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第二章~魔女狩りの街で見る悪夢
一章-1
しおりを挟む一章 なるべくなら、したくなかった再会
1
俺とガランがカラガンドの街に着いたのは、午後一時を回っていた。
早朝六時半の汽車に乗車してから、約四時間半の旅だった。尻と背中は痛くなったけど、それなりに順調な旅だった。
昨晩、クリス嬢と少し揉めた以外は。
カラガンドの街は、まだ市にはなっていない。昔ながらの地方都市の原型を保っている――そんな街だ。大通りはすべて、街の中心にある教会に続いている。それ以外の道は、すべて裏通りと変わらないほどに狭かった。
街の食堂で軽い食事を摂った俺は、三時には手紙にあった商人の屋敷に到着し、家財販売に参加していた。
本当は奮発して食堂車で食事をするつもりだったが、各テーブルに燭台が置かれていたので断念した。
俺は所謂、転生者というやつだ。前世での死因である火事がトラウマとなり、この世界でも火が怖い。トラウマを克服したいという気持ちはあるのだが、それもまだ遠い話――になりそうな予感しかない。
……話を戻そう。
商人は大富豪ではないが、そこそこに小金持ちだったらしい。
超が付くほどの高級品はないが、家財の質はかなり良い。成金にありがちな、なんの用途に使うのか意味不明で無駄な高級品はなく、必要なところに必要な金をかけた印象だ。
それから察するに堅実な商売をしてたか、してるんだろうに……なんで家財をすべて売り払うんだろう?
俺が銀の縁取りのある手鏡の値札を確認していると、品の良さそうなスーツに身を包んだ紳士が近寄って来た。
「失礼。ご両親とはぐれましたか?」
「……いえ? 一人で来ていますが。これでも古物商ですので。店で売れそうな品がないか、見させてもらっています」
「古物商……いえ、ご冗談でしょう。ここは、家財の売買をしているところですよ。子どもの小遣いで買える代物はありません。お引き取りを」
「あ、いえ。本当なんです。祖父から商売を引き継ぎまして」
「そんな嘘、大人には通用しませんよ。どうぞ、お引き取りを」
毎度のことながら、自分の年齢に泣かされる。なにかの係員かなにからしい紳士との話が、堂々巡りになりそうだ――俺が心の中で溜息を吐いていると、横から声がかけられた。
「失礼。この子は、確かに古物商を営んでおりますよ。わたくしの知人の孫です」
丸い眼鏡に、かなり薄くなった――というか、つるっつるな頭髪。左目の下にある、大きなほくろ――初老の男性が、紳士に俺のことを説明してくれた。
紳士が怪訝そうな顔で、しかし大人しく離れていくと、初老の男性は俺に微笑んだ。
「トトだろう? 久しぶりだなぁ」
「スレントさん……ですよね。そのほくろには、見覚えがあります」
俺に頷くと、スレトンさんは一緒に屋敷内を廻ろう、と言ってくれた。
「なにかめぼしいものは、見つかったかね?」
「まだ、来たばかりですしね。大物は地元の人に任せて、小物を狙うつもりです」
「それが良いだろうな。手頃な品は、もう少し奥の部屋に集められてたよ」
スレトンさんは、俺を元々は主人のものだったらしい部屋に案内した。
この部屋の家財は、ほとんどが売約済みになっていた。その一番奥にあるテーブルには、箱状のものや貴金属などが置いてある。
俺はその中から、小さな白い置物を手に取った。材質は――恐らくは象牙だ。どこかの国の神様を象ったものらしい。
もう一つ俺の気を惹いたのは、格子状に切れ目の入った箱だ。
この二つの値札は、両方とも一パルク。つまり銀貨一枚だ。象牙の人形は、恐らく二パルクでも売れる。人によっては三パルクまでは出せるだろう。
問題は、箱のほうだ。どう考えても売り物にはなりそうもない代物である。なにせ、蓋を開く場所が見当たらないのだ。これでは一ポン、つまり銅貨一枚でも買い手がつくかどうか……。
しかし、俺はある直感に従って箱の表面を指先でなぞった。箱の一角がぐらついているのに気づいた俺は、その部分を取り外した。
それによって、格子状に分割された表面の四角い部品が、横にスライドできるようになった。
きっと、これは箱根細工みたいな品だ。
俺は試しに、部品を動かしてみた。体感で三〇秒ほどか。最後の部品を動かすと、箱の上辺が横に動かせるようになった。
少しだけ開けて中を見ると、綿に包まれた小さな粒状のものが見えた。
静かに箱を元に戻すと、俺は目を付けた二つの品だけを持って、スレトンさんのところに戻った。
「この二つで。あとはちょっと。貴金属は、ここで買うよりも高く売れそうな気がしませんしね」
