上 下
31 / 43

エピローグ

しおりを挟む


 エピローグ


 俺とアリオナさんが《カーター》の隊商と合流した、翌朝。

 ――準備は、整った。

 日が昇る前から、俺は厨房馬車で準備に明け暮れていた。この馬車自体が頑丈な造りだから、天井の補強に縄を結んでも、ビクともしない。
 出入り口の側には羊皮紙に書いた、数人に向けた手紙を置いてある。ここに入れば、すぐに見つかることだろう。
 天井から吊した縄の下には、小さいけど膝くらいの高さがある木箱を置いてある。日が昇る前にすべての準備を終わらせたかったけど、すっかり朝になってしまった。

 ……急がなきゃ。

 俺は木箱の上に乗ると、天井から吊した縄に手を伸ばした。
 背後にある厨房馬車のドアが開いたのは、そんなときだった。


「クラネスくん、もうすぐ朝食にするって――っ!?」


 俺の背後で、アリオナさんが息を呑む声がした。
 けど押し寄せる感情に心が明け渡していた俺は、構わずに縄を手繰り寄せる。


「だめぇぇぇぇっ!」


 もう少しで縄が首に掛かる――というところで、背後からもの凄い力で床に引き倒された。
 床に背中を打ち付けた俺は、今にも泣きそうで、でも怒っているアリオナさんから視線を外した。
 謝らなきゃ――と思ったけど、口から出たのは、違う言葉だった。


「お願い……止めないで……俺は糞最低なクズなんだよ。身も心も冷酷で、敵対した相手には容赦が無くなるんだ。もう取り返しがつかないほどの、悪党なんだよ。爺さんの世話になっていたにも関わらず、恩を仇で返すような真似をしてるんだ。だから、あとは死んで、あの世で詫びるしかないんだ」


「な、なにを言ってるの? ねえ、クラネスくん! なにがあったっていうの!?」


 アリオナさんに激しく身体を揺さぶられ、俺は僅かに目を上げた。
 理由を問われてるんだよな……ちゃんと答えたら、俺の好きにさせてくれるかな――という微かな期待を胸に、俺は質問に答え始めた。


「キスーダに使った《力》が原因で、感情が抑制できなくなってるんだ。あの最後の力は、声に宿るもので、前世で言う言霊……みたいな感じなんだけど。相手への強い敵対心からきた言葉が、感情を強く揺さぶるんだよ。まともに受ければ、精神的なダメージを受けるし、揺さぶられた感情に抗えなくなるんだ」


「……よくわからないけど、心を操るとか、そういうこと?」


 アリオナさんの問いに、俺は首を横に振った。


「心を操るわけじゃないと思う。多分だけど、罪悪感を刺激することしかできないみたいで。昔、爺さんに〝俺のことが好きなら、貴族の跡取りにしないで〟って言ってみたんだけど……効果なかったし。
 逆に三年くらい前、アリオナさんが暮らしていた村で、隊商から商品を盗んだヤツがいて。そいつに向かって、〝盗みをするヤツは糞野郎だ、今すぐ死ね!〟って言ったことがあって。そのあと、その盗人を含めて、村人の三割が自殺しかけたことがあって」


「あ――なんとなく覚えてる。母さんも、自殺しかけたから……。あれ、クラネスくんの仕業だったの?」


「……うん。それ以来、あそこの衛兵から最凶の力とか言わてたんだけど。ただ、この《力》には強い副作用があってね。だいたい翌日くらいに、言った内容がそのまま自分にも跳ね返ってくるんだ」


 落ち込んでいたアリオナさんを拐かそうとした二人組にも、この《力》を使っている。
 あのときは「怯えてろ」って言っただけだから、副作用もそれに準じたものになっていた。だけど、副作用で酷く怯えてしまって、アリオナさんに俺のことを説明できなくなっていたけど。
 アリオナさんは目を丸くしながら、しかし少し呆れた声を出した。


「跳ね返ってくるって……まさか、今も? キスーダに、死ねとかいったの?」


「うん。副作用でこうなってるって、わかっているけど……感情には抗えないんだ。それに実際、その通りだし。さっきも言ったけど、村の人を殺しそうになるし、爺さんから受けた恩を、仇で返してるし……なにより、敵対した人に対して容赦ない言動をしちゃうんだよ、この世界の俺は。
 アリオナさんが人の言葉が聞こえないのと、きっと同じなんだ。身体の機能じゃなく、心の一部が欠損してるんだよ。俺だって……憑き人だ」


