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消耗品扱いの発掘技師は、元クールビューティーな魔造少女と世界を救う

二十二話 地下に潜む地獄

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 二十二話 地下に潜む地獄

 アウィンとレオナがベベリヌを斃したころ。
 班長を連れて地上に戻ったハービィは、息も絶え絶えに上官に告げた。


「魔神の潜伏先を見つけ――ました。ただ、ベベリヌという眷属に見つかり、アウィンとレオナシアという魔導器が……戦闘中、です。ファインは、照明を護って、彼らを援護、しています」


「それで、その潜伏先はどこだ?」


「さ、最深部にある、地底湖……そこにある、大穴が、出入り口のよう、です」


 ハービィの報告を聞いていた上官は、近くにいるジョージ中佐に駆け寄ると、同じ内容を報告した。
 ジョージ中佐は少し考えてから、まだ近くにいたハービィを呼び寄せた。


「ほかの発掘技師や護衛兵らはどうした?」


「は、はい……道ながらに会った警護兵には、話をしてあります。ほかの班に連絡をしながら撤退すると言ってました」


「そうか。ご苦労だった。少し休んでくれ給え」


 ジョージ中佐はハービィと別れると、ほかの警護兵と状況の確認をしていた直属の部下に近寄った。
 敬礼をする部下に近くに寄るよう手招きをすると、他人には聞こえないよう、かなり小声で言った。


「作戦が早まる可能性がある。爆薬の用意を」


「は――軍の本体が到着しておりませんから、予定の三分の一以下しか用意できませんが……」


「構わん。あの魔神をなんとかしなければ、世界が終わるかもしれんのだ。本体を待っていては、遅いかもしれん。用意でき次第、坑道に配置する」


「わかりました。急がせます」


「頼む」


 再度、敬礼をしてから部下は警備兵が管轄する倉庫へと向かった。
 ジョージ中佐はそれを見送ることもなく、数人の護衛兵の隊長格が集まっているところへ向かった。


「諸君、話がある」


 一斉に敬礼をする警護兵たちに、ジョージ中佐は鷹揚な表情で頷いた。

   *

 繭ごと監禁された僕らは、なにがあってもすぐに対処できるよう、各自の持つ武器を構えていた。
 僕も拳銃型の魔導器を握りながら、周囲を見回している。
 繭に使われた糸はベベリヌのものとは違い、粘着はなかった。その代わり、鋼鉄よりも固いのに柔性もある……というのか。
 レオナの光の刀身や魔力弾、そしてファインさんの長剣でも傷一つ付けることができなかった。
 最初のほうは、少し浮遊感のある圧力を感じていたのに、今は地面を引きずられているような、微細な振動を感じていた。

 不意に振動が止んだのは、体感で二、三分くらい経過したころだった。
 振動からして、移動速度はそれほど速くない――と、思う。僕はいつでも結界を張れるように、周囲の変化に意識を集中させていた。
 僕らの見ている前で、繭が解けていく――それに目を向けた瞬間、地面を突き破って伸びた糸が、僕の左腕に巻き付いた。
 糸に拘束されたのは、僕だけじゃない。レオナとファインさんも、それぞれ武器のある腕を糸が拘束していた。
 繭は、半分ほど解けたところで、動きを止めた。隙間から見える外側は、薄ぼんやりとした光で照らされていた。
 暗闇に慣れたせいか、そんな光でも周囲がはっきりと見える。そんな僕の目に、巨大な蜘蛛の巣が見えた。
 蜘蛛の巣の中央には、大きな繭がある。僕らを包んでいた繭より、かなり大きい。あれから孵化する存在は――きっと、魔神アイホーントだ。
 僕らが注視する中、繭が僅かに振動した。


