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第二章~魔女狩りの街で見る悪夢

三章-2

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 翌日、朝一番に魔術の準備を終えた俺が教会に行こうとしたら、クリス嬢とマーカスさんが同行すると言ってきた。
 一人の方が動きやすいが、かといって断る理由と言われたら、なにも思いつかないわけで。
 朝から働きに行く労働者に混じって、俺たちは街の中を三人並んで歩いているのだった。

 ポケットに忍ばせたクッキーを食べていいような、そんな雰囲気じゃないんだよな……。

 俺は溜息を押し殺しながら、左肩を擦った。
 今朝に準備した魔術は精神接続が二つ、反応増幅が一つ、熱感知が二つ、隠行が一つ。汎用性はあるが、特徴がないだけに、いざというときの持続力に欠ける。
 特に会話もないままに歩いている途中で、俺はマーカスさんに訊いた。


「……クレストンは、放っておいても大丈夫なんですか?」


「ああ。身体は問題ないしね。精神的なものだからね。落ち着いて考える時間があったほうがいい。ホテルの従業員には、金を払って監視を依頼してあるから、安心していい」


 マーカスさんは、如何にも上流階級らしいことを言いながら微笑んだ。
 使用人じゃあるまいし、金を貰ったからといって、四六時中の監視はしないと思うんだけどな……。
 俺とは考え方が違うから、仕方ないんだろうけど。


「とりあえず、もうすぐ午前の礼拝の時間なんですよね。俺はちょっと……隙をついて色々と調べて来ます」


「わたくしたちは?」


「礼拝には行かないで下さい」


 ステッキを手にしたクリス嬢に答えたとき、俺たちの前から宗教都市には似つかわしくない、柄の悪い四人組が歩いて来た。
 彼らはあからさまに、俺たちへと殺気を向けていた。
 俺は左にいるクリス嬢を庇うように左腕を横に伸ばした。


「止まって。俺が時間を稼ぐので、その間にホテルまで戻って下さい」


「……トト?」


 まだ状況を理解していないクリス嬢とは違い、マーカスさんは四人組の意図に気づいたようだ。
 俺を見ながら、一歩だけ退いた。


「なんとかできるのかい?」


「なんとか……したいですけどね」


 俺は三歩だけ前に出ると、腕を組んで四人組を待ち構えた。
 にやにやとした表情の四人組が立ち止まると、一番背の高い〝蛇顔〟の男が口を開いた。


「よお、餓鬼んちょ。女連れ、金持ち連れとは、いい身分だな。俺たちにも、良い思いをさせてくれよ。手始めに、金と女がいいなぁ」


「えーと、カラガンドの街は宗教都市って聞いてたけど。ちょっと予想外だったよ」


 俺はズボンのポケットに手を突っ込みながら、〝蛇顔〟、〝禿げ〟、〝片眉〟、〝頬傷〟の順に男たちを睨めた。


「まさか、こんなに馬鹿面が並ぶなんてね。ちょっと感動してる。ガキ大将からおつむが成長してないお子ちゃまにしては、大した一発芸だ。ご褒美をくれてやるよ」


 俺はポケットから布巾で包まれたクッキーを取り出すと、四人組へと放った。


「ほらよ。這いつくばって食べな」


「――てめぇ」


 〝禿げ〟が指の骨を鳴らしたのが合図のように、四人組は俺だけに近寄って来た。
 ここまでは、想定通り。物腰から察するに、弱い者イジメだけで成り上がってきた感じだ。喧嘩慣れはしているが――自分より強いやつと殴り合ったことはない――と思う。
 そして、例によって俺を餓鬼扱いしている。
 その油断は、大いに利用させてもらう。


「ガラン――精神接続」


〝承知〟


 四人組と乱闘――し、ほぼ一方的に俺は攻め続けた。その途中で、俺に一撃も食らわせないことに焦ったらしい〝蛇顔〟が、クリス嬢へと向かっていった。


「――っ!? しまった!」


 クリス嬢を人質にするつもりか――マーカスさんが手を広げてクリス嬢を庇ったが、〝蛇顔〟の一撃で倒れてしまった。
 〝蛇顔〟はそのままクリス嬢に――伸ばした手が、なにかに弾かれた。
 空を切る音がして、一閃したクリス嬢のステッキが、彼女の沸きに挟まれた。