 ここまで説明すれば、きっと納得してくれたと思う。
 なにか言いたげなアリオナさんを手で制止ながら、俺は諭すように言葉を続けた。


「これで納得してくれた? きっと俺は、誰からも必要とされてない。この世界から居なくなったほうがいいんだ……だから、俺のことは放って」


 瞬間、アリオナさんが息を呑むのがわかった。
 それでも、関係無い。立ち上がろうと中腰になったとき、俺はアリオナさんに床へと引き戻された。


「誰からも必要されてないって……この世界から居なくなったほうがいいなんて、言わせないから」


 アリオナさんの怒鳴り声が聞こえた次の瞬間、俺の口を柔らかいものが塞いだ。俺の頭を柔らかい手が包み込んでいる。
 アリオナさんの顔が、俺から離れた。


「……少しは理解した?」


「ええっと……その」


「……理解したよね? もう死のうなんて、思ってない?」


「……はい」


 顔が赤くなるのを感じながらも、頭の芯は酷く冷静になっていた。俺を支配していた感情の波が、すうっと冷えていく。
 縄を片付けてもいいよね――と、アリオナさんは天井から吊した縄を、いとも容易く回収した。
 その様子を眺めながら、俺は辿々しい口調で問いかけた。


「あ、あの……今、その……なんで、あそこまでしてくれたの?」


 唇が重ねられた――キスしてきた理由を問いかけると、アリオナさんは少しだけ目を逸らした。
 そして小さく深呼吸をすると、俺から顔を背けた。


「クラネスくんが、あたしのことを大事な人だって言ってくれたみたいに……あたしだって、クラネスくんのことを大事に思ってるから」


「え? 俺……そんなことを言った?」


「うん。二人組のチンピラから、あたしを庇ってくれたときに……覚えて無いの?」


 少しだけ振り返ったアリオナさんに、俺はぎこちなく頷いた。あのときは無我夢中で、ほとんど感情のままに言葉を吐いていた気がする。
 戸惑う俺から顔を背けると、アリオナさんは厨房馬車のドアを開けた。


「もうすぐ朝ご飯ができるって、ユタさんが呼んでいたから。落ちついたら、出てきてね」


「……はい」


 まだ、心臓がバクバクと十六ビートを奏でている。
 女の子って、こういう度胸はすごいんだ――そんなことを考えながら、俺はしばらくのあいだ、厨房馬車の中で一人佇んでいた。

   *

 厨房馬車から出たアリオナは、野宿をしている馬車列の影まで移動した。そこで、ぺたん、としゃがみ込みながら両手で顔を覆った。


(や……やっちゃった。ど、どどど、どうしよう。いきなりキスなんて。あ、色々な男の子と遊んでたんだとか、勘違いされないかな)


 顔を真っ赤に染めながら、アリオナは後悔の念に押しつぶされそうになっていた。
 クラネスもそうだが、アリオナも恋愛事には疎かった。なにせ、前世ではクラネス――初恋だった音無厚使へ告白するどころか、学校生活では喋ることすらままならなかったのだ。
 今回は勢い任せにキスしてしまったが、冷静になった今、自分からリードしていこうという気概すら消えてしまった。


(さ、最初に大事な人って言ったのは、ク、クラネスくんだし。大丈夫よね。きっと、大丈夫……でも、このあと、どんな顔をして会えばいいんだろう。ああ、もう、あたしの馬鹿ぁぁぁぁ……)


 照れと後悔と、未だに残っているキスの感触――それらに頭の中を激しく掻き乱されてしまって、しばらくは動けそうにない。
 そんな、半泣きで蹲るアリオナに、冷ややかな視線を送る人物がいた。


「あたしたちってしばらくのあいだ、こんな焦れったいのを見せ続けられるわけ?」


 半目になったユタの問いに、左横に立っていたフレディは鷹揚に肩を竦めた。


「二人とも、まだ若い。急ぐ必要もないだろう」


「冗談でしょ? ずっとヤキモキするのなんて、精神衛生的にも良くないじゃない。アリオナちゃんが、さっさとクラネス君を襲っちゃえば解決じゃない」


「……そういう下世話なことを考えるんじゃない」


 ユタを窘めながら、フレディはアリオナに目をやった。


(でもまあ、確かに先は長そうだな)


 二人の将来がどうなるのか――フレディは心のどこかで、ユタの意見に賛同しかけていることに気付いていた。
 つまり――アリオナがクラネスを襲えば、それで解決なのは間違いない、と。そしてそれが真実であることを、理解していたのだった

                                    完

-----------------------------------------------------------------------------------
本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!