〝やはり――我らの邪魔となり得るのは、貴様か。人形の魔導器よ〟


「そんな名で呼ぶな――っ! あんたが復活を遂げる前に、今ここで斃してやるから、覚悟しなさい!」


〝復活――なるほど。そういう認識であったか、愚かな種族よ。我は、この世界に住むすべてのものを滅ぼす準備をしていただけだ。すでに――この世界に封印されている、我が同胞、我が一族――ほかの魔神の居場所は把握した〟


 魔神アイホーントの言葉に、僕は戦慄した。
 八柱のうち、どれだけの魔神が封印されているか知らないけど――もう一体でも封印が解かれたら、きっとアイホーントの言うとおり、この世界は終わる。
 コーナル・コーナルもいなくなり、文明も退化している僕らでは、魔神らと互角に戦うのは無理だ。
 そんな僕らの怯みに反応するかのように、魔神アイホーントを包み込む繭が解けていった。


〝貴様たちには、二つの選択をさせてやろう――囚われの身となり、世界の終焉を目の当たりにした後に殺されるか。それとも、今すぐに殺されるか。選ばせてやろう〟


「……どっちもお断りよ」


 レオナの声は静かだけど、その奥底では激しい怒りを押し殺していた。不退転、そして絶対の意志を以て、魔神アイホーントを包む繭を睨み付けていた。
 僕も、あの選択肢は選べない。


「戦って、勝つ……しかない。やるしかないんだ」


「そういうこと」


「二人とも……本気なの?」


 恐怖と不安の入り交じった顔のファインさんに、僕とレオナは頷いた。ここで諦めることは、そのまま世界の終焉を受け入れることだ。
 それだけは、防がなくっちゃいけないんだ。死んでいった――エディンに、怒られないためにも。


「レオナ、やろう。ファインさんも中に」


「……この場合は、仕方ないか」


 レオナは唇を少し尖らせながら、僕とファインさんの肩を掴んだ。視界が乳白色に包まれた次の瞬間、僕らは魔造動甲冑の中にいた。
 僕がリーンアームドの攻勢モードを起動したのと同時に、繭がまだ閉じ始めた。
 今度は、閉じるだけでは収まらない。魔造動甲冑を潰す勢いで収縮していくと、魔造動甲冑がギシギシと軋み始めた。


「剣圧最大――雷撃波」


 魔造動甲冑の右腕から、紅い稲妻を思わせる刃が伸びた。レオナやファインさんの攻撃すら歯が立たなかった繭を、紅い刀身が両断した。
 バシッという音が響いて、繭を構成していた糸が弾けるように散った。


「こんなもので、斃せると思うな――アイホーント!」


 レオナは叫びながら、魔造動甲冑を跳躍させた。
 そして再び、紅い雷撃波を放つ。紅い稲妻が繭を縦に断ち切った。この一撃を受けたら、中にいる魔神だって無事では済まない――そんな僕の楽観的な予想は、裏切られた。
 縦に切られた繭から、巨大な白い蜘蛛が這い出てきた。下半身は前に見たものと同じだったが、肉塊だった上半身は、人の姿に良く似た形状になっていた。
 胴体は腹部から豊満――ともいえる胸まで、下半身と同様の外皮に覆われている。腹部には前顎の名残なのか一対の膨らみがある。
 頭部も兜を模したような外皮で覆われ、顔は人間の女性ににているが、目はまるで彫像のようだ。額には黒水晶のような艶の半球状の物体がある。
 魔神アイホーントは四本指の手を僕らに向けると、口を動かさないままで喋った。


