最凶と呼ばれる音声使いに転生したけど、戦いとか面倒だから厨房馬車(キッチンカー)で生計をたてます

わたなべ ゆたか

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四章-4

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   4

 アリオナが目を覚ましたのは、冷たい床の上だった。
 石材で造られた床は灰色で所々、苔が生えていた。昼間か夜かは、窓が無いからわからない。壁の燭台の灯りだけが、室内を照らしていた。


(ここは……どこ?)


 横向きに寝ていたアリオナが、その姿勢のまま上半身を起こした。このとき初めて、視界に黒い鉄格子があることに気付いた。
 ここは何処――と、辺りを見回しながら、アリオナは記憶を遡った。
 クラネスと夕食を食べたあと、星空を眺めていたはずだ。歩いている最中、背後から鎖で縛られてしまった。
 力尽くで鎖を振り解こうとしたが、急に意識が遠くなってしまい――それからの記憶がない。
 アリオナが連れ去られたのだと理解したとき、鉄格子の近くで椅子に座っている女性が振り返った。
 広さとしては、七畳くらいの部屋だ。真正面に見える壁は、鉄格子が填まっていることから牢屋の類いらしい。
 アリオナ自身は四方が鉄格子の檻の中に居た。左側には出入り口らしい、古びた木製のドアがある。
 通常のものよりも二回りほど大きなドアの横には、全高で二ミクン(約一メートル九六センチ)ほどの、全身鎧を模した彫像が、片膝を付いた姿勢で鎮座していた。
 女はアリオナへ、微笑を浮かべた。


「おや? もう起きたのかい。魔術の効果が切れるのが、早いわね。見かけによらず、魔力が大きいのかねぇ」


 女が喋っている様子を、アリオナは黙って見ていた。
 話し声は聞こえていないから、反応のしようがない。眉を顰めながら、自分の耳のことを話すべきか、迷っていた。
 それ以前に、訊きたいことは一つや二つでは済まない。
 無言でいることに怪訝な顔をする女に、アリオナは警戒心を露わに、女に問いかけた。


「あたしに質問は……無駄です。耳が聞こえませんから。それより、あたしをクラネスくんのところへ、帰して下さい」


 アリオナの言葉を聞いて、女は目を凝らした。その首元に白い印が描かれているのを見て、どこか納得をした顔をする。


「ああ、そういえば憑き者だったわね。声が聞こえないっていう情報は、間違いなかったってわけだ」


 女は自分から見て、アリオナと反対側にある檻を見た。そこには、痩せこけた男が、鎖に繋がれていた。
 空腹と睡眠不足――それに汚れに、顔には殴打の跡が生々しく残っていた。
 薄暗くて詳しくは見えないが、男は項垂れており、喋る気力もなさそうだ。女はアリオナに向き直ると、椅子の背後にある壁に立て掛けてあった、杖を手に取った。
 そしてなにごとかを呟くと、アリオナへ杖の先端を向けた。


『さて――これで聞こえるかしらね』


 いきなり頭の中に女の声が響いて、アリオナは驚いた顔をした。
 女は杖の下端で床を叩きながら、微笑を浮かべた。


『念話をするための魔術を使ったんだよ。これで、話ができるだろう?』


「あ、あなたは一体、どこの誰なんですか?」


 アリオナの問いかけに、女は冷たい笑みを浮かべた。


『あたしはキスーダ。山賊団である、《血の女豹》の、お頭ってところかしら』


「山賊……?」


『ええ。あなたの村を滅ぼした奴らの親玉――って言えばいいかしら?』


 キスーダの返答に、アリオナの顔が青くなった。
 座った姿勢のまま半身を後ろに退きながら、その表情には恐怖と怒りとか入り交じっていた。


「あ……あなたが!? あなたが……村のみんなを皆殺しにしたの」


『勘違いしないで。あれば、部下が暴走しただけよ。一々村を潰していたら、奪う場所がなくなるし。ほどほどにしとおけって言っておいたのに。部下の暴走を止められなかったのは、あたしの失態ね。それについては、謝罪するわ』


「そんな……そんな形だけの謝罪なんか貰ったって……」


 家族を失った哀しみが蘇り、アリオナは声を詰まらせた。
 虐待に近い仕打ちを受けていたとはいえ、家族だ。山賊に殺されたことへの怒りと悲しみは、アリオナ自身でも不思議なくらい、心の奥底で燻り続けていた。
 ここが山賊の根城でなければ、泣き崩れていたかもしれない。


(折れちゃだめ――)


