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最終章 女神が告げる死の神託
二章-3
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出航の日の早朝、俺たちはサンロウフィルへ向かうため、迷宮を進んでいた。第六層の中程くらいにいるわけだが――。
「光よ――放て!」
シーリアスが剣から、まるでレーザーみたいな光を放った。
光がまるで刃のように、蛮刀のような剣を振り回す四本腕の魔物の胴を貫いた。
〝ぎしゃああああっ!!〟
絶叫をあげる魔物が、胴体から崩れ始めた。十数秒ほどかけて崩壊が全身に及んだ魔物は、土塊へと成り果てた。
これが、シーリアスが持つ倒魔の剣が持つ力の一部らしい。徐々にだが、シーリアスは剣の力を引き出せるようになっていた。
「お二人とも、大丈夫ですか?」
「大丈夫もなにも、速攻で斃したくせに」
俺が呆れ半分で答えると、シーリアスは微笑みながら倒魔の剣を鞘に収めた。
ステフも少しばかり、返答に困っているようだ。クレアさんに至っては、シーリアスに人員外扱いされて苦笑していた。
「まあ、ここで怪我するよりはいいけれど?」
クレアさんの妥協じみた発言に、俺とステフは視線を向け合いながら小さく笑った。
玄室を出てからこちら、魔物はすべてシーリアスが斃してしまう。俺やステフは、手持ち無沙汰というか、少々調子が狂っていた。
第六層さえ抜ければ、出てくる魔物もそこそこ楽になる。ランタンの灯りを頼りに再び歩き始めると、目の前に黒い渦が巻き上がった。
俺が長剣を抜いて身構える前で、巨大な漆黒の槍を構えた、魔王アストローティアが現れた。
〝はっはっは! 忌み子の剣士、ジン! 今日こそ貴様を打ち倒し、その肉を喰らってやる――〟
「光よ、放て!」
問答無用とばかりに、シーリアスは倒魔の剣から光を放った。しかしアストローティアは、漆黒の魔槍の矛先で光を遮った。
……チッ。
この奇襲には珍しく焦ったようで、口元を歪ませたアストローティアは、蒸気のような息を盛大に吐いた。
多分、安堵の溜息だ。
〝あっぶなぁ……この――お邪魔御使いの糞野郎! いきなり、なにすんのよっ!?〟
「ジン・ナイトを殺すといっておいて、なにを言っている。彼らを護るのが、我が使命――と、認識している」
〝なにが、『認識している』よ、あたしとジンの勝負に水を差すんじゃないわよ! あんたも、なにかいいなさいよね!?〟
……いや、それを俺に言われても。今回に限っては、シーリアスの味方をするしかない。
俺はシーリアスへと、親指を立てた。
こっちの世界じゃ、意味は通らないけど……まあ、なんとなく伝わればいいや、って感じだ。
「ありがと。助かるわぁ」
〝ちょっと――あんた、裏切る気っ!? いつも楽しんでたくせに!〟
喚くアストローティアに、俺は顰めっ面になった。
そういう、周囲に勘違いされそうな発言は止めてくれないかな……マジで。なんていうか、ステフがちょっと不機嫌になるんで。
「裏切るもなにも――それに、楽しんでないし。いつも死線ギリギリだって。っていうか、ちょっと急いでるんだよ。相手は――またの機会でいいか?」
〝急ぐって、また遠出するわけね。あたしと仕事、どっちが大事なのよ?〟
「だから、そーゆー言い方は誤解を招くってば。これから、重要な戦いに行くんだ。ここで大怪我とか勘弁したい」
〝戦い――?〟
アストローティアは少し怪訝そうに、仮面の奥の目を細めた――気がする。
少しして、なにかを思い出したように胸を上下させながら、槍を持っていない左手を腰に添えた。
〝破壊神アラートゥ――あれと戦うつもり?〟
「ああ――そうだ」
〝それじゃあ、次なんかないじゃない〟
アストローティアの言葉に、俺――いや、俺たちは固まった。
破壊神とまともにぶつかりあって、全員が無事で帰還できるはずがない――その思いは、忘れていないし、常にあった。
それを言葉として突きつけられるのは、胸板に槍が突き刺さったように、身体の中に鈍い痛みが生じてしまう。
沈黙が降りてから、数秒してやっと、俺は口を開いた。
「死ぬ気はないけどな」
〝でも、無事に帰ってこられるかは別問題――じゃないの? まったく、あたしなら絶対に行かないのに。物好きというか……あんたたちの運命に従いすぎ〟
そう言って、アストローティアは腕を組んだ。どこか呆れているような、それでいて――憐れんでいるようにも見えた。
そんな魔王に、ステフは少しだけ手を広げた。
「そう思ってるってことは、また契約を迫りに?」
〝どうしてよ? 破壊神となんか、好んでやり合う気はないわね。面倒だし〟
アストローティアは鼻を鳴らすと、そっぽを向いた。
〝なんかしらけちゃったわね。また、迷宮に帰ってくるときは、連絡を頂戴〟
再び漆黒の渦に包まれた魔王は、魔界に還っていった。
渦が消えたあと、シーリアスが不機嫌そうに言った。
「まったく……不吉なことを。全員で生還できるに決まっています」
力づけるようなシーリアスの声が迷宮に響いたが、それはどこか空虚なものに聞こえた。
*
騎士スターリングが率いる馬車に迎えられ、俺たちがサンロウフィルの港に到着したのは、昼になる少し前だった。
