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おまけ(設定の備考などなど)

おまけ その5 神魔悠遠 中編

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おまけ その5 神魔悠遠 中編

 ヴィーネとシャプシャが伴侶となってから、四ヶ月が経っていた。
 二人は、トントーラという小さな町に滞在していた。谷間にある町にしては大きい方で、城塞とはいかないが石造りの壁で覆われていた。
 その東の壁際で、男たちの声が響いていた。
 
 形を整えられた白い石が、人夫たちの手で積み上げられいた。三角屋根というのは、この時代では珍しい建築様式だ。
 数段しかない階段の先には、大きく開かれた出入り口がある。その上に積まれた石には、太陽神のシンボルが彫刻されていた。

 鎧を脱いで建築中の神殿を見上げていたヴィーネに、人夫の一人が近寄った。

「あの、ヴィーネさん……シャプシャさんがこっちに来るみたいで――あ、シャプシャさーん! こっちこっち!」

 ヴィーネが人夫の視線を目で追うと、ゆっくりとした足取りで歩いているシャプシャの姿が目に入った。
 シャプシャは最初、建築中の神殿を見ていたが、その側にいるヴィーネに気づくと、柔和に微笑みながら進路を変えた。

「ヴィーネ。あなたもこちらに来ていたんですね」

「ああ……シャプシャの代わりに、様子を見に来たのだが」

「あら。ありがとうございます。なら、一緒に来れば良かったですね」

「いや……その、安静にしていなくて、大丈夫なのか?」

 気遣わしげなヴィーネの声音に、シャプシャは気恥ずかしそうに微笑んだ。彼女の右手は撫でるように、少し膨らみのある下腹部に添えられていた。

「大丈夫ですよ。まだまだ、先の話ですから」

「しかし、あまり動き回るな、と言われたはずだが」

「まったく動くな、とも言われてません。それより、神殿のほうは、どうでしょう」

 シャプシャが視線を動かすと、ヴィーネもそれに習う。

「俺ではよくわからないが……外観はほぼ完成しているように見えるが」

「あとは太陽神のシンボルが来れば、外側は完成です。中は、これからみたいですけど」

 溌剌とした声に二人が振り返ると、白いローブを着た痩せ気味な青年が、笑顔で駆け寄ってきたところだった。
 手には粘土板を持ち、穏やかな表情を浮かべていた。

「お二人の協力で、予想よりも早く完成しそうです」

「あら、この町最初の神官さん。もう修行はいいの? 遊んでちゃ駄目よ、ポープ」

 シャプシャの微笑みに、ポープは脱力したように口を曲げた。
 二ヶ月ほど前。シャプシャから太陽神の教えを聞いたポープは、信仰を誓った一週間後には、この町で最初の神官を志すと決めたのだ。
 今は神殿の建築を待ちながら、修行の日々を送っている。

「修行って言われても、貴女が居なければ修行できないじゃありませんか」

「あ、そうだったわね」

 カラカラと笑いながら、シャプシャはポップと修行場にしている家屋へと歩き出した。
 ヴィーネは慌ててシャプシャに追いつくと、手を取って身体を支えた。

「……送っていこう」

「あら。それじゃあ、宜しくお願いしますね。旦那様」

 シャプシャが見上げたとき、ヴィーネは少し照れているように見えた。
 穏やかな太陽の日差しを浴びながら、シャプシャはヴィーネへと身体を寄せた。二人の首に下がった丸い飾りのあるペンダントが、鈍く日差しを反射していた。

   *

 トントーラの町の南北にある門は、谷間に続いていた。
 北門に血だらけの男が辿り着いたのは、夕方近くのことだった。男は近隣の村に住む男で、商売や納税で衛兵とは顔なじみであった。
 彼の住む村は、野盗に襲撃されているという。行商のふりをして村に入りるなり、本性を現した――ということらしかった。
 領主はすぐさま、討伐隊を率いて村へと出立した。

