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第四章 円卓の影
三章-4
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夜になるのを待ってから、俺たちはルイハスの街を出た。
マーカスさんの相棒である、幻獣のヴォラの力を使うためだ。街中では目立つ恐れがあるので、街の外にある森の中で力を使うことになった。
念のため、俺たちは全員で森へと入った。下手に部屋に残っていて、また襲われるというのも厄介だ。それに、割り振って戦力が均衡にできるほどの人員がいない。
それならばいっそ、全員で行動したほうがいい。
この結論に達するのに、さほど時間は――事実、三〇秒ほどだ――かからなかった。
月明かりを頼りに、俺たちは森の中を進んだ。ランプを使わないのは、偏に俺のトラウマのせいである。
〝もう少し離れたほうがいいかしら?〟
先頭を進む幻獣のヴォラが、小さな半透明の身体を木の枝に飛び移らせた。
振り返れば、木々の隙間から街灯りがチラチラと覗かせている。ヴォラの力を使った際に放たれるという光が、どれだけのものか俺は知らない。
この判断は、マーカスさんに任せるしかない。
俺の視線を受けて、マーカスさんは森の先へとひとさし指を向けた。
「ここは、まだ近いしね。もっと奥にしたいけど」
〝わかったわ。良い場所を選んであげる〟
ヴォラは木の枝から降りると、小さな身体で草の間を進み始めた。身体が小さいため、ちょっと目を離すと所在が分からなくなる。
俺とマーカスさんは、クリス嬢やエイヴの道しるべになるよう、ヴォラの動きを注意しながら、二人の女性のエスコートをすることとなった。
舗装されていない森の中だ。足元は覚束ないし、視界だってかなり悪い。
俺はガランの《暗視》で視界を確保しながら、クリス嬢とエイヴを比較的歩きやすい進路へと誘導した。
しばらく進むと、木々の隙間から古びた見張り塔が見えてきた。
外壁は所々崩れ落ち、蔦が生い茂っている。戦で焼け落ちたあと、うち捨てられたもののようだ。
〝あの塔の中なら、大丈夫じゃない?〟
「そうは言っても、僕にはまだ――トトは見える?」
「見えますよ。ちょっと中を見てきます」
俺はマーカスさんに答えてから、クリス嬢たちをその場に待たせて塔の中に入った。
崩れた場所から中に入ると、すぐ前に朽ちた扉があった。扉の奥は木材や石材の破片だからけで、足場は悪い。天井が落ちた瓦礫なんだろうけど、石柱が一本だけ残っている。石柱の上には、どういうバランスか石材が一つだけ残っていた。
外壁に沿って螺旋状に木材が突き出ているのは、階段なんだろう――な。
見回した限りでは、何かが潜んでいる気配はない。俺は皆が待っているところのすぐ近くまで戻ると、大丈夫だと手振りで示した。
マーカスさんと一緒に塔へ入ると、俺たちは外壁の側まで離れた。塔の中央付近に立ったマーカスさんは、指輪を填めた右手を軽く握った。
「ヴォラ……力を」
〝ええ〟
そう返事をしたヴォラの身体が、光の粒子へと解けた。光の粒子は一度、球体状に集まったあと、音もなく飛び散っていった。
一種、幻想的な光景だったけど……確かに、あんな光の粒子が周囲に飛び散るなら、街では目立って仕方がない。
特に、魔術的なものが禁止されている世界だ。
集合住宅でこんなことすれば、通報ものに違いない。
すべての光の粒子が石壁を透過していくと、塔の内部は再び暗くなった。
光の乱舞と思える光景に、俺は柄にもなく見惚れてしまった。それはクリス嬢やエイヴも同じようで、三人して無言のまま、余韻に浸っていた。
やがて、光の粒子は一斉に戻って来た。
光の球体になった粒子は、一度だけ目も眩むような光度で輝いた。
俺たちが視界を取り戻したとき、まだぼんやりと光っているヴォラがマーカスさんの前に佇んでいた。
〝視てきたわよ。この辺りの幻獣は、この辺りに七体。それはきっと、ガランやユニコーンとか、オークたちね〟
クリス嬢の持つティアマトの名前が出てこないけど……ツンデレ的な嫉妬とか、そういうライバル意識によるもの……だよなぁ。構図としては、ガランを取り合うヴォラとティアマト――なんだろう。
ガラン……モテるんだなぁ……。
俺がそんなことを考えているあいだにも、ヴォラの声は続いていた。
〝街中では、幻獣は一体だけ。今は、あの城ってヤツ? あそこにいるわ〟
「他には? 予想では、あと三体――」
〝いいえ。一体だけね。ただ……残り香はあるわね。ほかに三体分。でも、街にはいないわよ〟
「……跡を追えないか?」
気配の残り香を感知できるなら、追跡だって可能かもしれない。しかし、ヴォラは静かに首を振った。
〝無理ね。あの力は、王の封印と同じく、人の身では一日に一度にするべきものよ。あなたがた一人づつ一回としても、あと三回。気配の残滓は、一日もあれば跡形もなく消えてしまうわ。追跡は無理ね〟
ヴォラの返答に、俺は息を呑んだ。
考えていた手段をも否定され、俺はすぐに二の句が告げずにいた。流石に自らの力についての講釈だ。
たった今、視たばかりの俺とは理解の差が大きすぎる。
「じゃあ、どうする? 人間と幻獣を入れ替えようって奴らだ。俺たち人間にとっては驚異だし、見逃せるもんじゃない」
〝城にいる幻獣に訊いてみたら? あの気配、ウコバクって幻獣よ〟
〝ウコバク――ふむ〟
ガランの声は、いつにも増して低かった。悩み、そして不安――そんな感情が入り交じっているような気がする。
「どうしたんだよ、ガラン。ウコバクって、そんなに強力な幻獣なの?」
〝いや――だが、敵対するとしたら、相性は最悪かもしれぬ。ヤツの力は、炎だ〟
ガランの声に、俺はどこか絶望感を覚えた。
呆然と立ち尽くす俺に、表情を曇らせたクリス嬢が寄り添ってきた。
「トト――あなたが率先して戦うことはないのよ?」
「いやでも、この中では俺が……一番、慣れてますし」
俺は答えながら、どうやって戦えば良いのか考えたけど……まったく、思い浮かばなかった。
*
俺たちが集合住宅の前へと戻ってきたとき、大家のルルティアさんが玄関から出てきた。
「あなたたち、まだ入っちゃだめよ。変な人たちが来てて……」
「変な人たち?」
俺が眉を顰めると、ルルティアさんは数回ほど頷いた。
「ええ。あなたがたの部屋を調べたいって……」
ルルティアさんの言葉の途中で、俺はクリス嬢たちを集合住宅から遠ざけた。
三人が物陰に隠れると、俺はルルティアさんの肩を軽く叩きながら、集合住宅の中に入った。
階段を登って三階まで上がると、廊下から声が聞こえてきた。
「そこの部屋を借りた者について聞きたい」
「ああ……そこの部屋に引っ越してきた人かね?」
隣の部屋に住む、ハズバンという老人の声だ。軽い挨拶程度しか関わってないけど……隣部屋だと会話くらいは聞かれているかもしれない。
俺が聞き耳を立てていると、咳払いをしてからハズバンさんは答えた。
「あれは……あの姉ちゃんは、良い尻だった」
「そういうことではない!」
「そうか? 良い尻だったぞ? 人妻とは勿体ないくらいだ」
「他には! 名前や、この街に来た目的は――」
「しらん」
たった、ひと言の返答に、背広を着た男たちは絶句したようだ。その隙をついて、ハズバンさんがドアを閉める音が聞こえた。
いや、クリス嬢には悪いけど、隣がスケベ爺で助かった。
俺は二階に潜みながら、男たちが去るのを待った。敵の動きが速い――もうこの街に潜伏していることが知られたのか――?
どうにも、敵の動きがおかしい。まるで、俺たちの動きを知っているかのようだ。
男たちが去ってから、ルルティアさんが俺を心配したのか、三階まで上がってきた。
「ルルティアさん、ありがとうございました。男たちが来たことを教えて下さったので、助かりました」
「いいのよ。なんか、ウコバークという役人の手の者ですって。ウコバークって、イヤなヤツなのよ。威張り散らかして、罪のない人を捕らえたり」
「……なるほど。でも、俺らを怪しまないんですか?」
「あら。あたし、人を見る目はあるつもりよ。あなたたちは、きっと正しいことをしているんだと思うわ」
ルルティアさんの言葉は正直、有り難かった。
俺は恩を感じながら、この人たちを巻き込まないうちに、ウコバーク――いや、ウコバクと一戦交える気になっていた。
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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!
わたなべ ゆたか です。
以前、サビ終したゲームが動いてるという話をしましたが、今日になってログインが出来なくなりました。
延長戦が終わった――とはいえ、少し寂しいですね。
朝夕の寒さと昼間の暑さで、体調を悪くなされませんよう。お気を付け下さい。
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
次回もよろしくお願いします!
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