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屑スキルが覚醒したら追放されたので、手伝い屋を営みながら、のんびりしてたのに~なんか色々たいへんです
三章-1
しおりを挟む三章 来訪する厄介ごと
1
騎士団がメイオール村を発って、一〇日が経った。
俺と瑠胡の生活はそこそこに忙しく、そこそこに穏やかだった。普段よりも仕事を多めに引き受け、暇なときには村長に許可を貰って、近くの川で魚を釣った。
一人暮らしなら、釣りとかしないんだけどな。食費を抑えるためには、このくらいの工夫は必要になってくる。
朝食の準備を終わらせた俺は、瑠胡の部屋のドアをノックした。すると、俺が挨拶を言う前に「入って良いぞ」という声が聞こえてきた。
これは、素直に従ったほうが、お互いに楽な展開だ。俺はなるべく音を立てないよう気を使いながら、ドアを開けた。
「姫様、おはようございます。朝食ができましたよ」
「……ふむ。今、行く」
ベッドに腰掛けながら、瑠胡は外の景色を見ていた。俺の挨拶に振り返ると立ち上がって、ゆっくりとこっちに来たけど……その途中で、チラチラと外の様子を伺っていた。
「なにか見えるんです?」
「いや、待っておるのだが、なかなか来ぬのでな。焦れていたところだ」
「待ってる? 飯……ですか?」
「たわけ」
口元に笑みを浮かべながら、瑠胡は俺を軽く睨んだ。
そして一昨日くらいからしてくる、人差し指を俺の唇に触れる挨拶をしてきた。これ……ちょっと恥ずかしいんだけど、これが天竜族の挨拶らしい。
照れてる俺を見て、瑠胡は表情を緩めた。
「妾は、そこまで食い意地を張っておらぬわ。お主に分かり易く言えば、待ち人といったところか」
「そうなんですか? ええっと、例の目的の……とか?」
「そうではない。妾の荷を持ってくる使いの者だ。少しざわつくかもしれぬが、そこは勘弁しておくれ」
「気にしないで下さいよ。俺は今日、一日仕事に行きますからね。村に迷惑かけなければ、少しくらい賑やかでも構わないですよ」
「ふむ、承知した。気をつけるとしよう」
瑠胡は微笑むと、俺と一緒に部屋を出た。
しかし……どんな荷物が届くんだろう?
気にはなったが、今日は朝から山羊小屋での寝藁変えと掃除の仕事だ。
一日仕事だし、臭いが染みつく……ちゃんと身体を洗ってから帰宅しないとなぁ。流石に、自分の家に糞の臭いを持ち込みたくないし。
瑠胡の荷の話は、あとで聞くことにしよう。そんなことを呑気に考えながら、俺は瑠胡の手を取りながら――彼女の要望だ――、階段を降りていった。
*
昼の鐘が鳴る少し前。雲一つない青天の空から、暖かな日差しが降り注いでいた。村の通りでは荷物を持った村人や、家の手伝いをしている子どもらが往来していた。
瑠胡が窓から村の様子を眺めていると、不意に周囲が陰った。
雲が日差しを遮ったわけではない。空を飛んでいた巨体が、その赤い鱗が見えるほどにまで降りてきていたのだ。
両脚で大きな荷物を提げていたドラゴンの顔を見て、瑠胡は目を細めた。
「やっと来たか」
〝瑠胡姫様! 遅れて申し訳御座いません〟
細かな燐光を撒き散らせながら、赤い鱗のドラゴンが瑠胡の前に舞い降りた。土煙が舞い上がったが、瑠胡はそれを気にするでもなく、たなびく髪を手で撫でた。
「ふむ……髪が汚れたか」
〝ああ! 姫様、申し訳御座いませぬ〟
恭しく頭を垂れた赤い鱗のドラゴンに、瑠胡は小さく手を挙げた。
「よい。構わぬ。それより、来たのはお主だけか、沙羅」
〝いいえ。ほかに二竜が参ります〟
「そうか。其奴らも含め、早々に人の姿になるがよい。その姿では、大騒ぎになろう」
〝はっ――〟
沙羅と呼ばれたドラゴンは、瑠胡と同様にその姿を解き始めた。ドラゴンの内部から姿を現したのは、虹色の光沢のある、白銀の鎧に身を包んだ美女だ。
鱗と同じ、烈火の如き赤く輝く髪は腰まで有り、瞳は緑。腰には緩く湾曲をした細身の剣を下げていた。
階下で両膝をつき、深々と頭を垂れる沙羅に、瑠胡は小さく手招きした。
「こちらへ参れ。そこでは、話もしにくかろう?」
「――はい。それでは、失礼いたします」
沙羅は瑠胡に従いって家に入ると、そのまま二階に上がった。
瑠胡の部屋に入った沙羅は、悲壮な顔で跪いた。
「おいたわしや姫様……このようなボロ屋に身を置くなど」
「そうか? 妾は気に入っておるが」
瑠胡は笑顔で応じたが、沙羅の顔は浮かないままだ。
「ですが、納得がいきませぬ。姫様――何故、このような場所に住まわれるのですか?」
