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魔剣士と光の魔女 二章『竜の顎で殺意は踊る~ジン・ナイト暗殺計画』

四章 -2

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「なんだって?」


 使い魔だというフクロウ――ボルナックからの伝言に、ヴァンは険しい顔をした。ボルナックがヴァンたち冒険者の動きを怪しんだ、その翌朝である。
 誰かの使い魔だと目星をつけたハヤブサを監視していたヴァンたちは、フクロウの来訪に驚きつつも、ガガーナンの名を出されてからは、素直に話を聞いていた。


〝もう一度言います……ガガーナン殿が戻るまで、村で待つようにとのことです。子細は明日、村に戻ってから話しをする……と〟


「ちょっと待ってくれ! 俺たちは魔物を探しに行きたいだけだ。それなのに、どうして足止めされなきゃならないんだよ! 他の依頼も熟さなきゃいけないのに……これ以上、時間をかけてられないんだ」


〝少しお待ち下さい……ええ。ええ。わかりました。その……それは初日からやっておくことで、今さら慌ててやることではない、と。訓戒だと思って指示に従うように、とのことです〟


 ボルナックが口にしたガガーナンの伝言に、ヴァンは絶句していた。使い魔のフクロウが飛び立ったあと、仲間たちが心配な顔でヴァンの様子を伺った。
 しばらくのあいだ、わなわなと拳を振るわせていたヴァンは、怒りで真っ赤にさせた顔を上げた。


「訓戒だと……巫山戯るな! 俺たちをなんだと思っていやがる!」


「そうは言うけど、ギルドからの指示よ。どうするつもりなの?」


 サーシャの問いに、ヴァンは周囲を見回した。雑木林の少し奥にある木の枝に、フクロウが止まっているのが見えた。
 飛び去ったと見せかけて、ヴァンたちの動向を注視――もしくは監視しているのは明らかだ。
 ヴァンは仲間たちと円陣を組むように顔をつき合わせてから、小声で喋り始めた。


「こっそり雑木林に入るんだよ。なあに、魔物の一匹も斃せば、文句は言わねぇさ。どのみち、路銀も心許ないしな。魔物の首を持ってって、村長から報酬を貰うとしよう」


 ヴァンの意見に、残りの三人は意見を言いたそうだが、しかし口には出せなかった。路銀が少ないのは事実だったし、一向に姿を見せないゴブリンに、三人とも我慢の限界が近かったのである。
 ヴァンは仲間たちを見回すと、腰に両手を当てながら身体を起こした。


「よっしゃ、決まりだな! それじゃあ、なんとかあの使い魔を誤魔化す方法を考えて、食料とか仕入れたら、出発しようぜ」


「……わかりましたよ、ヴァン。食料や松明なんかの買い物は、俺がしておきます」


「おう。頼んだぜ、ダムトス。サーシャはフィルと、あの使い魔をなんとかする方法を考えてくれ」


「……ええ。わかったわ」


 頷いたサーシャが視線を動かしたとき、雑木林から大人しそうな少年――ジョンだ――が出てくるのを見た。


(あんな子が雑木林に入ってる……危険はないということは、ゴブリンはいないのかしら? だとしたら、村で待機させる理由は一体……)

 サーシャはしばらく、ジョンが来た方角を凝視しながら考えを巡らせていた。

   *

 夕方になり、ジョンは小屋に向かうべく雑木林に入った。畑仕事の手伝いを終えてから、すぐに雑木林に入ったので、少年たちには見つからなかった。
 雑木林の中に隠してあった荷物を肩に担ぐと、ジョンはいつも通りに芋を掘ってから、小屋へと向かった。少年たちに追われていないことで、周囲への警戒をおろそかにしていた。
 斜面を滑るように降りたとき、背後から草の鳴る音が聞こえた。


「誰――」


 咄嗟に振り向いたジョンは、ジッと見つめているような姿勢の黒猫がいるのを見た。音の正体が人や剣呑な獣ではなく黒猫だったことに、ジョンはホッと胸を撫で下ろした。


「なんだ……猫か」


 ジョンは正面に向き直ると、駆け出した。畑仕事の終わりが予定よりも遅かった。そのせいで、予定よりも出発が遅れていた。
 
 小屋が見えてくると、ジョンの進みが遅くなった。


(予定じゃあ明日……ジンさんたちが帰ってくる。そうしたら……)


 そのときがグゥグゥと別れる刻なのだと、ジョンは理解していた。
 ジョンが小屋の中に入ると、寝そべっていたグゥグゥが頭を上げた。


〝ジョン――〟


「グゥグゥ……さあ、これを食べて」


 掘り出したばかりの芋を差し出すと、グゥグゥは舌で巻き取った。音を立てて芋を食べるグゥグゥに、ジョンは背中を擦りながら言った。


「グゥグゥ……僕と一緒に逃げよう」


 ジョンが立ち上がって背中を叩くと、グゥグゥは頭を上げてジョンの腕に頬ずりをしながら立ち上がり、喉を鳴らした。


〝さんぼ?〟


「散歩じゃないよ……逃げるんだ」


 始めて聞く言葉なのか首を傾げる仕草をするグゥグゥに、ジョンは力のなく微笑んだ。
 小屋から出たところで、先ほどの黒猫がいた。ジッと見つめる黒猫を一瞥しただけのジョンとは違い、グゥグゥは威嚇するように牙を剥いた。
 グゥグゥが吼えると黒猫は徐々に後退していき、程なく逃げ去った。


「グゥグゥ……あんなの放っておくんだ。それより、早く行こう」


 ジョンに促されると、グゥグゥは素直に従った。
 少年と一匹は、夕暮れの迫る雑木林の中へと、姿を消した。

   *

「ドラゴン――」


「なんだって?」


 サーシャの呟きに、フィルの表情に緊張が走った。しかし、慌てる様子のないサーシャに、すぐに戸惑った顔となる。


「……どうした?」


「子どもとドラゴンの幼生体が一緒にいるのよ……吼えられたから、使い魔は逃がしちゃったけど。餌でも採りに行ったのかしら? 子どもが帰ってきたら報せるから、ヴァンたちを呼んでおいて」

「ああ、わかった」


 フィルが村の中に行くのを見届けてから、サーシャは警戒しながら、使い魔を小屋の近くへと向かわせた。
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