 ギリギリのところで気を保ったアリオナは、目の端に涙を溜めながらも、キスーダを睨み付けた。


「それで、あたしは……村の生き残りだから、殺すために捕まえたんですか?」


『自惚れるんじゃないわよ、憑き者のお嬢ちゃん。あんたは、人質だ。あたしの部下を倒したっていう、あの隊商の長を呼び寄せるための餌さ』


「クラネスくんに、なにをするつもりなんですか!?」


 アリオナが鉄格子に触れた途端、電流のような衝撃が走った。溜まらず手を放すと、キスーダは冷たい微笑を浮かべた。


『復讐だよ。やつは、あたしの部下を生きたまま縛り、放置しやがった』


「復讐って……元々、あなたの部下が村を壊滅させたのが悪いんじゃない!」


『ああ、そうさ。だが、縛られたまま放置されていたせいで、部下たちは皆、野獣に食われて死んだんだ。その隊商の長――クラネスっていったね。ヤツが部下を殺したわけじゃないって言うかもしれないが、そんな過程は問題じゃないんだ。結果として、そのクラネスに部下が殺された――その事実が重要なんだよ。
 このままじゃ、ほかの奴らに嘗められる。それは、あたしらとしても面白くない。だから、きっちりと復讐してやるのさ。ヤツを殺し、財を奪ってやる』


 キスーダの目に明らかな殺意が浮かんだのを見て、アリオナは震えながらも声をあげた。


「そんなの――ただの八つ当たりじゃないですか!」


『煩いね。あんたと喋ったのは、隊商の情報が正しいが確かめたかっただけ。あんたが無事なのも、人質としての価値を落としたくなかったからだ。別に、男どもの好きにさせてやっても良かったんだ。あんたが無事なのは、あたしの気分ってことを覚えておきな』


 キスーダは立ち上がると、アリオナに背を向けた。


『クラネスってヤツは、必ず殺す。部下たちだけが、あたしの戦力じゃない』


 キスーダはドアの近くへと歩いて行くと、杖の先端を彫像へと押し当てた。数十秒ほど小声での詠唱が行われたあと、一歩だけ後ろに下がった。
 彫像から、青白い光が溢れ始めていた。


「立て、我が従僕」


 キスーダの声に従うかのように、彫像が立ち上がった。高さが三ミクン(約二メートル九四センチ)の彫像を、アリオナは呆然と見つめていた。


「……なに、あれ」


『これは、ゴーレムという人造の従僕。鉄板などではなく、鋳造で成形されているの。剣や槍なんか、こいつには通用しない。そのクラネスという小僧が、どれほどに剣術に長けていようと……ね。
 あたしの《血の女豹》に逆らったこと、死の間際まで後悔させてやるさ』


 やや得意げに語るキスーダは、絶望感に打ち拉がれたアリオナを見て、勝ち誇ったような顔をした。


『精々、取り引きの場まで大人しくしていることね』


 そう言い残して、キスーダは部屋から出た。ゴーレムは立ち上がってしまうと、ドアを通り抜けるのに苦労する。
 だから、先の部屋に置いてきたのだ。


(あれを外に出すのは、クラネスって坊やを殺るときでいいわ)


 部屋を出ると、通路だった。左右に松明をかける台があり、点々と距離を開けて松明が灯されていた。
 天井は三ミクン(約二メートル九四センチ)よりも、僅かに高い。左右のドアや、途中にあった下り階段を無視して、正面にある両開きの扉を開けた。
 扉の外は、篝火が焚かれたバルコニーだ。
 キスーダがいるのは、山中に建造され、大昔に放棄された砦跡だ。堅剛な造りの砦の周囲には外壁があり、上部の歩廊にはバリスタと呼ばれる大型の弩弓が設置されていた。
 見張りは数人、外壁の回廊に立たせてある。


「起きている皆に告げる! 例の隊商へ復讐する準備は整った! 奴らが指定の場所に現れるまで、英気を養っておけ!!」


「おおー」という声が聞こえてくる中、山賊の一人がバルコニーにやってきた。


「お頭……ミョウホとヨンジュのヤツが帰ってきません」


「人質交換の文の受け渡しと、足止めをした二人だね。捕まったという可能性は?」


「……どうでしょう。腕は立ちますから、二対一であれば、負けねぇと思いますが」


 まだ若い山賊の返答に、キスーダは頷いた。


「そうだね。あたしも、そう思う。どこかで道草を食ってるだけかもしれないから、日の出まで待ってみなよ」


「へい」


 用が済んだ山賊は、一礼をして去って行った。
 キスーダも一眠りしようと、自室へと戻ることにした。

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本作を読んで頂き、まことにありがとうございます!

わたなべ ゆたか です。

さて……山賊の頭が正式に登場しました。女魔術師の山賊頭――というのは珍しいかもですね。

まあ、あれです。女性にしたのは、アリオナを誘拐させるから……なんですが。所謂18禁な状況を連想し難いよう、女性を頭にしました。

こういうところは一応、気を使っているつもりです。

少しでも楽しんで頂けたら幸いです。

次回も宜しくお願いします!
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