7 / 179
転生して古物商になったトトが、幻獣王の指輪と契約しました
二章-1
しおりを挟む二章 強い決意は怒りとともに
1
市長の邸宅にある玄関の内側では、二人の男が無言で佇んでいた。酒場でトトに呆気なくあしらわれた、二人組のごろつきである。床に置かれた荷物と一緒に鎧と火縄銃――マッチロック式の銃――が置かれていた。
酔いが抜けきっていないのか大男の顔面は蒼白で、辛そうに浅い呼吸を続けていた。
二人の前には幅の広い階段があり、その中段にはアントネットと息子であるスコット・サーロンがいた。二人は冷めた目で、男たちを静かに見下ろしていた。
階段を降りたアントネットは、二人の男を交互に見回しながら嘆息した。
「あなたがたは一体、なにをやっているの。まさか街に入った早々に、屋外収容所に収監されているだなんて」
「申し訳ありません……ちょっと食事をと思ったんですが……小生意気な餓鬼の所為で」
痩身の男の言い訳に、アントネットは眉間に皺を寄せた。
「わたくしが聞いた話では、あなたたちから手を出したようですけれど。仕事の前に余計な手間を取らせないで頂戴。あと保釈金の分は報酬から引いておきますから、そのつもりで」
「は、はい――」
二人組の男が、揃って頭を下げた。
冷ややかな目で畏まる男たちを見ていたスコットが、母親を見上げた。
「ねえ。昨日、領主の屋敷で知らない人を見たね」
「……ああ、そういえば、そうですね。なにか気になることでも?」
「うん。なにか、イヤな感じがする。もしかしたら邪魔になるかもしれない」
スコットは嫌悪が滲み出た言葉を吐いたが、その顔は呆けており、感情というものが読み取れなかった。
アントネットは少し考えて、階下にいる二人組へと目を戻した。
「あなたたち、伯爵――領主の屋敷にいる、少年を排除なさい。生死は問いません」
「ですが、名前とか顔を教えて貰わないと……誰だかわかりませんぜ?」
痩身の男に言われ、アントネットは不満げな顔で腕を組んだ。
「名前など、知るわけがないでしょう。そのあたりを調べるのも、あなたがたの仕事ではなくて?」
「俺たちは傭兵ですぜ。探偵――でしたっけ? ああいうのとは違うので」
アントネットは苛立ちを紛らわせるように、溜息を吐いた。相変わらず青い顔をしてる大男を一瞥すると、痩身の男に告げた。
「……わかったわ。名前などは調べておきましょう」
「そうしてくれると、助かりますぜ」
痩身の男が頭を下げると、使用人の一人がやってきて、畏まった顔で市長に最敬礼をした。
「お話中のところ申し訳ありません。お客様がお見えです」
「……ああ、もうそんな時間かしら。構わないわ。通して頂戴」
「はい」
使用人が廊下の奥へと戻ると、入れ替わりに一組の男女が現れた。
男女は玄関まで進もうとしたが、アントネットは片手を挙げて制した。
廊下からでる寸前の二人は、まだ身体のほとんどが影の中だ。顔はほとんど見えないが、アントネットはまったく気にしていなかった。
「そこで良いわ。状況の報告をなさい」
アントネットの指示で、男のほうが口を開いた。
「……はい。伯爵の屋敷ではまだ、古代の遺物らしいものは見つかっておりません。ただ、伯爵しか入れない部屋もございますので、すべての部屋の捜索は困難でしょう」
「そこは、なんとかして頂戴。最悪は伯爵を自殺させる、もしくは自殺にみせかけて殺害する予定です。なにか、動機になるようなことがあれば教えて頂戴」
「――はい。伯爵はタンポポの花の色すら、わからぬようになっている様子です。自殺した理由など、なんとでもなりましょう。例えば、奥方を思い出させるとか」
「もう呆けてきたのかしらね。わかりました。今晩にでも、打ち合わせをしましょう。刻は迫っているのですから、一刻も早く遺跡を見つけねばなりません」
アントネットが告げると、今度は女のほうが口を開いた。
「幽霊騒ぎで使用人は三名ほど辞めましたが、伯爵が避難する様子は見られません。あと、屋敷の外から来た者が、調査を行っています」
「……何者なの?」
「はい。トラストン・ドーベルという少年です」
抑揚のない声の報告に、アントネットは、まだ一階で佇んでいる二人組の傭兵を一瞥した。
「あの少年……ですか。詳細を教えなさい」
「はい――栗色の髪の少年で、古物商を一人で営んでいます。トトという愛称で呼ばれているようです」
「なん――だって? マジかよ」
今まで無言だった大男が、女の言葉に顔を上げた。
痩身の男と顔を見合わせる大男に、アントネットは睨むような視線を向けた。
「なに? 不穏当な態度はお止めなさい」
叱責ともとれるアントネットの声に、二人組は慌てて頭を垂れた。
「す、すいません。その、トトって名前には聞き覚えがあるんで。そいつも栗色の髪だったので、もしや――と」
「覚えがある――ああ、酒場であなたたちを打ちのめした少年というは、彼ですか?」
アントネットが怪訝そうな顔をすると、二人はバツが悪そうに顔を下げた。
その態度で、ある程度は察したらしい。アントネットは首を振ってから、大袈裟なほど大きく息を吐いた。