わたなべ ゆたか です。

なんとか予定を崩さず、エピローグまでやってこれました。これも読んで頂いた、そしてお気に入りに入れて頂いた方々のお陰で御座います。モチベの維持ができました。

改めて、ありがとうございます!

次回ですが、これからプロット作成になります。もしかしたら書き溜めを含め、7月中旬以降になるかもしれません。

再開後、お付き合い頂けたら嬉しいです。

少しでも楽しんで頂けたら幸いです。

次回も宜しくお願いします!
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

妻がエロくて死にそうです

菅野鵜野
大衆娯楽
うだつの上がらないサラリーマンの士郎。だが、一つだけ自慢がある。 美しい妻、美佐子だ。同じ会社の上司にして、できる女で、日本人離れしたプロポーションを持つ。 こんな素敵な人が自分のようなフツーの男を選んだのには訳がある。 それは…… 限度を知らない性欲モンスターを妻に持つ男の日常

序盤でボコられるクズ悪役貴族に転生した俺、死にたくなくて強くなったら主人公にキレられました。え? お前も転生者だったの? そんなの知らんし〜

水間ノボル🐳
ファンタジー
↑「お気に入りに追加」を押してくださいっ!↑ ★2024/2/25〜3/3 男性向けホットランキング1位! ★2024/2/25 ファンタジージャンル1位!(24hポイント) 「主人公が俺を殺そうとしてくるがもう遅い。なぜか最強キャラにされていた~」 『醜い豚』  『最低のゴミクズ』 『無能の恥晒し』  18禁ゲーム「ドミナント・タクティクス」のクズ悪役貴族、アルフォンス・フォン・ヴァリエに転生した俺。  優れた魔術師の血統でありながら、アルフォンスは豚のようにデブっており、性格は傲慢かつ怠惰。しかも女の子を痛ぶるのが性癖のゴミクズ。  魔術の鍛錬はまったくしてないから、戦闘でもクソ雑魚であった。    ゲーム序盤で主人公にボコられて、悪事を暴かれて断罪される、ざまぁ対象であった。  プレイヤーをスカッとさせるためだけの存在。  そんな破滅の運命を回避するため、俺はレベルを上げまくって強くなる。  ついでに痩せて、女の子にも優しくなったら……なぜか主人公がキレ始めて。 「主人公は俺なのに……」 「うん。キミが主人公だ」 「お前のせいで原作が壊れた。絶対に許さない。お前を殺す」 「理不尽すぎません?」  原作原理主義の主人公が、俺を殺そうとしてきたのだが。 ※ カクヨム様にて、異世界ファンタジージャンル表紙入り。5000スター、10000フォロワーを達成!

俺の召喚獣だけレベルアップする

摂政
ファンタジー
【第8章、始動!!】ダンジョンが現れた、現代社会のお話 主人公の冴島渉は、友人の誘いに乗って、冒険者登録を行った しかし、彼が神から与えられたのは、一生レベルアップしない召喚獣を用いて戦う【召喚士】という力だった それでも、渉は召喚獣を使って、見事、ダンジョンのボスを撃破する そして、彼が得たのは----召喚獣をレベルアップさせる能力だった この世界で唯一、召喚獣をレベルアップさせられる渉 神から与えられた制約で、人間とパーティーを組めない彼は、誰にも知られることがないまま、どんどん強くなっていく…… ※召喚獣や魔物などについて、『おーぷん2ちゃんねる:にゅー速VIP』にて『おーぷん民でまじめにファンタジー世界を作ろう』で作られた世界観……というか、モンスターを一部使用して書きました!! 内容を纏めたwikiもありますので、お暇な時に一読していただければ更に楽しめるかもしれません? https://www65.atwiki.jp/opfan/pages/1.html

