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第三章~幸せ願うは異形の像に

二章-2

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 一度、俺たちはシスター・キャシーの故郷である村で一泊することにした。
 聖女であるティアーンマの頼みもあるし、集落に泊まっていってもいいのだが、子どもばかりの集落では食料も乏しいかもしれないし。
 朝になってからリューンと合流した俺たちは、目的地であるトマラという町へと向かった。片道四時間というと、なかなかに小旅行な移動になっている。


「しかし、馬車で移動だなんてさ。お金持ちだよな」


 シスター・キャシーと前側の席に座ったリューンは、皮肉交じりに言いながら、盛大な欠伸をした。
 店に来たときや集落とは違い、リューンの態度はすこぶる悪かった。反対側に座ったクリス嬢やエイヴは、二人して顔を顰めていた。
 エイヴの隣に座っていた俺は、しばらくは我慢していたが、その態度の悪さに怒りよりも嫌悪感が先にきた。


「そんなにイヤなら、おまえだけ歩いて行けば?」


「なんだよ……そんなに怒るなって」


 脚を組みながら薄ら笑いを浮かべるリューンに、眉を顰めていたシスター・キャシーが怒りを抑えながら言った。


「ティアーンマさんに、あとで告げ口しておくから」


「ちょ、ちょっと待った。悪かったからさ、そういうの止めない?」


 へらへらと愛想笑いを浮かべるリューンに、俺とクリス嬢は溜息を吐いた。
 それから数分後、エイヴが退屈で寝てしまったころを見計らって、クリス嬢はリューンに訊ねた。


「リューンでしたわね? あなたは、どうしてあの集落に? 孤児にしては、独り立ちしてもいい年でしょうに」


「そりゃ、ティアーンマさんの手助けをしたいからさ。めっちゃ美人さんだしさ」


 あっさりと言ってのけたリューンに呆れたクリス嬢は、言葉を失っていた。ただの色ボケが理由とあっては、無理もなかった。
 質問が途切れたので、俺も一つだけ訊くことにした。


「でも、おまえが抜けたら、集落の食料はどうするんだ? 他に、誰か集めてくる奴でもいるのか?」


「食料は、ティアーンマさんが用意してくれてるから、なにも心配はないぜ。畑とか狩りとかしてないけど、いつも近くの川で集めているみたいなんだ。だから、食料については心配いらないんだよ。そこが聖女って言われている理由でもあるしな。ほんと、いい女だよなぁ……恋人になってくれないかなぁ」


 リューンの言葉に、パッと見ただけではあるが、俺は集落の様子を思い出していた。
 集落にいた子どもたちは十五人ほどで、年齢はバラバラ。みんな、広場や家の側で遊んでいた。
 大人といえるのは、聖女様とリューンくらいだ。
 そしてリューンの言ったとおり、周囲に畑はなく、微かに川のせせらぎが聞こえていた。
 集会所での机や椅子の配置や様子から、十七人で生活をしているのは、間違いなさそうだ。
 テーブルに並んだ椅子は、一七、八くらいは歪に整頓されていたが、他の椅子はテーブルの奥まで座椅子が入り込んでいた。
 これは移動の邪魔になるので、いつのまにかテーブルに押し込んでしまった、と考えたほうが自然だ。
 出入りする大人は、きっといない。そんな大人たちがいれば、広場で遊んでいた子どもたちは、もっと興味津々な様子で俺たちを見ていたはずだ。
 あんな不安げな顔――どちらかといえば警戒心に近いかもしれない――をするのは、訪問者自体が稀だからだ。

 なんかあれだなぁ……考えれば考えるほど、あの聖女様が信用できなくなっていく。

 そんなことを考えていると、馬車が停止した。すでに馬車はトマラの町に入り、目的の屋敷の前まで来ていた。
 リューンを先頭に、シスター・キャシーとエイヴが続いて外に出たあと、クリス嬢が俺に話しかけてきた。


