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転生して古物商になったトトが、幻獣王の指輪と契約しました

間話 白き宝

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 間話 ~ 白き宝


 夕暮れの街道を、一台の馬車が奔っていた。
 馬車は街中でよく見かける、辻馬車だった。二頭の栗毛の馬に引かれ、御者台の左右にはランプがぶら下がっていた。
 所々塗装が剥げている青色のキャビンでは、一組の男女が向かい合わせに座っていた。
 前に短いつばのある帽子を目深に被るクレストンが、地図を見ながら言った。


「あいつを信じていいのか? ホントに」


「多分……嘘は言ってないと思う。わたしたちの求めるものは――きっとメモの場所にある……そう思うのよ」


 地図から顔を上げたクレストンは、ある一点を指で突いた。


「ここは確か、なんかの遺跡があるはずだ。この前まで、発掘隊が作業をしていたって聞いたけど。まったく、あんなヤツを信じるなん――」


 文句を言いかけたところで口を噤んだクレストンは、盛大な溜息を吐いた。
 妹の言い分を信じ、辻馬車まで手配したのは自分だ。人のことをとやかく言える立場ではなかった。


「とにかく、ここまでしたんだ。何もなかったら、ただじゃおかねぇぞ」


 下町の少年のような乱暴な言葉遣いに、サーシャは目を丸くした。そんな妹の表情に、クレストンは「知り合いの言葉がうつったんだ」と答え、再び目を地図に落とした。
 馬車はいつしか街道から外れ、細い山道へと入っていた。木々に覆われた山道は夕日も差し込まず、御者はランプを灯しながら、やや馬車の速度を落とした。
 日が沈んでからしばらくして、馬車が止まった。


「着いたの?」


「いや……もう少しかかるはずだ、が」


 クレストンは腰に差した短剣の柄に手を伸ばす。それから少し遅れて、御者が格子状になっている窓から顔を覗かせた。


「お客さん! この先は獣道になってて、馬車で行くのは無理ですぜ」


 用心深くキャビンのドアを開けて前を見たクレストンは、口を曲げた。御者の言うとおり、山道の突き当たりには森が広がっており、御者の言う獣道――なにかが通ったあとなど視認でない木々の隙間――になっていた。
 クレストンは荷物からランプを取り出し、火を入れた。


「ここで待っていてくれ。早ければ、三時間ほどで戻る」


 そう言いながらクレストンは、ここまでの運賃として御者に三パルクを手渡した。料金は時間換算だが、相場よりも一パルク以上も多い。
 今にも舌なめずりをしそうな顔で銀貨を受け取ると、御者は恭しく頭を下げた。


「帰りに、もう三枚だ。ちゃんと待っていてくれ」


「へい。お気を付けて」


 御者の言葉に頷くと、クレストンはサーシャを連れて獣道へと入った。
 地面や草木からの湿気だろうか、空気は少し淀んでいた。気温も高く、二人は蒸し暑さを感じていた。
 夜行性の梟や昆虫の鳴き声が、辺りから聞こえている。その中に狼や野犬の類いが混じってないことに、クレストンは安堵した。


(発掘隊が、あらかた退治したか)


 それでも、短剣の柄からは手を離さない。周囲を警戒しながら、兄妹は獣道を進んだ。
 三〇分ほど経ったころ、空気の流れが変わった。進行方向から流れてきた乾いた風が、汗の滲んだ肌を心地よく撫でていく。
 すでに汗だくになっていた二人は、涼を求めて早足になっていた。
 最後の木々を抜けると、急勾配の斜面に出た。


「おっと――」


 斜面の縁で立ち止まったクレストンは、月明かりに照らされた景色を見回した。
 真正面に、かなりの間隔を空けて二つの山が聳え立っていた。斜面はなだらかに下っており、徒歩で下るのも問題はないさそうだった。
 クレストンは、斜面の底を見た。
 発掘の跡か、地面の大半は掘り返されていた。草木はほとんど残っておらず、穴ぼこだらけの地面がそのまま残されていた。
 クレストンは地図と周囲の風景とを照らし合わせ、苦虫を噛みつぶしたような渋い顔をした。


「……ここのはずだろ?」


「掘り返されちゃってる……そんな」


 疲労感と失意から、サーシャは力なく横にあった木に凭れかかった。
 サーシャが斜面の底から首を上げると、月と星明かりに照らされた風景が見えた。初めて見るはずなのに、どこか見覚えのある――そう考えたサーシャの脳裏に、祖母の肖像画が思い浮かんだ。


「……兄さん。ここじゃないわ。きっと、もう一つ向こう側よ」


 サーシャは斜面の縁を迂回するように進み始めた。クレストンは慌てて妹に続くと、地図を振ってみせた。


「どういうことだよ? 地図じゃこのあたりだろ?」


「思い出して。あんな斜面の底じゃ、あの山は見えないと思うの」


「……そうか。俺たちの見当が、少しずれてたか?」


「うん。地図の場所は、もっと先。そこに、あたしたちにとっての宝があるのよ」


 二人は斜面の反対側まで来ると、再び森の中へと入った。
 それから、約三〇分ほど歩いただろうか――森は再び途切れた。
 そこでクレストンとサーシャは、月明かりに照らされた白い草原へと出た。そよ風に揺れる白い波を前に、二人は息を呑んだ。


「ここだ――間違いない。やっと見つけた……」


 クレストンの呟きに、目を輝かせたサーシャは大きく頷いた。
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4月24日 中の人より

本作を読んで頂き、ありがとうございます! わたなべ ゆたか です。


誤記を修正しながら、魔剣士の書きためもしておりますので、とりあえずここで一区切りです。

残りは4月30日を予定しています。

少しでも楽しんで頂けたら幸いです。

次回も宜しくお願いします!
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