席には限りがございます!  ~トラックに轢かれてチート能力を手に入れた私たちは異世界転移を目指して殺し合います~

LW
ファンタジー
【異世界転移】×【チート能力】×【バトルロイヤル】! 異世界転移を賭けて、十二人がチート能力で殺し合う。 ------------------------- 「四月一日午前零時にトラックに轢かれて死ぬと、チート能力付きで異世界に転移できるらしい」。 そんな噂を信じた廿楽花梨は異世界転移目当てでトラックに飛び込んで自殺し、無事に天国で女神からチート能力を与えられた。 しかし、同日同時刻に同じ噂を信じて自殺した女性が十二人いた! 想定外の大人数で転移可能な人数をオーバーし、三人までしか異世界転移できないことが告げられる。 席には限りがあるのなら、人数を減らすしかない。 異世界に転移する権利を賭け、十二人がチート能力で殺し合うバトルロイヤルが始まる。 ------------------------- #にはりが 表紙イラスト&キャラクタ―シート:nijijourney タイトルロゴ:コタツラボ様(https://twitter.com/musical_0327)

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

【全話挿絵】発情✕転生 〜何あれ……誘ってるのかしら?〜【毎日更新】

墨笑
ファンタジー
『エロ×ギャグ×バトル+雑学』をテーマにした異世界ファンタジー小説です。 主人公はごく普通(?)の『むっつりすけべ』な女の子。 異世界転生に伴って召喚士としての才能を強化されたまでは良かったのですが、なぜか発情体質まで付与されていて……? 召喚士として様々な依頼をこなしながら、無駄にドキドキムラムラハァハァしてしまう日々を描きます。 明るく、楽しく読んでいただけることを目指して書きました。

漫画の寝取り竿役に転生して真面目に生きようとしたのに、なぜかエッチな巨乳ヒロインがぐいぐい攻めてくるんだけど?

みずがめ
恋愛
目が覚めたら読んだことのあるエロ漫画の最低寝取り野郎になっていた。 なんでよりによってこんな悪役に転生してしまったんだ。最初はそう落ち込んだが、よく考えれば若いチートボディを手に入れて学生時代をやり直せる。 身体の持ち主が悪人なら意識を乗っ取ったことに心を痛める必要はない。俺がヒロインを寝取りさえしなければ、主人公は精神崩壊することなくハッピーエンドを迎えるだろう。 一時の快楽に身を委ねて他人の人生を狂わせるだなんて、そんな責任を負いたくはない。ここが現実である以上、NTRする気にはなれなかった。メインヒロインとは適切な距離を保っていこう。俺自身がお天道様の下で青春を送るために、そう固く決意した。 ……なのになぜ、俺はヒロインに誘惑されているんだ? ※他サイトでも掲載しています。 ※表紙や作中イラストは、AIイラストレーターのおしつじさん(https://twitter.com/your_shitsuji)に外注契約を通して作成していただきました。おしつじさんのAIイラストはすべて商用利用が認められたものを使用しており、また「小説活動に関する利用許諾」を許可していただいています。

金貨1,000万枚貯まったので勇者辞めてハーレム作ってスローライフ送ります!!

夕凪五月雨影法師
ファンタジー
AIイラストあり! 追放された世界最強の勇者が、ハーレムの女の子たちと自由気ままなスローライフを送る、ちょっとエッチでハートフルな異世界ラブコメディ!! 国内最強の勇者パーティを率いる勇者ユーリが、突然の引退を宣言した。 幼い頃に神託を受けて勇者に選ばれて以来、寝る間も惜しんで人々を助け続けてきたユーリ。 彼はもう限界だったのだ。 「これからは好きな時に寝て、好きな時に食べて、好きな時に好きな子とエッチしてやる!! ハーレム作ってやるーーーー!!」 そんな発言に愛想を尽かし、パーティメンバーは彼の元から去っていくが……。 その引退の裏には、世界をも巻き込む大規模な陰謀が隠されていた。 その陰謀によって、ユーリは勇者引退を余儀なくされ、全てを失った……。 かのように思われた。 「はい、じゃあ僕もう勇者じゃないから、こっからは好きにやらせて貰うね」 勇者としての条約や規約に縛られていた彼は、力をセーブしたまま活動を強いられていたのだ。 本来の力を取り戻した彼は、その強大な魔力と、金貨1,000万枚にものを言わせ、好き勝手に人々を救い、気ままに高難度ダンジョンを攻略し、そして自身をざまぁした巨大な陰謀に立ち向かっていく!! 基本的には、金持ちで最強の勇者が、ハーレムの女の子たちとまったりするだけのスローライフコメディです。 異世界版の光源氏のようなストーリーです! ……やっぱりちょっと違います笑 また、AIイラストは初心者ですので、あくまでも小説のおまけ程度に考えていただければ……(震え声)

処理中です...