や花の模様をあしらった着物を着て、やや白髪の交じった黒髪を後ろ手に束ねている。
 後頭部で束ねた髪には、翠玉の飾りのあるかんざしを挿していた。


「あなた……そんなに焦るものではありません」


「しかし、麟玉りんぎょく……」


「瑠胡も年頃ですから。本能ではなく、感情として欲した相手なのでしょう。それに、あの子を打ち倒せるほどの猛者であれば、条件は満たしているのです。瑠胡の好きにやらせてもよろしいかと」


「しかしだな……」


「あなただって。わたくしに惚れたと申して、三年も付きまとって」


「んっ! んん゛っ!!」


 麟玉の言葉に被せるように、天竜神は咳払いをした。
 広間中に響き渡った咳払いの音で、場がシンと静まり返った。天竜神は最後に「コホン」と小さな咳払いをしてから、威厳のある顔で麟玉を見た。


「それはそれとして……だ。そやつが瑠胡に乱暴を働く可能性は否定できまい。人間など、理性の薄皮が剥がれれば、なにをしでかすかわからぬ」


「それはそうですが……瑠胡の他者を見る目は、確かですから。今は、それを信用しましょう。それに、あなただって。わたくしと初めて会った夜、わたくしの寝床に侵入してきてお父様に」


「んんんんんッ! んんんんんんんんんんんん゛っ!!」


 連続した咳払いというのを、沙羅は初めて目撃した。
 表情を崩さぬように懸命の努力を続けるために、沙羅は僅かに目を伏せた。


(天竜神様も、普段はもう少し威厳があるのに)


 天竜神は、奥方に超弱い。
 心の中で溜息を吐いたとき、数十秒ほど肩で息をしていた天空神が沙羅へと向き直った。


「赤竜の沙羅よ。瑠胡の元へ行き、様子を見て参れ。ああ、一々の報告はしなくともよい。進展があれば、我に報せよ」


「御意に御座います。ですが一つご質問が御座います。わたくしも瑠胡姫様と同じく、人間の村で過ごすということで御座いましょうか?」


 沙羅の問いに、天竜神は僅かに口を曲げた。


「馬鹿を申せ。おまえまで人間の世に残ってどうする。状況を確認したあとは、ここに戻ってくるのだ」


「……畏まりました」


 沙羅は立ち上がると、一礼をしてから広間を出た。


(瑠胡姫様と共に暮らす、絶好の機会を……)


 歯ぎしりをする思いで、沙羅は自らの失態を恨んだ。面と向かって命じられた以上、瑠胡が滞在する村に残るのは無理だ。
 裏切りとはいかなくても、瑠胡の世話係としての立場を剥奪される恐れがある。
 胸中で怒りを発散させた――その対象は主にランドへの八つ当たりだったが――のち、沙羅はいくつかの階段を上り下りして、庭園へと出た。
 庭園は芝生となっており、周囲を低い壁で囲われている。それ以外はないもないが、ここは憩いの場のために存在していない。
 沙羅は息を吸い込むと、やや前屈みとなった。その途端、首筋に一枚残った鱗から、ドラゴンの羽が現れた。自身の三倍以上もある翼を羽ばたかせた沙羅は、身体を力場の一種が包み込むのを感じた。


(瑠胡姫様……今、御身の元へ)


 羽ばたきの速度を増した沙羅が、空へと舞い上がった。
 力場によって身体が軽く感じる。その感覚に身を任せながら、沙羅は首筋に意識を向けた。


(――竜化)


 念じた途端、首筋から魔力の渦が現れ、沙羅の身体を包み込んだ。程なく――魔力の渦が解けると、沙羅は赤い鱗を持つドラゴンと化していた。
 勢いよく飛翔すると、沙羅は天竜神の住まいから飛び出した。
 沙羅の目に映ったのは、球状の空間だ。その空間の中に、天竜神の住まいがある。球状はいわゆる、神々の領域の一つである。
 レッドドラゴンと化した沙羅は、真っ直ぐに降下を始めた。厚い雲を抜けると、一気に気温が上がる。
 現世へと舞い降りたことを実感しながら、沙羅は瑠胡の元へと急いだ。

   *

「くしゅ」


 いきなりクシャミをした瑠胡に、俺は目を丸くした。ドラゴンでも風邪を引くのか――と感心していると、瑠胡は扇子で口元を隠した。


「ううむ。イヤな予感がするのう」


「予感……なにかあるんですか?」


「そこまでは、わからぬが。それより、仕事の具合はどうなっておる?」


 瑠胡が横を向いた先には、レティシアたち《白翼騎士団》の駐屯地がある。周囲を上端の尖った丸太を並べた壁を囲われ、その中に住まいと厩舎が並んでいる。
 正直、騎士団の駐屯地としては手狭な部類だろう。
 俺は駐屯地を見回してから、瑠胡に答えた。


「まあ、最低限は終わりってところじゃないですか? 実際、まだ未完成ですしね。まあ、監査が無事に終われば良しって話ですし。監査が終わってから、改めて内部とか改装するみたいですよ」


「そうか。その監査とやらは、明日だったか?」


「そうだと思いましたけど。午後にはもう、騎士団はここに引っ越すそうですよ」


 俺が答えたとき、蹄の音が聞こえてきた。
 振り返ると、先触れらしい騎馬が駐屯地へと向かって来ていた。見学に来ていたセラが手を挙げると、先触れはその前で騎馬を止めた。


「監査の部隊は――ゴガルン隊――」


 はっきりとではないが、先触れの言葉が俺の耳まで聞こえてきた。不穏な名前を聞いた気がするけど……気のせいか?
 そこで、親方さんが俺を呼ぶ声が聞こえてきた。
 俺は先触れのことを気にするのを止めると、親方さんのところへと歩き始めた。
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