「なるほど。予想外なところで顔を合わせていたわけね。でも手間が省けたわ。本来の仕事とは少し外れますが、先に少年を排除なさい」
「あの……生死は問わないと仰有っていましたが、本当によろしいので?」
「ええ。ある程度は揉み消せます。人目のないところでなら、ですが」
回答を聞いて、二人組の傭兵は口元をにやつかせた。この機会に、酒場での仕返しをしようという魂胆が見え隠れしていた。
「それでは、早速行って参りますぜ」
「急がないで。そこの二人と連携をしなさい」
「……え? ああ、わかりやした」
「よろしい。では、わたしは警備隊の隊長と話をしてきますから」
アントネットが手を叩くと傭兵たちは玄関から、男女は廊下を戻って行った。
廊下の先にあるドアを抜けて庭に出た男女は、そこで二手に分かれた。女は今は使われていない古井戸の横を通って屋敷の裏手から、街へと出ていった。
*
ドラグルヘッドの西側から領主の屋敷へ向かう道中には、小規模ながら市場がある。市場の出入り口では、新聞売りや靴磨きの少年の声が途切れなく聞こえていた。
その市場の出入り口に、クリスティーナがいた。食材などが入った手提げの籠を抱えるようにして、領主の屋敷へと歩いていた。
やがて、閑散とした広場を通りかかったクリスティーナは、ふと立ち止まった。
「……あら? なんでこんなところにいるのかしらぁ?」
首を傾げながら、クリスティーナは周囲を見回し、そして籠の中身に目を落とした。
「……お買い物、よねぇ」
人差し指を頬に当てて悩んでいたクリスティーナは、広場の隅に見知った顔がいることに気づいた。
「あら、クレストン。そこでなにを?」
「おまえは――俺の勝手だ。なんでもいいだろ」
手にしていた黄色い花――恐らくはタンポポだ――を後ろに隠すクレストンに、クリスティーナは「気を悪くしたら、ごめんなさいね」と、素直に謝罪した。
しかしすぐに気を取り直すと、改めてクレストンに訊ねた。
「今日はサーシャと一緒じゃないの?」
クリスティーナは何気なく訊いただけだったが、なにが気に入らないのか、クレストンは睨むように目を釣り上げた。
「それこそ、どうだっていいだろ! おまえには、関係ない」
そのあまりの剣幕に、クリスティーナは僅かに身体を強ばらせた。
「そうね。ごめんなさい。それはそうと、幽霊騒動の調査に来てるトラストンに、酷いことを言ったんですってね。駄目よ、そんなことを言っては。こちらから依頼したのに」
「あんなやつ、居ても居なくても一緒だ。どうせ、詐欺みたいなものじゃないか」
「そんなことないわ。何件か、幽霊騒動を解決したことがあるみたいなの。昨晩だって深夜まで、色々と調べてたみたいですのよ?」
「昨晩? ああ……また幽霊が出たって、騒いでたな」
「ええ、そうなの。お爺様が幽霊が出た部屋に入ってしまって、昨晩はそれ以上の調査ができなかったみたいなのよ」
「お爺様が――どういうことなんだ?」
「さあ――?」
首を傾げたクリスティーナは、前髪を揺らしながら微笑んだ。
「わたくしたちは、いとこ同士ですもの。もう少し、仲良くやっていきましょう?」
「……知るか。というか、お断りだ」
にべ無く答えると、クレストンはポケットに手を突っ込みながら、足早に去ってしまった。
「あらあら。失敗しちゃったわぁ。もうちょっと仲良くしたいのに」
クリスティーナは肩を竦めると、領主の屋敷へと戻っていった。
0
お気に入りに追加
58
あなたにおすすめの小説
冷宮の人形姫
りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。
幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。
※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。
※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので)
そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。
【完結】婚約破棄されて修道院へ送られたので、今後は自分のために頑張ります!
猫石
ファンタジー
「ミズリーシャ・ザナスリー。 公爵の家門を盾に他者を蹂躙し、悪逆非道を尽くしたお前の所業! 決して許してはおけない! よって我がの名の元にお前にはここで婚約破棄を言い渡す! 今後は修道女としてその身を神を捧げ、生涯後悔しながら生きていくがいい!」
無実の罪を着せられた私は、その瞬間に前世の記憶を取り戻した。
色々と足りない王太子殿下と婚約破棄でき、その後の自由も確約されると踏んだ私は、意気揚々と王都のはずれにある小さな修道院へ向かったのだった。
注意⚠️このお話には、妊娠出産、新生児育児のお話がバリバリ出てきます。(訳ありもあります)お嫌いな方は自衛をお願いします!
2023/10/12 作者の気持ち的に、断罪部分を最後の番外にしました。
2023/10/31第16回ファンタジー小説大賞奨励賞頂きました。応援・投票ありがとうございました!
