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第三幕 『呪禁師の策と悲恋の束縛』
三章-2
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嶺花が泰山神社を訪問したのは、次の日の昼四ツ――十時少し前のことだった。
滅多なことでは屋敷から出ない嶺花の来訪とあって、神社の境内にいた自警団の団員たちは、一様に緊張した面持ちで出迎えた。
そんな彼らへ労いの言葉をかけながら、嶺花は社務所へと入った。
「ごめんよ。吉備凰花殿はご在宅か?」
「――は、はいっ!」
アズサにべっとりくっつきながら、食材の仕入れを確認をしていた凰花は、慌てて玄関へと出た。
正座をして嶺花に最敬礼をする凰花に、嶺花は小さく手を挙げた。
「ああ、そんなに畏まらないでくれ。ここに来るまでのあいだ、皆がそんな感じでな。さすがに辟易としてきた」
「それは……仕方の無いことだと思います。それで、どのような御用件でしょうか?」
「ああ、ちょっくら上がってもいいかい? 長話になるかもしれないから」
「はい! どうぞ」
凰花は嶺花を促してから、社務所の出入り口に近いところに座布団を敷いた。
嶺花が座布団に腰を落ち着けると、アズサがお茶を持って来た。
「お呼び下されば、こちらから参りましたのに」
「その、おまえさんたちを呼びにやる人手がいなくてね」
鷹揚に肩を竦めると、嶺花は凰花やアズサを前に、ふうっと息を吐いた。
「さて。それじゃあ、早速で悪いが本題に入ろうか。今回の要石絡みの一件――水御門殿から連絡があってね。どうやら金御門家が絡んでいるらしい。しかも本命は要石などではなく、黄龍の加護――つまり、烏森堅護という話だ」
「金御門家……まさか、人界のですか?」
目を丸くする凰花に、嶺花は憂鬱な顔で頷いた。
「どうやら、そういうことらしい。今、水御門家と火御門家とで対応を考えているということだ。あちらさんでは、個人で討ち入り――なんてできないんだろ?」
「はい。犯罪行為になります」
「というわけだ」
あずさの返答に、嶺花は相槌を打った。
その右手が煙管を探すように床を彷徨ったが、すぐに持って来ていないことを思い出し、所在なしげにうなじを掻いた。
「そんなわけで、だ。人界での対応を待つことになるだろうが、だからといって傍観しているわけにはいかない。そこで、だ。陰陽師として、おまえさんに対策を相談したい」
「そういうことでしたか。微力ながら、ご協力させて頂きます」
「ああ、頼むよ。それで、どうする?」
「……そうですね。敵の目的が要石ではなく、烏森殿ということであれば、そちらに護りをと考えたいですが、要石の破壊も行っている以上は、放っておくこともできません。そこで、呪禁師の真似事をするのはどうでしょう?」
「呪禁師の真似事?」
怪訝な顔をする嶺花に、凰花は力強く頷いてからアズサを見た。アズサは一瞬、きょとんとしたが、すぐに「ああ」と、合点のいった顔をした。
アズサは右手に生み出した霊符を見せつつ、おっとりと微笑んだ。
「つまり、式神を使うのね」
「はい。目には目を――ではありませんが、人手不足の解消にはなると思います。墨染殿が、呪禁師の呪術によって縛られているかまでは……わかりませんが、そちらも判明できれば……と思います。ただ数が数ですし、わたくしと式神の意識を繋げておくことは不可能です。邪法に近い呪術になりますので……人道的に出来かねます」
凰花の案に、嶺花は渋い顔をしながらも頷いた。
「まあ、妥当な案ではあるか。それで、式神はどれだけばらまける?」
「時間が許す限り――アズサお姉様の霊符を使えば、すぐに十体。それからある程度時間をおく必要が御座いますが、さらに十体。今日中には、三〇から四〇は御用意できると思います」
「ほお……」
嶺花が感心したような顔をすると、アズサは両手に十数枚の霊符を生み出した。社務所の周囲では、自警団に所属する人間の男たちが、なんの相談をしているか気にしながら、チラチラと中を覗き込んでいた。
*
金鉱山の中腹で、目を閉じた次郎坊は座禅を組んでいた。
要石は、森に覆われた山中にいる次郎坊から、西に三〇メートルほど行った、洞穴にある。
洞穴の前に鎮座している、高さ一メートルほどの岩には、怪異避けの呪言が刻まれていた。ここの要石には台座が無く、ただ地面に置かれているだけだ。
次郎坊は要石の守護を担う傍ら、修行を行っていた。現在宿している神通力を、より高めるべく精神を統一をしている最中だ。
目を閉じていると、他の部分が鋭敏になるのか、次郎坊の耳に微かな枝葉を擦る音が聞こえてきた。
しばらくして、次郎坊に声をかける野太い声があった。
「てめぇは、木の葉天狗か。こんなところで、なにをしているんだ?」
元々は金鬼という鬼に変生していた、ヤマアラシという妖だ。