「わたくしに手を出すなら、もっと大人になって下さいね」


 穏やかに微笑むクリス嬢は、怯んだ〝蛇顔〟にステッキの連撃を叩き込む。

 ……そういえば、このお嬢様は剣術をやってたんだ。

 なんでステッキなんか持ってるんだと思ったが、なるほど、護身でしたか。

 心配して損したな――などと、俺がお気楽に考えているのは、すでに他の三人を伸したあとだからだ。


 俺は〝蛇顔〟の背後へと駆けると、脇腹へと回し蹴りを放った。
 地面に倒れ、腹を押さえながら呻き声をあげる〝蛇顔〟の首を、俺はつま先で踏みつけた。


「おい、馬鹿。一つ訊きたいんだけどな」


「……な、なん、なんだ、おまえ、らは……」


「質問をしてるのは、こっちだ糞ウジ虫。おまえら、誰かに俺を襲えって頼まれたんじゃないだろうな?」


「な……どうしてそれを?」


「だから単に、そう思ったから質問してるだけだっつーの。やっぱり頭、幼児並に悪いだろ」


「あ――」


 うっかり口を滑らせたことに気づいたのか、〝蛇顔〟の顔に焦りが生じた。
 なんていうか……ここまで典型的な対応というのは、一種の芸風じゃないかと思えてくる。世界が違えば、こいつ芸人としてやっていけるんじゃないか?
 そんな考えを頭の隅に追いやってから、俺は首を踏む力を少しだけ増した。


「さて……質問に答えろ。誰に頼まれた?」


「よ、よくはしらねぇよ……今朝、頼みたいことがあるって言われて……で、おまえらをちょいと痛めつけろって頼まれただけだ」


「どんなやつだ?。教会のやつか?」


「僧服とかは、着てなかった。やけに、がたいのいい男だ」


「がたいのいい男……? 背は高かったか?」


「あ、ああ……高かった」


 俺は頭の中で、人物像を描いた。
 静かに首からつま先を退けた俺は、「もうやるなよ」と告げてから、クリス嬢とマーカスさんのところに戻った。


「二人とも、大丈夫でした?」


「わたくしは……大丈夫ですけれど」


 クリス嬢の視線の先を追った俺は、目を覆いたくなった。
 かなり強く殴られたのか、マーカスさんの左頬は青黒く腫れ上がっていた。目を覆いたくなる惨状に、俺は思わず俯いてしまった。


「……えっと、大丈夫ですか?」


「ああ、いや、その……かなり痛いよ」


「そりゃまあ……クリス嬢を護ろうとしてくれたんですよね。ありがとうございます。でも、喧嘩とか強くないのに、どうして?」


「……女性を護るのは、紳士の役目だろう? というのは、半分かな。残りは……今回の件、少し君らに頼りすぎてたと思ってね。僕もなにか役に立ちたかったんだ」


 そう言って肩を竦めたマーカスさんに、俺とクリス嬢は顔を見合わせて、小さく笑い合った。


「まあ、あれです。無理はしないで下さいね」


「ええ。わたくしも、最低限の護身はできますもの」


「ああ……それは、理解させてもらったよ」


 なんとなく、三人のあいだで和んだ空気が流れたとき、高い笛の音が聞こえてきた。見れば、この街の警備隊だろうか。濃紺の制服を着た六名の男たちが駆け寄ってくるところだった。


「貴様ら! 全員、動くなっ!!」


 ……面倒なことになったな。喧嘩を売られた側とはいえ警備隊に捕まれば、最低一日は仮の留置所へ拘留されてしまう。出る為には保釈金が必要で、払わなければ二日ほど拘留期間が延びることもある。
 一々拘留するのは、保釈金目当て――そういう噂が街には広まっている。
 経験があるかと言われれば、過去に二回ほど。正当防衛だったのに、奴らときたら問答無用だから、ある意味たちが悪い。
 俺が舌打ちをしていると、警備隊が四人組と俺たちを取り囲んだ。


「喧嘩だという通報が入った。間違いはないな?」


「ええっと……こっちは強請から、身を護ろうとしただけです」


「強請――?」


 警備隊の隊長らしき男は、まだ倒れている四人組を見て、納得のいった顔をした。


「状況はわかったが一応、拘留させてもらう」


 げ――やっぱりそうくるか。
 ここはマーカスさんに頼るしかないか……と思ったら、横から見覚えのある男がやってきて、警備隊の隊長に話しかけた。


「失礼。そこのお嬢さんたちは、ドラグルヘッド市の御領主の関係者だ。強制的な拘留は、政治的問題になりかねません」


「誰だ――」


 警備隊の隊長は誰何しかけたものの、相手が警備隊の制服を着ていることで、口を閉ざした。
 男――ボルト隊長は、簡素な敬礼をしてから姿勢を正した。


「わたくしは、ドラグルヘッド市の警備隊に所属する、ボルト・メルボンです。御領主からの依頼で、そちらの方々の護衛任務に就いております」


「それは――いえ、ご苦労様です。そういうことであれば、彼らはボルト殿にお任せしましょう」


 街の警備隊は、四人組を拘束すると立ち去っていった。
 俺たちは、ボルト隊長の姿に驚くばかりで、そっちを気にしている余裕はなかった。


「あの、どうして……」


「あたしが連れてきたんだよ!」


 ちゃかりボルト隊長の後ろに隠れていたサーシャが、ひょっこりと顔をだした。
 ボルト隊長は肩を竦めてから、「まあ、そういうことです」と、サーシャの言葉を否定しなかった。