 町に残った兵は、三分の一ほど。
 物々しい雰囲気が漂う中、借りている小屋でヴィーネが鎖帷子や籠手を付け始めるのを見て、シャプシャが不安げな顔をした。

「どうなされたのですか?」

「行商のふりをするという策と、村人を逃がしたというお粗末さが、どうも気になる。俺なら、まず逃走路を塞ぎ、脱走者など見逃さぬ」

「……まさかとは思いますが、経験が?」

「あるわけがなかろう」

 冗談ともとれるシャプシャの問いに短く――そして半目で答えると、ヴィーネは立て掛けてあった槍を手にした。
 シャプシャは目を伏せながらヴィーネの胸板に両手を添えた。

「それで、どちらへ?」

「北門へ行ってくる。シャプシャはここで待っていてくれ」

「はい。ですが、お気を付けて。なにか、その――嫌な予感がします」

 珍しく、シャプシャの声は震えていた。ヴィーネの強さを理解していながら、それでも不安が拭えない――そんななにかを感じ取っているようだ。
 ヴィーネは一度だけシャプシャを抱きしめたあと、小さく頷いた。

「行ってくる。何ごともないことを祈ろう」

 小屋を出たヴィーネは北門へと急いだ。すでに日は落ちかけ、窓明かりが届かぬ場所は一足先に夜の闇が訪れていた。
 北門の周囲には、数名の兵士が詰めていた。石造りの見張り台にいた兵士がヴィーネに気づくと、身を乗り出して話しかけてきた。

「あんた、伝道者の旦那だろう。なにをしに来たんだ?」

「嫌な予感がするので、様子を見に来た。外は異常ないか?」

「ないなぁ――いや、待て」

 目を細めた兵士は、馬の嘶きを聞いた。壁の外は谷間になっているが、崖の付近には木々が生い茂り、しかも街道は蛇行しているので、視界はかなり悪い。
 目を凝らした兵士の右胸に突如、矢が突き刺さった。

「ぐわぁっ!?」

 衝撃と苦痛で、兵士は見張り台から転げ落ちた。
 ヴィーネは見張り台に素早くよじ登ると、そのまま壁の反対側へ飛び降りた。

「護りを固めよ!」

 残った兵士に告げると、ヴィーネは街道を駆けた。
 周囲を見回しながらヴィーネは、少量ではあるが魔王としての魔力を呼び起こした。魔力によって赤く光る左目が、木々に潜む影を捉えた。

(――二十と三人か。なるほど。村の襲撃は囮。討伐隊が出て手薄になった町を襲撃するつもりだったか)

 数を把握すると、ヴィーネは真っ直ぐに影の集団へと進路を変えた。
 途中で数本の矢が飛来したが、赤い眼差しはそれらすべてを捉えていた。手にした槍で矢を弾き、そして防ぐと、木々の中から怒声が聞こえた。

「くそ! あいつからやるぞっ!!」

 その号令を合図に、木々の中から黒ずくめの野盗たちが、一斉に飛び出した。斧や錆の浮いた段平を手にする野盗に、ヴィーネは立ち止まって槍を構えた。

 戦いは、一方的だった。

 ヴィーネが槍を一振りするたびに、野盗は吹き飛ばされ、または身体を真っ二つにされる。その鬼神の如き戦いっぷりに、野盗たちは恐怖に囚われ始めた。

「一斉にかかれ!」
 野盗の首領らしい青年の号令で、生き残っていた一〇名あまりが、次々と斬りかかってきた。それを、槍の柄を短く持ち直したヴィーネは、冷静に斃していく。
 そして――槍の一振りが、袈裟斬りに首領の胴を切り裂くと、生き残った数名は戦意を喪失して逃げていった。

「ユーナン!」

 たった一人だけ、絶命した首領に駆け寄って、名を呼び続けた。

「ユーナン! なんだよ……俺に任せろって言ったじゃないか! なんで……なんで死んでるんだよっ!!」
 
 泣きながら怒鳴る青年は、怒りの目をヴィーネへと向けた。痩せこけてはいるが、目には異様なまでの精気が宿ってた。
 よく見ればボロボロの衣服を着て――そして、髪は黒色だった。

(こやつは――魔物憑きではないか)