「良い判断だ。宝石は相場の変動も激しいからね。それに、宝石商に持って行っても、良いところ三割以下でしか買い取ってくれん。しかし……その二つだけでいいのかね?」
「俺には充分です」
そう答えた俺は、壁に掛かった肖像画に気がついた。
かなり目立つ鷲鼻に、白い口髭の男性だ。頭髪も真っ白だが、もみあげのところだけは栗色だった。
「これが、ここの主人?」
「……元主人だ。その、なんだ」
スレトンさんは、少し小声で俺に告げた。
「悪魔崇拝をしていた罪で、教会に囚われたのだよ」
「悪魔崇拝って……このご時世に? っていうか、それを捕まえるって」
そのあとの言葉を、俺は飲み込んだ。
――魔女狩り、または魔女裁判。
俺の元の世界で起きた、悲劇だ。魔女ということで告発され、謂われのない罪で人々が投獄、そして処刑された。そんなものが、この世界でもあるのか。
胸くその悪さを覚えながら、俺は大きく息を吐いた。
「それで、元主人はどうなったんです?」
「ゲルドンス――商人の名だが、彼がどうなったのか、誰もしらん。ただ、教会から出た形跡はないらしい」
スレトンさんは、首を振ると話は終わりだと、俺を部屋の外へ促した。
購入する品の支払いを済ませると、俺はスレトンさんと商人の屋敷を出た。街並みは俺の住むドラグルヘッド市と似ているが、人々の雰囲気はまったく異なっていた。
物静かというより、どこか他人の視線に怯えているようにも見える。
教会の力が強いという話だから、もっと敬虔というか、厳かな雰囲気だと思ってたんだけど……ねぇ。
俺が周囲を見回しながら歩いていると、スレトンさんが話しかけてきた。
「それで、トトや。今日は泊まってくのかね?」
「そうですね……そのつもりです。といっても、これから宿探しですけど。時間が無くて、屋敷まで直行しましたし」
俺が肩を竦めると、スレトンさんは苦笑した。
「まだ宿も決めていないとはね。どうだろう……うちに泊まるかね? 思い出話ではないが、年寄り二人だからね。若い話し相手が欲しいのさ」
「それじゃあ、お言葉に甘えて。爺さんの話なら、二時間以上は話せますよ」
俺がうそぶいたとき、近くから悲鳴が聞こえてきた。
道を挟んだ向こう側に、堅牢な教会が建っていた。尖塔を三つも持つそこそこ大きな教会の前で、侍祭と思しき男が、子どもを抱えた女性を突き飛ばしたところだった。
俺はスレトンさんをこの場に残して、その女性へと駆け出した。
「お願いです、侍祭様! うちの子にも奇跡を、奇跡をお願いします!」
「ならん! 奇跡は、神の力が光臨なされたときに一度きり。次を待つがよい」
「それでは……それでは、助からないかもしれないんです!」
訴え続ける女性を振り払うように、侍祭は尊大な態度をそのままに、手を何度も振った。
「無理なものは、無理だ! 諦めよ!」
侍祭はそう告げて、教会の中に入っていった。
奇跡とか……なんだろう?
俺は先ほどの会話を怪訝に思いながら、子どもを抱いている母親に近づいた。
「大丈夫ですか?」
「ああ……だが、ダメなんだ。子どもが、大怪我をしてしまって……」
母親が抱いている三歳くらいの男の子は、腕に大怪我をしているようだ。巻かれたリネンが、赤く染まっていた。
「怪我なら、教会より医者じゃないです?」
俺の言葉に、その母親は泣きながら首を振った。
「医者にかかる金なんて……この教会には、怪我を治す奇跡が起きるのさ。その奇跡で治して頂こうとしたのに。選ばれたのは、富豪の息子だなんて!」
泣き崩れる母親に、俺はかける言葉が見つからなかった。
とりあえず母親を立ち上がらせ、それでも医者に行くよう勧めてから、俺はスレトンさんのところに戻ろうとした。
そのとき女僧だろうか、黒い僧服に身を包んだ三人の女性が、教会のほうから歩いて来た。
俺や母親の横を通り過ぎた女僧を見送っていると、彼女らの通った石畳に、赤い点が残っていることに気づいた。
「ちょっと待った! 待って下さい!!」
女僧たちに近寄った俺は、彼女たちに囲まれている、五、六歳の子どもがいることに気づいた。
薄汚れた金髪はボサボサで、着ているものはボロでこそないが、粗末なものだった。性別は……いまいち判別できない。赤い点は、その子どもの足元へと伸びており、今も足元に赤い滴が垂れ続けていた。
女僧の一人は俺が近づくと、口元だけの笑みを浮かべた。
「なにか御用でしょうか?」
「その子……怪我をしてるんじゃないですか!?」
「ええ。これから医者のところへ向かうのです。ですが、これも神がこの子に与えた試練。この難関を乗り越えることこそ、神の御子としての階梯なのです。お気遣いは嬉しいですが、どうか関わりにならぬよう、お願いします」
……あ。俺の嫌いな言葉が出た。
