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第三幕 『呪禁師の策と悲恋の束縛』
プロローグ
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第三幕『呪禁師の策と悲恋の束縛』
プロローグ
相変わらず、妖界の空はぼんやりとしている。
晴れているのに青空ではない違和感に、もう一ヶ月半以上も過ごしているのに、まだ慣れていない。
俺――烏森堅護は人里という名の町にある大通りを進む途中で、水たまりを覗き込んだ。
手入れどころか、散髪すらしていない黒髪に、日本人としては平均的――だと思っている顔。ここに召喚されたときに着ていた、Tシャツにデニム姿だけど……幾たびか行われた戦いで、長袖のTシャツはボロボロになりかけていた。
その替えを買いに出たんだけど……Tシャツなどは置いてない。小袖とか、そういった着物の類いしか置いてない。
「その手のものは、アズサ殿に頼まれたほうが良いでしょう」
反物屋の大旦那さんは、そう言っていたけど……あの人に貸しを作りたくなかったりもするからなぁ。
とりあえず、似たような感じでいいからと、Tシャツの縫製を依頼したけど……どんな感じになるかは、出来上がりを見るまではわからない。
「引き受けて下さって、良かったですね」
帰り道の途中で、花魁のように着物を重ね着した少女――墨染お姉ちゃんが、おっとりと微笑んできた。
腰まである黒髪は艶やかで、どこからどうみても美少女だけど、小町桜の精霊――つまりは妖だ。
ここ妖界では、普通に妖と人間が共存している。人界――元の世界から、妖界に迷い込んでから、俺は大きな事件に二回も巻き込まれている。
天狗の転生という俺は、墨染お姉ちゃんや、人界に住む妖、そして仙女のアズサさんたちと、その事件を解決してきたんだ。
墨染お姉ちゃんと昼ご飯の相談をしながら歩いていると、大通りの西から大股開きで歩いてくる赤ら顔の妖に気付いた。
その隣には、蛇のような頭の妖もいる。
ナマハゲという妖の多助と、蛟の沙呼朗だ。
多助は俺たちの姿を認めると、まっすぐに、そして早足で近寄ってきた。
「烏森――少しいいか?」
「いいですけど、なんです?」
「貸本屋の艶本についてだ」
貸本屋というのは、文字通り本を貸す店だ。本屋もあるけど、そこそこ裕福な人しか買うことはできないっぽい。
だけど本は貴重な娯楽の一つみたいで、一般の人たちは貸本屋で本を借りているみたいだ。
艶本とは……所謂、エロ本のことである。
「ここ二、三日だが、貸本屋に俺と沙呼朗の本が出回っているみてぇだ。この手のは、アズサの仕業で、間違いがねぇか?」
「ええっと……可能性は高い、としか。ちなみに、なにが描かれていたんです?」
「俺が沙呼朗を押し倒して、後ろから――ああ、これ以上はおぞましくて言いたくねえ!」
その気持ち、解る。
俺も被害に遭ってたから、よくわかる。俺が溜息を吐いている前で、沙呼朗が頬を染めながら、多助から視線を逸らした。
「ま、まさか多助と、そんなことをや、やっていたなんて……」
「あのな、さっきのは創作だ。作り話だ! 『そんなことあったっけ?』なんて信じるんじゃねぇ!」
沙呼朗に突っ込みを入れてから、多助は怒りに顔を歪ませながら踵を返した。
そのあとを追う沙呼朗に、俺と墨染お姉ちゃんは、複雑な心境で二人のあとを追った。
*
「残念ですが、あたしは関係ないんです!」
なにが『残念』なのか、その真の意味は不明だけど……多助に問い詰められたアズサさんは、何故か自信満々に答えたのだった。
元々は俺と同じく、人界の人間だった彼女だが、今は趣味と実益を兼ねてメイドをしている。
ロングスカートに半袖のメイド服を着たアズサさんの返答に、多助は憮然としたまま腕を組んだ。
「じゃあ、誰なんだよ」
「もちろん、恋子さんです! 前回の事件のときに、閃いたそうなんですよ。それより、皆さんが集まったので、一ついいですか? 人里で噂になっている侍のことは、御存知でしょうか?」