「トト……ティアーンマさんに、なにか不審な点でもありますの?」


「あ、気づきました? まあ、そうですね。不審感はかなりありますよ」


「どうして? 勘みたいな――ごめんなさい、違うわね。あなたは、勘だけで物事を決めない人ですもの」


「いえ、勘頼りなときもありますけど……そうですね。あの聖女様については、今のところ全部が怪しくて。孤児を引き取ってることは、聖女と呼ばれるに相応しい行為だと思います。けれど、その先が見えなくて。
 普通は家事を分担させたり、畑仕事をさせたりして、自立する手助けをしたりすると思うんですよ。けれど、あそこにいる子どもたちは、そんなことをしている様子がない。
 まるで幼子を育てる母親のように、すべてを聖女様がやってる気がするんです」


「単に、愛情が深いのかもしれませんわよ? 孤児を我が子のように育てるのが、苦ではないのかも」


「愛情が深いなら、なおさら先のことも考えると思うんですよね。あの様子じゃまるで、先のことなど必要が無い――そう考えているような気がしてならないんです。それに、食料の入手先も気になります。女手一つで、十七人分の食事を採ってくる、しかも毎日? 男でもきついでしょうよ、そんなの」


「と、いうことは……裏になにかある、と考えていますのね?」


「サイテー最悪なヤツは人身売買ですけど……そうなると、異形の像が分からないんですよ。どんな用途なのか……それを調べたいところですね」


「なるほど、あなたの考えは理解しましたわ。出来る限り、協調するようにしますわね」


 そう言って微笑むクリス嬢に、俺は胸の奥が熱くなるのを感じていた。こうした――単刀直入に言えば、捻くれた意見は同意を得にくい。
 だから、クリス嬢が俺に歩み寄ってきてくれたことが、凄く嬉しい。まあ、恋人未満だけど友人よりは親しいと認識し合いつつ、そこから先に行けない状況なわけで。
 それを少しでも先に進めたいという、クリス嬢なりに考えたことかもしれないけど。

 ……伯爵の影が背後に見えなければなあ。つい、理性と警戒心が沸いてしまう。

 とにもかくにも、俺とクリス嬢がキャビンの中で見つめ合っていると、リューンの声が飛び込んできた。


「おまえら、早くしろよ」


「いいじゃない。きっと、イチャイチャしてるだけだし。もう少しゆっくりさせてあげなさいな」


 シスター・キャシーのフォローに、俺とクリス嬢は顔を真っ赤にさせた。
 いや、助け船を出したつもりなんだろうけど、、もうちょっと言葉を選んで欲しいというか、言い方を考えて欲しかった。
 俺とクリス嬢が外に出ると、リューンが塀に囲まれた屋敷を後ろ手に指し示した。


「ここが、例の屋敷だ。まずは俺が話をするから、後ろで待っててくれ」


 リューンが門番に話をしてからしばらくすると、門が開いて使用人らしき男が出ていた。


「奥様が話を伺うと仰有っておられます。どうぞ、お入り下さい」


 使用人の案内で、俺たちは屋敷の中へと通された。玄関を通るとき、俺はドア枠に手をついてみた。振り返った使用人に、俺は「ちょっと躓いちゃって」と答えた。
 今のところ、反応はしなかったか――そんなことを考えているあいだに、使用人は俺たちを応接室に入るよう、手で促した。
 応接室は、なかなかに豪華だった。調度類も大半は真新しく高価なものばかりだ。
 少し遅れてやってきた奥方は、少し太めな元美人という印象の中年女性だった。今は加齢よりも、厚化粧とどこか欲が刻んだ皺に覆われていて、どこか醜悪さを滲ませていた。
 奥方はリューンを見ると、使用人を下がらせた。
 お茶すら出ないとは、金持ちの割にけち臭いものである。


「異形の像――を譲って欲しいと聞いていますが? そういうものは見たことがないけれど……主人は見たことがあるそうよ。あなたが言う、頭の三つある像ね。実は、うちでも探していたのだけれど……」