船団――といっても五隻だが――の軍艦が、港にある埠頭に係留されていた。大きな帆船だが、この世界には火薬はまだ存在しない。
大砲はなく、バリスタと呼ばれる大型の弓と水兵が主な武装だ。
だが今は、軍馬と選りすぐられた騎士や兵士が乗っている。
破壊神アラートゥ討伐に向かうための船団だ。
馬車は数マール上の船縁から伸ばされた、桟橋の手前で止まった。
「こちらへ」
そう言って俺たちを促した騎士スターリングの顔は、どこか気が重そうだった。
桟橋――橋と言うより、梯子に近い形だ――を昇っている途中で、俺は周囲の奇妙さに気づいた。
船の周囲に、誰もいない。
見える範囲にいるのは俺とステフ、クレアさんとシーリアス――そして、騎士スターリングだけだ。
「なんか、変」
俺が口にする前に、ステフが周囲を見回した。どこか不穏な空気が流れる中、俺たちは無人の甲板に辿り着いた。
綺麗に清掃されているのか、泥や海鳥の糞などは見当たらない。それだけに、誰一人として水兵の姿が見えないことに違和感を覚えた。
騎士スターリングは、船室へと続く扉を開けた。
「お部屋はこちらです。ついてきて下さい」
木製の扉を開けて通路を進むとすぐに、上に行く階段がある。階段で上の階層に昇って、短い通路の先にある部屋に入った。
そこは、かなり広い船室だ。幅は十二マール(約一〇メートル八〇センチ)ほど、奥行きは大体八マール(約七メートル二〇センチ)。
大きな丸窓が船尾にあり、ベッドが四つ。浴室もあるし、小さいけれど食事の摂れるテーブルと椅子が四つ。
「元々は、御領主のための船室です。それを、四人用に設えました。少々手狭ではありますが……旅の間はご辛抱を」
そう告げて深々と頭を下げる騎士スターリングに、ステフは少々強ばった顔をした。
「一つ質問です。どうして船の周囲に、誰もいないのでしょうか?」
騎士スターリングは、ステフの質問に表情を強ばらせた。
即答ではなく、数秒ほど経ってから、返答があった。
「兵士たちは……このあと乗船する手筈になっております。また、水兵たちは船倉にて待機を……しておりまして」
いつになく、騎士スターリングは歯切れが悪かった。
ステフの表情を伺うように視線を上げたあと、頭を垂れた。
「兵たちは皆、ステファニー女伯様のことは敬愛しております。その婚約者であるジン・ナイト殿にもドラゴンに勝利した者として、一定の敬意を持っております。ですが、船乗りというのは……その、迷信やジンクスを気にする者が多いのです」
ここで一旦、騎士スターリングは言葉を切った。
「黒髪であるジン殿が乗船することで、航海に不安を抱く者が……少なからずおりまして。ジン殿を意識させてしまうと、乗船を嫌がる者が……」
「なんです、それは!?」
珍しく、ステフの怒声が響いた。
要するに、忌み子である俺が乗船すること自体が不吉――ということなんだろう。船乗りは浪漫を大事にするらしいから、その事情は理解できた。
陸路とはことなり、海路は嵐や高波など、遭難の危険性が高いから、験を担ぐ者も多いと聞く。
俺はステフの肩を抱くと、平身低頭な騎士スターリングに小さく手を挙げた。
「えっと、そんなに畏まらないでいいですよ。事情は理解しました。要するに、俺はここから出ないでくれってことですよね?」
「この部屋から出て、左が厨房、右が便所となっております。ジン殿と女伯様を始め、あなたがた四人には、それ以外の出入りを控えて頂けたら……と」
「えっと、食材なんかは……?」
「わたくしは、近くに待機しております。お声をかけて頂ければ食料や水、トイレ用の桶などは運ばせます」
騎士スターリングの回答は、概ね納得できるものだった。
だったら航海のあいだは、甘えさせてもらおう。
「了解です。じゃあ、そういうことで宜しくお願いします」
「ジン……」
ステフは納得いかない顔だったけど、俺は無理矢理に微笑んだ。
「まあ、船倉の底に閉じ込められるよりは、マシじゃない? その代わりに、この待遇って思うようにしようよ」
「……ジンがいいなら、それでいいけど」
ステフは上目遣いに俺を見ながら頷くが、その表情を見るに、やはり納得しきれてはいないようだ。
俺だって、まったく不満がないわけじゃない。だけど、味方同士でいざこざの火種を造るのは、あまりにも不利益だ。
タイクたちも今頃は、現地に向かっているのだろうか……。
同じ目的を持っている筈なのに、肩を組んで進めていない。そんな状況のまま、約二時間後に船は出航した。
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本作を読んで頂き、ありがとうございます!
わたなべ ゆたか です。
久しぶりに朝マックへ行って、とろけるチョコパイを食べて来ました。
バーガーだけなら、モス派なんですが……限定には弱いです。特にサイドメニュー。
甘い物欲が満たされましたので、今日(1/22)のおやつは、シュークリームだけで済みました。
だから痩せない……わかっちゃいるんですけどね(汗
とりあえず、トトは火曜までにはアップ、魔剣士は木曜までにはアップする予定です。
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
次回も宜しくお願いします!
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