〝貴様たちの選択、たしかに受け取った。望み通り、この場で滅ぼしてやろう〟


 アイホーントが前に突き出した腕が、手首のところで大きく開いた。
 レオナが咄嗟に横に跳ぶのと、アイホーントの腕から黄金に輝く熱線が放たれるのが、ほぼ同時だった。


「防御っ!!」


 僕はすかさず結界を張ったけど、熱線はかなりの量を散らせながらも、一筋の光となって魔造動甲冑の左の脹ら脛を掠めた。


「――っつ!!」


「レオナ、大丈夫!?」


「平気よ。それより、防御に集中して。あの熱線は結界を貫通するけど、威力は減衰するみたいだから」


「わかった」


 返事をする僕に、怯えながら横に座っていたファインさんが口を開いた。


「ふ……二人とも、怖くないの?」


「怖いですよ、凄く。だけど、ここで諦めたら、すべてが終わっちゃいます」


「そうね。だから、諦めるわけにはいかないの」


 レオナが僕の言葉を継ぎながら、アイホーントに魔力砲を撃っていた。
 魔力砲を身体に受け続けているが、アイホーントにはあまり効いているように見えない。そのアイホーントから、再び熱線が放たれた。
 結界で減衰させつつ、今度はレオナが身体を捻らせることで熱線を躱した。


「このままじゃ――ファイン、なんとか地底湖まで戻ってみるから。あなたは軍を呼んできて。できる?」


「え? あたし――あ、その、や、やってみる」


 今のファインさんは警護兵ではなく、ただの女の子に戻りかけていた。だけど、これはファインさんにしか頼めないことだ。
 僕もレオナも、アイホーントを引きつけなければならない。どちらが欠けても、それは実行不可能になってしまう。
 レオナが「お願い」と言った直後、僕らは浮遊感を感じた。レオナが魔造動甲冑を浮遊させたようだ。
 それでなにかに気づいたのか、アイホーントがこっちに迫ってきた。
 魔神の右腕が前に伸びた――その寸前に、魔造動甲冑は頭から滑り込むようにして、穴の中に飛び込んだ。
 三リンくらいしかない穴は、魔造動甲冑が寝そべった状態でギリギリだ。そのまま十数リンほど進むと、高さが六リン(約五メートル五〇センチ)程度まで広がった。
 あの地底湖は増水するのか、この辺りまでくると地面はぬかるみ始めていた。
 レオナが魔造動甲冑の身体を捻るように起き上がると、その脇を熱線が通り過ぎていった。


「急ぐわよ!」


 レオナは大穴の縁に触れるようにしながら、浮遊する速度を上げた。魔神アイホーントは穴の奥から、無茶苦茶に熱線を撃つが、そのどれもが僕らの位置からは離れたところを通過していった。
 それから体感で二〇秒くらいだろうか、僕らは地底湖まで戻って来た。
 まだ照明の光で照らされた地底湖を、水面すれすれで浮遊するようにして、魔造動甲冑は岸へと到着した。


「それじゃあファイン、お願いね」


 ファインさんを降ろしてから、レオナは大穴を振り返った。
 熱線はもう止んでいたが、迂闊に侵入するのは危険だ。ファインさんが地底湖の岸から去って行くのを待って、レオナは大穴に向けて魔力砲を撃った。
 ズン、という音が大穴の奥から聞こえてきた。どうやら、狭くなった穴の外縁とかに当たったみたいだけど、きっとこれは威嚇とか、挑発的な行為なんだと思う。

 これで、魔神がどう出るか――。

 僕らが固唾を呑んで周囲を警戒していると、天井から土煙のようなものが降り注いだ。視界が白く染まり、なにも見えなくなる。
 そのとき、巨大な影が前に降り立ったことに気づいた。
 視界が遮られていたことで、僕らは二人とも反応が遅れた。その僅かな隙に、細い二本の腕が僕らに迫った。
 レオナが辛うじて右腕を逸らしたものの、左手が魔造動甲冑の右肩を掴んだ。
 僕らの前に魔神アイホーントの姿が露わになったのは、その直後だ。


〝さあ、覚悟はいいか?〟


 魔神の声が聞こえた直後、僕らは背後の壁に押さえつけられてしまった。魔神の前足が、僕らのすぐ横に突き刺さった。
 脚が振動し始めると、魔造動甲冑の背後の壁が崩れていく。そのまま押され続けた僕らは、魔神アイホーントとともに最深部の発掘現場へと押し遣られてしまった。
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