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最終章後編

間話 幻獣王の指輪

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 間話 ~ 幻獣王の指輪


 俺が見ていた太古の時代は、緑の無い荒廃した世界だった。そんな、精々苔やプランクトン程度しかない世界で、幻獣たちは生きていた。
 苔やプランクトンを主食とする弱い幻獣たちが、主な捕食対象だった。
 やがて、大地は少しずつ植物に覆われるようになる。それに伴い、小さな恐竜が産まれ始めると、幻獣たちの捕食対象になっていった。
 ゆっくりとした動きで鎌首をもたげたドラゴン種が、群れで襲ってくる肉食の恐竜へと炎を吐き出した。
 丸焦げになった恐竜を、ドラゴン種は貪り食う。また、ある翼の生えた幻獣は、落下のスピードを生かして小型の恐竜に食らいつき、悠々と空へと舞い上がる。
 そうやって繁栄を謳歌していた幻獣たちは、草原に木が生え始め、それが森となるころに、徐々に藻掻き苦しみながら死に始めていた。
 そこへ最後の力を振り絞って大空を舞う金色のドラゴンが、幻獣たちを鉱石などに封印していった――。
 視界が元の闇の世界に戻ると、すぐ前にいた〝俺〟の嫌みったらしい顔が目に入った。


〝よお。お勉強は捗ったかい?〟


〝……知るか。あんな小学校にありそうな映像なんかで、なんを勉強しろっていうんだ?ちっとは興味深かったけど、正直言って、時間の無駄だ。時間の無駄〟


〝本当に、そう思ってるのか?〟


 いきなり真顔になって問いかけてくる〝俺〟に、俺は戸惑った。冗談の言い合いをするような雰囲気じゃないことは、俺にだってわかる。
 大袈裟に肩を竦めた俺は、率直な感想を述べた。


〝参考程度にはなったさ。色々とな。それで、あんなものを俺に見せた、幻獣王ってやつは、どこにいるんだ?〟


〝ここだ――この世界そのものが、我のすべてである〟


 感情の読み取れない、男とも女ともとれない声がすると、闇に覆われた空間が震えた気がした。
 俺が周囲を見回していると、先ほどの声が再び聞こえてきた。


〝姿など、ここでは意味をなさない。姿を探しても、無駄だ〟


〝あんたが、幻獣王? 俺の知り合いにも居るけどな〟


 俺の言葉に込めた皮肉を理解したかは不明だが、幻獣王を名乗る声は、すぐに返答を返してきた。


〝ガラーンニードアーマルクドムン――おまえが、ガランと呼ぶ彼の者は、幻獣たちを統べるに相応しい力と魂を持つ存在。故に、王として君臨できたのだろう。しかし、我は真の意味での幻獣王。すべての幻獣たちの祖であり、創造主なり〟


 幻獣王の発言は、俺を驚かせるには充分過ぎた。確かに、すべての幻獣の祖となれば、真なる幻獣王を名乗る資格はあるだろう。
 言葉を失った俺に、幻獣王は続きの言葉を発した。


〝さて――トラストン・ドーベル。転生した魂よ。おまえには、使命がある。エキドアの宿願を止める――それが、おまえの使命となる〟


〝使命――ね。エキドアの糞ったれは、誰かにどうこう言われなくとも、止めてやる。だけどな……そうやって強制されるのは嫌いでね。俺は勝手にやらせて貰う〟 


 俺が啖呵を切ると、〝俺〟は露骨に顔を顰めた。
 しばらくのあいだ、薄気味の悪い沈黙が流れた。だけど、これで話が終わりなら別にいいか――そう思っていたら、幻獣王の声が再び聞こえてきた。


〝その意志は尊重してもよいが――無理だ。おまえは、対となるこの世界の魂を失う。それはつまり、おまえがこの世界で生きる資格を失うのと同義なのだ〟


 幻獣王の言葉に、俺は〝俺〟を見た。


〝まあ、そういうことだ。じきに俺は消える。そうなれば、おまえの魂はこの世界の肉体から弾き出されちまう。それが、世界の理ってやつだ〟


〝その通り。故に――我は使命を果たさせるために、おまえと契約を結ぶ〟


〝契約?〟


 幻獣王の発言に、俺は怪訝な顔をした。
 そんな俺の前に忽然と、赤く丸い飾りのある、指輪のようなものが現れた。指に填めるであろう部分の裏表には、茨のような棘がついていた。
 さらに言えば……この丸い飾り、小刻みに振動しているように見える。
 幻獣王は、少し引き気味にこの物体を見ている俺に、抑揚のない声で告げた。