俺と墨染お姉ちゃん、それに多助や沙呼朗を見回したアズサさんは、なにかが記された半紙を手に取った。
「なんでも夜な夜な、侍みたいな何かが目撃されてまして。なにか御存知なら、教えて頂けたら助かります」
「人里に……侍?」
俺は墨染お姉ちゃんと目を合わせながら、二人して首を傾げた。侍の噂なんか、聞いたこともなかった。
多助や沙呼朗も俺たち同様、知らないようだ。
アズサさんは俺たちの様子を見回してから、僅かに肩を上下させた。
「まだ最近のことですから、知らなくても仕方ないです。ただ……人里の外で喧嘩をしていた妖が、斬られそうになったという話もありますから。皆さんも用心をして下さい。もしかしたらですけど、嶺花さんから見回りの話も出るかもしれません」
アズサさんの話が終わると、俺たちは外に出た。
一番最後に外に出た俺が扉を閉めようとしたとき、
「やば……なんとか誤魔化せたけど」
というアズサさんの呟きが聞こえてきたんだけど……話を蒸し返すのも面倒臭いので、俺は聞かなかったこととして、記憶から抹消することにした。
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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!
わたなべ ゆかた です。
『屑スキルが覚醒したら~』二章ー幕間をアップした際の近況で、土日はプロットをやるので……アップは難しいと書きましたが。
本作のプロットは土曜日の夕方に出来ちゃいまして。章分けだけとはいえ、大学ノートに5ページ、そのうちの4ページを半日でき上げるとは。思ってませんでした。
できちゃったし、本編も書くか――ということで、プロローグを書いちゃいました。
ゆるゆるとアップしていきますので、またお付き合い頂けたら嬉しいです。
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
次回もよろしくお願いします!
プロローグ
相変わらず、妖界の空はぼんやりとしている。
晴れているのに青空ではない違和感に、もう一ヶ月半以上も過ごしているのに、まだ慣れていない。
俺――烏森堅護は人里という名の町にある大通りを進む途中で、水たまりを覗き込んだ。
手入れどころか、散髪すらしていない黒髪に、日本人としては平均的――だと思っている顔。ここに召喚されたときに着ていた、Tシャツにデニム姿だけど……幾たびか行われた戦いで、長袖のTシャツはボロボロになりかけていた。
その替えを買いに出たんだけど……Tシャツなどは置いてない。小袖とか、そういった着物の類いしか置いてない。
「その手のものは、アズサ殿に頼まれたほうが良いでしょう」
反物屋の大旦那さんは、そう言っていたけど……あの人に貸しを作りたくなかったりもするからなぁ。
とりあえず、似たような感じでいいからと、Tシャツの縫製を依頼したけど……どんな感じになるかは、出来上がりを見るまではわからない。
「引き受けて下さって、良かったですね」
帰り道の途中で、花魁のように着物を重ね着した少女――墨染お姉ちゃんが、おっとりと微笑んできた。
腰まである黒髪は艶やかで、どこからどうみても美少女だけど、小町桜の精霊――つまりは妖だ。
ここ妖界では、普通に妖と人間が共存している。人界――元の世界から、妖界に迷い込んでから、俺は大きな事件に二回も巻き込まれている。
天狗の転生という俺は、墨染お姉ちゃんや、人界に住む妖、そして仙女のアズサさんたちと、その事件を解決してきたんだ。
墨染お姉ちゃんと昼ご飯の相談をしながら歩いていると、大通りの西から大股開きで歩いてくる赤ら顔の妖に気付いた。
その隣には、蛇のような頭の妖もいる。
ナマハゲという妖の多助と、蛟の沙呼朗だ。
多助は俺たちの姿を認めると、まっすぐに、そして早足で近寄ってきた。
「烏森――少しいいか?」