俺は胸中に渦巻く怒りと苛立ちを精一杯堪えながら、女僧を見上げた。なるべく平静を保とうとしていたが、女僧の怯えた顔を見る限り、かなり怒っていたらしい。
女僧らが一歩退くと、俺は荷物の中から手ぬぐいを取り出しながら、子どもに近づいた。
「痛いところはどこだ? とりあえず、止血をしよう……な?」
その子どもは、頷くとズボンの裾を捲った。
俺は正直、自分の目を疑った。脹ら脛全体が、たわしで擦ったような細かい傷で覆われていたのだ。すべての傷口からは、血が滲んでいる。
ズボンに血が染みてないように見えたが、それは単に、服そのものが乾いた血の色で染まっているからだ。
俺は渦巻く怒りを抑えながら、女僧たちに告げた。
「小さな子どもに、こんな酷い怪我を負わせるのが神の意志ですか? しかも怪我をした脚で歩かせるって、俺には虐待にしか思えませんけどね。こんなのを試練だっていう神とか、俺には知ったことじゃないんで。勝手に手当しますよ」
手持ちの手ぬぐいだけでは、傷のすべては覆えない。俺は血が垂れないように、脹ら脛の下の部分にだけ手ぬぐいを巻いた。
「ごめんな。これだけしかできなくて」
俺の謝罪に、子どもは首を振った。
〝大丈夫……?〟
不意に、か細い声が聞こえてきた。最初はガランか――とも思ったが、声はまったく違っていた。
ガランに確認を取りたいところだが、こうも人がいては無理だ。
気を取り直して、傷口に触れないようにズボンの裾を直していると、先ほどの侍祭が俺たちのところへと近づいて来た。
「……シルドーム様。これは」
女僧の言葉を手を挙げて遮ると、シルドーム侍祭は俺を睨んできた。
「貴様――なにをしておるのだ?」
「なにって……怪我してるから、手当をしようとしたんです。医者に行くにしたって、止血くらいはしないと」
「必要ない。貴様如きが、触れていい者ではないのだ」
シルドーム侍祭に詰め寄られ、俺は即座に子どもの前から離れた。
侍祭は女僧たちに「早く行け」と告げると、俺を牽制するように睨んできた。しかしこの人……教会の侍祭っていうより、殺人を犯したばかりの悪党、というのが似合う相貌である。
シルドーム侍祭は、女僧たちがかなり離れるのを待ってから、教会のほうへと歩き出した。
「……いいか、二度と我らの前に現れるな」
まるでチンピラのような口調で告げると、侍祭は教会へと戻っていった。
まったく、なんだったんだ――そんなことを考えながら、俺はスレトンさんのところに戻った。
「すいません、お待たせしてしまって」
「いや、構わないさ。しかし、この街で教会の方々と揉めるのは、止めた方がいいぞ。この街は教会の力が強いからな……なにをされるか、わかったものじゃない」
「すいません。見るに見かねちゃって」
謝る俺に、スレトンさんは軽く背中を叩いた。
「まあ、いいさ。それより、家に行こう。妻も喜んでくれる」
「そうだといいんですけど」
俺が苦笑しながら前を向くと、一人の青年が手を振りながら駆け寄ってきた。
艶やかで癖のない金髪、女受けしそうな顔立ちにブルーアイの青年。
厭な予感が頭を過ぎるどころか、脳天を貫通した気分だ。俺はスレトンさんに向き直ると、勢いよく頭を下げた。
「すいません。折角誘って頂いたんですけど、予定を変更して今から帰ります。家へ伺うのは、またの機会ということで。奥様にもよろしくお伝え下さい」
「お、おいおい。どうしたんだい、トト……」
「理由はまたの機会に。それでは、さようなら!」
スレトンさんに別れを告げた俺は、脱兎の如く立ち去るべく、地面を蹴――ろうとした、のだ、が。
その直前に、ポンっと俺の肩が背後から掴まれた。
「折角の再会なのに、つれない態度じゃないか」
さわやかな言葉遣いとは裏腹に、ガッチリと肩を掴んで放さない。
振り返った俺に、厭な予感そのものであるマーカスさんが、にこやかに微笑んでいた。
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本作を読んで頂き、ありがとうございます!
わたなべ ゆたか です。
第二章が本格的に開幕です。
産業革命と中世のあいだの世界――で、魔女裁判は変じゃない? と思われている方がいるかもしれませんが、ヨーロッパで最後に処刑された魔女は、1782年。産業革命まっただ中だったりします。
最も盛んだったのは、15~6世紀くらいみたいですけど。
調べてみると、拷問や罰も国や地域で様々で、ほぼ無罪放免だった場所もあるようです。
次回は、土曜日くらいになる気がします。頑張って書いてます。
少しでも楽しんで頂けたら、幸いです。
次回もよろしくお願いします!
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