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魔剣士と光の魔女 二章『竜の顎で殺意は踊る~ジン・ナイト暗殺計画』
二章 -4
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ジョンと別れた俺は、ユノバサ村に戻ってきた。
昨晩に降った雨のせいで、舗装もされていない山道は水たまりが多く出来ている上に、全体がぬかるんでいた。
村の出入り口の前には昨晩のうちに作られたのか、丸太と杭を組み合わせたバリケードが設置されていた。だが、左右には出入りするには充分過ぎる隙間がある。
……意味あるのか、これ?
俺はバリケードを迂回した――その途端、足元に違和感を覚えた。その直後、足元から現れた蔦で編まれた大きな網に囚われた俺は、そのまま三マール(約二メートル七〇センチ)ほど引っ張り上げられ、宙づりになった。
「お-、実験成功だな!!」
歓声染みた声をあげながら出てきたのは、あの冒険者を名乗ったヴァンだ。そのあとから、ほかの三人もぞろぞろと村から出てきた。
ヴァンと女魔術師――サーディと言ったっけ。それと弓手のフィルは宙づりになった俺を見て笑い合っていた。剣士のダムトスだけは「魔術師ギルドから苦情が入ったらどうするんです」と、苦言を呈していた。
「おい、なんのつもりだっ!! 早く降ろせ!」
「あん? そんなにカリカリすんなっつーの。ただの実験なんだからよ。ゴブリンはこの辺りらしいからな。罠を仕掛けているんだよ」
「俺で実験する意味はないだろ!」
「なるべく実戦に近い形でやりてーだろ。人様の役に立ったんだ。本望だろ?」
「ふざけるなっ!! 早く降ろせ!」
ヴァンの態度に、さすがにイラッとした俺が怒鳴ると、ヴァンは露骨に顔を顰めながら舌打ちをした。
俺を睨めながら、俺を釣り上げている木へ近づいたヴァンは、巧妙に隠された蔦に近寄ると、腰に下げた長剣を抜いた。
……おい、まさか。
俺が制止するよりも早く、ヴァンは蔦を切断した。その途端――支えを失った網は、俺を包んだまま地面に落下した。
網に絡まれて身動きが取りにくい中、俺はなんとか頭を庇いつつ、鎧のある背中から落ちることができた。
……ちくしょう。かなり痛いぞ、これ。
苦悶の声をあげる俺に、ヴァンは嘲るように言ってきた。
「ばぁか! こうなるに決まってるだろうが」
「……蔦を切らずに……下ろせた、だろう」
「そんな面倒なことするかよ。ばぁか」
苦痛に耐えながら網から抜け出した俺の横に、ヴァンは唾を吐いた。
「てめぇのドジを人様の所為にすんな。ったく、めーわくな野郎だな」
「こ……の、もしかして、喧嘩を売ってるのか?」
「あ? なんだぁ、生意気な口を利きやがって」
ヴァンが長剣を構えると、サーシャとフィルは両側に散った。ダムトスはヴァンの横に移動して、盾を構えた。
マジでやる気か――こいつら。俺は躊躇いながら、長剣の柄に手を伸ばした。本気で殺し合うつもりは無いだろうけど……俺は迷宮内の魔物よりも緊張しながら、四人の動きを注視した。
最初に動いたのは、ヴァンだ。真上から斬りかかってくるヴァンの長剣を、俺は長剣で受け流した。とにかく、まずはヴァンの動きを止めないと――俺は振り上げかけたヴァンの長剣へ、長剣で強打してみせた。
長剣が跳ね上がると、ヴァンは驚愕した顔で俺を見た。俺は一歩退いて護りの構えをとった――が、真っ直ぐに伸びてくる魔力の束に、俺は後退せざるを得なくなった。
魔力を避けて右斜め後ろに退いた俺は突如、右手に痛みを覚えた。フィルの石つぶてが当たったようだ。
右手が下がった俺の隙を、ヴァンは見逃さなかった。再び斬りかかってきた一撃を、俺はギリギリのところで受けた。だが、体勢が崩れたままだったため、大きく腕が開いてしまった。