☆このお話は完全フィクションです、創作です、妄想の作り話です。現実世界と混同せず、あぁ、ファンタジーだもんな、と、念頭に置いてお読みください。
☆作者の趣味嗜好作品です。イラッとしたり、ムカッとしたりした時には、そっと別の素敵な作家さんの作品を検索してお読みください。(自己防衛大事!)
☆誤字脱字、誤変換が多いのは、作者のせいです。頑張って音読してチェックして!頑張ってますが、ごめんなさい、許してください。
★小説家になろう様でも公開しています。
実家から絶縁されたので好きに生きたいと思います
榎夜
ファンタジー
婚約者が妹に奪われた挙句、家から絶縁されました。
なので、これからは自分自身の為に生きてもいいですよね?
【ご報告】
書籍化のお話を頂きまして、31日で非公開とさせていただきますm(_ _)m
発売日等は現在調整中です。
聞こえません、見えません、だから私をほっといてください。
gacchi
恋愛
聞こえないはずの魔術の音を聞き、見えないはずの魔術を見てしまう伯爵令嬢のレイフィア。
ある時、他の貴族の婚約解消の場に居合わせてしまったら…赤い糸でぐるぐる巻きにされてる人たちを見てしまいます。
何も聞いてません。見てません。だから、ほっといてもらえませんか??
第14回恋愛小説大賞読者賞ありがとうございました。
本編が書籍化しました。本編はレンタルになりましたが、ジョージア編は引き続き無料で読めます。
いつもの電車を降りたら異世界でした 身ぐるみはがされたので【異世界商店】で何とか生きていきます
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
電車をおりたら普通はホームでしょ、だけど僕はいつもの電車を降りたら異世界に来ていました
第一村人は僕に不親切で持っているものを全部奪われちゃった
服も全部奪われて路地で暮らすしかなくなってしまったけど、親切な人もいて何とか生きていけるようです
レベルのある世界で優遇されたスキルがあることに気づいた僕は何とか生きていきます
【完結】言いたいことがあるなら言ってみろ、と言われたので遠慮なく言ってみた
杜野秋人
ファンタジー
社交シーズン最後の大晩餐会と舞踏会。そのさなか、第三王子が突然、婚約者である伯爵家令嬢に婚約破棄を突き付けた。
なんでも、伯爵家令嬢が婚約者の地位を笠に着て、第三王子の寵愛する子爵家令嬢を虐めていたというのだ。
婚約者は否定するも、他にも次々と証言や証人が出てきて黙り込み俯いてしまう。
勝ち誇った王子は、最後にこう宣言した。
「そなたにも言い分はあろう。私は寛大だから弁明の機会をくれてやる。言いたいことがあるなら言ってみろ」
その一言が、自らの破滅を呼ぶことになるなど、この時彼はまだ気付いていなかった⸺!
◆例によって設定ナシの即興作品です。なので主人公の伯爵家令嬢以外に固有名詞はありません。頭カラッポにしてゆるっとお楽しみ下さい。
婚約破棄ものですが恋愛はありません。もちろん元サヤもナシです。
◆全6話、約15000字程度でサラッと読めます。1日1話ずつ更新。
◆この物語はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。
◆9/29、HOTランキング入り!お読み頂きありがとうございます!
10/1、HOTランキング最高6位、人気ランキング11位、ファンタジーランキング1位!24h.pt瞬間最大11万4000pt!いずれも自己ベスト!ありがとうございます!
【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断
Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。
23歳の公爵家当主ジークヴァルト。
年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。
ただの女友達だと彼は言う。
だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。
彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。
また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。
エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。
覆す事は出来ない。
溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。
そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。
二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。
これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。
エルネスティーネは限界だった。
一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。
初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。
だから愛する男の前で死を選ぶ。
永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。
矛盾した想いを抱え彼女は今――――。
長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。
センシティブな所へ触れるかもしれません。
これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。
婚約破棄られ令嬢がカフェ経営を始めたらなぜか王宮から求婚状が届きました!?
江原里奈
恋愛
【婚約破棄? 慰謝料いただければ喜んで^^ 復縁についてはお断りでございます】
ベルクロン王国の田舎の伯爵令嬢カタリナは突然婚約者フィリップから手紙で婚約破棄されてしまう。ショックのあまり寝込んだのは母親だけで、カタリナはなぜか手紙を踏みつけながらもニヤニヤし始める。なぜなら、婚約破棄されたら相手から慰謝料が入る。それを元手に夢を実現させられるかもしれない……! 実はカタリナには前世の記憶がある。前世、彼女はカフェでバイトをしながら、夜間の製菓学校に通っている苦学生だった。夢のカフェ経営をこの世界で実現するために、カタリナの奮闘がいま始まる!
※カクヨム、ノベルバなど複数サイトに投稿中。
カクヨムコン9最終選考・第4回アイリス異世界ファンタジー大賞最終選考通過!
※ブクマしてくださるとモチベ上がります♪
※厳格なヒストリカルではなく、縦コミ漫画をイメージしたゆるふわ飯テロ系ロマンスファンタジー。作品内の事象・人間関係はすべてフィクション。法制度等々細かな部分を気にせず、寛大なお気持ちでお楽しみください<(_ _)>
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる