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第三章~幸せ願うは異形の像に
間話 ~ 山中の惨劇
しおりを挟む間話 ~ 山中の惨劇
ゲンズ暦七四一年、秋。トラストンやガランが暮らす時代より、およそ二百年ほど前の時代。
とある山中を、騎馬と銃歩兵が隊を成して進んでいた。先頭を進むのは、周辺を支配する領主、アズメテウス・ペニン侯爵。齢五十四を過ぎてなお、白髪よりも濃い赤毛が目立つ、猛者の風貌を保っていた。
日差しを眩しく反射する白銀色の甲冑に身を包み、腰には通常の物よりも一回り大きな長剣を下げていた。
黒い軍馬に跨がったアズメテウス侯爵は、山の中腹に差し掛かったところで、薄水色の目を細めた。
木々のあいだから、一筋の湯気が空へと上っていくのが見える。もちろん、自然に発生する類いのものではない。その場所に、人がいる証左だった。
アズメテウス侯爵は湯気が立ちのぼる方角へ、手綱を握ってない手を振った。
背後に続いていた騎馬が、だく足で黒毛の騎馬を追い越し、山道を登っていく。そのあとに侯爵の黒毛が進み始めると、背後を護るように軽装の銃歩兵隊が続く。
山道の先には、みすぼらしい一軒の小屋が建っていた。ほとんど手入れもされていないのか、壁や屋根には穴が空いていた。
水蒸気は煙突ではなく、その屋根の穴から上っていた。
騎馬と銃歩兵が小屋を囲むように、輪になって並ぶと、アズメテウス侯爵は下馬をした。
小屋に進む侯爵に、髭を生やした銃歩兵長が駆け寄った。
「侯爵様。我らが先に入りますものを」
「構わぬ。銃歩兵を三名ほど随伴させよ」
「――は」
最敬礼をするために立ち止まった銃歩兵長は、指示通りに三名の銃歩兵を選び、侯爵のあとに付かせた。
弾を込めた火縄銃の銃口を、真上に向けて構えた銃歩兵が並ぶのを待って、アズメテウスは小屋の扉を開けた。
小屋の中は、恐ろしいほど殺風景だった。
奥にベッドがある以外は、家具らしいものはない。竃には水の入った鍋がくべられているが、食材らしいものはなにも入っていなかった。
板張りの床には、痩せこけた男が座っていた。無精髭というには、あまりにも長い髭で顔が覆われ、着ているものも服というよりはボロ布に近い。
男は、縦長の石を一心不乱に削っていた。それは、見るかに異様な像であった。猿や豚などの頭部が三つもあり、身体もほかの動物を身体を継ぎはぎしたように見えた。
よく見れば、小屋の壁には男が彫っているものと、同じような像が五つも並んでいた。
アズメテウス侯爵が小屋に入り、銃歩兵に銃口を向けられても、男がそれに気づく様子はなかった。周囲に石の粉を撒き散らしながら、丹念にハンマーと平刃ノミで石を削っていた男の手が、唐突に止まった。
「……できたな」
「ほお。それで完成か」
アズメテウス侯爵の声に、男が振り返った。
そのアメジストに似た薄い紫の目が、侯爵や銃口を向ける兵士たちを映し出す。そこに、現状を面白がっているような光が浮かんだ。
「これはこれは……貴族様が、こんな粗末な小屋においでとは。なんの御用でしょう?」
「貴様には、人攫いの嫌疑がかけられておる。周囲の街から人を攫ったのは、貴様で相違ないな。攫った人々は、どうした」
「彼らなら、もういません。すべて失敗しました」
「失敗……か。それで、それは?」
「ええ。これの形が重要でして。ただ六本揃うだけでは、上手くいかなかったんです。現存する動物の姿にすることで、力が安定するのだと、最近になって理解した次第でして」
うっとりと異形の像を眺める男に、アズメテウス侯爵は穏やかに問いかけた。
「それで、失敗となった者たちは?」
「ああ――あまり美味しくはなかったですね」
あっさりと言ってのけた男に、銃歩兵たちの火縄銃を持つ手に力が籠もった。
アズメテウス侯爵は兵たちを手で制すと、長剣を抜きながら男へと近づいた。
「その像は渡して貰おう」
「それは困ります。先約がありまして……そのあとであれば」
「ならぬ。これ以上、同胞が増えてもらっては困るのだ」
アズメテウス侯爵の言葉に、男の目に検分するかのような鋭さが宿った。
「なるほど……そういうことですか。ですが、理由がわからない。なぜです?」
「王は、一人でいい」
「ご冗談でしょう。あなたは、王ではない。王になる以前に、その資格もない」
男の言葉に、アズメテウス侯爵は長剣を振り上げた。
「王は、わたしだ。邪魔者はすべて消す――プロケルス、さらばだ」
「一つ言っておきましょう。こんなことをしても無駄です。わたしは――滅びない」
男――プロケルスがそう言って笑った直後、アズメテウス侯爵の長剣がその首を撥ねた。
プロケルスの首が床に転がると、アズメテウス侯爵は背後の兵士たちに像の回収を命じた。
兵たちが持つ像を見ながら、アズメテウス侯爵は考えた。
(一箇所に纏めておくのは、拙いかもしれんな……)
他の貴族などに分配したほうが得策か――アズメテウス侯爵は、頭の中で候補者を選び始めていた。
トマラの町にいる商人に像が渡ったのは、これより百数十年あとのことである。
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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!
わたなべ ゆたか です。
間話二つ目をお届けします。
早朝から八時くらいまで、書き溜め的なことをしてまして。家事を終えて午後から口癖っぽく繰り返した言葉が、「知恵熱が熱い」
室温計を見たら、35度でした。
冷房を付けないと、あっという間に温度があがります。冷房をつけたら、知恵熱も冷めました。
あとはキンキンに冷やした炭酸水のおかげです。
皆様も熱中症にはご注意下さいませ。
次回は、火曜日以降になりそうです。
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
次回もよろしくお願いします!
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