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消耗品扱いの発掘技師は、元クールビューティーな魔造少女と世界を救う

邪な神託を求めて~そして封印へ その2

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 邪な神託を求めて~そして封印へ その2


 そこは、暗闇に閉ざされていた。重力どころか光や寒暖、息を吸う空気すら感じない、真に束縛から解放された世界だ。
 アラド技術長は周囲を見回しながら、どこか安らいだ気持ちになっていた。この場所は囚われて以降、もう二〇回も訪れている。
 一糸纏わぬ身体で頭上――上下という感覚もなかったが――を見上げていると、忽然と巨大な影が現れた。
 八本ある脚の胴体は蜘蛛のようで、頭部は巨大な肉塊のような姿。肉塊の中を漂う丸い目が、アラド技術長へと向けられた。


〝よく来た――虐げられし者よ〟


 異形の姿からは想像できぬ優しげな、まるで母親のような声音だった。
 アラド技術長は恍惚とした表情で、異形を見上げていた。両手を掲げた姿は、身体全体で異形の声を聞いているかのようだ。


「我が神――」


〝そうだ。我はおまえの神――虐げられし者よ。刻は迫っている。我が身体は滅びたが、魂は未だそこにある。我が身体より、我が分身を取り出すのだ。丸い卵状の物体は、そのままでは内部で腐り果ててしまう〟


「しかし、わたしは囚われの身でございます。どうやってそこへ行けば――」


〝案ずるな。機会は、じきに訪れるであろう。我が分身を救い出した暁には、おまえはすべての苦難から解放されるであろう。我が力によって、全人類がおまえに跪き、畏怖の念を抱くことになろう〟


「おお……」


 アラド技術長は、異形の言葉に歓喜の表情を浮かべていた。
 もはや魔物との戦争や、軍での地位など頭にない。ただ自らの救済と、自分を虐げた者たちへの恨みだけが、彼の思考を満たしていた。


「必ず――必ずや、御身の分身を救い出してみせましょう」


〝頼んだぞ――我は虐げられし者を救い、そして愛す神である。必ずや、おまえは救われるであろう〟


 異形はその言葉を残して、姿を消した。
 その直後、耳障りな雑音が聞こえてきて、アラド技術長は目を覚ました。




 金属が擦れ、鳴る音が、個室の中に響いていた。
 横になっていたアラド技術長が瞼を開けたとき、金属製のドアにある覗き窓から、看守の目が覗いた。


「面会だ。そこで、大人しくしていろ」


 看守は返答を待たずに、覗き窓の蓋を閉じた。
 少し待っていると、鍵を開ける音が二回した。ドアが開くと、先ず武装した警護兵が入って来た。すでに短剣を抜いており、襲われてもすぐに反撃できるようにしている。
 そのあとに続いて入って来たジョージ大尉を見て、アラド技術長は笑いを噛み殺すのにかなりの労力を要した。


(我が神――これが機会なのですね)


 考えを顔に出さないよう、表情を殺しながらジョージ大尉を睨めた。


「なんの用だ? わたしを楽しませるために、芸をしに来たわけではあるまい」


「用件がなければ、貴様になど会いに来るものか。例の《箱》を復元するため、技術部隊の機材を街の技師に貸して欲しい。実際問題、貴様の部隊だけでは復元不可能だし、技師たちは機材不足だ」


「ほお……もう完全に掘り出したか。発掘技師は、予想以上に優秀だな。貴様も奴らに弟子入りをしたらどうだ? 少しはマシな指揮官になるだろうよ」


「皮肉など聞いている暇はない。機材の貸し出しを許可するため、書類にサインをしろ」


 ジョージ大尉が差し出した書類とペンをジッと見ながら、アラド技術長は忙しく頭を働かせた。

 ――上手くいけば、神の願いを叶えることができる。

 アラド技術長は書類を受け取りながら、ジョージ大尉を見た。


「サインはしてやってもいいだろう。だが機材を貸したからといって、《箱》の修復は不可能だ。あれを直すためには、神――いや、魔神だったか、あれを調べなければ」


「……あの魔神の死骸には、指一本触れさせるつもりはない。動く気配はないが、まだ熱が残っている。不測の事態が起きてからでは遅いからな」


「しかし、あれの身体を分割して運べば、運搬する労力は軽減できるはずだ。そのためにも身体の調査はすべきだ。その調査には、わたしの技術が必要になるだろう」


 ジョージ大尉は少し目を伏せつつ、視線を左右に動かした。それを彼が迷っているときの癖だと見抜いていたアラド技術長は、畳み掛けるように言葉を継いだ。


「なに、少し組織を採取するか、顕微鏡で見るだけだ。誰にも迷惑などかけんよ」


「……つまり、それが交換条件というわけか」


「そう思ってもらって構わん」


 ジョージ大尉は睨むような視線を向けてから、諦めたように目を閉じた。


「監視はつける」


 ――取り引きは成立したな。


 アラド技術長はサインをした書類をジョージ大尉に渡した。
 そして再び独りになると、一心に神への感謝の言葉を唱え続けたのだった。  
  
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