ヤマアラシは次郎坊に近寄ると、ふんっと鼻を鳴らした。
「ああ……そういえば、烏森が俺たちのところに来てたな。要石がどうとか……ってやつか。ご苦労なこった」
「如何にも。して、某になにかようか?」
「おめーに用事はねぇよ。ただ白虎のやつが、ざわつくんでな。様子を見に来た」
「白虎が……」
目を開けた次郎坊は、ヤマアラシが白虎の加護を受けていることを思い出した。
墨染や沙呼朗らと同様に、ヤマアラシも五神の神獣から加護を受けている。妖としての力が増している反面、こうした神獣からの交信じみたやり取りが、頻繁に行われているようだ。
洞穴へと歩き出したヤマアラシは、次郎坊の横を通り過ぎようとして、足を止めた。
「なるほど……怪異避けかなにかか」
「左様。これ以上は、迂闊に近寄ること叶わぬ。しかし敵の式神は、この内側に入れたという報告もある」
「ああ……怪異避けから身を護る呪符を、式神に持たせているんだろうさ」
ヤマアラシは周囲を睨めるように見回すと、背中から棘を一本だけ抜いた。
「こんな場所からは、早く帰りたいんだがねぇ。白虎がまだ、ざわついていやがる。おまえは、気付いているか?」
「……無論」
次郎坊が短く応じると、ヤマアラシはつまらなさそうに視線を彷徨わせた。
「まったく……要石だっけ? こんなの壊したところで、大した影響なんかねぇよ」
「どうしてわかる?」
眉をあげて問いかける次郎坊に、ヤマアラシは僅かに視線を上に向け、目を細めた。
「……昔、土鬼様が調べて廻られたのさ。そのとき、龍脈の気を整えるのに役立つが、それも微々たるものだと、そう仰有っておられた」
「……土鬼が、か。なら、奴らが要石を狙う理由はなんだ?」
「さあな。呪術的な意味ではないのかもしれんぜ。むしろ……戦略的とか策略的な理由とかな」
ヤマアラシの説明を聞きながら、次郎坊は立ち上がっていた。
「ヤマアラシ。我らを手助けする気はあるか?」
「ねぇな」
答えながら、ヤマアラシは少し離れた木の上へ目掛け、手にしていた棘を投げつけた。
なにか乾いたものに突き刺さった音がしたあと、木の枝から角の生えた猿のようのな妖が落下した。その猿は地面に落ちる直前に呪符へと戻り、棘が刺さったまま塵となっていく。
式神が朽ちるのを見ながら、ヤマアラシは背後から新たな棘を抜いた。
「だが、白虎がざわつく原因は取り除くのが、俺の役目だ。まったく……加護持ちっていうのは、こういうのが面倒くせぇな。火鬼たちも、同じなのかねぇ」
愚痴るヤマアラシが一歩踏み出すと、周囲から角の生えた猿を形取った式神が、五体ほど現れた。
神通力で手に独鈷杵を生み出した次郎坊は、ヤマアラシと背中合わせに陣取った。
「……二対五だ。やれるか?」
「ああ? 誰にもの言ってやがんだ」
次郎坊とヤマアラシが、それぞれに式神へと向かって行った。
神通力を駆使する次郎坊に、体術でごり押しをするヤマアラシ。終わってみれば、撃退した数はヤマアラシのほうが多かった。
「ざっとこんなもんよ」
「……見事也」
賞賛の言葉を口にしながらも、次郎坊は少し悔しそうだった。
そんな表情を見て上機嫌だったヤマアラシは、すぐに表情を引き締めた。少し遅れて、次郎坊も警戒を露わにした。
そんな二妖の視線の先に、丈の短い着物姿の青年が二人、木々のあいだを縫うようにして現れた。
「次郎坊殿ですね」
「わたしたちは、吉備凰花様の式神でございます。嶺花様からの伝言を承って参りました」
無表情だが、礼儀だけは正しい式神たちは、次郎坊に向けて頭を下げた。そんな彼らから、今知り得ている敵の目的を聞いて、次郎坊の目が僅かに見開かれた。
「烏森殿のところにも、式神が向かっております。次郎坊殿は引き続き我らとともに、ここの守護を」
「分かり申した。よろしくお願い申す」
式神に頭を下げた次郎坊の横で、ヤマアラシはつまらなさそうに鼻を鳴らした。
「……俺は戻るぜ」
「承知」
次郎坊が短く応じると、ヤマアラシは踵を返した。
ゆっくりと歩き出すヤマアラシに、次郎坊は深々と頭を垂れた。
「烏森のこと、よろしくお願い致します」
ヤマアラシは一瞬だけ歩みを止めたが、振り返ったり返事をしたりしないまま、鬼の集落へと向かい始めた。
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本作を読んで頂き、まことにありがとうございます!
わたなべ ゆたか です。
主人公もヒロインも出ない、そんな回が続いております。人界と妖界とが絡み合った世界ですので、裏側で動いてる人たちも書いてかないと、最後が……ということで。御了承下さいませ。
少しでも楽しんで頂けたら、幸いです。
次回もよろしくお願いします!
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