そこへ、ヴァンが俺の腹を蹴ってきた。
まともに蹴りを受けて地面に転がった俺に、ヴァンは俺の頭部を何度も踏みつけてきた。
「弱いくせに生意気なんだよ、てめぇは! 弱い奴が、一々文句を言ってくるんじゃねぇ!! ギルドで剣匠一段目の称号を持つ俺が、おまえなんかに負けるかよ!」
俺は頭を庇うので精一杯で、反論すらできなかった。五、六回目の足蹴を防いだとき、ボルナックさんの悲鳴じみた声が聞こえてきた。
「やめなさい! なにをやっているのですかっ!!」
ボルナックさんが止めに入ると、ヴァンは舌打ちをしてから俺から離れた。
「おっさん、忌み子の躾けくらい、ちゃんとやっとけよ――まったく、迷惑だ」
「……躾など。わたくしの知る限り、自ら問題を起こす人ではありません」
俺を立ち上がらせながら、ボルナックさんはヴァンの反論してくれた。そのまま村の中に入った俺が振り返ると、ヴァンたちは罠を仕掛け直している最中だった。
酒場の外壁に凭れながら座らされると、ボルナックさんは俺の傷を診て顔を顰めた。
「酷いことを……絡まれましたか?」
「実験台にされましたよ。朝から、サイテーな日です」
「文句を言ったら……という感じですか」
言葉に憤りが混じっていたボルナックさんに、俺は肩を竦めた。
「こういうのは、慣れてますよ。昔からなんで」
「少ししか見てませんが――本気で戦っていたようには見えませんでした」
「本気じゃないというか、俺は――俺とステフは、どこかの誰かに殺されて、この世界に転生してきたんです。殺されたときの記憶が残っているせいか、どんな相手だとしても、人を殺めることはしたくないし、なるべく怪我もさせたくないんです」
俺の返答を聞いて、ボルナックさんはどこか神妙な顔で首を振った。
*
ジンと冒険者たちのやりとりを、ジッと見ていた男がいた。
雑木林に身を潜めると、冒険者ギルドから早馬で届いた羊皮紙を広げた。
「なるほど。あの黒髪――か。ふむ」
ガガーナン・クロエは羊皮紙を閉じると、背負っていた荷物の中に仕舞った。腕を組んで木に凭れていると、アベルが駆け寄ってきた。
「ガガーナンさん」
アベルは大きく息を吐いてから、背筋を伸ばした。
「魔術師ギルドのもう一人……ボルナックと言いますが、彼が言うにはジン・ナイトは魔術師ギルドに入門して、まだ一ヶ月と少ししか経っていないようです。以前に傭兵をしてはいないだろう、と言ってました。その、ずっとキャッスルツリー領のサンロウフィルという領主街で、魔女の少女と一緒に暮らしていたと」
「なるほど。罪を犯したことは?」
「ないと思う、と言ってました。なんでも養い親は、魔術師ギルドでも屈指の魔術師ということです。しっかりと躾はしていた……らしいと」
アベルの報告に、ガガーナンは小さく頷いた。
「なるほど……だとすると、不可解だな。なぜ、ジン・ナイトの討伐依頼が、魔術師ギルドから出ている?」
「あ、そういえばそうですね」
相槌を打ったアベルは、ふと表情を曇らせた。頭を掻いてから、言いにくそうに口を開いた。
「……でも、仕事はするんですよね?」
「そうだ……仕事は仕事。やらねばならん」
ガガーナンの返答に、アベルは苦しげな顔をした。
「なんかこう……気乗りしませんね。謀略の手伝いをしてるみたいで」
「――アベル」
咎めるようなガガーナンの声に、アベルは敬礼で返した。
「わかってます。仕事に私情を入れるな――ですよね。わかってます。わかってますけど……今日、依頼の羊皮紙を貰ったばかりですからね。切り替えができてませんし、正直に言って、やりにくいですよ」
憂鬱そうな溜息を漏らすアベルに近づくと、ガガーナンは励ますように、ポンポンと肩を叩いた。
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