 奥方は言葉を中断すると、大きく息を吐いた。


「そうね。あげてもいいわよ。その像」


「本当ですか? 助かります」


 予想以上に、あっさりと交渉が纏まってしまった。心底嬉しそうな笑みを浮かべるリューンに、奥方はつまらなさそうに言葉を継いだ。


「それを見つけることができたらね。さっきも言ったけど、どこにあるかは分からないの。先月に亡くなった義父が持っていたのだけれど……どこかに保管して、それっきりみたいね。溜め込んだ財産なんかもそこだと思うのだけれど……面倒なことに、再来月まで遺言状は領主様が保管していてね。そういう約束だったみたいなの。
 だから、再来月になれば保管場所がわかるかもしれないわ。それまで待てる?」


「できれば、早めに集めたいんです。その、わたしの主人が、所望しておりまして」


 リューンの返答に、奥方は「そう」と頷いた。その口元に、微かな笑みが浮かんだことに、俺は気づいた。
 奥方はそれっきり、笑みを消した顔でリューンに告げた。


「保管場所はわからないのだけれど、どこにあるかの見当はついているの。実際に見たほうが早いかもね。ついてきなさい」


 奥方の案内で、俺たちは屋敷の庭に建てられた小屋へと案内された。
 庇の上に『ベリーズ商会』と書かれた看板のある小屋は、見るからに古い。奥方が鍵を開けて中に入ると、薄く埃が積もった床の上に、色々な物が散乱していた。
 俺たちが周囲を見回していると、奥方は指をくるくると回した。


「異形の像は、この小屋のどこかよ。ここにあるのは、さっき話した義父の私物ばかり。遠方の村から、身体一つでこの町に出てきて、商売で成り上がったんですって。その思い出の数々――といったところかしら。
 きっと小屋のどこかに、隠し金庫かなにかがあるのよ。異形の像は、きっとそこ。見つかったら持っていっていいわ。ただし、それ以外は許可しないから」


 それだけを告げると、奥方は小屋から出て行った。
 小屋の中は、どこをどうみてもゴミに近いものばかりだ。古い帳簿や、革紐、空になった木箱には蜘蛛の巣が張られ、手押しの荷車は車軸が折れていた。
 一番まともといえるのは、部屋の隅で十字の台に着せられた、一式の服と防寒用のコートだ。
 かなり古いものだが多分、亡くなる寸前まで手入れはしていたみたいだ。痛みも少ないし、よく見ると、ほつれた箇所を縫い直してもいた。
 部屋の中を見回していると、リューンが溜息を吐いた。


「探せたって、小屋の中はひっくり返したあとだろ、これ。これから……どうする?」


「どうするって言われても……」


 シスター・キャシーも困惑を隠せない顔で、小屋の中を見回した。クリス嬢は俺の横に来ると、部屋の隅を指で示した。
 そこには、この店を掃除するときに使ったものらしい、箒や古びた布巾などが置かれていた。
 結局はそれが近道か――俺は溜息交じりに、皆に提案をした。


「とりあえず、ここの掃除からするしかないね」


 誰ともしれぬ溜息が、小屋の中に響いた。

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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!

わたなべ ゆたか です。

中世とかの掃除事情を調べたんですけど、ちり取りとかあったのか……がよくわかってません。ということで、箒はあるけど、ちり取りはない、という設定です。
まだ、街の裏側は汚いと思います。表通りも薄汚い感じかもですね。

えっと、あれです。日本でいうOの裏通りな感じ。いや、設置されていた自販機のすべてが排出物臭い、という希有な経験をした通りがあったのです。日本の大都市の裏側でも、こんな感じです。昔なんか、もっと凄かったかもですね。

次回は、恐らく金土日のどこかになると思います。水曜日がちょっと帰宅が遅くなりそうで。うう……休みたい(本音)。

少しでも楽しんで頂けたら幸いです。

次回もよろしくお願いします!
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