「伯爵の命というのは、事実です。ですが、サーシャ様のご意見も大きかったと、聞いております」


「そういう事なら、話は早いや。すいません。マーカスさんをホテルまで連れて行って下さい。あと、医者の手配を。顔、すごいことになってますし。サーシャ嬢とクリス嬢も、マーカスさんをお願いします」


「トト――」


 非難するような目を向けるクリス嬢に、俺は首を左右に振った。


「ボルト隊長に、状況の説明をお願いします。味方になってくれるなら、最低限のことは知っていてもらったほうがいいですし」


「……わかりました。その代わり、もう心配は――」


「はい。今度は気をつけます」


 クリス嬢たちと別れた俺は、そのまま真っ直ぐに教会へと向かった。
 正面からではなく、横の家屋の壁と伝って教会の柵を乗り越えた俺は、見張りをしている修道士たちの位置を素早く確認した。
 大通りや裏通りを監視している見張りが、計四人。俺がいる場所から居住棟までは、見張りはいない。


「やっぱり、壁を乗り越えるってことまでは想定してないな。ガラン、精神接続は切れた?」


〝先ほど使った分は、もう効果は切れている〟


「了解」


 姿勢を低くしながら居住棟へと近づいた俺は、人の気配に注意しながら、扉の中に身体を滑り込ませた。
 薄暗い廊下には、人の気配はない。大半の修道士たちは、礼拝に行っているのだろう。

 ……よし。ここまでは、想定通り。

 廊下を進み始めた俺が向かうのは、台所だ。
 場所は、前回の一件で把握している。寄り道をせずに台所の手前まできた俺は、そっと中を覗きこんだ。
 台所ではシスター・アリサが、一人でジャガイモの皮を剥いていた。俺は素早く台所に入ると、シスター・アリサに声を出さないよう、口の前で手の平を振った。
 この黙って欲しい、という所作に頷いたシスター・アリサに近づいた俺は、小声で話しかけた。


「すいません。侍祭の部屋ってどこですか?」


「二階に上がって、すぐ左手のお部屋です。あの、なにをされるのですか?」


「ちょっと、証拠がないか探すだけです。礼拝が終わるまでには、帰ります」


 不安げなシスター・アリサを残して、俺は二階に上がった。
 言われたとおり、階段からすぐ左の部屋に近づいた俺は、部屋の中の物音を聞こうと耳を澄ました。

 ……誰もいない、かな?

 ノブを回して施錠されていることを確認した俺は、針金とヘラを取り出した。
 思ったほど、古い形の鍵じゃない。ここらでは一般的なやつだ。これなら――よし、開いた。
 ほんの十秒ほどで解錠させた俺は、静かにドアを開けて部屋に入った。
 部屋は火の消えた燭台が置かれた棚と、小さなテーブルに椅子、ベッドがあるだけだ。俺は先ず棚の引き出しを開けてみた。

 ……着替え、聖印に――。

 棚の中には、怪しいものはなかった。テーブルへ目を移すと、縁の方に金属粉のようなものがこびりついていた。おそらくは銅粉だろう。
 俺は銅粉を少し袖で拭うと、視線をベッドの下へと向けた。幅の広い化粧板のせいか、かなり狭くなった隙間を覗いたが、なにも見当たらない。
 しかし、俺はベッドに違和感を覚えていた。

 ベッドの形から察すると、そんなに古い品でもなければ、貴著品でもない。ごく一般的なベッドである。
 しかし、こんなに幅の広い化粧板のあるベッドは、見たことがない。高級品であれば、彫刻や装飾が施された化粧板もあるだろう。一般的な家具は材料や手間を減らすために、装飾などを省く場合が多い。
 さらに気になるのは、化粧板の一部の角だけが、他と比べて丸みを帯びている。

 明確な根拠はない。古物商という職業をやってきた勘が、このベッドが怪しいと俺に告げていた。
 俺は、シーツに隠れた化粧板とベッド本体の境目に指を這わせた。
 少し開いた隙間に沿って指を移動させていると、金属質の物体に触れた。形状から、どうやら蝶番らしい。
 俺は化粧板の下端に手を添えると、手前に引き上げてみた。

 ――予想通り、開いた。

 化粧板の奥にあったのは、あとで取り付けたものらしい引き出しだ。引き出しを開けてみると、丸まった数枚の羊皮紙と、四つの革袋が入っていた。
 羊皮紙を一つ取って広げてみると、ダニス・ドーンという人物が、触れたら息子の怪我が止まったということを訴えていた。商人の夫妻のどちらかが怪しく、商売においても目の敵――教会の力で、異端として捕らえるなり、追放なりして欲しい、という内容だ。

 報酬は宝石で支払い――って、なんだこれ!                    