沙羅の問いに瑠胡は、ランドたちとの戦いから順を追って話を始めた。そして、ここに住む理由――いや、彼女なりの目的を話し終えた途端、沙羅は唖然とした顔をした。
「人間ですよ、姫様!? 我ら天竜族は、龍神・恒河の眷属。姫様のお父上は、竜神・安仁羅様であらせられるのに……なぜ、人間などを選ばれたのです?」
「そう焦るな。まだ、彼奴が我の思ったとおりの者か、見分しておる最中だ」
瑠胡の返答を聞いて、沙羅はホッと息を吐いた。
「さ、左様ですか。それで……今のところ、どのような案配でしょうか」
「ふむ……概ね、思った通りの者だのう。日々、顔が緩みそうになって困る」
「姫様……すでに、添い遂げるつもりでいらっしゃるじゃないですか。人間なんかの、どこを気に入られたんです……」
「妾を打ち負かしたという事実にも目を向けよ。ふふ――まさか、こんなに早く逢えるとは思わなんだ。色々と話をしたが、彼奴の《スキル》というのも興味深い」
「《スキル》――ああ、人は魔力の才のことをそう呼んでいるのですね。その《スキル》で負けたのですか?」
「そう言えなくもないな。なにせ、妾の攻撃魔術をすべて奪い、奪った魔術で妾を打ち負かしたのだからな」
「魔術を奪われたと――まさか、光の魔術まで奪われてはおられませんよね?」
今にも泣きそうな沙羅に、瑠胡はしれっとした顔で答えた。
「妾は、彼奴の放った光の魔術で負けてのう。しかも、妾が行使できた、最も強い光の魔術でな」
「な――あれは確か、神罰としても使われる、〈神の雷光〉ではないですか!? な、なんで人間が、そんな魔術を使えたんです!?」
「足りぬ魔力は、魔力を急速に回復させることで補った――と思うておるが。それを踏まえても、面白いとは思わぬか?」
「面白くはないです……あ――まさか、姫様! あなたの才も話されたのですか!?」
最早、悲鳴に近い沙羅の声に、瑠胡は首を横に振った。
「妾の〈回復の血〉については話しておらぬ。人には強すぎる力というのは、理解しておるしな。人には毒にしかならぬが、妾にとっては万能薬、そのもの。現に戦いの傷は、たった一日で癒えた。そのことにランドは気づけなかったようでな、食事の際に傷が痛むと言うたら、甘えさせてくれたぞ? ふふ――あれは、なかなかによいものであった」
「姫様……」
「ただ、ここ二日ばかりは、妾の血に慣れさせておるがの。挨拶と称して、人差し指に微量の血を付けて、彼奴の唇に付けておる」
ホッとしたのもつかの間、瑠胡の告白に沙羅は血の気が引いた。
「ひ、姫様ぁ!?」
「喚くでない。妾が好んでやっておるのだから、沙羅が焦ることはなかろう?」
「あ、いえ……その、些か性急とは思ったのは確かで御座います。ただ、誠に申し上げにくいのですが、そのお考えが相手の知るところとなれば、必ずや嫌悪の念を抱き、姫様から距離を置かれるやもしれません。人にとっては奇矯たる振る舞いでありまする故に、そうなったとて不思議ではありませぬ」
「え――?」
最初は目を見開いただけだったが、次第に意味を飲み込んでくると、瑠胡はアワアワと手を彷徨わせた。
つまるところ、瑠胡は沙羅に「毎日、瑠胡の血を付けられていると知ったら、ランドはどん引きしますよ? そんなヤンデレみたいなことしてたら、当たり前でしょ?」と、言われたのだ。
瑠胡の心境をひと言で表すなら、「あ、やっべ」である。
「わ、妾はただ、ランドが大怪我をしたときに、治療の助けになればと思っただけで。決して……その、そのような奇っ怪な気持ちなど……」
その後、しばらくのあいだ、瑠胡は言い訳じみたことを述べていた。しかし、瑠胡の知る語彙が尽きかけたころ、急に表情を引き締めた。
「もうよい……わ、妾は、ランドを信じることにした! 故に、この話はここまでとする! よいな!!」
持ちうる威厳を最大に用いて話を打ち切ったのだが……実のところは、問題を先送りにしただけだ。
半泣きしたのか瑠胡は、うっすらと涙を浮かべていた。そんな姫君を眺めていた沙羅は、ほうっと息を吐いた。
(ああ……やっぱり姫様は可愛いなぁ。今までは、このお姿を独り占めできたのに……なぜ人間なんぞがしゃしゃり出てくるのか)
完全に八つ当たりな思考ではあるが、沙羅は今にも歯ぎしりしそうになっていた。
そんなとき、再び窓に影が差した。二体の翼竜――ワイバーンが舞い降りてくるのを見て、瑠胡は我に返った。
「ほかの竜もやっと来よったの。では、さっそく、妾の私物を部屋へ運んでおくれ」
沙羅は澄まし顔のまま、深々と頭を下げた。
「……仰せのままに」
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