 驚きにヴィーネが動きを止めると、魔物憑き――忌み子の青年は怒りの形相を向けた。

「なんだよ、おまえ! おまえらは、俺らから奪うだけ奪っておいて――俺らが奪うのは駄目だっていうのかよ! 巫山戯るなっ!!」

 忌み子の叫びを聞きながら、ヴィーネは周囲の死体を見回した。どれも、一様に痩せており、そして若者ばかりだ。
 彼らは捨て子や孤児の集団のようだ。親に捨てられ、親を失った――生きていく中で年上、特に大人から、色々なものを奪われてきたに違いなかった。
 だからと言って、村や町を襲うのが許されるわけではない。
 ヴィーネは槍の構えを解きつつ、忌み子に話しかけた。

「降伏しろ。そうしれば、殺しはしない」

「は――五月蠅いな! おまえのせいで――くそ! なんで、こんな世界に産まれてきたんだ? 前世で俺がなにをしたんだよ!」

 忌み子のわめきは、普通なら意味不明だったろう。しかし魔王であるヴィーネは、それですべてを察した。

(転生者――か。なるほど。魔物が憑くには、いい魂だ)

 こちらの世界の魂より、異世界からの魂のほうが、憑くには向いている。ヴィーネがもう一度勧告をしようとしたとき、忌み子の身体から魔力風が吹き出した。

「があああああああああああああああっ!!」

 苦悶の表情で、忌み子が絶叫をあげた。身体を屈め、身体をかきむしる忌み子の姿が、見る間に歪んでいく。
 全身から黄金の体毛が生え、頭部は口が長く伸び始めた。
 僅か数秒で、忌み子は異形の姿へと変貌を遂げていた。ワニに似た頭部、そして獅子の身体を無理矢理に人の形にしたような身体。
 異形はヴィーネへ金色の目を向けると、口から蒸気に似た息を吐いた。

「はぁぁぁぁ……礼を言うぞ人間。ようやく、表に出ることができた。褒美として、我の真の姿を見せてやろう」

 異形は口元に笑みを浮かべながら、身体を震わせた。その途端、黒い渦が全身を覆う。
 渦が晴れたとき、ヴィーネの前にいたのは、竜の胴体と尾を持ち、獅子の四肢とワニに似た頭部、そして背中には十二対もある竜の翼。四肢を覗いて、全身は紫色だ。

「カルキュドリ――」

〝ほお。我が種族を知っている貴様は……何者だ?〟

 魔獣カルキュドリの誰何に、ヴィーネは無表情に応じた。

「我はヴィーネ。魔界の先駆けを担う大将軍である」

 この時代では人間界はおろか、魔界にも爵位というのは存在していない。大将軍というのは、ともすれば王にも匹敵する位となる。
 ヴィーネの名乗りを聞いて、魔獣カルキュドリは検分するかのように頭部を低くした。

〝大将軍――貴様が? その姿は、魂写しをしていると?〟

「そうだ。理解したら大人しく魔界に還るか、人に戻って立ち去れ」

 ヴィーネが顎で去るよう促すと、魔獣カルキュドリは喉を鳴らすように嗤った。

〝死者の魂を身体に取り込み、生前の姿となる魔術――そうして人間になっている間に、随分と腑抜けになったようだな。ええ? 大将軍様。我ら魔界は力こそすべて。脆弱な貴様の命令など、聞く耳持たぬ〟

 魔獣カルキュドリは首をもたげると、トントーラの町の方角へと目を向けた。

〝我はこれから、この先にある人の集落を襲う。文句はなかろう〟

「そんなことは、俺が許さぬ」

 ヴィーネの返答に、魔獣は虚を突かれたように瞼を瞬いた。しかしすぐに牙を剥きながら、先ほどと同様の喉を鳴らすように嗤った。

〝こいつは、お笑いだ――まさか、大将軍が人間如きを護ろうとは! あの町に、護りたいヤツがいるのか? いいだろう。そいつの名を我に教えよ。さすれば――一番最初に、そいつを喰らってやろう。貴様の目の前でなぁっ!!〟