〝トラストン・ドーベルよ。左の人差し指で、それに触れよ〟


 なんだろう……本能的な部分が、これに触れるのを拒否している気がする。俺は躊躇いながら、指先で指輪に触れた。
 その途端、指輪は独りでに俺の人差し指に絡みついてから、指輪の状態に戻った。なんかその……丸い飾りがドクドクと脈打っているのが、見た目にも醜悪だ。


〝あのさ……この丸いの、なに?〟


〝それは、おまえを世界に繋ぐための核――我の心臓〟


〝嘘っ!? 気持ち悪っ!!〟


 思わず、俺は仰け反っていた。
 生き返るためとはいえ、こんな気持ち悪いのを付けてなきゃいかんのか。心臓に茨とか……見た目だけなら中二病患者が身につける、趣味の悪いアクセサリーにしか思えない。
 顔を顰める俺の耳に、微かな幻獣王の声が聞こえてきた。


 ……き、気持ち悪……い……?


 あ、少しへこんでる。
 ちょっと悪いことしたかな――と思っていると、幻獣王は気を取り直したように、声の調子を戻した。


〝とにかく、だ。おまえは我の一部から造った、そう――幻獣王の指輪と契約を結ぶこととなる。だが、それはおまえを世界に引き留めるだけだ〟


〝それ以外に、必要なのってないんじゃ?〟


 俺の問いに、幻獣王は静かな声で答えてくれた。


〝本来であれば、これでは不十分だ。よって、おまえは世界の理から外れた存在となる。それがどう影響するか、我にも見当が付かぬが……一つだけ、おまえにとって利になることを伝えよう〟


 幻獣王がそう言うと、俺の身体から衣服が消えた。
 俺の胸部や肩などに、複雑な模様が描かれていた。それも一つだけじゃない。何十、何百――もっとかもしれないが、それだけの数の複雑な紋様が、重なっているのがわかる。


〝それは、ガランの魔術の名残。これまで何百、何千と、おまえの身体に刻まれた魔術の名残。それは今なお、おまえの魂にまで刻み込まれている。おまえは今後、それらの魔術を自在に操ることがきでるだろう〟


〝それは……使うと魂が減るってやつ?〟


〝いいや? 一度に多く使えば身体の負担は大きくなるだろうが、魂には影響はない。これ以外の影響は、我にも予見できぬ。さて、契約が成された今、いつでも目覚めることができるだろうが……どうする? おまえの身体がどうなっておるか、今ならばすべて把握できるだろう〟


 幻獣王の言葉通り、今は――ガランが動かしてる俺の身体の状況が、頭の中に流れ込んで来た。

 ……まったく。俺のことは見捨てていいって、言ったのに。

 ガランの行動に溜息を吐きながら、俺はどこにいるかわからない幻獣王へと肩を竦めた。


〝もう少し、ガランには苦労して貰うことにするさ。俺との約束を破った罰だ〟


〝好きにせよ――おまえが強い意志を以て願えば、身体は取り戻せるだろう〟


 この言葉を最後に、幻獣王の気配が去って行った。
 空間の震えが収まると、今度は〝俺〟の身体が薄れ始めた。俺は小さい息を吸い、そして吸った以上に吐き出した。


〝もう、消えるのか?〟


〝さっきも言われたろ? 〝俺〟はここまでだ……清々とするだろ〟


 そう言って肩を竦める〝俺〟に、俺は小さく首を振った。


〝意外と楽しめたぜ。あと、色々と助言や助け船も出してくれたしな。記憶を失い欠けたときに、俺の自我を取り戻す手助けをしたり、ガランの力を使うと死ぬぞって言ってたのは、忠告だよな。気付いてないとでも思ったか?〟


〝……最後に言うヤツがいるか。この捻くれ者。じゃあな、〝俺〟たちの身体を頼むぜ〟


 どこか吹っ切れた顔を残し、〝俺〟は消えていった。
 闇の中で一人っきりになった俺は、拳を固く握り締めながら、〝俺〟が消えた場所へ舌を出した。


〝こんなの小っ恥ずかしくて、最後しか言えねーだろうが。ばーか〟

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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!

わたなべ ゆたか です。

間話で3千文字オーバーとか……ちょっと詰め込みすぎな感じですが。

でも、第二章を考え初めていたときから、一番書きたかった部分ですので、ちょっと満足しています。
このまま「俺たちの戦いはここからだ!」的なエンドを一瞬だけ考えましたが……最後までは書かせて頂きます。
お付き合い頂けたら嬉しいです。

少しでも楽しんで頂けたら幸いです。

次回もよろしくお願いします!
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