 悪魔崇拝者を捕らえるのは、こういうのも絡んでいるってことか? 試しに、革袋の一つを取り出して中を見てみれば、小粒だがエメラルドやサファイアなど、計六つの宝石が入っていた。
 証拠としては、これで充分だ。

 その二つを腰袋に入れた俺は、ベッドを元に戻すと静かに部屋から出た。
 もちろん、施錠も忘れてはいない。


「ガラン、隠行」


〝承知〟


 ガランの魔術が、効果を発揮する。これで、俺は動かなければ人目を誤魔化すことができる状態になった。
 階段で一階まで降りたところで、廊下の奥の方から人の足音が聞こえてきた。俺は物陰に隠れると、息を顰めて相手がどっちへ行くか注視した。
 こっちに来るなら、場所を移動する必要があるし。
 廊下を歩いているのは、男が二人。シルドーム侍祭に、背の高く、がたいの良い修道士だった。
 二人が階段を登りかけるのを見て、俺が安堵した直後、シルドーム侍祭がいきなり振り返った。


「誰だ!? どこにいる?」


 シルドーム侍祭が怒鳴りながら、俺の方へと早歩きで進み出した。しかし、先ほどの場所から移動をしていた俺は、すでに裏口まで辿り着いていた。
 裏口を開けて素早く表に出た俺は、そのまま全速で駆けて、教会の柵を跳び越えた。
 背後から、裏口を出たばかりのシルドーム侍祭の声が聞こえてきた。
 見張りや他の修道士たちが集まり、柵から教会の外を見回したが、俺はすでに家屋の角を曲がって、置かれていた木箱の影に身を潜ませていた。

 ……種まきとしては、こんなものか。

 しばらくのあいだ物陰に潜んだ俺は、周囲を警戒しながらホテルへ戻ることにした。

   *

 侵入者の捜索は修道士たちに任せ、シルドーム侍祭は自室へと急いだ。
 自室の前へ着いた早々に、ノブを回してドアを揺らした。


「……鍵は掛かっているか」


「まずは自分の心配とはねぇ。いや、侍祭様の心は髪の毛よりも狭いことで」


「皮肉はやめろ、トリヌール」


 鍵が掛かってることで安心したのか、シルドーム侍祭は階下に戻ろうとした。


〝待て――先ほどの階段だけでなく、ここにも幻獣の気配が残っている〟


 頭の中に響く声に、シルドーム侍祭は立ち止まった。


「さっきだって幻獣の気配だって言われたから、あたりを探してみたが……裏口が開いていたくらいだ。修道士たちで何も見つからなければ、勘違いかユニコーンの気配じゃないのか?」


〝いや――違う種だ。これは、あれだ――この前の子どもから感じたものに似ている〟


「なんだと? ヤツがなにかを探りにきたのか――」


 このやりとりを独り言だと思ったトリヌールが、怪訝そうにシルドーム侍祭の顔を覗き込んだ。


「どうした? 神の啓示でもあったか?」


「いや、なんでもない。決行を早めたほうがいいかもしれないな。ごろつきのほうは、どうだ?」


「金を掴ませて頼みはしたぜ? あとで、話でも聞きに行くさ」


「ああ、頼んだ」


 険しい顔でトリヌールの背中を叩いたシルドーム侍祭は、早足で一階へと降りると、デルモンド司祭を探しに居住棟の外へ出た。

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本作を読んで頂き、ありがとうございます!

わたなべ ゆたか です。

火曜か水曜予定と言ってましたが、日曜にがっつり書いていたら、普段よりも多め、しかも早く書き終えました。
チェックは軽めですけど(滝汗)

……ご飯食べて、トイレ行って、ゴミ出しして、風呂に入る以外、ずっと書き物。

なんか、6千文字超えてました。奇跡かしらん。気分はボルナレフです。


作品を読んで頂いた方々、誠にありがとうございました。今朝、色々チェックしてみて、ビックリしました。感激です。

次はさすがに、水曜か木曜になると思います。


少しでも楽しんで頂けたら幸いです。


次回もよろしくお願いします!
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