「……貴様」

 静かだが怒気の浮かんだ顔で槍を構えるヴィーネに、魔獣カルキュドリは威嚇するように牙を剥いた。

〝はっ! 魂写しをしたまま、我に刃向かうというのか。いいだろう――貴様を喰らって、その魔力を取り込んでくれる〟

 そう言い終えるよりも早く、魔獣の前足がヴィーネを襲った。
 外見から想像するよりも迅い一撃を躱したヴィーネは、穂先で自分を襲った前足へ斬りつけた。
 しかし、槍を握る手に伝わって来たのは、無数の刃を叩いたような感触だった。
 それで怯むヴィーネではなかったが、魔獣のほうが素早かった。横殴りに振られた前足をまともに受け、ヴィーネは街道の端にある木の幹まで吹っ飛ばされた。

(ぐ――肋骨が二、三本折れたか。人間では……精霊を呼ぶか)

 鎖帷子は、打撃と刺突に弱い。ヴィーネが槍を杖代わりに立ち上がったとき、魔獣カルキュドリが口を開いて紅蓮の炎を吐き出した。

「風の乙女よ」

 その囁きと同時に、ヴィーネの身体は炎に包まれた。

〝たわいない――〟

 魔獣の呟きが言い終わるか否か――炎は突如かき消え、疾風と共に現れたのは、獅子の頭部を持つ大男だった。
 鎖帷子や籠手は黄金色に輝き、槍の穂先は漆黒で禍々しく歪んでいる。赤く光る双眸が魔獣を見上げると、口元から牙を覗かせた。
 その首には、ペンダントが下がっていた。

「貴様は……許さぬ。俺に敵意を剥いた報い、死を以て償うがいい」

〝ほお……人の皮を捨てたか。もう二度と、あの姿には戻れぬというのになぁ。魔族に戻るということは、取り込んだ魂を食らい尽くしたのだろう。それでもなお、あの町を護るつもりか?〟

「無論。このまま深き孤独に落とされようとも、彼女を救うためなら一片の後悔もない」

 漆黒の槍を構えた途端、ヴィーネの身体はかき消えた。
 否――魔獣カルキュドリが僅かに首を巡らすあいだに、左側にある六枚の翼すべてを斬り落としていた。
 魔獣は、苦悶の咆吼をあげた。


 魔獣の咆吼は、トントーラの町まで届いていた。
 闇に覆われた谷の奥から漂う、ただならぬ気配に、兵士たちは一様に不安げな表情を浮かべていた。
 独りで谷に出た大男――ヴィーネのことは気になるが、兵士たちは得体の知れない咆吼の連鎖に身を震わせ、動くことができなかった。
 兵士たちが音だけで動向を伺っていると、背後から樫の木の杖を携えた細身の女性――シャプシャが近づいてくるのに気づいた。

「ここは、危ない。家に戻っていなさい」

「あの、夫――ヴィーネはどこにいますか?」

「夫って――あの槍を持った大男のことか? あいつは、独りで壁の外へ行ってしまったんだ」

「そんな――なんで独りで行かせたんです!?」

「そんなこと言われたってな……あっという間に壁を越えちまったんだ。俺たちに、ここを護れって言い残してな」

「……まったく。あの人は」

 自己犠牲といえば聞こえはいいが、あまりにも無鉄砲だ。いくら強いとは言え、暗闇の中で多数を相手になど、自殺行為にも等しい――呆れと沈痛さの入り交じった顔で、シャプシャは首を左右に振った。
 咆吼は、まだ聞こえていた。シャプシャはある決意を胸に、表情を引き締めた。

(もし、人の身で斃せぬ魔物なら――元の姿となってでも、あの人を助けなければ)

 杖を握る手に力を込めながら、シャプシャは北門の側にいる兵士へと近づいた。

「門を開けて下さい。わたくしは、あの人を助けに行きます」

「無茶だ! あの咆吼……誓って野盗なんかじゃない」

「だからこそ……わたくしの魔術が必要かもしれませんから」

 その言葉で、シャプシャが魔術を使えるのだと察した隊長が、閂の近くに居る兵士に指示を出した。

「門を開けろ。あと、兵士を一人同伴させる」

「……わかりました」

 北門がゆっくりと開くと、シャプシャは若い兵士を伴って、町の外へ出た。


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遅くなりました。ギリギリの投稿です。

しかも、長くなりましたので、中編と後編に分けるという計画性の無さ……

精進しなくちゃですね。

後編は、続けて投稿しています。

どうぞ、宜しくお願いします。


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