「いいですけど、なんです?」
「貸本屋の艶本についてだ」
貸本屋というのは、文字通り本を貸す店だ。本屋もあるけど、そこそこ裕福な人しか買うことはできないっぽい。
だけど本は貴重な娯楽の一つみたいで、一般の人たちは貸本屋で本を借りているみたいだ。
艶本とは……所謂、エロ本のことである。
「ここ二、三日だが、貸本屋に俺と沙呼朗の本が出回っているみてぇだ。この手のは、アズサの仕業で、間違いがねぇか?」
「ええっと……可能性は高い、としか。ちなみに、なにが描かれていたんです?」
「俺が沙呼朗を押し倒して、後ろから――ああ、これ以上はおぞましくて言いたくねえ!」
その気持ち、解る。
俺も被害に遭ってたから、よくわかる。俺が溜息を吐いている前で、沙呼朗が頬を染めながら、多助から視線を逸らした。
「ま、まさか多助と、そんなことをや、やっていたなんて……」
「あのな、さっきのは創作だ。作り話だ! 『そんなことあったっけ?』なんて信じるんじゃねぇ!」
沙呼朗に突っ込みを入れてから、多助は怒りに顔を歪ませながら踵を返した。
そのあとを追う沙呼朗に、俺と墨染お姉ちゃんは、複雑な心境で二人のあとを追った。
*
「残念ですが、あたしは関係ないんです!」
なにが『残念』なのか、その真の意味は不明だけど……多助に問い詰められたアズサさんは、何故か自信満々に答えたのだった。
元々は俺と同じく、人界の人間だった彼女だが、今は趣味と実益を兼ねてメイドをしている。
ロングスカートに半袖のメイド服を着たアズサさんの返答に、多助は憮然としたまま腕を組んだ。
「じゃあ、誰なんだよ」
「もちろん、恋子さんです! 前回の事件のときに、閃いたそうなんですよ。それより、皆さんが集まったので、一ついいですか? 人里で噂になっている侍のことは、御存知でしょうか?」
俺と墨染お姉ちゃん、それに多助や沙呼朗を見回したアズサさんは、なにかが記された半紙を手に取った。
「なんでも夜な夜な、侍みたいな何かが目撃されてまして。なにか御存知なら、教えて頂けたら助かります」
「人里に……侍?」
俺は墨染お姉ちゃんと目を合わせながら、二人して首を傾げた。侍の噂なんか、聞いたこともなかった。
多助や沙呼朗も俺たち同様、知らないようだ。
アズサさんは俺たちの様子を見回してから、僅かに肩を上下させた。
「まだ最近のことですから、知らなくても仕方ないです。ただ……人里の外で喧嘩をしていた妖が、斬られそうになったという話もありますから。皆さんも用心をして下さい。もしかしたらですけど、嶺花さんから見回りの話も出るかもしれません」
アズサさんの話が終わると、俺たちは外に出た。
一番最後に外に出た俺が扉を閉めようとしたとき、
「やば……なんとか誤魔化せたけど」
というアズサさんの呟きが聞こえてきたんだけど……話を蒸し返すのも面倒臭いので、俺は聞かなかったこととして、記憶から抹消することにした。
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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!
わたなべ ゆかた です。
『屑スキルが覚醒したら~』二章ー幕間をアップした際の近況で、土日はプロットをやるので……アップは難しいと書きましたが。
本作のプロットは土曜日の夕方に出来ちゃいまして。章分けだけとはいえ、大学ノートに5ページ、そのうちの4ページを半日でき上げるとは。思ってませんでした。
できちゃったし、本編も書くか――ということで、プロローグを書いちゃいました。
ゆるゆるとアップしていきますので、またお付き合い頂けたら嬉しいです。
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
次回もよろしくお願いします!
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